インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

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第63話『確かめあう気持ち』

宴も酣と言うことで、片付けを終え、夜の9時を回った辺りで次々に皆がログアウトしていく。キリトやアスナ達も現実での食事や入浴があるためにログアウトした。

皆を見送り、残ったのはイチカとユウキ、そしてマドカだった。

ALOフィールドの草原に川の字で寝そべり、天上を照らす星々を眺め、頬を撫でる夜風に身を委ねる。

静かで、そして穏やかな時間。

 

「でね?その時のテッチが後で言ったんだよ。ぼ、僕を踏み台にした!?って。」

 

「味方に踏み台にされるなどと、彼も思いもしなかっただろうな。」

 

「でもそのお陰で俺達はボスを倒せたんだから、結果オーライだろ。」

 

3人が語り合うのは、27層のボス戦。その武勇伝だ。

マドカと出会う前の2日間。所謂2人の馴れ初めを語り、中々濃厚な内容に少しマドカは退いていたが、それでも最後までその内容に耳を傾けていた。

 

「本当にお前達出会って10日やそこらなんだな。どれだけスピード婚なんだ。」

 

「べ、別にいいだろ?好きになるのに月日は関係ないって。」

 

「そ、そうだよ!マドカとだって出会って即友達になったじゃないか。」

 

「いや、あれはお前の押しの強さに負けたほうが大きいんだが…。」

 

「でもボクは、マドカとフレンドになって正解だったと思ってるよ?だから、これからも友達でいてね?仮想世界でも現実世界でも。」

 

「…フン、まぁそこまで言うなら友達でいてやるのもやぶさかではないな。」

 

「素直じゃねえな。」

 

「うるさい黙れ。ちょん切るぞ。」

 

「ヒッ!?」

 

敢えて冷たい声で言えば、思わず股間をガードするイチカに、してやったりと悪い笑顔を浮かべるマドカ。

そんな仲良さげな2人を、ユウキは何処か羨望にも似た眼差しで見つめていた。

 

「ほらほら、兄妹なんだから、仲良くしなきゃ!」

 

「ふんっ!こんなバカチンを兄などと認めるか!」

 

「俺も妹なら、もっと可愛げのある妹がいいな。」

 

「イチカ…マドカは充分可愛いよ?」

 

「「はぁっ!?」」

 

ユウキの思わぬ味方に、イチカは愚か、側に付かれたマドカですら素っ頓狂な声を挙げる。

 

「そんなに驚くことかな?ボクが感じた限りだと、照れ屋で、少し奥手で、かっこ付けたがり(厨二病)で、友達思いの優しい女の子だよ?そんな子が妹でもっと可愛げを求めるのは、ボクは高望みだと思うよ?」

 

「や、やめろユウキ…何だか身体がむず痒くて仕方ないぞ!?」

 

「ほら紅くなった!やっぱり照れ屋で可愛いじゃない!」

 

「ぐわぁぁぁっ!?」

 

何故が腹がよじれんばかりに悶えるマドカは、イチカからしてみれば可愛いと言うより面白いと感じる。これが命を狙ってきたテロリストのMの素なのかと、未だに信じられないでいるが、それでも少なくともユウキと接している彼女は、打算無しでありのままなのだろうと言うのは何となく解る。

 

「全く…!人をからかうのも大概にしろっ。」

 

「からかってないんだけどなぁ…。」

 

「お前も!何をニヤニヤしている!?」

 

「え?ニヤニヤしてたか!?」

 

「ふんぬー!!!!」

 

やはり俺に対してはトゲが鋭い。

爪でバリバリと引っ掻かれながら、ツンギレケットシーを刺激して良いのはユウキだけだと改めて認識したイチカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、私もそろそろログアウトしよう。流石に仕事上がりでの長時間プレイは骨だ。」

 

「あ、そうだったね。お仕事ご苦労様マドカ。」

 

「あぁ、ログアウトしたら少し休むさ。お前達も、余り遅くならないようにな。」

 

「…おう、お疲れ。」

 

「…ふんっ。」

 

「またねっ!マドカ!」

 

「…あぁ、またな。」

 

爪傷だらけで面白い顔になってるイチカからプイッとそっぽを向きながら、マドカは翅を展開して宿屋へと飛翔していった。

そして…残されたのはイチカとユウキのみ。

 

「………。」

 

「…あ、あはは……二人きりに…なっちゃったね。」

 

「そ、そう…だな。」

 

気まずい。

恋人で、そして今では仮想世界と言っても婚約者が隣にいる。

恋人同士の期間をすっ飛ばして、いきなり結婚なんてことを考え出したのだ。その距離感に2人はどうも慣れていなかった。

 

「ねぇ、イチカ。」

 

イチカの視界に影が差す。

頬に垂れるのは絹のように滑らかで、そして艶のある黒髪。

月の光に当てられて、艶めかしく光るそれは、イチカの上に覆い被さるように乗っかったユウキの物だった。イチカの腹部の上に馬乗りになり、手をイチカの頭の傍に突き、まるでイチカが壁ドンならぬ床ドンされている形となる。

 

「ボクの…いつ消えるか解らない命の灯火だけど…

 

まだまだ女の子として未熟かも知れないけど…

 

イチカ…

 

 

 

ボクを…お嫁さんとして…幸せにしてくれますか?」

 

イチカはゴクリと固唾を飲み込む。

目の前にいる少女が、自身の知るユウキと別人に感じる。

月の光に照らされて、大人びて、それでいて大人の色香が漂っている。

潤んだ深紅の双眼が、彼を捉えて放さない。

イチカも目の前の少女から目が離せない。

それは文字通り魅了されたかのように。

 

それでも、

 

固まった口を辛うじて動かして、彼女の問いに応える。

 

「俺は…ずっと一緒にいてユウキを幸せにする。言ったろ?…健やかなる時も、病めるときも、富める時も、貧しい時も、良い時も、悪い時も、ずっと一緒にいるって。」

 

「あ……、それって…。」

 

以前ユウキがイチカ達の前から姿を消して、木綿季に会いに行った際に交わした言葉だ。

あの時、ユウキはそんなつもりはなかったはずが、よもやこんな形で結実となるとは思いもしなかった。

 

「だからユウキ、俺と…結婚しよう。」

 

「…!…うん…!…ありがと…イチカ…。」

 

そっと、ユウキは目を閉じる。

ここで何を彼女が望んでいるか、察せないほどイチカは鈍くはなかった。

ユウキの背にそっと手を添え、ゆっくりと自身へと引き寄せる。

 

 

 

やがて、

 

 

 

2人の影は一つとなり、

ここに婚約の契りを果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでは良かった。

 

「むぎゅっ!?」

 

背中に受けた強い衝撃によって、カエルが潰れたかのような女の子が発してはいけない声を出して、ユウキは完全にイチカに身を預けて気絶してしまった。

何が起こったのが解らないまま、イチカはユウキを抱き留め、何が彼女に何があったのかを模索する。

周囲に何か原因があるのかと見渡してみれば、2人から数メートル離れた位置に倒れ伏して目を回す1人の少女のプレイヤー。

…察するに、彼女が飛行ミスか何かが原因で、まるでピンポイントにユウキの背中に落下した、と。

 

「…泣けるぜ(ままならないもんだ)。」

 

そんな呟きは、月光が照らすALOの草原に寂しくかき消えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。」

 

簡素なベッドと机、あとはキャビネットが置かれただけの質素な部屋で、マドカ…否、Mは目を覚ます。先程までのどんちゃん騒ぎが嘘のように静まり返り、生活感も何もあったもんじゃない自室へと戻ってきた。

アミュスフィアを外し、目を閉じて仮想世界の余韻に浸る。

殺すべき男と大切な友人との婚約。あくまでも仮想世界での話だが、互いを大切に思う気持ちは現実のそれと謙遜ない。

仮想世界ではイチカは一応の友人ではあるものの、現実世界に戻れば織斑一夏は抹殺対象。否が応でも殺ささざるを得ない存在。

の、はずが。

以前までは思い出すだけで殺意が満ち溢れていた彼への憎悪が、今はその存在にただのムカつくだけ。壁に押しピンで止められ、ナイフの刺し傷がある一夏の写真に、今はナイフが突き刺っている訳でもなく。

その隣には、以前ユウキとイチカとマドカで撮った写真をプリントアウトして貼り付けていた。

 

「…私は、おかしくなってきているのか?」

 

任務を遂行するだけの自身。

そして一夏を抹殺すること。

それが自身のアイデンティティーだというのに。

今ではただ任務をこなし、暇があればALOで皆と触れ合う。そんな日常になれてきていた。

 

「いや、考えていても詮無きことか。」

 

今はただ無事に生き残り、またALOにログインしよう。

新しくフレンドになっ(させられ)たアスナ達ともまた仮想世界を楽しむためにも。

 

「んだよ、ニヤニヤして気持ち悪ィな。」

 

「ノックぐらいしろオータム。」

 

いつの間にやら部屋に入ってきたオータムが、まるで変な物を見たかのように訝しげにMを見ている。

 

「ケチくせぇこと言ってんなよ。それより仕事だ仕事。さっさと身支度整えやがれ。集合はブリーフィングルームな。」

 

「…解った。」

 

言うだけ言うと足早に退室するオータムを見送り、Mはベッドから立ち上がると、キャビネットから取り出した白と紺のISスーツを身に纏い、その上から黒のポンチョを羽織る。

 

「…さて、行くか。」

 

待機状態のサイレント・ゼフィルス(静かなる蝶)を装着し、ブーツをならしながらブリーフィングルームに向かう。

亡国機業(ファントム・タスク)のMとしての本分を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…な…!正気…なのか…スコール…!」

 

「それが御上の命令よM。作戦は二カ所で同時進行。同時に動かないと対策を練られる可能性もあるわ。」

 

「じゃあ私かMは学園だろうけど…流石に1人で奪取は難しくねぇか?」

 

「大丈夫よ。2人とも学園に向かって貰っても問題ないわ。」

 

「へ?…じゃあもう一つは…。」

 

()に行って貰うの。聞けば彼はそこに顔が利くらしいのよ。だから油断なく潜入して奪取出来るわ。」

 

スコールが呼ぶ彼という存在。

暗がりのブリーフィングルームの一角から現れたその存在に、オータムは元より、Mは目を丸くして驚きを隠せない。

 

「驚いたかしら?…貴女のお陰で彼をスムーズに潜入させるお膳立てが出来たわ。偶然とは言えお手柄ね。」

 

「わ、私は…そんなつもりじゃ……!」

 

この作戦が始まれば、恐らく全てが崩壊する。暖かに感じていたあの世界も、マドカとして過ごしていたあの日々も。

そして…木綿季との友人としての日々も。

 

(木綿季…一夏……私は…。)

 

そんな彼女の虚しくも悲痛な呟きに応える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終幕への歯車は、ゆっくりと時を刻み始めた。

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

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