「ここか、例の鎮守府は」
翌日、横須賀へと姿を現した一つの巨大な影。最強の怪物白ひげは昨日の話題に上がっていた鎮守府へと足を運んでいた。その手には自身の巨体にも劣らない大きな薙刀を持っている、白ひげの愛用している武器だ。
何故あの男が横須賀に、道行く者達はそう思っていただろう。だがその理由は白ひげ本人さえもはっきりはしていない、どちらかといえば直感が彼を動かしたといった方が正しいだろう。白ひげはたまに理屈よりも先に体が動くことがある、それは軍人だった頃からずっと。だがその直感力によっていくつもの壁を乗り越えてきたのもまた事実。
目の前に映る鎮守府は白ひげが思っていた以上に立派だった。新しくはないもののしっかりとした建物に演習に使用するであろう広場。それだけ見ればとても荒れた提督がいるとは思えない。
「どう見ても普通だな。気配の弱さを除けば」
鎮守府から感じられる人であろつ気配はどこか弱々しいものを感じていた、それが艦娘の特徴なのかもしれないし本当に衰弱しているのかもしれない。それを気配だけで区別するには少々難しい。
すると突然、白ひげの横に誰かが飛び降りてきた。その人物は白ひげの最も信用している相棒、『不死鳥』マルコである。マルコは白ひげよりも一足先に鎮守府の中を偵察してきていたのだ。その名の通り姿を青い炎を纏った不死鳥に変身させて自由に飛行できるマルコにとって偵察などは朝飯前である。
「ご苦労だったなマルコ。で、どうだった?」
「外には誰もいなさそうだったし特に異常はなかった。怪しいのはおそらく中だよい」
「そうか。まあ確かに外にはいなさそうだな」
そもそも白ひげは艦娘という少女達を直接見た事はない、せいぜい新聞に時折載ってた写真ぐらいだ。マルコは何度か目撃したことはあるそうだが面識があるわけではない。
「んで、どうするオヤジ?」
「どうするもこうするも、俺は直接乗り込むぞ。ついて来いマルコ」
そう言うと鎮守府の敷地内へと進んでいく白ひげ。その横をマルコが周囲を警戒しながらついていく。マルコとしては出来るなら力による解決は避けてほしいところがあった。というのも七十を超える老齢と持病によって白ひげは衰弱しており、本来なら安静にしなければならない。
「オヤジ、あまり無茶はするなよい。なんなら俺が...」
「バカヤロウ、俺が行くと決めたんだ。体のことなら気にするな」
しばらく辺りを散策ながら進んでみるもやはり変わったところはない。それこそ静かすぎる事を除けばだが。
そして何もないままとうとう建物の前までたどり着いた二人。だが問題はここからである、勿論その事を二人は知っている。弱々しい気配は建物の中から感じるのだから。
中へ入るとそこは外とはまるで違う世界だった。燃料や硝煙の混ざったような匂いが鼻をつく、それはまるで戦場にでもいるかのような気分にさせる。それだけではない、壁や床も所々穴が空いていたり窓ガラスが割れていたりとなかなかに荒れている。
「こりゃあ酷ェな。まさにブラック鎮守府というべきか」
流石の白ひげもこの現状には少々驚いていた。外観がわりと綺麗だっただけにこの差は誰でも面喰らうだろう。それはマルコも同じで目の前の光景に唖然としている。
「そうだな...ん? 何だ」
マルコが通路の奥へと視線を向ける。ふらふらとおぼつかない足取りで誰かが歩いてくる。よく見るとそれは学校の制服のような服装をした銀髪の少女だった。
「マルコ。もしかしてあれが」
「ああそうだよいオヤジ、あれが艦娘だ。おいお前、ちょっといいかよい」
「えっ!?」
不意に声を掛けられた少女はビクッと驚き腰を抜かしてしまっていた。その目は驚きと困惑に包まれているのがよく分かる。マルコは少女の前まで近づくと腰を下ろして目線を下げる。よく見ると体のあちこちに傷跡が残っているのが見てとれた。
「あ〜、驚かして悪かったよい。実はちょっと聞きたい事があってな。お前、艦娘だろ?」
「だ、誰なんだい君は? 見た所人間みたいだけど」
「俺はマルコってんだ、よろしく。それで後ろにいるのが俺のオヤジ、白ひげだよい。ところでお前の名は」
「...ひ、響だ」
響はあまりの急な事態に驚きながらも何とか声を絞りだす。艦娘である彼女も白ひげの存在は知っていたらしく、突然の出来事に頭が回らなくなっていた。無理もないかとマルコは思わず苦笑する。
「まあ安心しろよい、別にお前を襲いに来たんじゃない。むしろ助けに来たと言ったほうが正しいよい」
そう言って手を差し伸べるマルコ。でもその少女はその手を掴もうとはしない、まるで何かに怯えているようだった。
「君は何を言ってるだ。どうして私達なんかを助けようとするの?」
「ん〜、何というかオヤジの気まぐれだよい。それに俺達はお前ら艦娘を兵器だとは思っちゃいない、むしろ普通の少女だと思ってるよい」
◯マルコから発せられたその言葉を響は理解することは出来なかった。少なくともこの鎮守府ではまずあり得ない認識だからだ。ここの提督は艦娘を只の兵器として扱い、まるで人間として見てくれなかったからだ。それを目の前の男達は何の躊躇もなく人だと言った。それは響にとって思ってもみない事だった。
「おいマルコ。とりあえず詳しい話はそいつの手当てをしてからでいいんじゃねェか? 派手にやられるみてェだし」
「それもそうだな。響、入渠用のドッグはどこにあるんだ?◯確か艦娘は入渠で傷を治せるんだったよな」
以前に艦娘について調べたことのあるマルコは多少なり知識があった。勿論完璧に全て知っているというではないが艦娘の治療法は入渠という事くらいは知っていた。
「...入渠は司令官の許可なしでは使えない。それに資材が勿体無いとか言って滅多に入渠させてくれないんだ」
その言葉はブラック鎮守府の本質を思い知らされるには充分過ぎる、マルコもつい言葉を失ってしまう。でもこのまま放っておくわけにもいかない。すると後ろに立っていた白ひげが口を開く。
「おい小娘。司令官って奴ァ何処にいる」
急に声を掛けられたので思わず飛び上がりそうになる。
「えっと、あ、あの...に、二階。ちょうどほぼ真上の部屋だよ」
「そうか分かった。マルコ、そいつはお前に任せるぞ。俺ァちょっと行ってくる」
そう言い残すと白ひげは二人を横切ってそのまま奥へと進んでいった。一体急にどうしたのか、響は気になってしょうがなかったがマルコには大方の予想はついていた。だからマルコは気にする事なく響に向き合う。
「じゃあ俺達もそろそろ行くよい。それでドッグは何処なんだ?」
「さっきも言ったよね。司令官の許可なしでは使えないって」
「そんなのどうだっていいよい。まずはお前の命が大事だ」
マルコはお構いなしに響を抱き抱えるとスタスタと歩き始めた。全く予想だにしない展開にますますついていけなくなる。下ろしてもらおうとジタバタ動くもマルコは見た目よりも力が強く、逃げるのは無理だと分かると大人しく諦めた。
「初めてだよ。君達みたいな変わった人間に出会ったのは」
「そうなのか、まあこれくらいは普通だよい。それより道はこっちであってるのか?」
「うん。このまま真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がった先にある」
少しだけならこの男達を信じてみてもいいかもしれない、響はマルコにここの司令官とは明らかに違うものを感じていた。
二人がドッグへと向かっている中、何者かが二人をこっそりと後をつけていた。人数はおよそ二、三人くらい、マルコはおそらく気づいているだろうが特に気にしてる様子はない。
「はわわわ、響ちゃんがパイナップルの人に連れて行かれたのです」
「一体何なのよ、あのパイナップル頭」
「と、とにかく追いかけるわよ。仲間を助けるのは一人前のレディーとして当然なんだから!」
マルコの髪形をパイナップルみたいだと揶揄する三人はそう言うと二人を追いかけていった。
次の話でひとまず出会い編は終わる予定です。その後は書きたかった日常編を書いていくつもりです。