インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
「おい、イチカ。」
空都ライン ダイシーカフェ
カウンターの向こう側で腕を組んで立つ、黒い肌、そしてスキンヘッドで長身のノーム族の男性エギルは、向かいのカウンター席に座るイチカに怪訝な表情を浮かべながら声を掛けた。
「一体アレは何なんだ?」
「ん?」
イチカの後方の円卓席、それに突っ伏すソレを顎で指す。そこには、テーブルに突っ伏して微動だにしないユウキ。よくよく耳を澄ませると、穏やかな寝息を立てている。
「何って…ユウキだろ?」
「そんなことはわかってる。俺が言いたいのは、あんだけデュエルしまくってたユウキが、ここへ来るなり眠りこけ始めた理由を聞きてぇんだ。」
そうエギルの言うとおり、ユウキはALOにログインすると共に、イチカとダイシーカフェにやって来たのだが、席に着いた途端、まるで糸が切れたかのように眠りに落ちていったのだ。
「今日って確か、ユウキがお前の所の学校に通う初日だったんだろ?…あんなになるまでハードなのか?」
「いや…そこまでハードじゃない。…まぁユウキにとって疲れたのは事実だろうけどさ。」
「…?どういうことだ?」
「現実でもデュエルしまくってた。」
「…ますます意味がわからんぞ?」
エギルが困惑するのも無理のない話なのだが、事実としてそうなのだから他に言い様がないのも確かである。あの後、鈴とラウラの連戦に加えて、箒まで戦ったものだから、知らず知らずの内に疲労が蓄積して、椅子に座った瞬間にそれが一気に押し寄せてきたのだろう。すやすやと、文字通り遊び疲れた子供の様に眠るユウキに苦笑しながらも、カウンター席から立ち上がったイチカは、ストレージから毛布を展開して彼女に掛けてやる。その感触に一瞬身じろぐものの、再び安らかな寝息を立て始めた。彼が再びカウンター席に戻ったのを見計らったようにして、エギルは口を開いた。
「なぁ。」
「ん~?」
「お前、噂はホントなのか?」
「噂?」
応じながらイチカは、カウンターテーブルに置かれていたグラスを持って、中身を口に流す。
「
「ブフォッ!?」
口に含んでいたグラスの中身…ウーロン茶を思わず吹き出してしまった。変なところに入ったのか、ゴホゴホと数回咳き込む。
「オイオイ、汚えな。」
「お、お前が変なこと口走るからだろ!?」
「いや、別に変な事じゃねえぞ?ALOではそこそこ出回ってる噂だしな。」
ここにきて、ふと以前キリトこと和人が言っていた言葉を思い出す。
イチカとユウキの関係性について、
「なぁ……まさかその噂の根元って…」
「…たぶん、お前が想像している奴だな。」
厄介な鼠もいたもんだ、とイチカは頭を抱えた。
実際、仲間として、友人としての立場で、こうして学校に行けるように皆と協力したのである。未だ付き合ってるや何やと言う次元ではない。好意を抱いているのは確かではあるのだが。
「そのリアクションじゃ、まだ付き合ってるわけじゃないみたいだな。」
「…まだって。」
「でも、異性として好きだ、ってのは事実なんだろ?」
「…まぁな。」
ここに来て、素直にユウキへの好意を認めるイチカに、一瞬エギルは驚いた物の、すぐに静かな笑みを浮かべる。その笑みはどことなく、余裕を持つ大人ならではのモノだ。…やはり色恋沙汰となっては、既婚者である彼に一日の長があるのだろう。
「そうか。…『朴念仁のイチカ』にもようやく、だな。」
「…なんだよ、その朴念仁って。」
「…知らねぇのか?SAO時代に付いていた、『絶刀』とは別のお前の二つ名だよ。」
「…は?そんなの…聞いたことないぞ!?」
「まぁ…まことしやかに噂されていたからな。…他にも『唐変木のイチカ』『鈍感のイチカ』『徹夜のイチカ』『童貞のイチカ』『ホモのイチカ』『キリト×イチカ』…」
「待て待て待て待て!何なんだよ後半のは!?いや、後半だけじゃなくても何なんだよ!?」
「…全部、お前がSAOでやっていたことの成れの果てだ。」
以前語ったが、SAOでイチカはその恵まれた容姿から女性プレイヤーに声を掛けられることは少なくなかった。中には、
『(恋人として)付き合って欲しい。』
と告白されることもあった。しかし、
『いいぜ。何のクエストだ?』
と、素で返していたものだから、数多くの女性プレイヤーがその恋心を打ち砕かれていた。
そしてそんなイチカの境遇に、とある赤毛の侍プレイヤーが嫉妬と共に枕を濡らしていたのは全くの余談だが。
「まぁお前がホモかも知れないって心の何処かで危惧していたが、お前もノーマルだったんだな。好きな女が出来たのは良いことだ。祝福するぜ。」
「…ここは怒るべきなのか。それとも感謝すべきなのか。」
「モチロン、後者だろうよ。ほら、祝いにそのウーロン茶は無料サービスだ。」
「…ずいぶん安い祝い金もあったもんだな。」
まぁ何にせよ、タダより高い物はないと言う言葉があるだけに、阿漕な彼からの珍しい祝いを受け取ってウーロン茶をあおるように飲み干す。一息つくと、スクッと立ち上がり、ユウキを起こしに掛かる。
「おい、ユウキ。そろそろ約束の時間だぞ?」
「ん~、あと五分…」
「ベタな寝言を言うなよ…。」
「…約束の時間?」
「おう。これからフレンドとダンジョンに、な。」
この言葉でエギルは思考する。
彼の言うフレンドは、自身が既知であるいつものメンバーと違うのだろうか?
もしキリトやアスナならば、フレンドという代名詞を入れる必要がない筈だ。
…まぁ二人に新しいフレンドが出来たのなら、それをどうこう言う必要ないか、とエギルは自己完結に至る。
「ほら、アイツも待ってるだろうから行くぞ。」
「うにゅ…ふぁい……」
「じゃあなエギル。また来るよ。」
「おう。気をつけてな。」
半分寝惚けながら立ち上がるユウキの手を引いて店を出るイチカ。そんな彼らを見送りながら、エギルは一つ思った。
「あぁやって手を繋いで歩いていたら、また噂が広がるんだろうがな。」
同時刻
ここに、一人の新たなALOプレイヤーがログインした。種族はスプリガン。
腰までの流れるような黒髪。
尖った耳。
そしてクールという言葉をそのまま体現したような顔つき。
「ほう……きゃりぶれーしょん…とやらに少し手間取ったが……いざ始めてみるとその手間を忘れんばかりの体感だな。」
手も足も、何もかもが現実と変わらない感覚。
周囲の明暗も、
鼻を擽る匂いも、
そして耳に入る喧騒も。
「さて……例の大会とやらに出るには、武器が入り用だろうな。…正直ゲームその物が初めてだから、勝手がイマイチわからんものだ。」
「なぁ、アンタ…。」
「む?」
声を掛けられることで、その方向に向くと、自身と同じく黒髪の…少年プレイヤーアバターが話しかけている。顔つきは中性的で、背丈は…同じくらいか。
「なんかさっきから挙動不審…と言うか、キョロキョロしてたけど、もしかしてALO始めたばかりのニュービーか?」
「にゅーびー?」
「あぁ、悪い。つまり、初心者か?」
「あぁ。そうだ。…始めたばかりでどうにも勝手がわからなくてな。少し困っていたところだ。」
説明書は一通り読んだのだが、やはり実際に体験するのとでは勝手が違ってしまい、困り果てていたのが現実である。
「よかったら、初歩的なことをレクチャーしようか?特にこれからの予定もないしさ。」
「…レクチャーか。」
女性にとってこれは渡りに船だ。全くの初心者なので、経験者に教えてもらえるならばこれ程ありがたいことはない。
「…ならば頼めるか?このままでは埒があかないのでな。」
「わかった。…じゃあ自己紹介だ。俺は…キリト。よろしくな。えっと…」
キリト…はて、何処かで聞いたことのある名前だ、と女性プレイヤーは首を傾げる。だが生憎と、リアルでハードワークをこなした後の彼女には、そこまで深く思い出すことは不可能なので、頭の隅にとどめておく。
「ふむ、ここはプレイヤーネームを名乗るのだったな。…私は…オウカ。よろしく頼むキリト。」
「あぁ。じゃあ…まずは武器探しだな。…時間もあるけど、良かったら歩きながらでも良いか?」
「構わんさ。むしろその方が効率が良いだろう。」
「わかった。…ちなみにオウカは何かリアルで武術をしているのか?」
スプリガンのホームタウンにある、初心者用の武器を欄列している店に向かいながら、キリトはオウカに問うた。やはり仮想世界といえども、身体を動かす感覚というモノは現実と変わらない。使い慣れた武器が一番なので、参考までに聞いてみたのである。
「そうだな。幼少から知り合いの道場で、剣道や剣術を学んでいた。…それくらいしかないのだが。」
「いや、充分参考にはなる。…あとはオウカの好み次第だけどな。」
「お前は…何を使っているんだ?」
「俺は片手直剣。長い間使ってるからな。これが一番馴染む。」
「そうか…馴染む、か。」
そう話している内に、スタート位置よりそこまで離れていない、メインストリート沿いにある武器屋に辿り着いた。流石に初心者が減りつつある現在において、客足は決して多くない店ではあるが、NPC経営なので問題ない。
「いらっしゃいませ。」
「ここがニュービーが大抵訪れる店だ。各武器の最初期のモノが全種類そろえてあるからな。なじむモノを選ぶと良いぜ。」
「…ほう。棍や槍までもあるのだな。」
「あぁ。リーチや攻撃属性も攻略の要だからな。こう言った多種多様な武器のプレイヤーのロールで役割分担してたりするんだ。」
「ふむ…たかがゲームといえども侮れんな。」
感心の色を浮かべつつ、店員との会話でショップウインドウを開いたオウカは、ほぼほぼ決めていた武器をチョイスして、試着のためにオブジェクト化して貰うことにした。
ガラス張りのショウウインドウの上に現れたのは、片刃で刀身に紋を描き、わずかな反りを持つ武器……刀であった。
「やはり、長年振るってきた獲物だからな。こっちの方がしっくりくる。…少々軽いがな。」
「は、はは…。」
本来両手武器であるはずの刀を片手で軽々と振るうオウカに、乾いた笑みを浮かべる。
STRが初期値の筈なのにここまで振るえるのは、相当の剣技の持ち主だろう。刀を速く振るう為の身体の使い方を熟知していなければ、ステータス補正によっての重さが動きを妨げるはずである。
「よし……この武器にしよう。」
ほぼほぼ即決に近い形で刀初期装備である『鉄刀』を購入。その顔は何処かほくほくしている。
「じ、じゃあ次は……」
そんなこんなで防具一式を買いそろえると共に、各種施設やその使用法を説明し終える頃には、一時間ほど暮れていた。
キリトが次に言い出したのは、外での狩り、そしてレベリングだった。
飛翔の練習などもこなしておこうと考え、オウカに手順をレクチャーする。
初心者なので補助コントローラーを使用しての飛び方を教えるのだが、しばらく飛んでみて、
「…まどろっこしい飛び方だ。」
などと宣ったのだ。
ならばと慣れたプレイヤーが行う、感覚による飛翔を教えたところ、なんというのか、天賦の才と言うのか何なのか判らないが、こっちの方が合っていると言わんばかりに縦横無尽に、それこそ補助コントローラーを用いていたときよりも滑らかに飛んで見せたのである。
まぁ唖然としながらも、飛翔に関しては問題ないと判断したキリトは、オウカを引き連れてスプリガンのホームタウン近郊にある、初心者にうってつけの狩り場へとやって来た。
そこで身体の動かし方に加えて、ソードスキルのレクチャーをしようとしたのだが…
「はぁぁっ!!!」
そんな一喝したかのような剣閃に、フレンジーボアは文字通り一刀両断され、プギィ!と情けない声を出しながら四散した。
次いで近くに沸いてきたボアに狙いを定め、横薙ぎに一閃。物の見事にクリティカル判定を出して一撃で仕留めた。
(な、何だよこれ…!)
鉄刀の攻撃力はそこまで高くは無い。いや、初期武器の中では両手持ちなだけあって高い方ではある。しかし、全く何もステ振りをしてない状態では、STRの補正も少ないので、その重さに振り回されるものだ。
だがこのオウカというプレイヤーは違った。
刀の振り方という物を熟知している。力任せに振るうのでは無く、技術を以てしてその重量を御している。そしてその技術のままに、フレンジーボアの弱点である眉間を切り裂き、クリティカルの元に一撃で仕留めている。
(もうチートかチーターじゃないのか?これ…。)
かつて自分が言われた言葉を思い浮かべてみる。
そういえば、あの愉快な髪型の人は元気にしているだろうか?…名前は思い出せないけど。
「ふむ、この身体での刀の振りは大体慣れてきたな。…キリト。」
「ん?あぁ、なんだ?」
「ソードスキルとやらはどうやって出すのだ?」
「そうだな……まずは…」
そんなタイミングを見計らってか否か、2人の周囲にはフレンジーボアが七体ほどリポップした。先程からオウカが間髪入れずに討伐したものだから、リポップするタイミングが被ったのだろう。
「丁度いい、刀スキルには自分の周辺を薙ぎ払う…」
「はぁぁっ!!」
説明しようとするや否や、鉄刀の刀身にソードスキルのエフェクトを纏わせたオウカ、彼女が放つ刀スキル『旋車』によって、フレンジーボア共は皆、粉々に砕け散ってしまった。
「ふむ…すまないキリト。敵が沸いたのでな。…で?ソードスキルのやり方は?」
「…もういいです。」
仮想世界でもこんなんだから、現実でもチートなのだろうな…と、おおよそ的を射た予想を立てながら、キリトは大きなため息をついた。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
-
にいに。
-
お兄ちゃん。
-
兄さん。
-
兄貴。
-
一夏。