東の空が明るくなり始めた。まもなく夜が明けるのだろう。
「さて、どうしたものか…」
弓兵は悩んでいた。一晩中悩み続けた弓兵は、未だ答えを出せずにいた。
彼が悩んでいたのは、彼の義娘、ライブのことだ。彼女は数時間前、魔術回路を開いた。そこまでは良い。だが、その事が引き金となったのだろう。彼女に生まれつき備わっていたと思われる「魔眼」が目覚めてしまったのだ。それは生前、世界中を旅し、様々な魔術を見聞きした弓兵の知識にも無いものであった。だが、時計塔の基準に照らし合わせるのであれば、「黄金」に属する可能性もあるのではないだろうか、と弓兵は考える。
魔術は代償を必要とする。強すぎる魔術は身を滅ぼしかねない。「魔眼」というものは、独立した魔術回路でありながら、されどその身の一部でもある。それがライブにどんな影響を与えるかわかったものではない。
強すぎる力は忌避され排斥される。人々の「平穏」を壊しかねないからだ。「黄金」に属するほどの魔眼保持者は最悪の場合、「封印指定」されてしまうこともある。
この世界に時計塔が存在するかどうかは不明だ。存在したとして、それが私の世界線と同じ仕組みかどうかもわからない。しかし、もしも時計塔が存在した場合、彼女は危険な立場になってしまう可能性もある。仮に存在しなかったとしても、彼女が
未だ少女は目覚めない。弓兵は少女の顔を覗き、溜め息をつく。数時間前より遥かに良くなった顔色に安堵すると共に、答えを出せずにいるなかで、もうじき目覚める少女に何と説明すればよいのかわからず、そんな自分に心底呆れていたからだ。
ふと、
「藤ねぇ…か、」
しばらく考えて、ふと頭に浮かんだのは、自分にとって姉のような存在だった女性。じいさんが相談するとしたら彼女ではないだろうか。
もしも「衛宮士郎」なら誰に相談するのだろうか。藤ねぇ、一成、慎二、遠坂、桜、美綴、ルヴィア、セイバー、イリヤ………。ここまで考えて、改めて自分は、素晴らしい人達に囲まれていたのだな、と思う。理想を求め続け、立ち止まらずに闇雲に走り続けたが、それでも彼らは「家族」や「友」でいてくれた。だが私は、彼らを少しも頼らなかった。私の理想は、私一人が背負って行くものだと思っていたから……いや違う。ただ怖かったのだ。私の理想が、私自身が否定されるのが。彼らの手を振り払い、突き放し、ただただ走り続けた。
気づくと、弓兵は泣いていた。
「涙など、とうに枯れたと思っていたが…」
涙は止まらない。弓兵は自分の感情がわからなかった。わかっている。自分の進んできた道は間違いなどではなかったとわかっている。後悔はあれど、「正義の味方」を目指して駆け抜けた日々は間違いではなかった。では、何故私は泣いている?わからない。わからないが、涙は止まらない。
月の美しい闇夜に、「正義」を体現した男の、静かな嗚咽が鳴り響いた。
しばらくして、落ち着きを取り戻した弓兵は、あることを思い立ち、一人呟いた。
「セイバー、か…」