「さて、着いたはいいが。これは何だよい」
「決まってるじゃないか、これが入渠ドッグだよ。私も久しぶりに来たけど」
「いや、どう見ても風呂じゃねぇかよい」
目的地である入渠ドッグへとたどり着いた二人、でも目の前に広がる光景はまたしても予想の斜め上をいくものだった。湯船に張られた温かそうなお湯、もくもくと充満している白い湯気がここが浴室である事を教えてくれる。
「私達艦娘はこのお風呂に決められた時間浸かる事で傷を治す事が出来るんだ」
「原理が全く分からん、風呂で治療なんて聞いた事ないぞ」
「私からすれば君達の方がよっぽど不思議なんだが」
「気にするな。とにかく、俺は出ておくからゆっくり休んでこいよい」
そう言うと響をドッグに残してマルコはさっさと外へと出ていってしまった。一人残された響はひとまず湯船に浸かる事にする、この後どうするかはそれから考えるつもりだ。どうせまた後で怒られるんだ、そう思いながら久しぶりに入った入渠ドッグ。それは温もりが全身に染み渡り、嫌な事を全てを忘れさせてくれるかのようだった。
「あー、その。それで、お前達は一体何なんだよい。俺に何か用か?」
「ふぇ!? ば、バレてたの!?」
「当然だ、俺を誰だと思ってるんだよい。それにあのつけ方だとすぐにバレるぞ」
響を運んでいる途中に何度か足音が聞こえたし床の軋む音も感じていた。これでは流石に気づかれても仕方ないだろう。
「うっ、そ、それより響をどうしたのよ! まさかあんた、変な事してないでしょうね!」
「誰がするかよいそんな事。ただ入渠ドッグに連れてっただけだよい」
「え? そうなのですか?」
「ダメよ電! こんなパイナップル男の言うことを信じたら」
「誰がパイナップルだよい!」
まさかパイナップル呼ばわりされるとは思ってなかったらしくマルコは面食らっている。自分の髪型については白ひげからも特に何も言われた事はなく、彼自身も何も気にしていなかった。マルコにとってはある意味新しい発見だった、正直どうでもいいだろうが。
「もし嘘だと思うなら行ってみるといいよい。何ならお前達も一緒に休んできたらどうだ?」
「何言ってんのよ。そんな事したら司令官に怒られるじゃない」
「また司令官か……」
余程つらい目に遭ってきたのだろう、その体は恐怖で震え、言葉からも怯えているのが理解できる。
「とにかく、司令官って奴の事はひとまず忘れて休んでこい」
「あ、あの、どうしてそこまでして休ませようとしてくれるのですか?」
「いや、傷だらけの女の子がいたら休ませるくらい普通だろ?」
「わ、私たちが怖くないの?だって……」
「お前たちが艦娘だからか? 俺は別に何とも思ってないよい。むしろすごい奴らだと感心するくらいだ」
マルコは以前に海上で深海棲艦と戦う艦娘達を見たことがあり、そのときから大したもんだと一目置いていた。
「それに本気を出した時のオヤジの方がずっと怖いぞ。まあよっぽどのことがない限り本気なんて出さないけどな」
「オヤジってさっきの大きなおじいさんの事?」
「ああそうだ、俺の最も尊敬する人だよい。今日ここに来るって決めたのもオヤジだ」
なぜ今回鎮守府に侵入したのか、マルコは簡単に説明した。不当な扱いを受けている艦娘たちを放ってはおけなかった事を。そのマルコの確かな意志が伝わったのか三人は少し信じてみようという気になっていた。
「じゃ、じゃあ、本当に入渠してもいいんだよね」
「ああ、もしもの時は俺が何とかするよい」
「あ、あの、ありがとう、なのです」
そう言うとやっとのことで三人は響のいる入渠ドッグへと走っていった。まさかここまでとは、この鎮守府の闇は思ったより深そうだと実感したマルコ。
「はあ、これは面倒なことになりそうだよい」
「響っ! 大丈夫!?」
「あ、暁、それに雷と電も来たんだね。私は大丈夫だよ、あの人のおかげで」
湯船でゆったりと浸かっている響を見て安心したのか、糸が切れたかのようにその場にへたり込む三人。そして響に誘われるがまま湯船に浸かり、久しぶり四人での入渠となった。
「それにしても、ホント何なんだろうねあの二人」
「でも思ったよりいい人そうだったのです。入渠もさせてくれたのです」
「電の言うとおりね、あの人はいままで会った人たちとは違うわ」
「わ、私も一人前のレディだからもちろん分かるわよ」
「暁、それレディ関係ないよね」
久しぶりに四人一緒にゆっくりできたということもあってか話も自然と盛り上がってくる。この時ばかりは嫌なことを忘れてリラックスできているようだ。それでも四人とも一抹の不安は払拭できずにいた、もしかしたらまたあの生活に戻ってしまうのではないかと。
「だ、大丈夫よね。きっと」
「今はマルコさんを信じるしかないのです」
わずかな期待と不安を抱えながら四人は入渠ドッグから上がる。そしてマルコに頼んでみたいこともあった、それはほかの仲間も入渠させてあげることだった。
ーーーーー
ここは司令室。
その名のとおりこの鎮守府を仕切っている提督の執務室である。他の部屋とは打って変わって派手に装飾されたこの部屋には軍服を身に着けた提督と思われる中年くらいの男と数名の艦娘がいた。
これまた豪華な椅子に腰かけていた男は誰が見ても分かるくらいに不機嫌だった。その理由は出撃していた艦隊が敗北して戻ってきたからだ。傷だらけで戻ってきた艦娘達は手当てもさせてもらえずにただただ怒号を浴びせられていた。
「全く、一体何度負ければ気が済むんだ!」
「……すみません」
それに対して艦娘達はひたすらに頭を下げている。内心頭にきている者もいるが提督に逆らうことは許されないために悔しそうに歯を食いしばっている。
そもそもこの提督は艦娘を只の兵器としてしか見ておらず道具のように扱っている。満足に食事もできずただひたすらに出撃ばかりさせられており疲れも取れない。これでは満足に結果を出せないのは当然である。
「とにかく、この後すぐに出撃だ。いいな!」
「ま、待ってください提督。いくらなんでもこれ以上は無理です! 少しだけでも休息を」
そう言って男の前に一歩出たのは艦隊の主力である戦艦の榛名、今回の旗艦であり艦娘達からも慕われている。
「貴様、兵器のくせに俺に逆らったな」
男が榛名を殴りつける、この一方的な暴力もまた日常茶飯事となっていた。すると今回の失敗は自分のせいだと言って重巡洋艦の青葉が榛名を庇うように割って入る。しかしそれでは当然青葉が暴力を受けることになる。
「司令官、もうやめてください!」
「そうか、お前も逆らうか!」
こうして指令室では提督の暴力と艦娘達の庇いあいが毎日のように行われている。それを隣の机で悔しさと悲しさを滲ませながら書類整理を行っている艦娘がいる、大淀である。彼女はいつもこの光景を目の当たりにしている。そして本人もまた体中あざがたえない。
「もううんざりだ、こうなったらお前ら解体してやる!」
その瞬間だった。
爆発に近い音が司令室に響き渡る、それには艦娘ばかりでなく提督までもが驚きを隠せない。特注で作ってもらった司令室の扉がいとも容易く吹き飛ばされたからだ。
「グラララ、随分といきがっている小僧がいるみてぇだな」
部屋に入ってきたのは白く立派な髭を携えた一人の大男。その男を見た瞬間提督の表情が一変した。
「ひっ、し、白ひげ!! ど、どうしてここに!?」
「なんだ、俺を知ってんのか」
「あ、あああっ」
提督は恐怖で震え腰を抜かしていた。今目の前にいるのはまぎれもなく世界最強と謳われた男、白ひげだからだ。
「で、お前は今何をしてたんだ?」
「えっ、あ、いや、それは……」
「テメェの体で海へ出る覚悟のねぇ奴が、調子に乗ってんじゃねぇよ!ハナッタレが!」
「ひぃぃぃっ」
薙刀の柄を床へと叩きつけてひと睨み、凄まじい殺気と覇気の込められたその一声で提督はあっさりと気絶してしまった。そして白ひげは倒れた提督の胸ぐらを掴んだかと思えば外へ放り投げてしまった。
「ったく、とんだハナタレボウズがいたもんだ。で、お前らが艦娘だな」
「は、はいっ。私は榛名といいます」
あまりに突然のこと過ぎて榛名達は頭が回らずにいた。いきなり只者じゃない男が現れたかと思えばあの嫌な提督を倒してしまったのだから。
一つ分かるとすれば、この男は自分たちとは比べ物にならないくらいに強いということくらい。
「あの、どうして私たちを助けてくれたのですか?」
「ん? ああ、あの小僧が気に入らなかっただけだ。気にすんな」
「気まぐれって……、でもお前、何か裏があるんじゃないのか? でなきゃこんな事しない筈だ」
眼帯を付けた軽巡洋艦天龍が警戒しながら聞いてきた。
「そ、そうですよ。あ、青葉もあなたをし、信用できません」
「ちょ、ちょっと二人とも!?」
白ひげは思わずため息をついた。想像以上に艦娘達の人間への不信感や恐怖心があったからだ、でもその恐怖心の一端がまさか自分にあろうとは白ひげ本人も思ってもいないだろう。
「グラララ、まあいいだろう。そういや通信室はあるか?」
「あ、えっと、でしたらこちらの通信機で鎮守府内全体に放送できます」
榛名達と同様に現状を飲み込めずにいた大淀が慌てながら通信機を持ってくる。それを受け取ると白ひげは鎮守府中に聞こえるくらいの大声を発した。
「俺ぁ白ひげだ。これよりこの鎮守府は……俺の縄張りにする!!」
数秒の沈黙が流れた後、鎮守府全体に艦娘達の驚きの声が響き渡ったのは言うまでもない。
投稿が遅くなってすみませんでした。今後も不定期投稿が続くと思いますが何とか失踪せずに続けていきたいです。