赤い瞳と赤い弓兵   作:夢泉

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二章三話~ロンドンへの旅路②~

 東の空が明るくなり始めた。まもなく夜が明けるのだろう。

 

「さて、どうしたものか…」

 

 弓兵は悩んでいた。一晩中悩み続けた弓兵は、未だ答えを出せずにいた。

 

 彼が悩んでいたのは、彼の義娘、ライブのことだ。彼女は数時間前、魔術回路を開いた。そこまでは良い。だが、その事が引き金となったのだろう。彼女に生まれつき備わっていたと思われる「魔眼」が目覚めてしまったのだ。それは生前、世界中を旅し、様々な魔術を見聞きした弓兵の知識にも無いものであった。だが、時計塔の基準に照らし合わせるのであれば、「黄金」に属する可能性もあるのではないだろうか、と弓兵は考える。

 魔術は代償を必要とする。強すぎる魔術は身を滅ぼしかねない。「魔眼」というものは、独立した魔術回路でありながら、されどその身の一部でもある。それがライブにどんな影響を与えるかわかったものではない。

 強すぎる力は忌避され排斥される。人々の「平穏」を壊しかねないからだ。「黄金」に属するほどの魔眼保持者は最悪の場合、「封印指定」されてしまうこともある。

 

 この世界に時計塔が存在するかどうかは不明だ。存在したとして、それが私の世界線と同じ仕組みかどうかもわからない。しかし、もしも時計塔が存在した場合、彼女は危険な立場になってしまう可能性もある。仮に存在しなかったとしても、彼女が魔眼(特異な力)を持っていることは変わらない。その力を狙う者もいるかもしれないし、力が彼女を飲み込んでしまうかもしれない。

 

 未だ少女は目覚めない。弓兵は少女の顔を覗き、溜め息をつく。数時間前より遥かに良くなった顔色に安堵すると共に、答えを出せずにいるなかで、もうじき目覚める少女に何と説明すればよいのかわからず、そんな自分に心底呆れていたからだ。

 

 ふと、義父(じいさん)のことが頭に浮かぶ。彼もこのように悩んだのだろうか。私に魔術回路があるとわかったとき、私が魔術を教えてくれと言ったとき、彼はどのように悩み、どのように答えを出したのだろうか。

 

「藤ねぇ…か、」

 

 しばらく考えて、ふと頭に浮かんだのは、自分にとって姉のような存在だった女性。じいさんが相談するとしたら彼女ではないだろうか。

 

 もしも「衛宮士郎」なら誰に相談するのだろうか。藤ねぇ、一成、慎二、遠坂、桜、美綴、ルヴィア、セイバー、イリヤ………。ここまで考えて、改めて自分は、素晴らしい人達に囲まれていたのだな、と思う。理想を求め続け、立ち止まらずに闇雲に走り続けたが、それでも彼らは「家族」や「友」でいてくれた。だが私は、彼らを少しも頼らなかった。私の理想は、私一人が背負って行くものだと思っていたから……いや違う。ただ怖かったのだ。私の理想が、私自身が否定されるのが。彼らの手を振り払い、突き放し、ただただ走り続けた。

 

 気づくと、弓兵は泣いていた。

 

「涙など、とうに枯れたと思っていたが…」

 

 涙は止まらない。弓兵は自分の感情がわからなかった。わかっている。自分の進んできた道は間違いなどではなかったとわかっている。後悔はあれど、「正義の味方」を目指して駆け抜けた日々は間違いではなかった。では、何故私は泣いている?わからない。わからないが、涙は止まらない。

 

 月の美しい闇夜に、「正義」を体現した男の、静かな嗚咽が鳴り響いた。

 

 

 




 しばらくして、落ち着きを取り戻した弓兵は、あることを思い立ち、一人呟いた。

「セイバー、か…」

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