プロローグ自体はあんまりおもしろくないです。あくまでもロッカのキャラ紹介のような。飛ばしてもらっても全然かまいません。
『――間も無く、ハルビス港に到着致します。本日はフェリーフローゼル号をご利用いただき、誠にありがとうございました――』
アナウンスに目を覚ます。窓の外を見やれば、海の青の向こうに町のような影が見えた。
思えば長い旅だった。キッサキシティは何時でも雪と氷に覆われており、他所の地方へ向かう船に乗るにはナギサシティまで向かうしかなかった。そこから丸一日を船上で過ごすことになる。
固まった身体を伸ばすように、ゆっくりと体操をする。
少女は一人で船内にいた。厳密に言えば、一人と一匹である。腰につけたモンスターボールの中にはポケモンが入っていた。まるで武者震いをするようにぶるりと震えた。
そして、足を地に落ち着ける。波に揺られておぼつかない船の上にずっといたものだから、バランスを取れなくて少しよろめいた。
ふう、と深呼吸。鼻腔を駆け抜ける潮の香りが新鮮で心地いい。
見上げれば、どこまでも澄んだ青空。雲一つなく、柔らかな日差しが少女を包み込む。
よし、力強い一歩を踏み出した瞬間、海風が少女の華奢な身体をぐっと押した。
「……あううううううぅぅぅ寒うううう……!」
気温は低くはないとはいえまだ海温は冷えている。少し肌寒い程度だが、彼女はまるで吹雪でも吹き付けられたかのように震えていた。
「ラフエル地方、寒くないって聞いてたのに……!」
唇を蒼くしながら、海から離れようとゆっくり走り出した少女の名は、ロッカと言った。
「ほああ~……」
ポケモンセンター内に併設されている喫茶店で、エネココアのホットを飲みながらため息を吐いた。湯気にメガネが曇り、なんともコミカルな表情になっている。
ハンカチで曇りを拭き取り、背負った鞄から地図を取り出す。シワや折れが多く、メモ書きや付箋がたくさん貼られた使い込まれた地図だ。
「あのっ、フローゼス・オーシャン行きのバスって、何処から出てますか?」
カップを拭く店主に聞けば、彼はロッカにの姿を一瞥するなり首を傾げた。
「町の西の方から……だけど、そんな格好で行くのかい?」
太腿を大きく露出したミニスカート。羽織っているパーカーは袖をまくり、涼しげな格好をしている。
「いえ、これは、その……スズナさんの真似をして、ヤセガマンしてます!」
ミルクティー色の、少しウェーブのかかったセミロングの髪を揺らして、ロッカは大きく頷く。春の海風でさえ凍えている彼女にとって、雪山や氷の洞窟は耐え難いものであることは間違いないが、まくった袖を伸ばして長袖にするほど彼女の決意は緩くなかった。
スズナはロッカの生まれ育った町――キッサキシティのジムリーダー。こおりタイプの使い手で、やはりミニスカートにブラウス一枚という薄着なのだ。幼い頃から彼女の活躍を側で見ているだけあって、ロッカの彼女に対する憧れというのは大きなものだった。
「だから、私の手持ちはサンドパンしかいないから……フローゼス・オーシャンでたくさんゲットしようと思うんですっ」
そうかい、と店主はゆっくりと頷く。
時間を確認すれば、バスの発車時刻まであと十五分。ごちそうさま、と席を立ち、ロッカは走ってポケモンセンターを後にした。
「……んん? サンドパンって……じめんタイプじゃなかったかな」
予約していた観光バスに乗り込み、席へと腰を落ち着ける。
フローゼス・オーシャン。この時期には稀に結氷し、向こう岸のネイヴュシティまで渡ることのできる氷海。
同じバスに乗る観光客は、地図やガイドブックとにらめっこしながらこぞって会話に花を咲かせている。しかし、ロッカだけは一人、不安げな表情を浮かべていた。
腕につけた水色のポケッチは最近発売されたばかりの新色だ。旅に出るとき父親が買い与えてくれた大切なもので、ロッカはそれを優しく撫でる。画面横の赤いボタンを数回押して画面表示を天気予報に切り替えた。
「ネイヴュは晴れ、しばらく結氷はしない……かあ」
俯いてそう呟くと、腰のモンスターボールがぶるぶると震えた。びっくりして目をやれば、サンドパンがこちらを応援するかのように見つめていた。
「……ありがとう、ライム」
ニックネームを愛おしそうに呟き、ロッカは背もたれに体重を預ける。ふう、とため息を吐くと、ゆっくりと目を閉じた。
途中でいくつかの町に寄り、休憩を挟みながらバスは走っていく。旅を続ける多くのトレーナー達を追い越し、長い時間をかけてラフエルを北に向けて縦断していくのだ。
目的地に到着するまでの数日間は、ほとんどバス暮らしと言っても過言ではない。南の外れに位置するハルビスタウンからは、あまりにも遠すぎるのだ。
「くうぅ~。向こうに着いたら、布団で寝たいなあ」
最後の休憩地、シャルムシティ。ぐっと身体を伸ばしてストレッチをする。
天気予報をチェックするが、結氷の予報は無い。
「数日は泊まりか……ポケモンセンターでいいかな」
トレーナーであれば誰もが利用できる、最も手頃で安心できる宿泊施設といえばポケモンセンターなのだ。シャルムのポケモンセンターはフローゼス・オーシャンに一番近い。ここで結氷を待つのが賢明だろう。
ポケッチのアラームが鳴る。バスの出発時刻だ。
ツアー客が付近のモーテルに流れ込む中、ロッカは一人で流れを遡る。
待ちに待ったフローゼス・オーシャンは、流氷こそ美しい絶景だったものの、歩いて渡るには危険すぎた。ましてや『なみのり』を使えるポケモンを持っていないロッカにとっては絶望的な光景だったのだ。彼女の本当の目的地は、あのフローゼス・オーシャンを超えた先〝アイスエイジ・ホール〟にある。
しかし、こうも渡れないとなると計画を変更せざるを得ない。彼女はシャルムシティに向けて、元来た道を歩き出す。
「ううっ、寒……」
腕を身体に密着させて、涙目になりながらも細かく足を運ぶ。
いくら氷点下にはなっていないとはいえ、寒いものは寒いのだ。今にも沈みそうな夕陽は、これから気温が低下していくことを簡単に予想させた。
草むらへと進入する。これだけ冷えていると、こおりポケモンもきっと出てくるはずだ、と踏んでいるのだ。
こおりタイプ使いとしてきちんとリーグ優勝を果たす。彼女はその目標への第一歩を踏み出した。