インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
負けた。
悔しい。
普段ならそう思うだろう。
だが今は違う。
悔しいという気持ちが皆無と言えば嘘にはなる。
だがそれを勝る清々しさがあった。
雪片弐型の爆発で右手が痛む。
その痛みが掠れてしまうほどに。
『えへへ…勝っちゃった。』
馬乗りになって目の前に居る紫天。
その奥に居る少女が、恐らくは弾けるような笑顔で居るのがありありと想像できる。
見えないはずなのに、それは容易だ。
「…本気で行ったのに、まさか負けるとはな。」
『良い勝負だったね、ボク達。』
「そうだな。そんで、楽しかった。」
『…うん。』
これで、
これで楽しかったIS学園での生活も終わってしまう。
楽しい時間はあっという間だった。
もっともっと皆と…一夏と、学校に行きたかった。
でもそれは叶わない夢。
しかし一時とは言え、こうして学生としての生活を味わえた事に、なんとも言えない充足感があった。
『よくやったな、紺野。…良い試合だった。思わず言葉を失うほどに、な。』
そして、彼女を労う千冬の声。
それが木綿季の涙腺を後押ししていくのは当然だろう。
『えぐ……うぁぁ……。』
くぐもった声が、紫天に装着されたスピーカーから漏れ出す。
泣いているのは明らかだ。
感極まった、と言ったところだろう。
『
『あ~、うん。まぁ卒業…だけあって涙はつきものだな。』
よもやここまで泣き出すとは思いもしなかった千冬は若干引いていた。
『それよりも…そろそろ一夏の上から退いてやれ。紫天の重量は、生身の人間が纏うISよりも遥かに重いのだからな。』
そう言われてハッとした木綿季は、いそいそと紫天を操作して一夏の上から退ける。
確かに外部操作とは言え、自身の身体は今、機械の身体。
それを失念してズッシリと一夏の上に乗っかっていたのだから、恥ずかしいやら何やらで言葉を失う。
『ご、ごめん、一夏。重かったよね。』
「い、いや、そんなことはないぞ?うん。」
というか一夏は、紫天=木綿季が自身に馬乗りになっていた、というのを想像して、ほんの少し興奮したのは心の中に止めておくことにする。
『さて、と。一夏。後で白式をこちらに預けろ。…雪片弐型を修理せねばならん。』
「あ、…ゴメン千冬姉。派手に壊して。」
『構わん。駄兎にでも送りつけておいてやるさ。あとは…右腕に関しては自己修復に任せれば良い。』
頭を抱えて『何したのいっ君!?』と嘆いている束を想像して、思わず小さく吹き出してしまう。
『さぁ、あとは私が片付けておく。…一夏、卒業生のことは任せるぞ。』
「了解。じゃあ木綿季、向こうのピットで待っててくれ。着替えていくからさ。」
『ん、じゃあ待ってるね一夏。』
損傷が少ない紫天のスラスターを吹かして、悠々と飛翔していく。その夕日に照らされて煌びやかに飛び行くその姿は目を奪われるものがある。
『…強かったか?』
「強かった。お世辞抜きに。」
『ほう…ならば試験官は私にしておけば良かったかな。』
「紫天とアリーナが潰れるだろ。」
『だが、闘ってみたくなる、そんな闘いぶりだった。』
「…それはわかるけどさ。」
姉ならやりかねない。
デュエルトーナメントに参加するという名目だけで、ALOデビューするほどなのだ。ヘタをすればバトルジャンキーにカテゴライズされてしまいかねないほどの。
そんな彼女が木綿季と闘ってみたら…
ダメだ。
慣れてなかったあの時のALOならともかく、現実でISを操って闘えば、アリーナが崩壊して、紫天のダメージレベルがエラいことになりかねない。
「とにかく、自重してくれよ。そう言うのは、入学の実技だけで十分だろ。」
『失礼な。私とて入試は手加減しているぞ。』
「ホントかよ。」
『全く!早く着替えて木綿季を迎えにいかんか!女性を待たせるなど、男としてナンセンスだぞ。』
「はいはい、でも千冬姉から男女の駆け引きじみた言葉が出るなんてなぁ…。」
『一夏ァ!!』
ヒィッ!というクッソ情けない悲鳴をあげると、朽ちかけのスラスターを吹かせてピットへ戻る一夏。
そんな弟を見送りつつ、千冬はマイクのスイッチを切って大きな溜息を吐く。
「私だって…恋愛に興味ないわけではないのだぞ…。」
二十代半ばの世界最強の呟きは、誰も居ない管制室に寂しく木霊するだけだった。
数時間後
所変わり、とある天災の研究所。
親友から、まるで速達便の様に送られてきたソレを見て、束は頭を抱えた。
「こ、こんなに白式を…雪片弐型をボロボロにするなんて…何したのいっ君!?」
白く光沢を放っていたその装甲は、見るも無惨に歪み、煤こけ、そして所々砕けている。
原型こそギリギリ留めているが、ダメージレベルが深刻であると言うことには変わりない。
「これは…自己修復に任せても、どれ程かかるかわかりませんね。」
「特に雪片はね~。やっぱり束さん直々に…やること山積みだぁ…。」
「その割には楽しそうですね束様。」
ぼやきながらも、不思議と口許を緩める束に、白式に繋いだコンソールを操作しながら問う。
「そりゃね~。だって被弾の損傷より、駆動部の損傷が酷いんだもん。」
「???損傷の上下が何か関係あるんですか?」
「いいかいクーちゃん。闘って被弾したら損傷する。ソレによって損傷するのは装甲部位が大半。これはわかるよね?」
「はい、白式もそうですが、ISは駆動部の上に被せるように装甲を装着しています。外部からの攻撃なら装甲が壊れるのは自然です。」
流石クーちゃん。と、クロエの頭を一撫でし、束は白式のデータを閲覧する。
「じゃあその装甲よりも駆動部の損傷が激しい、と言うことは、どういうことかわかる?」
表示した白式の電子データ。そこに表示されるのは、白式の構成フレーム。腕を中心として赤く染められているのが、駆動部が損傷している箇所だ。脚部に弾痕があり、装甲が損傷しているのだが、内部フレームに損傷はない。しかし逆に、腕部の装甲は被弾箇所が脚部に比べてマシにもかかわらず、フレームは深刻と言っても差し支えないほどのダメージを受けていた。
これが示唆するものは…
「内部からのダメージ…若しくは、駆動の負荷が過多に…?」
「うん、その通りだね。束さんが思うに後者だと思うんだよね。」
駆動データを見てみると、腕の稼働負荷は確かに普通では考えられないほどに高い動きを取っていることがわかる。
ISに保管されていたISの戦闘映像データには、例の弾丸弾きという、人間業と言いがたいそれが映し出されていたのだから。
「…いっ君、ちーちゃんに近付いてきてるね。」
「確かに、弾丸を…しかも現実に連続して弾くなんて、ISのパワーアシストやハイパーセンサーの恩恵があると言っても、並大抵…というか、普通はあり得ません。」
「これだけの動きに、一般的な材質の内部フレームじゃ、耐えきれないのは仕方ないかぁ…。」
これらが示すもの、それは一夏のISを操る腕前が著しく向上して来ていると言う証拠だ。このまま使い続ければ、駆動負荷に耐えきれずに更に深刻な状態になりかねない。
「よし、じゃあ束さん直々にちょちょいと強化しちゃいますか。白式のこの結果を鑑みて、『黒』の剛性も見直さないといけないしね。」
「では、内部フレームの強化プランをリストアップしていきます。」
「束さんが思うに、関節の可動摩擦面に磁力コーティングを施すことで抵抗を減らし、反応速度を上げるのはどうかな?」
「それだと、機体の反応は上がっても、剛性が高まるわけではないですね。…私のプランは、内部フレームを一定の電圧の電流を流すことで相転移する特殊な金属に変えることで、剛性を飛躍的に向上させることが出来るものです。ただ、最大稼働時にフレームが金色に発光して光子の形で負荷を放散するので、ステルス性は皆無ですけど。」
「それだと、ただでさえ燃費の悪い白式が、最大稼働時にさらにエネルギーを食っちゃうことになるなぁ…。うーん、どれもこれも一概にはパッとしないね。…むしろこの脳波コントロール・システムの基礎機能を持つコンピューター・チップを、金属粒子レベルで鋳込んだ材質をフレームに…」
天災による白式の魔改造…人知れずそれは夜通し行われた事を一夏は知らない…。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。