さて、盛大な勘違いによる最悪な出会いは弓兵の必死な説明と、少女が思い出したことにより、誤解が解けてなんとかなった。
「ありがとうございました!そして、ごめんなさい!!」
少女が深々と頭を下げつつ言う。
「だから、もういいと言っているだろう。」
「でも、」
「私は気にしていない。」
「「…………………」」
謝ってお礼がしたい少女と、お礼をされることなどしていないと言い張る弓兵。二人は暫し睨み合う。結局少女はお礼を諦めて、せめて名前を聞くことにした。
「……お名前、を教えてください。」
「名乗るほどの者ではな……」
「教えて、グスッ……くれ、ません、か?」
(うぐっ。涙目での上目遣い………。ええい!なんという威力だ!くっ、そんなつぶらな瞳で見るのはよすんだマスター!
しかし、先程から神経を研ぎ澄ませているが、サーヴァントの気配は一切無く、聖杯からの情報提供もない、おそらく聖杯戦争ではないと考えられる………ならば、真名を隠すこともないか。)
「エミヤだ。」
「エミヤさん、、です、か。
私は………………………………イーヴォ、です。」
("evil"、意味は"悪")
「それは本名か?」
「いいえ、私は名前がありません。ただ、みんなが私をこう読んだので、」
「そう、か」
少女はその後、弓兵特製の五右衛門風呂に入り、出てきたら弓兵特製の純白のワンピースに着替え、弓兵に傷の手当てをしてもらい、さらに髪の手入れをしてもらっている。弓兵は髪の手入れだけではなく、カットも短時間で完璧にこなしてしまった。
今少女は赤い瞳ではなく、力を使っていないときの青い瞳。髪は元来の美しい金色の髪をショートカットにして、白い肌に純白のワンピースを着ている。
「これ、私?」
少女は鏡を見て呆然としている。それもそうだろう。彼女はずっと薄汚れていたし、回りからは「醜い」、「気持ち悪い」と言われてきた身だ。刷り込みのように自分はゴミのような存在と信じてきた少女にとってその姿はあまりにも衝撃的だったのだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか、」
弓兵がそう言って椅子に座り、少女に正面の椅子へ座るよう促した。
弓兵は、少女が椅子に座るのを待って話を始めようとした、が、
「まずは、「ぐうぅぅぅぅぅ」」
盛大に誰かのお腹が鳴った。誰かは言うまでもあるまい。
「ふっ。まずは食事をとろうか。」
弓兵は苦笑しつつ、キッチンへ向かった。
やっちゃたぁぁ!恥ずかしい。頬が熱い。そう言えば、もう何日もろくに食べていなかった。
・・・どうやら、あの男の人がご馳走してくれるみたいだ。どうして初対面の、しかも呪われた子供たちである私にここまでしてくれるのか。不思議だけど、何故か怖い感じはしなかった。
しばらくして、なんとも美味しそうな食事が運ばれてきた。
「召し上がれ。」
「いいの…です、か?」
「当たり前だ。君のために作ったのだからな、マスター。」
「これは?」
薄茶色いスープを見て言う
「味噌汁、という。私の故郷の料理だ。」
恐る恐るミソシルを口に運ぶ。
「美味しい………」
そこからは、夢中で食べた。どの料理も最高に美味しかった。
「美味しかった、です。」
「それは良かった。」
エミヤは食器をキッチンに運びつつ思う、
(やっと、笑うようになったな……)
エミヤは、椅子に座り直して言う、
「まずはこの世界のことを教えてくれないか?」
「?」
イーヴォはエミヤがなぜそんなことを聞くのかわからなかったが、エミヤの真剣な顔を見て、少しずつ話始めた。
8年前の西暦2021年、突如出現した寄生生物"ガストレア"との二度に渡る戦いに人類は敗北した。生き残った人類は金属"バラニウム"が"ガストレア"を退けることを発見。"バラニウム"により巨大な壁"モノリス"を建築して"モノリス"に囲まれた"エリア"の中で暮らしているらしい。この辺りも昨日までは多くの人がすむイギリスの1つの"エリア"だったらしい。
この"ガストレア"。話を聞くとなんとも恐ろしい存在だ。"ガストレア"はガストレアウイルスに感染し、遺伝子を書き換えられた生物の総称で非常に強い再生能力を持つ。感染して間もないステージⅠから完成形であるステージⅣまで四段階に分けられ、ステージの進行段階で様々な生物のDNAを取り込むためステージⅡ以降の"ガストレア"はそれぞれに異なる異形の形と特徴を持ち、"オリジナル"とも呼ばれるらしい。そして、"ゾディアック"と言われる通常は発生しないステージⅤは12体存在し、それぞれに黄道十二星座の名前がつけられており、"ゾディアック"には"モノリス"は効果を発揮しない。
そしてガストレアウイルスは人間にも感染するという。感染すれば人間も他の生物同様に"ガストレア化"するらしい。だが、8年前の戦いの後"呪われた子供たち"と呼ばれる、ガストレアウイルス抑制因子を持ち、ウイルスの宿主となっている人間が生まれるようになった。妊婦がガストレアウイルスに接触すると胎児がそのようになることがあるという。特徴として瞳が赤く、超人的な治癒力や運動能力など、さまざまな恩恵を受けている。8年前のガストレア大戦時に第一世代が生まれているので、彼女達は8歳以下だという。
力の開放や治癒に伴って体内浸食率が上昇し、ガストレア化する危険性を持っているが、日常生活だけを送ってさえいれば通常の人類と変わらぬ寿命で天命を全うできるらしい。ガストレアウイルスを保菌していることや人間離れしたその能力から差別かつ迫害されている。特にガストレア大戦で家族や知人を殺された"奪われた世代"の彼女達に対する憎悪は根深いものであり・・・・・・・・
ここまで話してイーヴォはふぅ、と小さく深呼吸をした。ここまで話されれば、彼女が次に言おうとしていることは解る。
「わた、しは、」
彼女が何者であるのか、
「わたしはッ」
彼女が傷だらけだった理由、その答えは、
「呪われた子供たちの一人、です」
そこまでいって彼女は泣き出してしまった。
「うぅっ、くっ、ひくっ、きもち、わるいですよね。ひくっ、醜いです、よね。うぅ、憎いです、よね」
「そんなことはない。」
手は自然と彼女の頭を撫でていた。
「え…?」
彼女は驚いたように顔をあげる。
「そもそもわたしは奪われた世代ではないし、ガストレアには何の恨みもない。そして、君は人間だ。
「…‼」
「何より、君のようなかわいらしい人の子を醜い等と思うわけあるまい」
「あり、がと、う、ござい、ます…」
「やれやれ、泣き虫なマスターだ。」
また泣き出してしまったマスターが落ち着くまで私は彼女の頭を撫でていた。
落ち着いた彼女は彼女の境遇を語り始めた。ずっと一人で耐えてきて、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
彼女は自らが受けてきた差別を、暴力を語ってくれた。しかし、それらはごく一部の語れる範囲のものでしかなく、言いたくないこと、言葉で表現できないこと、思い出したくもないこと、記憶から抹消して思い出せなくなったもの等、他にもあるのだろう。しかし、断片だけでも、彼女がとてつもない地獄を歩んできたことがわかる。
彼女の話はこの街の最後の日の話となった。突然のことだったようだ。突如、海より出現した"ゾディアック"、キャンサー。モノリスは意図も容易く破壊され、街はガストレアで溢れた。多くの民間警備会社のものたちや軍人はキャンサーの対処に当たっており、街の人々はなすすべもなく蹂躙された。街には
彼女は、その時の心情も語ってくれた。
普通の生活をして、当たり前のことで当たり前に笑っていたかった
なんと欲が無く、健気な願いだろう。
「私は、最後の時、正義の味方に助けを求めたんです」
「正義の味方なんていないとわかっていても、私なんて救ってくれないとわかっていても、正義の味方を思うと幸せなきもちになれたから。そしたら、」
そこまで言うと、彼女は急に顔を輝かせて、飛びっきりの笑顔でこう言った。
「来てくれて、助けてくれてありがとう。私の正義の味方さん」
普段の私なら、私は正義の味方等ではないと否定するのだろう。それが私だ。しかし、私はこの時柄にもなくこんなことを思ってしまった。
(私はこの子の前では正義の味方でいよう。この子を守る正義の味方であろう)
私はこの時誓った。
私は貴女の剣となり、盾となろう。貴女に降りかかる災厄を退け、貴女に"普通"の幸せを届けよう。
私はこの時決意した。
貴女が笑っているためならば、私は正義の味方を張り続けよう。貴女が幸せだと笑えるその時まで。