インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

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第31話『紫天』

「やた!出来た!!」

 

薄暗いラボで、束は歓喜した。

三日間の貫徹で仕上げた1つの作品。それがそこにある。

それは白でもなく

ましてや紅でも

そして黒でもない

束がある人物のために作り上げた、『完全新機種(オリジネイター)』。

今までのISの機構の一線を画し、そして何より斬新!

 

『おめでとう、束君。』

 

「いやいや!ありがとね~!君の協力がなければ、このシステムの実装は出来なかったよ。これは束さんの分野外だからね~。」

 

『こちらこそ…君の頭脳には改めて感服させられたよ。君のIS発表当時はあまり興味が湧かなかったが、実際触れてみれば何の事か、中々にそそられるではないか。』

 

束の問いに対して、ディスプレイから一人の男性の声が響く。音声だけで顔は解らないが、声からして四十代ほどと言ったところだろう。

 

『しかし話してみれば、君の夢と、そして私の夢とは似たところもあるものだな。』

 

「そうだね。束さんは宇宙という無限のフロンティア。そっちは夢に見た、城が空に浮かぶ世界。見たこともない世界を求める。そんな意味じゃ似たもの同士なのかな?」

 

『世間じゃ、我々は犯罪者や手配犯という点においてもね?』

 

「類友だね類友!」

 

フッ…違いない、と男性も、自身に少し皮肉を込めたように声を響かせる。釣られて束も声を上げて笑い出した。

 

 

ひとしきり笑い合った束は、仕上げた物が格納されたソレを手にし、立ち上がる。

 

『早速渡しにいくのかい?』

 

「モチロン!二人の合作の勇姿をみてみたいじゃん?」

 

『それもそうだ。…いやはや、キリト君…いや、和人君らが作り上げたプローブ。それと私達が作り上げたものが、どれ程の相乗を生み出すのか…少し熱くなる物があるね。』

 

彼は、どこか懐かしむようにそう宣う。

そんな彼のつぶやきを背中越しに聞きながら、束は格納庫にあるニンジン型ロケットへと歩を進めていく。

 

「じゃあ、あっ君!少し行ってくるねぇ!」

 

『だから、あっ君はやめたまえと何度も…』

 

彼が言い終わらぬ内に、束はニンジン型ロケットに乗り込んでハッチを閉めてしまう。恐らく聞こえていないだろうし、聞こえていても聞かないだろうから、糠に釘なのだが。

 

『…やれやれ。……しかし、紺野木綿季君、か。

 

 

 

 

 

 

和人君と並ぶまでのそのフルダイブ適正。それをいかに活かせるか、実に楽しみだよ。』

 

そう言い残し、かの音声はぷつりと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、実技の授業に入る。」

 

三限目は場所をアリーナに移しての訓練だ。

天気は晴天。十一月に差し掛かってはいるが、差し込む日の光が暖かく、露出の多いISスーツでもそこまで寒さを感じることはない。

そんな天候にも恵まれた中で一夏の肩から、木綿季はISの実技授業に目を輝かせていた。

何せ他の学校では学ぶことが出来ない内容だ。しかも世間を賑わすISを間近で見ることが出来るのだから、木綿季の性格を考えるとワクワクするなという方がおかしいかもしれない。

 

「昨日は少しハプニングもあったが、それでも格闘の基礎は理解できたように思う。」

 

ハプニング、と言う単語で、誰しもがチラリと一夏を見やる。

前代未聞のIS退化は瞬く間に学校中に知れ渡り、軽く一種の事件として取り沙汰されたほどだ。

なんせ、学園内で初めての二次移行(セカンドシフト)なので、専用機を持つ生徒は勿論、そうでない生徒からも羨望と嫉妬の入り交じった目で見られていた。

それが元の形態に戻ってしまったなどと、話題にならないはずもないのである。

 

「今日は機動。それも瞬時加速(イグニッションブースト)についてだ。」

 

この機動に関しては、専用機を持つ面々ならまだしも、授業でしか習わない生徒にとってはまだ理論を学んだ段階だ。それだけに、実績ともなれば若干の緊張が走ってくる。

加速時に放出するエネルギーを一度取り込み、一気に解放して高機動を生み出す、ISの戦闘における基本技術の1つだ。

 

「昨日行った近接戦闘へと移行するためには、瞬時加速はほぼ必須の技術だ。ここから派生する加速技術も幾つかあるが、まずこの瞬時加速を覚えておくことが前提だからな。」

 

流石に瞬時加速の高等技術である個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)は学生に覚えろと言うのも酷だが、それでも瞬時加速を覚えておくことはそれだけで大きなアドバンテージを得られる。ただ、この瞬時加速もそれなりに高い技術を求められる為に、覚えられるかどうかは別問題になるが。

とまぁ、そんなこんなでいつものように班別に分かれ、それぞれに訓練用ISを貸し出し終わった。

 

「よし、じゃあいつも通りに出席番号順にISに乗り込んでくれ。…最初は相川さんだな。」

 

「今日も宜しくね、織斑君!」

 

「おう。」

 

いつも通りの実技訓練。変わらぬ光景。

唯一違うところがあるとしたら…

 

『…むむ……』

 

一夏の肩のプローブを通して、唸り声を上げる木綿季の存在だろう。

何を感じたのか、木綿季は一夏の班にいる面々を見て、少々ご立腹の様子。

 

(前から思ってたけど…このISスーツって…なんでこんなデザインなの…)

 

彼女の思いもその筈。

ワンピースタイプの水着のようなデザインであるISスーツがどうにも気になるらしい。ましてやそれを纏うのは、十代半ばを過ぎた年頃の女子。体付きは大人へとほぼ変わり終え、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。そしてその肢体の形をまざまざと表すかのように身体にフィットするそのスーツは、女子の『格差社会』を表すのに十分すぎる物だった。

誰もが皆、胸部装甲が分厚くなってきている年頃である。だが、木綿季は視線を落として自身のその部位を見やると、自然にテンションが下がってくる。

壁だった。

つるぺただった。

絶壁だった。

 

(姉ちゃん…ボク…泣いてもいいかな…)

 

流石に1つ年が下なので、その差はあっても仕方がないだろう。だが木綿季にとって、その心象的なダメージは大きな物だった。

 

「ど、どうしたんだ木綿季。急に静かになって…。」

 

『な、何でもないっ。』

 

静かになったり拗ねたようになったりする木綿季に疑問符を浮かべるが、そんなことは関係なく授業は進んでいく。

 

「よし、各班1人目の生徒が搭乗したな。なら…」

 

『待てぃ!!』

 

いざ機動の実技を始めようとしたとき、1つの声が響いてそれを遮った。

何処ともしれぬ所からの声に、生徒は勿論、教諭である真耶も何事かと動揺を見せる。

 

『有史以来、人は平等ではない…。人は皆、嫉妬と羨望に満ちた生を過ごさねばならない。そして女性間で最も妬み、羨み、望むもの……

 

 

 

 

人それを……バストサイズという…!!』

 

「だ、誰だ!?誰なんだ!?」

 

遙か上空で太陽をバックにして、宙に浮く逆三角形の物体の上で腕を組む人物の影に、皆の声を代表してか、一夏が叫ぶ。

皆が何者かと視線を鋭くする中、何かを察したのか、千冬だけはこめかみを押さえて顔をしかめている。

 

『いっ君と箒ちゃんとゆうちゃんとちーちゃん以外に名乗る名前はな…』

 

「束ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

遙か上空、恐らくは10メートルはあろうかという高さに跳躍したのは千冬だった。

明らかに人間的に跳躍できる高さではないにも関わらず、それをやってのける彼女。もう千冬は人間やめてる、はっきりわかんだね。

 

「あ!ちーちゃん!束さんに会うために、遙々この高さまで飛んできてくれるなんて!これも愛がなせる技なんだね!!さぁ!束さんと愛のハグを…」

 

「シャアァァアァァァ!!!」

 

千冬はウサギカチューシャの頭部を、その強靱な握力を以て掴むと、そのまま重力落下に従って降下する。

 

「あれ?あれれ?ちーちゃんちーちゃん!このままだと束さん、地面に顔面からダイブして、地球にちゅーしちゃうよ?だめだよ?束さんのファーストキッスはちーちゃんと心に決め…」

 

束の抗議も虚しく

途方もない轟音と共に束はアリーナの地面に頭からめり込み、

そしてアリーナの地面には蜘蛛の巣の如く数多の亀裂が入った。

容赦のないまでの制裁…いや…愛情表現?に、生徒皆がドン引きである。そしてデジャヴである。

 

「済まない、どうやら大きな虫が入り込んでいた。今から野に放ってくるから、山田君、授業の続きを…」

 

「ぷはっ!ひどいよちーちゃん!!束さんのファーストキッスが…」

 

「うるさい黙れ、そして()ね。」

 

「はぅん!?ちーちゃんの罵倒でゾクゾクするぅ!?」

 

びくんびくんと愉悦に浸る束と、そんな血の繋がった姉を見て他人の振りを決め込むかのように視線を逸らす箒さん。

 

「全く、何をしに来たのだ?アリーナの遮断シールドをもすり抜けてまで…。」

 

「あ、それね~。実は束さんは、ここにいるゲストさんにちょっとお願いがあってきたのだ!」

 

そう宣うや否や、固まっている一夏の元へ、束はそそくさと距離を縮めていく。その顔に浮かべている笑みが、実に不気味である。

そして…

 

「ゆうちゃん!!」

 

『ファッ!?』

 

「IS、動かしてみたくないかい?」

 

束の新たな獲物は選定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん…へーえ!なるほど、ほうほう…!」

 

束はアリーナの隅で、一夏の肩から拝借したプローブをノーパソに繋いで、あれやこれやとデータを取っている。正直、この場にいる彼女をよく知っている3人は、束が何をやらかすのか気が気ではないのだが、授業中と言うことで気には留めつつも、ISの機動訓練を再開している。

 

『あ、あの……篠ノ乃博士?』

 

「ん~?何かな?…って、篠ノ乃博士なんて余所余所しいよ~。愛嬌と親しみを込めて、束さんて呼んでくれていいよ?」

 

『えと……じゃあ、束さん?』

 

「うん!何かな?」

 

『その…ISって…生身の身体で動かすんでしょ?ボク、現実の身体は動かせないんだけど…。』

 

「そこは束さん驚異の技術力と頭脳とでなんとか出来るのさ!まぁ任せなさい!」

 

どやっと豊満な胸を張る束に、木綿季の憂鬱はぶり返しかける。そんな彼女を知ってか知らずか束は、でも、と話を続ける。

 

「実を言うとね~、今から見せる作品は、束さんの独力じゃないんだよね~。」

 

『???』

 

「ま、ま、ま!とにかくゆうちゃんは、ゆったりどっしり構えていてよ!」

 

木綿季の視界では、時々一夏が不安げにこちらに視線を移すたびに、千冬による出席簿投擲を受けて痛い思いをしているのが見えている。…機体を保護するシールドエネルギーによるバリアを抜けて、頭に直接当たっているなど、やはりあらゆる意味で彼女は人類を超越している。…石仮面でもかぶったのだろうか?

 

「おっけー!じゃあ次はこのデータをインストールするからねー?」

 

ひとしきりノーパソでデータをあれやこれや操作した束は、胸の谷間から1つのUSBメモリを取り出すと、プローブのUSBポートにブスッと差し込んだ。差し込んだ瞬間、木綿季の意識が存在するメディキュボイドのスペースに何らかのデータによるオブジェクトが構築されていく。骨格となるフレームを構成し、そこに肉付けとなるポリゴンが貼り付けられ、徐々に形を成していくそれは、あるものに似通っていた。

 

『た、束さん!?こ、これって…』

 

「うん、見て察するが如しだよ。とりあえず、それに触るのはもう少し待っててね?」

 

驚く木綿季の声を嬉しげに聞きながらも次々と作業を進める束は、彼女のいる仮想空間に()()が形成されたことを確認できたので、次の行程に進める。取り出したリモコンのスイッチを押せば、傍らの地面に突き刺さっている先程足場にしていた逆三角形の…恐らくはコンテナの外部装甲が展開していく。流石の展開に、木綿季は勿論のこと、授業中の生徒や教師陣もそちらに釘付けになっている。

 

「さぁさぁ!遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にも見よ!ってね!これが!束さんとあっ君謹製のIS、『紫天』だよ!」

 

日の光がコンテナの中に差し込んでいく。

そこにあるのは紫。

スリムながらも、シャープなデザインのそれはそこにあった。

 

『………。』

 

「おやおや?驚きのあまり声も出ないかな?だよね?ゆうちゃんの身体は仮想世界なのに、どうやって動かすのかって?」

 

コクコクと頷くように、プローブのカメラアイが上下に駆動する。

それはそうだ。

見学だけのつもりが、ISを動かしてみないか?などと言われれば。

だが冗談なんかで天才の束が、こうやって堂々?とIS学園に来たり、ISを持ってきたあげく、段取りを組むなどとあり得ない。

 

「まぁまぁ。とにもかくにも…っと!」

 

差し込まれていたUSBメモリを抜き取ると、紫天と呼ばれたISの頭部と思う場所に収納(パイルダー・オン)すると、そこから伸びるコードに接続してカバーを閉じる。よくよく見れば他のISと違って、人の乗るスペースが全くない。ほぼほぼ、無人機のそれと変わりない構造である。

 

「じゃあゆうちゃん。目の前のそれに乗ってみてよ。」

 

『え?あ、はい。』

 

「おい束。何をするつもりなんだ?」

 

「ん?何をするも、さっき言ったとおりだよ?」

 

流石に見かねた千冬が訝しげにやってくる。千冬にとって木綿季は、今は大切な生徒の一人であり、同時に一夏の思い人なのだ。彼女に何かあれば、一夏にも申し訳が立たない。だが、そんな彼女にも束はいつもと変わる事のない笑顔で答えた。

 

『え?わ!な、なにこれ!?』

 

「紺野!?どうした!?」

 

「木綿季!!」

 

紫天に収められたプローブから、木綿季の驚き、慌てふためいた声が漏れたのを皮切りに、千冬と、そして聞きつけた一夏が食らいつく。…何故か一夏は、今回の実技の題目である瞬時加速を実演してだ。

普段ならば、一夏に千冬からの制裁が下るのであるが、生憎と千冬にそんな余裕がない。

 

『ま、周りの景色が…変わって…!それに…変な情報が…ボクの頭に入って…!』

 

「束!紺野に何をしている!?」

 

木綿季の異常に、千冬が束の胸倉に掴み掛かる。

 

「何もしてないよ?ただね、ゆうちゃんを実技授業に参加させてあげたいって一心なだけさ。」

 

そう言ってのけた直後。

ヴォン…という何かの点灯音と共に、ギギギ…と何かが軋む音が木霊した。

紫天の、その頭部のバイザーの中に灯るのはツインアイだ。それが人間の頭部のように、まるでキョロキョロと上下左右に動かして周囲を見渡している。

 

「ゆ、木綿季?」

 

『一夏?』

 

「だ、大丈夫、なのか?」

 

『うん。なんか、インストールされた装置に乗ったらね、PICとか、シールドエネルギーとか、絶対防御とか、そんな情報が流れ込んできて…気付いたら、周りの景色が全部外に変わってたんだ。』

 

「それって…。」

 

それはまさに、一夏がISに初めて触れたときのそれと同じだった。それがメディキュボイドの中にいる木綿季にも起こったと言うことは…

 

『…これって、どうなってるのかな…?』

 

「とりあえず成功だね~。」

 

唖然とする千冬の手からするりと抜けると、ノーパソに表示されるデータの羅列に目をやる。

 

「ゆうちゃん、繋がれている手で、バンザイしてみてくれる?耳の横に並ぶように。」

 

『こ、こう、ですか?』

 

おそらくメディキュボイド内で両腕を挙げたのだろう。それと同じ動作を、紫天の両腕がトレースして動かしていく。

 

「むむ、角度調整がまだ甘かったか。バイラテラル角の調整を…。」

 

「おい束。…まさかと思うが。」

 

「うん、そのまさかだよ?ゆうちゃんは今、ISを操縦しているんだ。」

 

いやいや、さすがは束さん!ほかの科学者には出来ないことを平然とやってのける!そこにシビれる憧れるゥ!

そんな愉悦に浸る彼女に、誰もがついて行けずに唖然としていた。




ちょい長めでした。
とりあえず、紫天の開発協力者に関しては予想はつくでしょうね。

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

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