インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
10月最終週
徐々に冬に向けて気温が下がり征く中、町は華やかな装飾に包まれていた。
クリスマス程の煌びやかなものではない。だが、見るものの心を躍らせる、そんな賑やかな印象を与えるハロウィンのそれは子供心をくすぐり止まない。
そしてそれは、ALOも同様のものだった。
妖精の舞い踊るこのゲームはハロウィンというイベントに妙にマッチしており、ユグドラシルシティや他の町もカボチャの装飾に彩られていた。
「トリック・オア・トリートだよ!イチカ!」
「うぉっと!?」
インするや否や、目の前にユウキが待ってましたと言わんばかりに飛びついてきた。
新生アインクラッド22層の自宅の自室でログアウトしたので、飛び付かれた勢いでベッドに背中から倒れ込んだ。いきなりの衝撃に、思わず目を閉じてしまう。
驚きが残る中、腹部に重みを感じ、目をゆっくりと見開くと、目の前には見知った少女が自身に馬乗りになっていた。
だがその服装はいつもと違った。
普段常用している赤いヘアバンドではなく、黒のリボンで髪を整えている。服装も、普段の紫のクロークではなく、何処かの制服をモチーフとしたかのようなそれにフリルがあしらわれ、どことなくゴスロリチックな印象を感じさせるものだ。
「と、トリック…オア?」
「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃ…イタズラしちゃうぞぅ!」
あぁ、そうか、ハロウィンの季節か。と、ようやくイタズラ小僧のような笑みを浮かべるユウキの言葉の意味を理解したイチカは、ストレージから一口チョコをオブジェクト化し、ユウキに手渡す。さも当然のように渡してきたことにより、ユウキはキョトンとして馬乗りのまま固まった。
「ほら、トリートだ。…これでイタズラはなし、だな?」
「ほへ?あ、う、うん。」
何処かしら残念そうにイチカの上から退いたユウキ。短いスカートなので一時ドキリとするが、緋と地に錬成された『
「と、ところで…なんだかいつもと大分違う服なんだな。」
「えへへ。そーでしょ?何となくビビッと来てね。武器も併せて買っちゃったんだ!」
そう言って展開したのは、ユウキの背丈ほどもある柄がある大鎌だった。金の装飾が施されたシンプルな構造なのだが、その巨大さは見る者に恐怖と死を彷彿させる。
「なんかね~装備説明には、『殲滅天使なりきりセット』って書いてあったの。『家族と引き裂かれた少女が、孤独の果てに手に入れたのは敵を斬り裂く圧倒的な力。その行く末に出逢うのは、自身を思ってくれるかけがえのない大切な人。』…だってさ。」
…何やら何処かで聞いたことあるような…その設定の少女と、目の前に居るユウキ。何となくではあるが、似通った点が感じられてならない。
「しかもハロウィン期間中は装備パラメータが1.5倍らしいんだよ。」
「へぇ…それは結構大きいな。」
「でしょでしょ!そんなわけで、イチカも買いに行こうよ!」
「え?いや…俺はそういうのはあまり…」
「物は試しだよ!さあ行こう!思い立ったら吉日、だよ!」
どうやらその殲滅天使の服はSTR補正が利くらしく、イチカの身体をズルズルと、そして軽々と引き摺られていく。かくして…イチカは半分ユウキに連行される形でユグドラシルシティへと向かうことになった。
ユグドラシルシティ ハロウィン特設ショップ
ハロウィン一色に彩られた同市街の中央広場の一角に、これまた派手な飾り付けが施された店が構えられている。下手をすれば、ユグドラシルシティの象徴である世界樹よりも目立っているかの如くのそれに、強制連行という名の拉致によってやってきたイチカは、その華美な飾り付けに思わず目を細める。
「な、なんか目がチカチカするんだが…」
「そう?ボクはもう慣れちゃったかな~。」
流石に殲滅天使の服を買いに来たときに一度見ているからだろうか。
「でもこういうイベント特有装備って、課金したりとか、イベント特有アイテムやポイントを使わないと手に入らない物なんじゃないのか?」
「え?普通にユルドで手に入ったよ?イチカってば重く考えすぎじゃない?」
「…そう、なのか。」
「あ、でもね。店員の人に聞いたんだけど、この装備で敵を倒すと特別なドロップがあるらしいんだ。それでいろんな物と交換出来るらしいよ。」
なるほど。それならユルドで装備購入できるのも納得だ。イベント特有アイテムそのものが装備がないと手に入らないのなら、装備を実質無課金のユルド購入にしなければイベントの意味がないのだから。まぁ運営としても、ユルド購入でではあるが気軽に仮装を楽しんでほしいという計らいもあるのかもしれない。
「そんなわけだからさ、ハロウィンなんだしイチカも仮装しようよ!どうせ同じALOをプレイするなら、より楽しいと思う方にしようよ。」
確かにユウキの言わんとするところもわかる。イベントあってこそのオンラインゲームだ。ならばそのイベントにどっぷり浸かるのも一興だろう。
「そう、だな。どうせなら仮装してハロウィンらしく過ごすのも楽しいだろうな。」
「でしょでしょ!?イチカもそう思…」
「だ が 断 る」
へ?と、まさかこの前振りで断られるとは思わなかったユウキは、目を点にしてしまった。
「このイチカの最も好きなことの一つは、面白そうだと思っていてもイベント参加に『NO』と言ってやることだ。」
何となく一度言ってみたかった岸部露伴の台詞、その愉悦に心を震わせる。
だが、
「イチカ…参加、しないの?」
(あ、これアカン奴か。)
目の前のユウキが半泣きになってしまわれると、イチカは弱い。それこそフレンジーボアにカモられる位に弱くなる。
「じょ、冗談だって!な?俺もハロウィンに参加するから!」
「ホント…?」
「おう!もちろん!やっぱりイベントは楽しんでこそだよな!」
「うんっ!」
先程と打って変わったイチカに、ユウキも釣られて満開の笑顔を咲かせる。
そんなわけで、気を取り直してショップの中に入ったわけだが…
「な、何なのだこれは!」
とある女性プレイヤーの声が店内に響き渡る。その声量に、店内にいたプレイヤーが何事かとその声の発生源に目を向ける。
「ほう?いつもの飾り気のない黒のバトルスーツから、随分と印象が変わったではないか。」
「わ、私はこんな…こんな服は…!」
「私とてハロウィンの衣装を着ているんだ。大人しくそれを着ておけ。」
「…やっぱり、マドカとちふ…いや、オウカだったか。」
「なになに~?何かトラブル?」
知った声だったので向かってみれば、なんのことか、オウカとマドカだった。どうやらマドカがオウカにハロウィン衣装を着せられていたようで、その服装が余りに恥ずかしいのか、自身を抱くようにして服装を隠そうとしているが、全くの蛇足になっている。
「…メイド服?」
「み、見るな…見ないでくれぇ…。」
顔を真っ赤に紅潮させ、若干涙目になっている。
なんだこの可愛い生き物。
如何せん、マドカのケットシーという種族特有のネコ耳。それも黒猫と言うだけあり、水色のメイド服…正確にはエプロンドレスなのも相俟ってその破壊力は計り知れない。
「くっくく…、どうだ?中々のものだろう?」
そう自身の行ったコーディネートを賞賛するかのように笑うのはオウカ。彼女の出で立ちもこれまた普段黒を好む彼女らしからぬものだ。青のジーンズタイプの生地に、動きやすいように深いスリットが入ったドレスタイプのスカート。ウエストを引き締めるコルセットに、クリーム色の薄手のジャケットという服装だ。普段なら、機能性を重視した格好の彼女だが、こうして少しラフさを感じる服装というのはなかなかどうして、新鮮に感じられる物だった。
「オウカさんも仮装してるんだね。」
「あぁ。せっかくのハロウィンだからな。仮装してみるのも一興だろう?ユウキも中々愛らしいじゃないか。」
「ホント!?ありがとー!オウカさんも、なんか格好いいよ!」
どうやら堅物に見えて、その実結構良いノリをしているらしい。
互いに衣装を褒め合うなか、未だエプロンドレスに羞恥しているマドカに、話に入り込めないイチカがどうしたものかと思案する。
「…なんだ、言いたいことがあるなら言えば良いだろう?」
「え?いや…そんなことは…」
「ふんっ、どうせ『似合わねー』とか、『ないわー』とか、『ドン引きです』とか考えてるんだろう!そうなんだろう!」
「いや、普通に見違えたんだけど。似合ってるぞ?」
「………はぁっ!?」
予想だにし無かった肯定の言葉に、マドカは思わず裏返るほどに素っ頓狂な声を上げてしまった。
「何というのか、現実もALOも、戦闘重視の服ばかりだからな。新鮮というか何というか……現実でもそんな服を着てみたらどうだ?」
そんなことをしてみたら最後、上司二人に徹底的にネタにされて死にたくなるからお断りだ。
脳天気に宣うイチカに、心の中で怨みがましく反論しておく。と言うか段々腹が立ってきた。
「そういえば、お前だけ何の仮装もしていない、と言うのは不公平だよなぁ?」
そんなマドカの言葉に、先程まで談笑していたオウカとユウキがまるで獲物を見つけた猛獣の如く目を光らせてこちらを見てくる。
「ふむ、マドカの言うことにも一理あるな。」
「そんなわけだからイチカ!ちゃちゃっと着替えよっか♪」
ガシッとマドカとユウキの二人に両脇を抱えられ、ズルズルと引き摺られていく。向かう先は…試着室。
しかし…
(うーん…普通こういう場面て、腕に胸が当たって至福だってクラインさんに聞いたけど……おかしいな、むしろ…」
「「むしろ…何?」」
「むしろ痛…があああ!!」
いつの間にか考えていたことが口に出てしまったらしく、両腕をアームロックされて悲鳴をあげるイチカ。胸部装甲の薄い2人は、こういうネタにびんか…
「それ以上、いけない」
十分後
「微妙だね。」
「微妙だな。」
「微妙だ。」
「え?何?何なんだ?」
三者のしらけた視線を浴びて、いたたまれなくなる。3人に押される形でチョイスした服に仮装したイチカを待っていたのは、非難囂々。それもそのはず、イチカの仮装した姿と言うのは、普段の装備と余り変わり映えしない物だったからである。いつものインプの基本色である黒、ないし紫なのは良しとしよう。だが、服装のジャンルが普段と被っているのだ。変わったところと言えば、普段は黒のジャケットの所を白のトレンチコートにしている点位だろうか。
「なんかこう…インパクトが足りんな。」
「だよね。思い切って髪色を変えてみる?」
「良いな。…どうせなら
「「異議無し!」」
「え?ちょ…冗談だよな?な?」
もはや利く耳持たず。スイッチの入った3人を止められる奴はいない。さしもの黒の剣士だろうが閃光だろうが。
「さぁ、覚悟はいいな?」
「最高に患っているようにしてやるからな。」
「んふふ~♪腹のくくり時だよイチカ♪」
イチカの めのまえが まっくらになった!
「「こ、これは…何というか…」」
「うむうむ!これぞ患った者ならではのコーディネートだな!」
2人がややドン引きする中、マドカがそれはもう御満悦と言わんばかりに自身の手掛けた
「な、なんじゃこりゃあ……!」
そして、鏡に映る自身のアバターを見て、某ジーパン
そこにいたのは、正しく鬼の如く。
白髪に染められた頭髪、焼け焦げたかのようにダメージを入れられた先述のトレンチコート。
極めつけは、深紅に染まりきって瞳孔が開いたその眼球だ。
もはや中二病を患っているどころか、重篤な感が否めないそのコーディネートは、手掛けたマドカがどれほど重い症状かを物語っていた。さしものオウカとユウキも、そしてイチカでさえここまでとは思いもしなかったのだ。
「いいぞいいぞ。白髪に赤目、いいぞ。こう言うのでいいんだよ、こういうので。」
「いや…これで町中を歩き回るのは流石に恥ずかしいんだが…。」
確かに
だが今はハロウィンの季節。誰も彼もが仮装を楽しむイベント。多少痛々しい形をしていても、そこまで冷めた目で見られることはない。
「ハロウィンなんだ、別に変な遠慮は要らないだろう?…そもそも、全てのプレイヤーにおけるALOでの格好が、のっけから仮装だろうが。今更だぞ。」
「身も蓋もないねマドカ。」
「こういう格好をしてみたかったのやもしれんな。…まぁリアルでも似たり寄ったりの格好だったが。」
「リアルの事を話すのは禁止だ。…それで?イベントクエストに参加するのか?しないのか?」
「えっと、仮装した状態で敵を倒して、アイテムドロップを狙うって言う?」
「わかってるなら話は早い。」
「もちろんやるよ。元々そのつもりだったし。」
「まぁ仮装装備で狩りをしたら、自然とそうなるだろ。どっちにしても手伝うよ。」
「私は一時間程したら抜けるぞ。少し仕事が入っていてな。それまでなら手伝おう。」
そんなわけで、
4人(1人ナチュラルなチーター)による、狩りという名の蹂躙が幕を開けた…。
中の人ネタの内訳
イチカ→リィン・シュバルツァー(閃の軌跡)
ユウキ→レン・ブライト(閃の軌跡)
オウカ→サラ・バレスタイン(閃の軌跡)
マドカ→アリス(SAOアリシゼーション)
となっています
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。