インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

70 / 96
第62話『婚約』

飲めや歌えのどんちゃん騒ぎも最高潮に達した頃。

一人の黒衣を纏ったマドカが打ち上げ会場に姿を現した。

やはり初見が多いこの場において、その黒猫耳を見られるのが恥ずかしいのか、フードを深く被っている。

 

「あ、マドカ、来てくれたんだね!」

 

「あぁ、リアルの仕事が一段落してな。ログインしたらお前からのメッセージが来てたから間に合えばとも思って来たら…どうやらちょうど良かったようだ。」

 

「おう、マドカ。料理ならまだあるから、食べながら話したらどうだ?」

 

取り皿とフォークを渡しながら、イチカは気さくにユウキとの交流を促す。

一瞬ピクリと耳が反応するが、ユウキの前だ。特に気取られることもそれを受け取る。

 

「…食べられるものなんだろうな?」

 

「料理スキルカンストプレイヤーの先生と俺が作ったんだぜ?味は保証するさ。」

 

「む…。」

 

「ほらマドカ。これ、イチカが作ったんだよ?美味しいから食べてみてよ!」

 

自身でよそったローストビーフのような料理をフォークで刺して、マドカの口の前へと持って行く。

これはあれか。

所謂アーンとか言う奴か。

 

「いや、ユウキ…私は自分で食べれ…」

 

「アーン。」

 

「いやだから…」

 

「アーン。」

 

「人の話を…」

 

笑顔のまま微動だにしないユウキに若干引きながらも、このままでは埒があかないと悟ったマドカは意を決して、その突き出された料理をパクリと食べる。

若干頬を赤らめているのが伺える中、モグモグと可愛らしく咀嚼する様を見て、なぜかアスナが愛玩動物を見るような目で釘付けになっていたが、全くの余談である。

数回その味を噛み締めると、程よく火の入った肉の旨みが、噛めば噛むほど口を蹂躙していく。掛けられているのは、和風のソースだろうか?薄くスライスされたタマネギの辛みが、大根おろしと酸味を利かせたソースと非常にマッチし、ローストビーフ本体の表面に掛けられたスパイスも相俟って、味をより一層引き立てている。

即ち、

 

「う、美味すぎるっ!!」

 

何処かの全裸の蛇は初めてツチノコを食べたとき、恐らくこんな感動に打ち震えていたのだろうか?

感動の余りに落涙しているかも知れない。

余談だが、現実でアミュスフィアをしながら泣いている彼女を見て、オータムとスコールがドン引きしたのはここだけの話だ。

ともあれ、料理を美味いと食べてくれるのは嬉しいことで、イチカが自身やアスナの手がけた料理をよそって渡せば、それらもまるで料理漫画か何かのように、目から光子力ビームを出しつつ平らげる。そんなマドカはたちまち周囲からほのぼのとした視線を集めていることに全く気付いていなかったりする。

 

「なんだこれは!?まろやかでコクのある…だがしかし全くしつこくない…!現実の世界でもこんな料理は…」

 

「そぉい!」

 

料理に夢中になっていたマドカは、背後からソロリソロリと近付く存在に気付かなかった。

気合いの入った掛け声と共に、目深に被っていたフードは捲られ、黒くピンと立ったケットシーの耳が白日の下にさらされたのである。

 

「なっ!?」

 

「やっぱり黒猫!可愛い~っ!!」

 

ムギューっと、マドカを背後から抱き締めるのは、彼女が今頬張っている料理の製作者であるアスナである。艶やかな黒髪と猫耳に、まるで蕩けたような表情でスリスリする彼女は、普段の凜々しさなど何処へ行ったのか解らないほどにキャラが崩壊していた。

 

「な、なにをするだー!?」

 

「え~?良いじゃない?減るものじゃないんだし。」

 

「いや私のSAN値が…」

 

もはやお構いなし。精気でも吸い取っているのだろうかと言わんばかりにアスナは艶々とし、逆にマドカは窶れていく。

ユウキと目が合った。

助けてくれ…!

そう目で訴える。

ユウキは友人だ。

きっと助けてくれる。

 

「あぁ!アスナズルい!ボクも!」

 

この世に神はいない。

前から後ろから。

ギュウギュウとサンドイッチにされるマドカの精神的HPは、もはやレッドゾーンである。

 

「随分と可愛がられているんだな?」

 

そんな彼女の表情を一変させたのは、オウカの声だった。人の悪そうな笑みを浮かべて揉みくちゃにされているマドカを見る彼女は、明らかに狙って言っているのがわかる。

 

「…私が望んだわけでは無い。」

 

「ほう?そうか。それにしては随分と年頃の娘らしい反応をしていたようだがな?それにその猫耳、よく似合ってるではないか。」

 

くっくと笑いを堪えるオウカに、仕事上がりでフラストレーションの堪っていたマドカの中のナニかが、ブチリと千切れた。

 

「なんならそちらも着けてみるか?」

 

「…ダニィ!?」

 

マドカが取り出したるは、頭装備の猫耳カチューシャ(黒)と背中装備の猫ロングテール(黒)だ。

 

「私お手製の装備だ。料金はまけといてやる。存分にケットシーごっこを堪能するが良い。」

 

そこからが速かった。アスナとユウキの拘束から抜け出したマドカは、酒で酔ったオウカの不意を突いて、まるで仕事人かのようにすり抜け様に件の装備を装着する。

 

「…ちなみに、その装備はすこし失敗していてな。一度装備したらログイン時間二時間装備しないと外せないデバフ付きなんだ。…どうしたものかと置いておいたが、こんなところで役立つとは思わなかったよ。」

 

「なん…だと…」

 

頭を触ってみれば、もふもふの毛が生えたピコピコの猫耳と、お尻にはすらっと細長い猫の尻尾。よもやこんな物を装着したと世間に知れれば、末代までの恥だ。何とかして外そうと画策する中、悪寒を感じてそちらに目をやる。

アスナとユウキが、手をワキワキしながら、こちらに迫ってきていた。

 

「お、お前達、冗談だろう…?本気か?な?は、早まるな…!

 

 

 

私のそばに近寄るなああーッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和だな。」

 

「あぁ、平和だ。」

 

優勝の二人は恋人と家族のほのぼの?とした団欒に、茶をすすりながら英気を養うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、お前とユウキは付き合いだしたらしいな。」

 

「…早いな。アルゴ辺りの情報網か?」

 

「いや、号外のビラだ。鼠印のな。ログインしたら盛大にばらまかれていたぞ?」

 

「アイツ何してくれてんのォオオオオ!?」

 

「デュエルトーナメントの記事が主でな。その片隅にお前達の報道が載っていたわけだ。」

 

「プライバシーもクソも無いな。」

 

とりあえず今度、ネタのギャラでもせしめておくことをイチカは硬く心に違った。

 

「で?式はいつ挙げるんだ?」

 

「…前話でも同じネタがあったんだけど?」

 

「なんならエンゲージリングと婚約指輪は…」

 

「そこはアタシが何とかするわ。…一応マスタースミスよ?」

 

「…ふむ、先約がいるのなら、ウエディングドレスを…」

 

「それは私がしようかなって思うんだけど…、あ、本体は私が作るから、マドカちゃんはベールや靴みたいな小物を頼めるかしら?」

 

「合点承知!」

 

「え?あれ?なんで式を挙げる前提で話が進んでるの?」

 

「まぁ良いんじゃないか?結婚は良いぞ?所帯を持つと見る世界も変わってくるからな。」

 

「既婚者は言うことが違うねぇエギル。」

 

「そういうクラインも、そろそろ身を固める時期なんじゃないのか?」

 

「うるせぇ。相手がいたら俺もしてぇよ。」

 

やいのやいのという間に本人達をよそに仮想世界で結婚する方向で話が進んでいく。

自身らの幸せを願って話を進めてくれるのは有り難いのだが、にしても少し暴走しすぎではないだろうか?

 

「あとは…そうだな。愛の巣を買うのも良いんじゃねぇか?」

 

「「「「愛の巣ぅ!?」」」」

 

クラインの発案に、全員が声を揃えて復唱する。

 

「ちょっ…いいかたってものがあるでしょ!?」

 

「直球過ぎるわね。」

 

「クラインさん、少しデリカシーが無いです。」

 

「いや、クラインの言い方はアレだけど、悪くないかもしれないな。」

 

よもやキリトがクラインの案に賛同するとは思わなかったのか、皆が目を丸くする。

 

「愛の巣って言葉は語弊があるかも知れないけど、現実世界でも家庭を持つってことは、その身を安らぐ場所が必要不可欠だ。その為の確りとしたマイホームを確保するというのは、悪くない案だと俺も思う。」

 

流石、所帯とマイホームを持つ男の言うことには説得力がある。若干17歳とは思えない程の。

 

「丁度、22層の俺達の家の傍に同じような家があるから、そこを購入するのも良いかもしれないぜ?」

 

「素敵ね!イチカ君とユウキがお隣さんなんて!」

 

「イチカさんとユウキさん、パパとママ共々よろしくお願いしますね。」

 

「幸い、デュエルトーナメントの賞金もあるんだし、それを元手に…」

 

コイツらマジで初号機並に暴走しすぎだろ。

どんどん外堀を埋められていくのを冷や汗をかきながら見つめる中、イチカの手をそっと握ってくるユウキ。その顔にはやはり赤みが差しており、奴らが話す結婚について思うところがあるようだ。

 

「イチカ…その…結婚て……。」

 

「あ、あぁ!気にすることないぞ?皆が勝手に盛り上がってるだけで…」

 

「ボクはその…嫌じゃ、ないよ?」

 

「ほぁっ!?」

 

「ボク…イチカとなら……」

 

マジですかユウキさん。

貴女も結構乗り気なんですか。

空気に当てられてその気になってしまった恋人。

確かにイチカとしても結婚と言うのは悪くないと思う。

まだ心の準備的な物は出来てない。

仮想世界であっても、結婚生活のビジョンが湧かない。

でも、ユウキが…多くの女の子の夢であるお嫁さんになることを望んでいる。

恋人がそう望むのなら、それを叶えずして何が男か!何が恋人か!

 

「オ、俺で良いなら……ユウキ、結婚…するか?」

 

「…っ!…うんっ!その…ふ、不束者ですが…。」

 

花を咲かせたような笑顔に承諾して良かったと、自身の選択を自画自賛するイチカ。

そうだ、その時が来るまで一緒にいると決めたのなら迷うことはないはずだ。

残された時間、精一杯2人の思い出と幸せを刻んでいこう。

そう心で誓ったイチカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、リズベットやアスナ、マドカから、とんでもない量の素材集めを依頼されたのは後の話である。

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。