インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

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第37話『屍を纏う者』

何匹目…

いや、何十匹目だろう?

もはや数えるのも嫌になるまでに斬り捨てたモンスター。

雪華が跳ねたオオカミ型Mobの首がポリゴンとなって弾けた音を皮切りに、洞窟内を無音の静寂が包み込んだ。

ぜぇぜぇと、上がった呼吸を整えながら、まだ飛び出してくるのかも知れないという状況で、敵が見当たらないにも関わらず、警戒を緩めることが出来なかった。

 

「………。」

 

「………。」

 

「………。」

 

「………終わった、のかな?」

 

たっぷり10秒ほど警戒しながらも待機した中で、ユウキが呟いた。

先程まで嫌というほど相手をしてきたモンスターの姿も、そしてその存在を示す唸り声もない。

…どうやらこれで打ちきりらしい。

それを確信した4人は、緊張の糸が切れたのが誰からとも無くその場にへたり込んでしまった。

 

「ぐぇ……しんど……。」

 

「流石に……これ以上…無いくらいの……レベリング…だったな……。」

 

イチカもそうだが、マドカもぐったりと壁を背にして休んでいた。ハードなレベリングしに来た、とは言っていたものの、流石にここまでハードなものになるとは予想だにしなかった。

 

「み、皆。HPやマナ、アイテムはどんな感じだ?」

 

「私は…少し心許ないが……そこまで困窮する程でも無いな。」

 

「ん~。ボクはまだ少しくらいなら余裕あるよ。」

 

流石絶剣と言ったところか。現実ならともかく、こと仮想世界…ALOでの戦闘ではユウキの実力の方が上回っているようだ。双短剣という珍しい戦闘スタイルであるマドカだが、取り回しはともかく、リーチそのものは片手直剣に比べればやはり短いので、その影響によって被弾率も高かった。

 

「そっちのキミはどうなんだ?」

 

「え?私は……ちょっと苦しい…と言うか、もうアイテムが無かったりするかな。」

 

件の少女の状況もイチカは案じた。元々どれ程買い込んでこのダンジョンに臨んだのかはわからないが、このエリアに辿り着くまでソロだったのだ。その消費は決して少なくないだろう。そして先程の戦闘でも敵のヘイト、その殆どを広い攻撃範囲を用いて一身に引き受け、他の3人がその隙を突いての各個撃破して持ちこたえていた。敵のヘイトが集まれば、比例して被弾率も増えてくる。そんなタンクにも似たロールをこなした彼女は、刀装備故に盾も無かったので、その分回復アイテムの消費量が増えていた。

 

「これ以上は潜れそうに無いし、今回は切り上げようと…」

 

「アイテムが切れたんなら、ボクのを分けたげる!」

 

白髪の少女の返事を聞く以前にメニューを操作し、癒しの薬液や理力の薬液。ユウキが持つその半分の量を、目の前の少女に譲渡するウインドウを開いた。

ユウキによる突如の行動に、白髪の少女は目を見開いてキョトンとする。

中々譲受承認を押さない彼女に、ユウキはというと首を傾げた。

ややあって、我を取り戻した少女は、助けを求めるかのようにイチカへ視線を移す。

 

「…まぁ受け取っておけば良いんじゃないか?…多分ユウキはテコでも動かないと思うぜ?」

 

「む~、イチカ、それってどういう意味なのさ?」

 

「変な所で頑固、と言うことだな。」

 

マドカまで!?とまさかのマドカによる追い打ちで、何故かショックを受けるユウキ。…事実に変わりないし今更なのだから、別段衝撃を受けるほどのことでも無いはずなのだが…、

 

「ま、とにかく受け取っておけば良いんじゃないのか?その分、礼としてコイツを助けて手打ちにすればいいだろう?」

 

「……わかった、ありがたく貰っておくね。」

 

ようやっと承認を押して、アイテムが件の少女のストレージへと収まった。その光景に、ユウキは満足げにウンウンと頷いている。先程のショックは何処へやら、立ち直りの早いことである。

 

「じゃあ改めてパーティ組もうぜ。」

 

「そうだね。じゃあ…振って貰ってもいいかな?」

 

承諾を得たところで、パーティリーダーであるイチカから、少女へのパーティ申請を送る。

手元にパーティ加入承認ウインドウが開いたのを確認して、少女は認可。晴れて4人パーティとなる。

視界の左上…そこに現れた4人目のプレイヤー

『Shiro』

 

「んと、シロ…で良いのかな?」

 

「うん。それじゃ…改めてよろしくね。ユウキにマドカに、m……イチカ。」

 

「…?お、おう。よろしくなシロ。」

 

少し妙な引っかかりを感じながらも、イチカは新しい戦友に握手を求める。

その彼の行為に一瞬戸惑いながらも、それに応じて握り返すシロ。

…あぁ。

やはり仮想世界と言えども、彼の手には安心感がある。

そう感じながら。

 

「よしっ。じゃぁパーティも組んだところで、出来るだけ奥に行ってみようぜ。」

 

握られた手が離されたことに、若干のもの寂しさをを覚えたシロであったが、とりあえず今はこのダンジョンを攻略することを念頭に入れておこう。そう自身に言い聞かせて、シロは先に歩き始めた3人を追いかけてダンジョンに潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 

あれから数十分

3人から4人のパーティ編成となり、奥へ奥へと進んでいった。

奥に行くに伴い、敵の数も自然と多くなっているものの、不思議と4人はこれと言った負傷もなく進んでこれた。やはり、ディーラーばかり3人の編成ではなく、タンクが1人加わることでここまでの違いが生まれるのかと改めて思ったほどだ。幸いにして、さっきの広場ほどの湧きは起こらず、数が増える奥地に進むに従い、4人の連携も確かなものへと変わっていった。

 

そして…

 

「…なぁ。これって…。」

 

「…それらしい、というか、十中八九そうだろうな。」

 

辿り着いたのは行き止まり。否、こじんまりとした広場、その最奥に聳え立つ巨大な扉を構えて、道は途絶えていたのだ。

 

難関ダンジョンの奥地。

 

開けた広場。

 

そして巨大な扉。

 

ここまで条件が揃っていて、考えられるのは、その扉の奥にて待ち構える存在。

 

「「「「ボス部屋…」」」」

 

異口同音、同じタイミングで皆が口にした。

途中から開いていない宝箱があったため、もしやと思っていたが…案の定、いつの間にか4人は、未踏破区画へと進んでいたのである。

 

「…レベリング目的の筈が、よもやいつの間にか未踏破ダンジョンの攻略になっていたとは、笑い話にもならんな。」

 

「連携に夢中で、未踏破区画なんて全く意識してなかったからね、仕方ないね。」

 

「…で?どうするの?」

 

「モチロン、ボクは挑戦したい!」

 

シロの問いに即答するのは、チャレンジ精神旺盛なユウキだ。ウキウキ、と言う言葉がこれほどまでに似合う状態がないほどに、彼女の目は輝いていた。そして、ユウキの答えがある程度予想できていたイチカとマドカは、それぞれ苦笑と呆れを隠せずにいる。

そしてここでイチカは思案する。旧SAOで言えば、おそらくは強さとしてフロアボスに該当するそれを持つであろうことが想像できるが…。

経験談から言えば、フロアボス相手には最低でも1パーティフルメンバーが欲しいところである。階層ボスほどではないにせよ、強力なモンスターには変わりない。

だが…

 

 

 

不思議とイチカの中では、勝てるという自信があった。

ユウキ、マドカ、そしてシロ。

そして自分を含めた4人ならば勝てる。

倒せる。

そんな確証じみたものがあった。

 

「さ、流石にボス攻略が目的でないのだから、控えてもいいんじゃないのか?アイテムもそこまで潤沢ではないし…私は…そこまで高望みは…」

 

「マドカ!」

 

消極的なマドカに、ユウキがこれまた大きな声で制する。

いつになく強く、そしてまっすぐな眼差しに、当のマドカも一瞬たじろぐ。

 

「昔の偉い人は言ったんだよ。」

 

「な、何を、だ?」

 

「諦めたら、そこで試合終了ですよ、って。」

 

それ、バスケ漫画の監督の台詞だからな。と、イチカは口にしようとしたが、ぐっと喉に仕舞い込む。ユウキの言葉に、マドカがどことなく感銘を受けたのか、目から鱗が落ちるというか、名言を聞いたかのように目を輝かせているからだ。…どうやら元ネタは知らないらしい。

 

「諦めたら…か。…うむ。そうだな。精神論ではあるが、言い得て妙とも思える。」

 

そしてまんまとそれを鵜呑みにしてしまう。

…まぁ、確かに諦めたらそこまでだけどさぁ。と、イチカも理解はすれども納得はできずにいた。

ともあれ、

 

「で?挑むの?」

 

シロの言葉に、コントのようなやりとりを見ていた思考から、現実(仮想世界だが)に意識が戻る。

 

「「「もちろん。」」」

 

誰からともなく、だが先ほどと同じように異口同音で答えた3人。言い終えるや否や、互いの顔を呆気取られたように見合わせる。ややあって、おかしな偶然に、苦笑いを浮かべた。

 

「よし!じゃあ挑むとしようぜ!やるからには全力全開だ!」

 

「おーっ!!」

 

「「お、お~…?」」

 

イチカとユウキのノリについて行けないのか、若干出遅れたマドカとシロは、控え目ながらもユウキの模倣をする。

そして…先だってイチカはその厳かで重々しい観音開きの扉を押し開ける。

ゴゴゴ…と言う、荘厳な摩擦音と供に、その扉の隙間から光が差し込んでいく。

さぁ、選手入場だ。

挑むのは4人の妖精。

光の差し込まれるボス部屋には、白いナニかがそこらかしこに転がっているのを露わにする。

白く、細長い。物によっては鋭利な物や、明らかに折れたと見える物も見受けられる。

…そして、五感をダイブさせているからこそ漂うその匂いに、マドカ以外の3人は思わず顔を顰める。

腐臭…いや、死臭。

明らかにグロテスクな物はない。だが、足元に散らばる白い物…白骨がここに至る経緯、そして部屋に漂う臭気には、それを想像させるに容易な物である。

 

「なん…だよ、この匂いっ!」

 

「気分、悪くなりそう……!」

 

人の死臭という物に慣れきっていないイチカとユウキは、腕で鼻や口を覆いながら顔を顰める。そして、その臭気があまりにも濃いのか、空気にも硫黄と思しきまでの色合いの黄色い霧がかかっているようにも感じた。

 

「…さすがに、私もこれは…」

 

「おい、気を引き締めろ。」

 

各々、気分の不調を訴える中、精神的なダメージをあまり受けていないマドカが鋭い声で喚起する。その手には既に短刀の二振りが逆手に握られていること、それ即ち臨戦態勢を意味する。

そうだ、ここはボス部屋。

この数多の骸、その元凶たる存在がここには居る。

それを意識し直した3人は、各々の得物を構える。

何時、

何処から、

ボスが現れても良いように、気配に、音に、その神経を研ぎ澄ます。

そして…

 

カラン…

 

何かが転げ落ちた様な、乾いた音が部屋に響いた。

ふと、4人の誰もがその音の方向へと視線を向ける。

部屋の奥、

そこには、骸骨の山が出来上がっている。そこから骨が転がり落ちる音だった。

…だが、やはりそこはボス部屋。その骨の山に、4人は視線を集中させる。

その視線を感じてか否か、地響きと共に、その山は骨が雪崩れ落ちて崩壊していく。

中から現れたのは、体躯は四つ脚ながらも、飛翔には到底向かない、むしろその必要がなく退化した翼。その姿はさながら西洋の龍だった。

だがその体躯には、龍たる特徴である分厚い鱗や、堅牢な甲殻はない。

あるのは、むき出しの骨と思しき刺や、赤々とした筋肉を思わせる皮膜。そして前述のトゲには、恐らく足下に積み上げられた亡者の物と思しき、屍肉や皮を纏っており、見た目はさながら、『生きならがらも屍と化した龍』だった。

 

「うわ~…グロ…。」

 

若干引き気味の表情でユウキは呟くが、それはほかの3人も同様だった。

男子たるイチカはそれ程ではないにせよ、それでも嫌悪感は抱かずにはいられない。

そんな4人の心境にお構いなく、かの龍は甲高い雄叫びと共に、その体から周囲の霧と同色の粒子を噴出させる。まるで花で言う花粉か何かのようにそれは巻き散らかされ、津波のように迫りながら4人を飲み込んでいく。

 

「ぐぅっ…!?」

 

「な、中々の刺激臭だな…!?」

 

酷く、鼻がもげそうなその匂いに、シロもイチカも顔を歪ませる。マドカもその酷さに息を控えるが、それと同時に視界に見える『それ』の異常に気づいた。

 

「これは……!?」

 

「ど、どうしたのマドカ?」

 

「HPが…削られていく…!?」

 

マドカの言葉に3人は自身の視界、その左上にあるHPゲージを見やる。そこには、まるで毒を食らったかのようにジワリジワリと減っていく皆のHP。

 

「なんで…毒なんか食らってないのに…!?」

 

「…憶測だけど…」

 

「何か分かるのか?シロ。」

 

「…多分、この霧だと思う。…恐らく、毒霧と同じような効果で、吸い込んだと同時に体内を蝕んでいく…みたいな感じなのかも。」

 

「…まったく!バイオテロも真っ青なモンスターだな。」

 

テロ組織に所属しているマドカが言うと妙な感じだが、それは置いておいてもやっかいな相手に変わりはないようだ。

兎にも角にも、体力が減り続ける状況での討伐が否めないのは確かだ。

つまり…

 

「全員、敵の動向を探りつつ、隙あらばフルボッコ!体力と回復アイテムが切れる前に片を付けるぞ!」

 

「「「おぉっ!」」」

 

イチカの言葉を皮切りに、4人は得物を構えて龍に突撃する。

体力ゲージが三本現れ、現れた名前は『屍套龍(しとうりゅう)ヴァルハザク』。その甲高い咆吼が、開戦の狼煙となった。

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

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