インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

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長らく放置して申し訳ないです!
そろりそろりと更新していけるように致しますので…


第76話『別離』

『…モルモット…?ボクが…?』

 

ポツリと漏れ出た木綿季の呟き。

須郷の口から語られた目的を、彼女は飲み込めずに居た。

 

『そう!君はこの僕に選ばれた名誉あるモルモット!!幾億と存在する人間の中で選ばれたんだよ!』

 

「…何が名誉あるだ!相変わらず…人を何だと…!」

 

『無論、観察と研究の対象さ!…さぁ木綿季クン、僕と共に新世界の扉を開こうじゃないか!』

 

言葉だけ聞けば甘い誘惑なのだろう。もし木綿季が何も知らずここに居たのなら、多少は警戒心を解いていただろう。

だがここにいる気の置けない友人3人の彼に対する表情と警戒心が、彼女に『コイツの言葉に耳を貸してはならない』と警笛を鳴らさせるに至っていた。

 

『やだ…!』

 

故にハッキリとした拒絶。

声だけでの意思表示しか出来ない。しかし精一杯の敵意を込めて。

そんな彼女の意志に、須郷はやや間を開け、くっくと笑い始める。

 

『そうか!そうだろうね!…そうじゃなきゃ面白みが無い!』

 

「面白み…?」

 

『じゃ、ゼロ。感動の再会はここまでにしておこうか。対象を回収しろ。』

 

クライアントである須郷の命により、ゼロと呼ばれたフードの彼は再び防護ガラスに向き直る。その固めた拳を振りかぶる。

 

「…ん、なろぉぉぉっ!!」

 

痛む身体を圧して、一夏は拳を握り込む。

右腕の白銀のガントレットに念じる。

粒子と共に右手に集うのは機械の拳。

生成されたそれは、パワーアシストによって先程の、生身の一夏の拳とは比べものにならないほどの威力を有する。

奴を殴り飛ばして止める!

いくら奴が鍛えていても、ISの拳は受け止めきれない!

 

「ISか。」

 

だが奴は何処までも冷静だった。

再び握り込んだ手を一夏に向けて翳す。

 

「まさか…生身で受け止めるつもりか!?」

 

和人の声も尤もだ。

受け止めようものなら、人間の限界を超えているとしか思えない!

一夏の、

白式の拳が、奴の手に吸い込まれていく。

 

瞬間、

 

大きな、途轍もなく大きな風船が破裂したかのような甲高い音が、第一特殊機器計測室を支配した。

 

「……ISを扱えるのはお前だけと思うなよ。」

 

それは灰。

白式の様な純白ではない。

まるで煤こけた…燃えかすのようなその色。

奴の右手にはめられた『機械の灰の腕』は白式のそれを、先程のやり取りと同じように易々と受け止めていた。

 

「あ…IS…!?」

 

明日奈の驚きの声も至極当然のものだった。

何せ、世間でISの使える男は、目の前に居る織斑一夏その人のみのハズ。

にも拘わらず、ゼロと呼ばれたフードの男はISを展開し、あまつさえ一夏の拳を受け止めていたのだ。

 

「なぜ、か?知る必要はあるまいよ。これきりの出会いなのだからな。」

 

ぐしゃり…

 

何かが圧壊する音が木霊した。

 

「そして…お前達に教えることもない。」

 

握り込まれたその灰のISの握力により、手中にあった白式の拳を、容易く握りつぶしたのだ。

 

「なっ…!」

 

「遅い…!」

 

ISの腕を破壊されたことに目を見開き、そして隙を見せた一夏。その間隙にゼロは彼の懐に潜り込み、肘打ちを鳩尾に突き込んだ。

まともに生身で喰らえば、意識を飛ばすであろうことは想像に難くない。だが、

 

「っ………!」

 

「ほう?」

 

フードの奥で薄いながらも感嘆の声が漏れる。

自身の肘。それを受け止める透明な膜が張られていたのだから。

ぎりぎり、本当に僅差だった。一夏の防御本能で、白式が展開。シールドが張られたことによって、彼は鳩尾への一撃を防いでいた。だが、シールドで受け止めたとはいえ、数メートル仰け反ってしまったのは、奴の力が末恐ろしいものだということには変わりない。

 

「悪くない展開速度だ。」

 

「木綿季を………連れて行かせるか!」

 

右手は潰された。だが、まだ左が残っている。

振りかぶる腕と共に構築されていく白式。

ブースターを吹かし、速度を乗せた左の一撃。これを喰らえば、幾ら奴が規格外といえどもタダでは済まない。

 

「ISそのもののスピードも悪くはない。」

 

しかし、利き腕ではないとはいえ、速度を乗せた彼の拳も、易々と受け止められてしまう。

ギリギリと、まるで鍔迫り合いのように睨み合う2人。一夏は押せ押せとブースターを更に吹かし、押し上げんと拳に力を込める。

 

「舐めるな!パワーなら!!」

 

近接戦を主体とした白式。その出力は抜きんでており、馬力そのものはトップクラスだ。並大抵のISに、力勝負で負けるなどということはないほどに。

だが、

 

「押せよ………破式…!」

 

フードの奴が展開するは、まるで灰のようなグレーを基調としたIS。所々紅く発光し、まるで抜き身の刃物と思わせるようなフォルム。同時に禍々しさすら感じられる機体だった。

その背後に浮かばせたブースターから赤の閃光が走り、掴んだ一夏の拳を徐々に徐々に押し返していく。

 

「うぐ…ぉ…!」

 

白式の、一夏の腕が軋む。

並大抵のパワーじゃなかった。

燃費と拡張領域(パススロット)以外のスペックなら高性能機の域である白式を、まるで赤子の手をひねるかのように押し返すなどと、正直のところ信じられなかった。

 

「ふっ!」

 

瞬間、背面ブースターの閃光が迸り、風を切るかのような音とともに、室内に轟音が響き渡る。男が破式と呼んだIS。それが軽々と、しかも片手で一夏を壁に押し付けていたのだから。

まるで一息という言葉がこれ以上ないほどに当てはまる一瞬の出来事だった。

 

「ヌルいな、こんなものか。」

 

「ちく、しょぉ…!」

 

「これでケリを付けてやってもいいが…?」

 

ギリギリと、嫌な音が軋む。

破式のマニピュレータが、一夏の首を絞めあげているのだ。ISのパワーアシストを持ってすれば、やろうと思えば容易く首をへし折って命を刈り取ることもできるだろう。

だがそうしない。

生殺与奪の権を握っているということを、そして圧倒的な力の差を、奴は一夏に刻み込んでいた。

 

『や………!やめて………!!』

 

そんな彼を静止させんと、声を張り上げる。

それは、奴らのターゲットたる紺野木綿季その人だった。

 

『ボク………行く…!行くから!!だから…!一夏を、離して…!』

 

「賢明な判断だ。」

 

男は一夏の首を掴んでいたマニピュレータを緩める。

ドサリと、糸の切れた人形のように倒れ込む一夏。

 

「だめ、だ………木綿…季………!」

 

その目は意識が朦朧としているのか、まるで焦点が合っていない。文字通り、気力を振り絞っている状態だ。

 

「織斑一夏。女が男を守るために身を挺す。スクリーンなら感動モノだ。だが同時に、実に情けない。貴様は、3年前からまるで成長していない。」

 

「3年………前…?」

 

倒れ込む自身を見下ろすその目に籠もるのは、蔑み。そして…

 

「貴様などが…、この程度の貴様如きが……俺の…!」

 

おぞましいほどの憎悪。

なぜ?

それを問う間もなく、ゼロは踵を返し、そして……。

 

ガラスに拳を打ち込む。

恐らくは、外気が滅菌室に流入するであろうその光景を最後に、一夏の意識は限界を迎え、ぷつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つうっ!?」

 

「一夏君!目を覚ましましたか!」

 

身体に走った激痛で、一夏の意識は呼び戻された。

顔しかめながら目を見開けば、そこには見知った顔ぶれが3人居た。

 

「倉橋…先生……?」

 

白衣を着た中年の男性…倉橋医師は、一夏の意識が戻ったことでホッと一息つく。同じく覗き込んでいた他の2人…和人と明日奈も釣られて一息吐き出す。

 

「俺……どうして……?」

 

「そ、それは…!」

 

「………そうだ!あの男は!?須郷は!?木綿季…は…?」

 

件の2人、そして大切な少女を探して辺りを見回す。

そして…それは見えてしまった。

 

夢であって欲しかった。

 

だがあれは現実だった。

 

砕け散った防護ガラス。

 

その奥の部屋にあったはずのメディキュボイド。

 

それを繋ぎ止めていたコードや金具が痛々しいほどに千切れている。

 

そして…

 

メディキュボイドに繋がっていた彼女。

 

それらが…まるでそこだけえぐり取られたかのように…

 

「うそ……だろ……?」

 

さっきまでそこにいた

 

居たはずの少女

 

一緒に居たかった彼女は

 

彼女の命を繋ぎ止めていた機械と共に

 

消えていた。

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

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