インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
これにてイチカとユウキ。2人のデュエルが閉幕となります。
一進一退、勢力伯仲。
その言葉がふさわしいまでに互いは譲らず、退かず。ただただ優劣付けがたい攻防がそこにはあった。
金属同士がぶつかり合い、火花と甲高い音がリングを支配し、それを観客の歓声が包み込む。
2人のインプは、互いにピックと片手直剣。後者はともかく、前者を手に持って戦うプレイヤーは初めてに等しい為、2人のそのせめぎ合いに、場内のボルテージは最高潮に達していた。
「はっ!!せぇい!!」
手数の上では劣るが、ユウキはリーチと持ち前の反応速度でイチカを圧倒しにかかる。
しかしイチカは実戦経験において、一日の長がある。冷静に、確実にユウキの剣筋を見極めつつ隙を窺う。
捌かれる自身の剣戟に功を焦ったのか、ユウキはそれまでコンパクトに攻めていたが、その大きく腕を振りかざして大振りの攻撃を繰り出す。彼女の戦闘スタイルに似つかわしくないその攻撃は少しばかりイチカを驚かせるものの、彼は冷静にその一撃に右手のピックを滑らせて易々といなす。
大きな力を込めた分、それを受け流されたことにより、ユウキの体勢は前のめりに崩れる。イチカがそれを見逃すはずもなく、ピックを突き刺さんと振りかぶった。
だが、彼の右手に持ったピックは、そのポリゴンを蜃気楼の様にブレさせたと思えば、ガラスが割れる音と共に霧散する。元々投げ付けて使い捨てるアイテムのピック。その耐久性は決して高いものではない。それが仇となったのか、イチカの思惑通りにはならず、口惜しげに歯噛みする。ユウキからしてみれば命拾いしたことに変わりなく、距離を取ると同時に頬を流れ落ちる冷や汗を手の甲で拭った。
危ない危ない。勝負を急いでやられるところだった…。
言葉には出さないが、ユウキは自身の我慢弱さに反省して呼吸を整える。
対するイチカも腰から新たなピックを抜き取りながら、冷静に振る舞っていた自身が内心焦っていたことに気付かされる。ピックの耐久値を計算せずに斬り合っていたのだ。先程隙を見せたのは結果的にユウキとは言え、一歩間違えればピンチを招いていたのは自身だったのかも知れない。
…やはり、『アレ』を使うのが無難で、そして自信があるか。
そうして視線を送るのは、ユウキの背後の位置のリングに突き刺さる愛刀。どうにかしてアレを手にできれば、少なくとも不慣れなスタイルで戦わなくて済む。
問題は目の前の少女だ。恐らく狙いが解れば、正々堂々を信条とする彼女は、取りに行かせてくれるだろう。だがそれではお情けを掛けられたようでどうにも釈然としない。ならばユウキを出し抜いて、その上で愛刀を手にする。ユウキに勝つと言うことは、試合だけではなく、勝負にも勝つ。全力で戦った上での決着を互いに望むなら尚のこと、だ。
「いっちょ…やるか!」
そう宣言すると同時に、様子をうかがうユウキに向かって一直線にピックを構えて間合いを詰める。そんなイチカを迎え撃たんと、ユウキは姿勢を低くマクアフィテルを構える。互いの距離が3メートルを切ったとき、イチカが横回転しながらの跳躍を繰り出してきた。ブレイクダンスなどで見られるフォーリアと呼ばれるジャンプで、宙返りやバック宙が縦の回転としたら、フォーリアは横の回転をしながらのジャンプだ。
その強烈な横回転によって生み出される遠心力で、イチカのコートが大きく舞い、ユウキの視界を大きく遮る。何を仕掛けるのかと警戒してみれば、そのコートはまるで引き寄せられるかのようにユウキに覆い被さってきたのだ。
意表を突かれたその現実にユウキは一瞬目を丸くするが直ぐに取り直し、そのコートを文字通り両断する。防御効果があるとは言えあくまでも布生地を基調としたそれは、マクアフィテルのその剣閃によりいとも容易く引き裂かれた。
だが、ユウキはその手応えに物足りなさを感じざるを得なかった。
そのコートの先にあるはずのイチカのアバター。それを斬り裂いた感覚がない。
となると、彼は何処に…?
そう疑問符を浮かべた刹那、脳裏に走る『嫌な予感』。身を翻して、マクアフィテルを構えて、恐らく来るであろう衝撃に身を固くする。
そしてそれは、その矢先に訪れた。
ギィンっ!!!という鋭く、甲高い音、そしてその衝撃の強さを物語るかのように大きくノックバックさせられるユウキの身体。
先程ユウキが斬り裂いたイチカのコート。それが目の前をハラリと舞うようにリングに落ちる。そしてその先に居たのは、愛刀を構えたイチカの姿。
脱ぎ捨てられたコートは、恐らくフォーリアの一瞬でアイテム装備を解除して目眩ましのために使ったのだろう。そして視界を奪っている隙に翅を展開して背後にある雪華を回収、斬り返しての高速の踏み込みによる斬撃…。
コートという防具を捨ててまで回収した愛刀。恐らくここから攻撃に転じてくるはずだ。ここから始まるであろう苛烈な攻防を想像し、ユウキは身震いするが、同時に不敵に笑みを浮かべてしまう。
やっぱりこの鬩ぎ合いが、駆け引きが、どうしようもなく楽しくて仕方ない。
そしてそれは、間合いを詰めて剣戟を繰り出すイチカも同じだった。
決着を着けて、早く思いを打ち明けたい。しかし、この戦いを楽しんでいたい。
矛盾する二つの思いを胸に、2人のギアは更に加速していった。
「あの戦い、少年はどう見るね?」
「ファッ!?」
食い入るように2人の試合の行方を見守るキリト達の隣には、彼が次に戦う相手であるブシドーがいつの間にやら平然と立っていた。思わず変な悲鳴を上げてキリトは飛び退いて距離をとってしまう。…キリトが気付かないともすれば、ハインディングをかなり高めている…と思われた。
「なに、この程度は『極』を僅かでも見ることが出来たのなら、自ずと身に付けることは出来る。」
「あの、誰にしゃべっているんですか?」
怖ず怖ず、と言う言葉が相応しいまでに、アスナはそっと挙手して尋ねる。
「愚問だな。無論読者であると言わせて貰おう。」
「…いや、読者?」
「話を戻そう。」
「いやいや、気になるだろ!」
「私が以前、この国で親友の父上に師事し、得ようとした極。その境地にあの2人は立とうとしていると私は感じる。」
「その、極…というのは?」
「言い方は様々だ。理、至り。私の言うそれは、闘う者のみが到達すると言う極み。極限の集中の中で、周囲の音や色が消え、意識の中にあるのは己が相対する者の視線、筋肉の細かな動き。そしてそれらによって無意識に浮かぶのは、次なる一手の先読み。更にその先。」
「それって…スポーツ選手とかがなるっていう、ゾーンみたいなものなんですか?」
「うむ。極限の緊張と集中による産物という意味ではそれも同類なのだろう。」
所謂、『ボールが止まって見えた』と言われる現象と同じで、今のイチカとユウキは、相手のありとあらゆる動きと、それによる得物の切っ先の動きに、文字通り釘付けだ。周りを気にせず、己が相対する者のみに総てを注ぐ集中力。そこから生み出される剣戟は、そうそうお目に掛かれないほどの鮮烈さを現に生み出している。
「やはりこのゲームに身を投じたのは正解だったな。未だ至れぬ極。仮想とは言え、現実さながらの動きを求められるのならば、その境地に至れる要素を孕んでいるのも十二分に納得できる。現にあの2人は、その敷居を跨ごうとしているのだ。」
言うだけ言ってブシドーは、踵を返して陣羽織を翻してキリト達に背を向ける。
「時に少年。次の試合、初手から二刀流で来て貰いたい。
でなければ、
決闘に進むのは私となるだろう。」
「…言ってくれるな。後悔するなよ?」
「臨むところだと言わせて貰おう。我が剣技を以て、君の視線を釘付けにする。楽しみにしていたまえ。」
試合前から不敵に火花を散らす2人。
互いの表情は見えない。
しかしその口許は釣り上がっていた。
手は武者震いのように震えていた。
「…簡単には、勝ち進めそうにない、な。」
「なんだ?怖じ気づいたか?」
返ってくる答えなど分かりきっているはずにもかかわらず、オウカはキリトに問い掛ける。そんな彼女の問いに、キリトは不敵な笑みを浮かべてこう言うのだった。
「まさか。さっきの人を倒して、俺は決勝で戦ってやるさ。イチカかユウキ、どっちが勝ち進んできてもな。」
片や往年のライバルと、片や自身を負かした少女と。どちらと闘うにしても相手にとって不足はない。
だがどちらにしても、今行われている試合。その結果を見届けないことには始まらない。
そんな彼の思いに応じるかの如く、試合はクライマックスを迎えていた。
「はぁっ…!はぁっ…!」
「ふぅっ…!ふぅっ…!」
度重なる激しい剣戟を終え、互いに距離を取り整息。幾度となく切り結んだ結果として、互いのHPは3割ほどにまで減少していた。極限の緊張と集中によるやりとり。もしブシドーの言うとおり、極の境地に足を踏み入れていたとしても、その身体はあくまでも人間。アバターと言えどもそれを操るのもまた人ならば、その集中力にも限界は訪れるものだ。
残り時間はもうすぐ1分を切ろうかとしている。
この心躍り、そして名残惜しい時間はもうすぐ終わる。
決着を、付けるときが来た。
互いにその意を決したのか、
イチカは雪華を鞘に納め、
ユウキはマクアフィテルを突きの構えに。
そう、
互いの最大技で決着とするのだ。
総てをぶつける。そのために。
…
……
………
『残り、1分。』
戦闘限界時間を告げるアナウンス。
それが口火を切った。
片や紫を、
片や白銀を、
己が得物に纏わせて間合いを詰めた。
「やぁぁぁぁっ!!!」
初撃を取ったのはユウキだった。
身体を、そして腕を最大限に伸ばして放たれる刺突のリーチは、イチカのそれを僅かばかりに上回る。初撃を直撃してしまえば怯むだろうし、ましてやイチカはコートの防御が無くなっているので、なおのこと受けるわけにはいかない。
ユウキの腕に伝わるのは確かな手応え。
しかしその手応えはイチカに突き刺したことによるものでは無かった。
雪華の柄の
寸分違うこと無く、そこでマクアフィテルの切っ先をせき止めていたのだ。
(先ずは一撃目…!)
一先ずは先制のダメージを防ぐことには成功した。
だが残るは10撃。
それら総てを先程のように受けきれるかと問われれば、答えはNOだ。
それならば、
ザクッ…と力を溜めるために丸めた背に鈍い痛みが走る。一度先程の防御で雪華を突き出し、そして戻した反動により、ある程度は無現の『タメ』にも似た予備動作を省略している。
本来それ程気にはならない予備動作ではあるが、この一瞬が命取りになる場面でのそれは、致命的な隙となり得る。
だからこそ、その僅かな短縮が、少しでも勝利の可能性を引き寄せるものと信じて、イチカは続く三撃目にも歯を食いしばり、亀のように耐える。
(まだだ。
まだ絶えなきゃならない。
肉ならくれてやる。
だったら俺は、
骨を頂く!)
クリティカル判定にならない背や足を掠めているのが幸いか。
四撃目を耐えて残り体力は2割。
その耐えに耐えた刃は、その牙を抜き放つとき、勝つも負けるも総てが決まる。
狙いを定めるために見上げた矢先、頬に鋭い痛みが走る。
五撃目。
まだ運は尽きていない。
一閃。
その一撃に総てを賭ける!
「斬ッ!!!!!!」
刹那
抜き放った刃が、まるで周囲の空気や音を斬り裂いたかの如く無音へと変えた。
巻き上げられた砂塵を総て吹き飛ばし、大歓声の観客のそれすらも。
すべてが静寂と化した中、ただただ音のない世界がそこにある。
時が止まったのか。
はたまたバグなのか。
そう体感するほどの不可思議なもの。
しばし誰も言葉を発しない中で、その世界を壊すように最初にして唯一声を上げた人物。
「ふ…ふふっ……。」
笑い声だった。
だがその声は何処か掠れていた。
しかしその声には喜色が孕んでいる。
そしてその主は…
「やっぱ……イチカ、は…強い…なぁ……。」
ユウキだった。
そのアバターの胸部には、横一線に赤いダメージエフェクトが刻まれており、イチカの無現、その直撃を受けたことをありありと物語っている。
「へ…へへ……ユウキ、だって……強いだろ…。」
相対する雪華を振り抜いたイチカ。そのアバターの右肩には、マクアフィテルが深々と突き刺さっており、ジワリジワリとHPを削っている。
「でも…今回は、ボクの負け…だね…。」
潔く負けを認めるユウキのアバターはブレてきており、彼女のHPが尽きたことを告げていた。
「…イチカ。」
「ん…?」
「後で、楽しみに、してるね。」
そう告げた彼女の少し悔しげで、でも晴れ晴れとした笑顔を最後に、ユウキのアバターのポリゴンは霧散し、その身体をエンドフレイムへと変える。
「…おう。」
見送ったイチカの表情もまた、笑顔で、そして決闘が終わった直後にも関わらず、覇気に満ち溢れていた。
『勝者!イチカ選手!!!』
そう告げるアナウンサーの声など耳に入らない。次なる大きな戦いが2つ、イチカを待ち受けているのだから。
絶刀イチカ 絶剣ユウキを僅差で下し、決勝進出
半分嘘予告
イメージCV.秋本洋介氏
『皆さんお待ちかね!少々駆け足気味でしたが、こんな感じでイチカとユウキに1つの決着がつきました。次は、黒の剣士キリト選手と、皆さん大好きMr.ブシドーとの一戦となります。なにやら興奮冷めやらぬ後者に些か危機感を覚えますが、そこはそれ、キリト選手が主人公補正的な何かで乗り切ってくれるものと信じましょう!
次回!【剣士VS武士】に!レディー…ゴー!!!』
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。