インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

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第44話『誰よりも強く』

IS学園 シャルロット・ラウラの自室

 

「な、なん…だ、あれは…?」

 

見ていたメンバーの中で、ゲームというものに興奮していたラウラが、その場にいる面々の気持ちを代表して呟いた。

知った仲であるユウキがブロック突破をした時には皆が我が事のように喜んでいた。初心者にも関わらずISで卓越した技術を披露した彼女が、こうしてゲーム内でもそれに違わぬ強さを見せていたことが喜ばしいものだった。しかしアバターが紫色の髪をした活発そうな美少女であったことに対して、密かにヤキモキていたのはここだけの話である。

そしてここにいる皆が好意を寄せる一夏ことイチカが入場し、試合が始まるまでは皆が画面に釘付けになっていた。

しかし、スメラギのはなったOSS『デュールの隻腕』により盛大に壊されたリングを見て、誰も彼もが大わらわになっていた。

 

「ちょっ…一夏は!?一夏はどーなったのよ!?は・や・く映しなさいよ!」

 

「ちょっ!鈴!?ディスプレイを揺らさないで!?落ちる!落ちるってば!」

 

「ですがシャルロットさん、一夏さんがどうなったのか、仮想世界といえども気になるのは致し方ないことですわ。」

 

「一夏…負けちゃったのかな…?」

 

「否!断じて否!嫁はあの程度で負けるほど柔な存在では…!」

 

ぎゃあのぎゃあのと、ここが寮であることを忘れているのか、どったんばったん大騒ぎする年頃の少女(中と独の二名)。思い人が一大事とあっては冷静でいられないのは、若さゆえか。

そんな中…

 

「狼狽えるなっ!」

 

一際大声でぴしゃりとその場を律したのは箒だ。腕を組み、未だ椅子に座ったまま、その眼を閉じて眉間にしわを寄せている。

 

「まだ試合終了のコールがされていない。と言うことは一夏は無事なのだろう。我々から見えずとも審判や他のプレイヤーには、両者のえいちぴーげーじ…とやらが見えているはず。…つまり狼狽えても一夏が無事なのには変わりない。」

 

こんなとき、一番取り乱しそうな箒が冷静でいることに皆は目を丸くするが、冷静になってみれば彼女の言うことが理解できる。どったんばったんしていた鈴とラウラは画面への食いつきを止めて、そっと距離を取る。

 

「うむ…確かにお前の言うとおりだな。…私としたことが…。」

 

「私も、少々冷静さを欠いていましたわ。面目次第もございません…。」

 

しゅん、となって、改めて席について画面に向き合う面々に苦笑しながらも、箒は相手の技前に舌を巻く。

 

(しかし…あのスメラギというプレイヤー…あの奇怪な技はそれとしても、刀の振り方や速度…そして間合いの詰め方…未だそこまで見たわけではないが、それでも実力者であると私でもわかるぞ…。)

 

武を極めるものとして、身の振り方や間合い取り方一つとっても、洗練された者は動きからして違ってくる。剣道や篠ノ乃流剣術を学んだ箒から見てみれば、スメラギのそれは確かな研鑽を積んだものだった。

 

(さて、どうする一夏。相手は恐らく達人クラス…出し惜しみしてては勝てないぞ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デュールの隻腕の威力は、見ていた観客の誰もを黙らせるには十分なものだった。

その威力を証明するかのように、細かな砂塵が高く舞上げられ、巻き込まれたであろうイチカを隠し、剰えスメラギを始点として、放射線状に数多の亀裂がリングに入れられていたのだから。

 

「な、何て出鱈目な威力だ…!」

 

旧SAOという修羅場を潜ってきたキリトでさえ、この威力の凄まじさに驚愕を隠せない。そしてそれはアスナやアルゴも同様だった。

 

「イチカは…?イチカはどうなっちゃったの…?」

 

「さぁナ…アレに巻き込まれていたらただじゃ済まないだろうけど、試合はまだ終わってなイ。無事なのには変わりないだろうけド…。」

 

食らっていて、よしんば耐えれたとしても、ダメージは相当なものだろう。願わくば、避けていて欲しいと願うばかりだが、こればかりは神のみぞ知る所だ。

もうもうと立ちこめる粉塵が疎ましく感じる中、その中に一つの陰が映し出される。

 

「…ほう?」

 

それを見たスメラギは、切り札を目の当たりにして無事なことに驚くどころか、喜ばしいと言わんばかりに口許を釣り上げる。

 

「初見でデュールの隻腕を防ぐか…期待以上に予想外だったぞ。」

 

「期待の上乗せされても困る…けどな。」

 

白塵の中から現れたのは、雪華とその白銀の鞘を交差して、デュールの隻腕を受け止めたイチカだった。だが防いだ、とは言っても、その衝撃まで完全に防御出来なかったらしく、脚はリングにめり込み、そして何より…

 

『きゃぁぁぁぁっ!!』

 

女性プレイヤーの黄色い悲鳴が木霊した。その元凶、それはイチカの背格好にあった。

デュールの隻腕の余波は、身体を突き抜ける衝撃のみならず、イチカの防具にもダメージを与えていたのだ。それにより、イチカの上半身防具、そしてインナーはその耐久力を失い、アバターの素肌そのものが露わになったのだ。現実世界の肉体でないにせよ、男子の鍛えられた肉体というものは、女性にとって大好物らしく、なまじイチカが美男子なだけにその効果は絶大なものだ。

 

「……………。」

 

「あの…ユウキ?」

 

リングを見つめたまま微動だにしないユウキを不思議に思ったのか、隣に座るアスナが呼びかける。が、それに応じず、ただぼーっとリング…否、イチカを見つめるのみ。

 

 

ややあって、

 

 

「ぶはっ!?」

 

鼻から命の液体、そのポリゴンを盛大に撒き散らしてユウキは大きく仰け反った。

 

「ユウキーー!?!?」

 

「な、なんだ!?どうしたんだ!?」

 

余りの異常な光景に、アスナは思わず取り乱してユウキを支える。キリトもキリトで、突然の事態にその表情を驚愕に染める。

何かの体調不良か!?

それとも現実の身体に何か異常が!?

そんな彼女の心配をよそに、当のユウキは苦悶の表情を浮かべるどころか、恍惚とした表情をしているではないか。

 

「え…と……?」

 

「えへ……えへへ……イチカの……筋肉……!」

 

…これは所謂あれか。男子が女の子の裸を見て鼻血を出す。それと同じ現象か。

だがそれにしたって…

如何ともし難いこの状況にアスナはどうしたものかと困惑する。

 

「…まぁとりあえず……何ともなさそうだし、寝かせといてやろうぜ。」

 

「そ、そう、ね。」

 

ベンチにとりあえず横にして、なぜか異常に疲れた表情を浮かべながら、アスナは自分の席に戻った。

 

 

ちなみに

 

 

現実のIS学園の一室でも、盛大な出血騒ぎがあったとか無かったとか……

 

 

閑話休題(まぁどうでもいいか)

 

 

「鞘と刀の疑似二刀流…それが貴様のスタイルか。」

 

「さて…どうだろうな?まだ他に隠し球があるかもしれないぜ?」

 

「それはそれで僥倖。ならばそれも引き出すまで。そしてあえて言わせて貰うぞ。引き出しがあるなら、出し切ることだ。負けてから後悔しても遅いからな。」

 

「忠告どうも…。」

 

確かに今のこの状況下で、スメラギの言うとおりだと納得せざるを得ない。

正直、現状からしてみれば、

HPはイエローゾーン。

上半身防具損壊により、防御力絶賛低下中。

そんな不利な状況た。

その場合、勝つために居合の封を解くべきなのだろう。そうすれば、勝ち進める可能性が上がるのは確かだ。

だが、居合は切り札。切り札は最後まで取っておくものだ。出来るなら温存しておきたいのが心境…だが。

 

「出し惜しむか…ならば負けて後悔するのも致し方ないぞ!」

 

踏み込みの勢いと、STR偏向のビルドなのか、その力による一撃。食らえば恐らく負ける。咄嗟にスウェーで躱す。目の前を豪剣と呼ぶに相応しい一撃が過り、幾分肝が冷やされる。しかしやられるつもりは毛頭無い。咄嗟に鞘を逆手から純手に持ち替えると、空振りしたスメラギの喉元に突きを放つ。流石に刃の攻撃力と比べるべくもないが、不意を突いた事によるノックバックが引き起こされる。よろけたスメラギに追い打ちをかけるべく、鞘を引く勢いを利用して身体を回転。そのままに雪華による薙ぎ払い。恐らく入れば大きなダメージになるであろうそれは、スメラギがバックステップを行ったことにより、クリーンヒット出来ずだった。だが、一瞬反応が遅れたことにより脇腹を掠めさせることには成功した。

 

「避けきれると思ったのだがな。中々どうして…ままならんな!」

 

だがやはり彼のその表情は歓喜に満ちていた。斬られたことがよほど嬉しいのか、口許を釣り上げながら斬り掛かるその姿は、もはやサイコパスに見えなくもない。鞘と刀による防御で、スメラギの力強い高速の剣戟を防いでいく。

 

「勝負ってのは…思い通りに行かないのが定石…だろっ!」

 

「違いない…久しく忘れていたぞ!」

 

「忘れてたって…どんな日常…だっての!」

 

「平和で、そして平凡な日々だ!だが何処か俺自身と環境の間で奇妙な『ズレ』を感じていた。満たされたようで、だが何処か乾きを感じる…そんな日常!しかしそんな中で、俺はこのALOに出会った!ここならば、そんな飢えにも似た乾きを満たすものが見つかるかと!そして…!」

 

ギィンッ!と更なる渾身の一撃により、イチカは大きく後退させられる。力任せながらも、的確に仕留めにかかってくる。その一撃全てが致命傷に至らしめるものだ。その攻撃を何とか防いでいたが、そろそろ限界が近い。

 

「やはりここには俺の求める者がいた!仮想世界と言えど、数多の強者がひしめき合う!素晴らしい世界だ。…無論、絶刀イチカ。貴様も。」

 

「それは…光栄至極…だな。」

 

「故に俺は貴様という強者を乗り越え、更なる強者と戦おう!己が武、それが何処まで通用するのか見てみたい。ただそれだけだ!」

 

成る程。

こうして、純粋にALOというゲームの戦闘を芯から楽しむプレイヤーと言うのもなかなか最近では見ない。レベリングや製作、友人との駄弁りや、はたまた冒険心を滾らせたプレイ。そのどれもがALOの楽しみであるし、そしてそれを否定もしない。イチカもそんなプレイヤーの一人だ。

だが目の前のスメラギは、何処までも純粋に高みを目指していた。それは誰よりも強く、そして誰よりも生き残らんとしていたあのデスゲームの時の想いと似通うものがあった。流石に強者と戦いたいというまではなくとも、強くありたいと思う気持ちは恐らくは同じだろう。

 

「そうだな…俺も久しく忘れていたよ。」

 

誰よりも戦い抜いてみせる。あのアインクラッド中の誰よりも。

生還したあの日から、その想いは何処か空虚へと消えかけていた。

だが目の前の強者のそれに当てられて、ふつふつと蘇ってきた。

 

「今、お前と俺とは…どちらが強く、戦い抜くか…その戦いの最中だったんだよな。」

 

「何を今更…。」

 

「それを何処か…失念していた気がする。…互いに上を目指して戦っているのに、引き出しも切り札も何もないよな。…だったら、」

 

チン…と、刃を鞘に納め、腰だめに構えて姿勢を低く取る。

 

「俺の全てを以てして、お前の全てを乗り越える。その上で…誰よりも戦い抜いて…勝ちすすむ!」

 

「その意気や良し!ならばお前の全てに、俺の全てを以てして応えよう!」

 

再びデュールの隻腕を出現させ、イチカを斬り捨てんと構える。

対し、イチカもそれに物怖じすることはない。ただひたすら冷静に、静寂の意識の元に目を閉じ、手元の雪華と、斬り捨てるべき相手に意識をかき集める。

 

次の一撃

 

恐らくはそれで全てが終わる。

 

片や、ほぼほぼ全快のスメラギ。

 

片や、ボロボロで、体力もイエローゾーンに陥ったイチカ。

 

どちらが勝つのかと言われれば、観客は十中八九は前者と答えるだろうと容易に予測できる。

 

だがそんなことは至極どうだっていい。

 

ただ勝つ。

 

それだけが二人の世界だ。

 

静止し、そして動くことのない二人の気に当てられ、会場は連れられて静寂に包まれる。

 

誰も彼もが2人の動向を窺う。

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

踏み込んだのは同時。

 

 

「しぇぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

デュールの隻腕を、踏み込みの速度超過をそのままに乗せて、雄叫びと共にスメラギは振り下ろす。

 

狙うイチカは正に真正面。

 

獲った!!

 

そう確信してスメラギの口角は吊り上がる。

 

しかしその笑みは一瞬にして凍り付いた。

 

 

 

ギャリギャリとリングをブーツで擦りながらブレーキング。

 

その溜め込まれた力を脚を通し、胴を抜け、腕に伝えて、雪華に。

 

あの時の一撃を、

 

あの時の一閃を、

 

そして、目の前にいる()き者に勝つ一太刀を!

 

ただそれだけを。

 

「おぉぉぉあぁぁが!!!」

 

白銀の閃光が生まれる。

 

眼前に迫った、半透明の巨大な太刀をものともせず、

 

一撃を以てして、それに応える。

 

全力、そして全開の、

 

自身の持ちうる最強にして最速の一閃。

 

「無現…!」

 

研ぎ澄まされた集中力により、イチカの意識は色の抜け落ちた世界へと至る。

 

スメラギも、そしてイチカ自身も、全てがまるで、水中にでも居るかのようなスローな動きへと変わっている。

 

そんな中でもイチカの無現による刃は止まらない。

 

抜き放たれた刃はデュールの隻腕、その巨大な太刀を、まるで煙を斬り裂くように両断。

 

そしてその中にあるスメラギの天叢雲剣を弾き、

 

更にはその奥にあったスメラギそのものを、一撃の下に切り飛ばす。

 

その瞬間、世界に色が戻る。

 

抜き放たれたその刃の速度により、周囲にはまるで突風が吹いたかのように衝撃波が走った。

 

そして、相対するスメラギも、

 

「…な…ん……!?」

 

まさか差し迫っていたあの状態。

 

勝利を確信していたあの瞬間、

 

嫌な予感がした。

 

そして次の思考に至ったときには、HPは0となっていた。

 

一瞬の煌めき、その中に抜き放たれた一撃。

 

「これが…絶刀の太刀、か…。」

 

何処か満足げで、そして悔しそうな苦笑いを浮かべて、スメラギはその姿を水色のリメインライトへと変える。

 

そして…静寂。

 

誰も彼もがその何が起こったのかが判らなかった。

 

あの一瞬で何があった?

 

困惑するのも当然か。

 

何せいつの間にか予想していた勝敗が逆転していたのだから。

 

 

 

 

『しょ…勝者!イチカ選手!!!』

 

瞬間、

 

コロッセオは割れんばかりの大歓声に包まれた。

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

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