インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
彼我の優位の差は明確だった。
片や辛うじて数ドットの体力を残したユウキ。
片や半分以上を残した体力を残したオウカ。
一撃で終わる前者と、未だ数発は直撃に耐えうるであろう後者。客席から見る試合の傾きは明らかなもの。観客の声も、オウカが勝利するムードへと変わりつつある。
「やっぱオウカが勝つかねぇ。」
「だよな。絶剣も頑張ったけど、さすがに実力差がありすぎるよ。」
そんな言葉が飛び交う観客席で、イチカはひたすらに拳を硬く握り混み、リングで追い詰められているユウキを見つめる。
頑張れ
負けるな
諦めちゃダメだ
そんな安っぽい言葉が頭に浮かぶが、そのどれもが役にも立たない薄っぺらい物としか感じられない。
しかし、
「………ん?」
今まで構えを取っていたユウキが、ダラリと腕を下ろした。脱力し、ただマクアフィテルを持つ手の力だけは入れているだけ。
…まさか、諦めた?
考えたくなかったその予想に至ってしまったイチカだったが、直ぐにそれを撤回する。
「雰囲気が、変わったな。」
イチカと同じく、アスナと共に見守っていたキリトが彼の考えを代弁する。
感じられる闘気、というのだろうか。データでしかないこの世界でそんな物を感じられるというのもおかしな物だが、直感でユウキを纏う空気が変わったと感じられたのだ。
「…もしかしたら、どんでん返しがあったりするのかな?」
「さぁな。そればっかりは俺にもわかんないけど、でも…」
「ただ、何かを仕掛ける。それだけは確かだと思います。」
願わくば、愛しい少女に勝利を。
戦いの行く末を見つめるイチカの願いはただそれだけだった。
(……む。)
そして相対するオウカも、ユウキの雰囲気の変化に気付いていた。
先程までのギラついた物はなく、何処か静かで、だが無音と言うものでもなく、寧ろ川の流れのように穏やかで…。先程までを赤とするならば、今は青。
上手く表現できないが、とにかく何かが変わったとだけ言えるのは確かだ。
(どうやら…すんなりと行きそうにないか。)
勝ちは見えている。なのにその道のりは険しく、そして遠く感じる。ままならないこの状況に、オウカは顔をしかめるどころか、逆に綻ばせていた。
(良いぞ良いぞ、この状況良いぞ。こう言うので良いんだ、こう言うので。)
やはりすんなりと勝つよりも、凌ぎ合ってもぎ取る勝利の方が身になると言うもの。目の前に立ち塞がるユウキと言う存在が、堪らなく嬉しい。
「ボクは…勝つんだ…!そうさ…いつだって…!」
オウカに聞こえるか否かの音量でユウキは呟くと、カッと目を見開いて顔を上げる。同時に、予選で使うことのなかったALOのアバター、その大きな特徴の翅を広げる。
(空中戦に持ち込む気か?)
現実でISのマニューバーを見る限り、ユウキの空戦能力はかなり高い。オウカ自身も空戦に自信があるとはいえ、どう流れが変わるかも解らない。ユウキの初動に注意していると、
翅が一瞬羽ばたいたかと思えばユウキは地面スレスレ。超低空飛行による、まさかの下からの奇襲によって、オウカは意表を突かれる。
「ぬおっ!?」
加えて飛行による速度に上乗せして、片手直剣の大技の一つであるヴォーパル・ストライクを発動しており、その速度は並大抵のそれとは比較にならないほどだ。
何とか気付いたときには、目の前にユウキの剣、その切っ先が迫ってきている。すんでの所で上体を反らして躱した物の、鼻先にダメージエフェクトが入ってしまう。あたりそのものが小さいので、それに比例してダメージも小さかったが、遅れていれば大ダメージを受けていたのは想像に難くない。
不意に放たれた攻撃を躱したことにより、体勢が崩れてしまったオウカは、急ぎ整えていく。上体を起こし、振り返った先にはソードスキルの光を纏ったマクアフィテルを構えるユウキ。その目には、立ち塞がるオウカしか入っておらず、ただ直向きに剣を振るう。
先ずは左から右への一閃。システムアシストが加わったただのソードスキルであるにも関わらず、その速さは先程の物よりも洗練され、そして速い物だった。
だがオウカとて並の反射神経をしているわけではない。右に持つ刃で剣閃を防ぎながら、左手の刀で縦に一閃をかける。
当たりさえすれば勝てる。
だが、ユウキはソードスキルの硬直もなくヒラリと右へ回避し、それを認識したときには土手っ腹を横に一閃されていた。予想だにしなかった衝撃に、思わずオウカは目を見開いてしまう。
そして、ユウキの初めて与えた直撃は、オウカの残る体力を10分の1減らすに至るが、彼女の猛攻はまだ止まらない。
くるりと身体を回転させ、更にそのステップでオウカの背後へ回ると横にもう一閃。同様に、更にもう一撃加えると、ソードスキルの完成の証と言わんばかりに、剣の軌跡が周囲に四角形の光の線を映し出した。
ホリゾンタル・スクエア
ホリゾンタル系統の最上位スキルで、回避運動を交えての攻撃は上級者といえども、見切るのには至難の業である。
そして、ユウキがオウカに攻め入る隙はここにあった。
「…もしかしたら、ユウキは勝てるかも知れない。」
「え?どういうことなの?」
キリトの呟きに、思わずアスナは聞き返してしまう。
「ここに来て、2人のVRMMO…いや、ALOの経験差が出てきているんだ。」
「今のホリゾンタル・スクエアの直撃もそれが理由なのか?」
イチカの問いにキリトはコクリと頷き、そして続ける。
「オウカは恐らく、刀での戦闘スタイルを磨いて、ユルドを稼ぎ、装備を調えてこの大会に挑んできている。その密度は恐らく、俺達にも迫るほどの熟練度を上げているくらいだろう。」
「それって…よっぽどの時間と効率なんじゃ…。」
「それを短縮するために、彼女は高難易度ダンジョンに潜ったんだろう。その並外れたプレイヤースキルを最大の武器にして。」
だが、とキリトはそこで区切る。
「モンスターを数多く倒していたこの数日は、オウカに並外れた経験を積ませたのは確かだろうけど、ユウキにはあって、オウカには圧倒的に足りない物がある。それは…」
「ALOにおける対人戦闘、か。」
「御名答。」
オウカが現実での対人スキルがどれほど高いのかは知らないが、このALOならではの対人スキルは全くの皆無と言って良いだろう。それ故に、自身の扱う刀以外のソードスキルを見たり感じたり受けたりすることがなかった為、ホリゾンタル・スクエアという、回避運動を交えたソードスキルの動きを見切れなかった。逆にユウキは、あの沢山のデュエルを通して対人戦闘経験を積み、オウカに対する攻めのスタイルを変え、ソードスキルによる直撃を成し遂げた。ここに来て、二人の経験差が露わになってきているのだ。
「でもここで攻めきれず、逆にオウカの対人戦闘経験を積ませていけば、希望の芽は摘まれることになる。…勝負所を見誤らなければ、恐らく…。」
「く…そっ!」
ここに来て、オウカの表情から余裕が消える。
よもやソードスキルの直撃を貰うとは思いもしなかったからだ。勝ちを確信して居た自身が情けなくも思えてくる。
だが、慢心していたつもりはない。確実に仕留めるまでは気を抜かないものだ。にもかかわらず自身はダメージを受け、HPゲージはイエローへと色を変えていた。
「やはり、こうでなくてはならんな。」
剣を交えて苦戦したのはどれほどぶりか。
目の前の、それこそ現実では自身より一回り近く下の歳の少女に攻め倦ねているのだ。ゲームといえども世の中解らないものである。
「だが、簡単に私の
数メートル先に居る少女に、左で持つ刀を投擲する。まさか刀を投げるなどと思わなかったが、ユウキはそれを弾くことで対処する。
しかし、弾いた刀、その直ぐ後ろから右に持っていた刀が投げられ、全く同じ軌道で迫ってきていた。だが、反射神経はズバ抜けているユウキは、それを身を屈めることで回避する。自身のアバターの髪が一房千切れ飛んだが、髪にダメージ判定はないので問題ない。
これでオウカは丸腰になったかと思えば、突き刺さった刃を引き抜き、再び二刀の構えで間合いを詰め、切り上げてきていた。それを屈んだバネを利用して宙返りで回避し、掠めることなくその身を宙に跳ね上げる。
「逃がさん!」
今度はオウカが黒い半透明の翅を展開し、宙を舞うユウキを追う。その速度は最速の域に瞬時に至り、ユウキを串刺しにせんとその刀の切っ先を突き出した。
だがここに来て未だ彼女の反撃は止まらない。彼女の手に持つマクアフィテルの刀身には、バチバチと稲光が走る。それはソードスキル。それに加えての魔法効果。
「やぁぁぁぁっ!!!」
自身に突き刺される寸前の刀の峰を、電流を纏ったマクアフィテルの切っ先で突く。それによって刀の軌道がねじ曲げられ、その刃がユウキを貫くことはなかった。
だがユウキの攻撃は終わらない。
ソードスキルのモーションにより急降下したユウキは、マクアフィテルをリングに突き刺す。
瞬間、マクアフィテルを中心として、周囲に雷鳴が迸る。
ユウキが放ったのは片手直剣ソードスキルであるライトニング・フォール。自己中心型の範囲ソードスキルだ。
発生した雷撃は、未だ宙を舞うオウカにも影響を及ぼし、広範囲に及ぶ攻撃により、幾ばくか被弾を許してしまう。
それでも稲妻を最低限の被弾で、そして直撃を避けると言うのも、やはり人間離れした反応に変わりなく、雷撃が収まると同時に着地したオウカのHPゲージはレッドへと突入していた。
(…まさかここまでの反撃があろうなどとは…!)
ビリビリと痺れるような感覚に陥りながらも、冒頭より変わったユウキの動きに舌を巻く。
(この反応速度はなんなんだ?超反応とでも言うのか?)
先程の返しもそうだ。
咄嗟に刀の切っ先にピンポイントで打ち下ろしなどと出来るというのか。
(いや、考えていても仕方ない。ここまで追い詰められたことへの言い訳にしかならんか。)
ただユウキが強くて、
己自身が未熟だった。
ただそれだけのこと。
雷撃を防いだことで自身の持つ刀、その両方が砕け散る。
残るのは手近に刺さっていた一本のみだ。
これでケリを付けろと、そう何かが囁いているかのように。
「ユウキ。」
「何かな?」
「私の持つ得物はこれで終わりだ。そして私もそちらも残る体力は僅か。もし敵うのならば…次の一合で決着としたい。…如何だろうか?」
態々対等の条件というリングに立つことを提案するのはいかがなものか。このまま行けば、恐らくは今手に持つ刀も砕け散るのが早いだろう。そうなれば形勢は一気にこちらの不利に傾く。ならばその前にと考えた提案だ。…だがユウキがそれを受け入れるかどうかは別問題だ。折角の有利な状況を、みすみす手放すなどと…
「いいよ。」
「…本当に良いのか?このまま逃げ切れば、勝利は確実となるんだぞ?」
「それでボクがオウカさんに勝っても意味ないし、嬉しくないよ。逃げ勝ちなんて、なんだかカッコ悪いし。やるなら、正面からぶつかって、その上で勝ちたいもん。」
なんとも、潔癖というのか騎士道精神というのか…いや、ただのユウキという少女の性分か。
「…感謝する。ならば私の全力を以て、その心意気に応じよう。」
「ボクも、全力で貴女を倒しに行く…!」
互いにその得物の切っ先を相手に向け、呼吸とリズムを整える。
勝負は一瞬。
瞬きすら敗因に繋がりかねない。
1秒…2秒…3秒…
動かない2人の気に当てられてか、静まり返った観客席の誰かが固唾を飲み込む。
瞬間、
その音に反応してか否か、2人は同時に踏み込んだ。
オウカの…いや、織斑千冬の最速の刃を以て、ユウキを斬り伏せる。
その意思が十二分に籠もっていることが実感できるほどに、その刃は研ぎ澄まされていた。
現実でも久しく出していなかった全力。
それをユウキという少女を斬り捨てるために振るう。
(この剣戟…躱せるか!)
もはやその速度は、イチカの無現に迫る一撃と化していた。
もはや一瞬。
それで決着がつく。
しかし、
キィン!!!
甲高い音共に、リング中央から超音波と共に衝撃波が巻き起こり、観客席のプレイヤーに襲いかかる。
数々の悲鳴が聞こえる中、オウカの刀を弾き上げたユウキのマクアフィテル。その刀身には彼女のパーソナルカラーとも言うべき紫の光が纏っていた。
「やぁぁぁぁっ!!!!!」
打ち上げられたことにより、ガラ空きとなったオウカのボディ。彼女のスペックを以てすれば、すぐさま防御に移ることなど容易いだろうが、ユウキのソードスキルはそれを許すことはない。
無防備なそこに刃を突き刺す。
一撃ではない。
二撃
三撃
「そう易々と…負けるかぁぁぁぁ!!!」
その剣の合間を縫ってオウカは一撃をと、その刃を振るう。
しかしその切っ先がユウキに届くことはなく、弾かれた金属音のみ。
だが一撃で諦めるものではない。
二発
三発と放つも、それが相手のアバターを傷つけることは敵わない。
「くっ!おぉぉぉ!!!」
渾身の一撃と言わんばかりにもう一撃放つ。
が、その刃が届く前に、何かが砕け散る音が耳に届く。
瞬間、手から重さが消えた。
いや、明確には武器がポリゴンの結晶となっていた。
(ここ、までか。)
認めよう。
ユウキは、
弟が見初めた少女は強かった。
自身のHPを刈り取るべく、続いて七撃、八撃、九撃と貫くユウキ。
HPはもはや風前の灯火。
十撃目を受けたときにはユウキと同じくらいのHP残量となっていた。
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
最後の一撃と言わんばかりの渾身の一撃。
そうか、
これがお前の切り札。
高速の刺突十一連撃とは、全く以て恐れ入るよ。
HPが尽き、エンドフレイムとなるオウカの表情は何処までも晴れやかで、そしてほんの少し寂しそうだった。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。