インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

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第64話『シオンと言う少女』

22時00分 ロンバール宿屋

イチカは木造のチェアに座り、頭を抱えていた。

2つあるベッドの内、手前の方には、先程改めて婚約したユウキが気を失っている。まぁゲーム内での気絶なので問題はない。逆にあるのは奥ですよすよと寝息を立ててるユウキの上に落ちてきた少女。見た所外見年齢は一桁。ユウキよりも明るい紫色のセミロングを三つ編みにし、服装は初期装備。…察するに、ニュービーで飛行していたら操作をミスって、それがものの見事にユウキの上に…と言うことだろうか。

とにかく2人を草原にそのままにすることが出来なかったので、気を失った彼女らを脇に抱えて宿屋に入り、こうして休ませている次第なのだ。

折角イチャイチャしそうな雰囲気…ヘタをすれば翌日シロ辺りに『ゆうべはお楽しみでしたね』と言われかねない方向に進んでいたかも知れなかった。

それが頭を抱える原因ともつゆ知らず、イチカは逃した魚は大きいと言わんばかりのクソデカ溜息を一つ吐き出した。

 

「ん…。」

 

そんな部屋にイチカ以外の声が響く。

先にうっすらと目を見開いたのは、件の少女だった。

一応ここまで運んできた責任的なもので容態を確認するためにベッドサイドへと歩み寄る。

ぼんやりと天上を見つめるその双眼は、髪と同じく紫色。

数秒ほど天上を見つめた後、周囲を目だけ動かしてゆっくりと見回せば、傍らに立つイチカの姿。

 

「よ、気が付いたか?」

 

「………?」

 

「あれ?…どこか調子が悪いのか?」

 

「…いえ。…私はどうしてここに?」

 

「気を失う前のこと、覚えてないのか?」

 

イチカの問いに、無表情でコクリと頷く少女。

まぁユウキとぶつかってあれだけ吹っ飛んだのだ。その落下速度は推して知るべしだろうし、それだけの速さで落下の恐怖を味わえば、記憶が混乱しても致し方ないだろう。

 

「いきなり空から落ちてきて隣のユウキにぶつかって気を失ってたんだよ。で、悪質なプレイヤーにイタズラされるのを懸念して、念の為に宿屋へ運んで休ませたんだ。」

 

「そう…ですか、ありがとうございます。」

 

どうやら外見年齢に比べてかなり大人びているらしく、丁寧な敬語で謝礼してくる。表情が余りないのが気になるが、まぁそこは目を瞑っておいても問題ないだろう。

 

「…と、自己紹介がまだだったな。俺はイチカ。」

 

「…シオン。」

 

「そっか、よろしくなシオン。」

 

「…はい。」

 

「………。」

 

「………。」

 

自己紹介は一応済ませておいたが、必要最低限の受け答えにイチカはどうしたものかと頭を悩ませる。

空気が重い。

重いだけならまだ良い。それが悪くならないよう、イチカは必死に愛想笑いを浮かべることで、空気の維持を図る。が、

 

「…何か、おかしなことでもあるんですか?」

 

「あ、いや…何もないんだけどな…ハ…ハハ…。」

 

余計に悪化した…ような気がする。

どうにもこの空気は苦手だ。

それにこのシオンという子は、落ち着きすぎていて逆に怖い。

恐らく初めてのALOなのだろうが、初めてのゲームというのはやはり興奮冷めやらぬ物があるはずだ。現に、初めてイチカがALOにインしたときは、アスナを救出しなければならないという義務感から来るものにも関わらず、空を飛べるというシステムに惹かれて、不謹慎ながら興奮した物だった。

しかし目の前の少女は余りにも落ち着きすぎていている。そこに妙な違和感を感じて止まないのだ。

 

「ん~…?」

 

思考の海に填まっていると、もう一人の声が部屋に木霊した。

のっそりと、寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。

 

「あれ…イチカ…?…それに室内…?ボク、どうして…?確か草原に居たんじゃ…」

 

「いや、気絶したから宿屋に運んだんだよ。流石に外で休ませるわけにもいかないからさ。」

 

「それもそっか、なんか迷惑掛けちゃったね。」

 

「気にするな、俺も気にしないから。」

 

「では、私はそろそろお暇します。…後はどうぞお楽しみください。その、ぶつかってしまい、申し訳ありませんでした。」

 

甘くなりそうな空気を察して、シオンは謝罪してそそくさと退室しようとする。

しかし、そこは絶剣の射程範囲内。ギラリと目を光らせたユウキが、まるで某怪盗三世のようにベッドから跳躍。飛び込み気味にシオンを鹵獲する。

野性を思わせるその動きに、彼女を縛る理性は要らないというのか。

 

「ねぇねぇキミ、名前は?」

 

「し、シオン…」

 

「じゃあシオン!もしかして、ALOは初心者だったりする?」

 

「…は、はい。」

 

「じゃあ一緒に飛ぶ練習をしよう!ね?フレンドになって狩りにも一緒に行こうよ!一人よりも皆で遊んだ方が楽しいよ、きっと!」

 

おぉ、ゴウランガ!見るがいい!これがユウキのコミュ力の高さ(押しの強さともいう)である。

実際、無表情だったシオンの表情が崩れ、若干引き気味になっていた。

 

「じゃあフレンド登録の仕方ね?まず指をこう…上から下にスライドさせて…で、ここを押して…これで……」

 

しかし…残りの人生に対しての人間関係への縛りを吹っ切ったからか、その押しの強さに拍車が掛かっている。悪くないと言えば悪くないが、押しの強さは見方を変えれば強引ともなるため、引き際という物が肝心だ。即ち。

 

「よし、じゃあ今からパーティ組んで、飛ぶ練習を…」

 

「こらこら、ユウキ明日は学校だろ?夜更かしして、授業中にうたた寝したりなんかしたら、怖い先生からの折檻だぞ?」

 

「ヒッ!?」

 

どうやらユウキにとっての千冬は、先生であると同時に畏怖の対象となっているらしく、まるで土下座を強要した外務大臣のようなクッソ情けない悲鳴を上げる。

 

「そんなわけだからシオン。明日に、な?」

 

「あ、はい…。私もそれで構いません。」

 

「アイエエ…アイエエ…。」

 

「ほらユウキ!ログアウトするぞ。じゃ、またなシオン!」

 

千冬リアリティショックを受けたユウキをログアウトさせつつ、イチカもログアウト。部屋に残されたのはシオン1人。

目の前に浮かぶのは、フレンドに登録された『Yuuki』の文字。

 

「…フレンド…為すがままに登録してしまいましたが…どういう意味なのでしょうか…。」

 

理解できぬまま、明日にでも聞いてみようと心に決めて、シオンも同じくログアウトしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

制服に着替え、朝食のため食堂に足を運んだ一夏。その肩にプローブは見当たらず、1人で黙々とだし巻き玉子定食を口に運ぶ。食べることが出来ないのに目の前で食べるというのは流石に酷だと配慮した様だ。と言っても、木綿季は未だ夢の中に居るらしく、電源を付けたプローブ越しに、可愛らしい寝息が聞こえていたので、どちらにせよ連れてこなかったが。

 

「今日も早いな一夏。」

 

「千冬姉は今から朝食か?」

 

「少し寝過ごしてな。昨晩遅くまで仕事していればこうもなる。」

 

「…昨晩?」

 

焼き鯖定食を手に持ち、対面の席に座るのは姉である千冬だ。普段は基本的に生徒より先んじて朝食を済ませる彼女が珍しいものだ。

昨晩といえば、デュエルトーナメントを終えて皆で宴会していた。その時の千冬…オウカと言えば、エギルやクライン達大人組とイチカの作ったツマミを肴に、酒的な飲み物をガブガブ飲みながら大騒ぎ。特にオウカは、遅れてやって来たマドカをからかったばっかりに、宴会間はネコ耳と尻尾をネタにされていた。

 

「…もしかして、仕事を終わらせてないのにデュエルトーナメントに参加してたのか?」

 

「………。」

 

目をそらす千冬。

バレバレな上に子供かよと言う心の突っ込み。

 

「ダメだぞ千冬姉。夜更かしは美貌の天敵だからな。しっかり休まなきゃ。」

 

「いや、それを(なげう)った結果としても、昨日は大きな収穫を得ることが出来た。悔いはないさ。」

 

「結果?」

 

「何、お前が漸く恋人を得たという事実さ。」

 

「あ、…いやまぁ……うん…そう、なんだけどさ…」

 

まだまだ付き合い立てで初心なのか、忽ちに顔を赤らめる一夏。普段こんな表情をみせない弟に、改めて愛おしさを感じる。

 

「って、誤魔化すけど、それよりもトーナメントの方が目的だったんだろ?俺と木綿季のことはトーナメント内の事だったんだし。」

 

「…良いではないか。私とて久しぶりに暴れたくなる。…特にお前の周りのことでストレスがマッハなんだ。」

 

「俺の周り?」

 

「…恋人が出来てもその辺りは鈍いのだな。教室破壊に器物損壊。お前の周りでどれだけ起きていると思う?」

 

「そういえば…そうだよな。…何でだ?」

 

「…お前の変な鈍さには、木綿季も苦労しそうだな。」

 

「大丈夫、俺は木綿季に苦労は掛けないって。」

 

やはり唐変木は直っていなかった。木綿季への好意を自覚するのは良いが、自身の恋愛以外での一夏への好意には全くと言って良いほど気付いていない。ヘタをすれば束にも似た偏り。

それ程までに一夏の恋愛に対する感情が極端だった。

 

「まぁ良い。…兎に角、紺野も含めて授業には遅れるなよ織斑。そろそろ出席簿の予備が少ないのでな。」

 

「…あの出席簿、壊れてたのかよ。てっきり特殊合金製かと…。」

 

「何を言う。そんな物あるわけないだろう。それに、そんな物で叩いていては、折角頭に入った授業内容が飛んでしまうだろうが。」

 

「千冬姉にやられたら、授業内容以前に魂が飛んでいくって!」

 

「お前は私を何だと思っているんだ?」

 

「世紀末の荒野でヒャッハーを薙ぎ倒していきかねない姉貴。」

 

「人を殺人拳の継承者扱いするな。」

 

一夏の両こめかみ(頭維)に、千冬姉の親指が突き刺さり、一夏の意識は3秒後に失うこととなった。

 

そして授業にはギリギリ間に合ったとか間に合わなかったとか。

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

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