インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

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第29話『激戦の予兆』

放課後 IS学園地下 秘匿研究室

データ取りや整備を行うこの部屋の一角に、白亜のISが展開、鎮座されていた。幾本にも及ぶケーブルを接続され、その先に大型のコンピュータ。それに複雑な数式の羅列がスクロールしていく。

 

「ISの逆移行(シフト)…確かに前例がない…ですね。」

 

白亜のIS…白式のデータを見ながら、彼女…山田真耶は呟いた。そもそも、二次移行(セカンド・シフト)そのものの実例が少ないのが現状だ。その中での逆移行(シフト)など、聞いた話もない。

今まで蓄積したデータと照らし合わせても、ほとんど寸分違いなく一次移行(ファースト・シフト)したときと変わらない。それは文字通り、退化と言っても過言ではないほどに。

 

「…そうか。…すまんな山田君。手間をかけさせた。」

 

「いえ。流石にあんなのを見せられて、放っておけないですから。」

 

「それでも、済まなかった。」

 

「あはは…まぁ何にしても、織斑君も大変ですね。ISにしても、女性関係にしても。」

 

軽く頭を垂れる千冬に、真耶も苦笑いを隠せないでいた。

どちらにせよ、白式の退化と言うものは信じがたい物だが、受け入れなければならない事実であるのも確かで、それは一夏においても同じ事だった。

あの後、一夏は白式の姿が戻ってしまったことに、取り乱すことはないにせよ、少なからずショックを受けていた。自身の半身ともいえる機体の退化にショックを受けない方がおかしいのだが、それでも踏みとどまったのか何なのか解らないが、そのまま授業をなんとか終えた後に、白式を預かって今に至るわけだ。

そして件の一夏はというと、平穏平常を装っていたが、やはりどこか陰りを見せており、元気を演じている…所謂、空元気であった。

そんな一夏の気張りを察してか…いや、落ち込む姿を見せまいとする彼を支えて、その位置を不動のものとしようとする算段があってかは解らないが、例の女子軍団は我先にと一夏に優しくし始めていた。そして優しくされる彼を見て、嫉妬に駆られた残りのメンバーが実力行使に至るのはいつもの流れである。

 

「…アイツは誰に対しても分け隔てなさすぎるんだ。それが時に自身を傷つける茨となるのにな。」

 

「でも無自覚でも、そうした振る舞いが出来るのが、良くも悪くも彼が彼たる由縁だと思います。」

 

「そう、だな。」

 

よく言えば誰にでも優しく、悪く言えば八方美人。

しかしそんな彼の思い人を…それも仮想の現実に生きる少女の存在を知ればどうなるか?

…下手をすれば、学園内で世界大戦が起こるかもしれない。

どちらにせよ、せめてアリーナでドンパチして欲しいと千冬は思う。

嫉妬に駆られて無断のIS、そしてそれによる教室…いや、校舎の破壊は不必要だ。今までお咎めがなかったのは誰のおかげだと、一晩語り尽くしたいほどである。

 

「…とにかく、白式を解析しても何も解らなかった。…これ以上は時間の浪費だな。」

 

「そう、ですね。せめて原因究明が出来れば、元に戻すことも出来たのですが…。」

 

「こればかりはどうしようもない。…我々とてISの研究家ではないからな。…移行(シフト)、恐らくはコア関連の問題だろうが、こればかりは開発者(あの阿呆兎)でもなければわからんだろう。」

 

昨日の来訪を嗅ぎつけて逃げた束を追走したはいいが、肉体こそこちらに軍配が上がるとはいえ、科学を駆使した逃走には流石に撤退を許してしまった。

ともあれ、あの天災が何の目的もなくのこのこやってくるとは思えない。…もしかしたら、白式の何らかの異質な反応でも感じて、それを確かめにでも来たのか…。

 

「一夏には酷かもしれんが、この現状を受け入れて貰うしかあるまい。その上で研鑽を積み、二次移行(セカンドシフト)を待つしかないだろう。」

 

「そう、ですね。」

 

解決になっているのかは解らないが、結論としては弾き出されたようではある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

その日一日の学業を終え、ふらりと自室に戻った一夏は、バッグを床へ無造作に放置すると、ベッドへ前のめりに倒れ伏した。布団の柔らかなクッションが程よく一夏の身体を受け止めてくれるのだが、彼にとっては取るに足りないものである。

 

『お、お帰り一夏。』

 

「おう…ただいま木綿季…。」

 

顔を上げることなく、ベッドに突っ伏したまま、プローブ越しの木綿季の迎えに応じる一夏。身動き取るわけでもなく、ベッドに寝転んだままの彼に、木綿季はどこかしら違和感を覚えた。

木綿季は彼の性格をなんとなくだが解ってきている。恐らく普段の一夏は、帰っていの一番に制服を脱いでハンガーに掛け、シワが付かないようにするはずだ。シワ伸ばしのアイロン掛けという手間を省くために。だが今の彼は、そんなことも気にかけることなく、制服のままベッドに突っ伏している。

 

『い、一夏…何か、あったの?』

 

「ん~…何でも…ない。」

 

嘘だ。

無気力に応じる彼の言葉に、覇気というか、自信というか、そう言った確たる物がない。木綿季の中で、彼に何かあったことは確かだと、確信に変わっていった。

だがIS学園…その機密に関わる事だとすれば、自分はお払い箱だ。相談に乗りたいが、しかし乗れないかもしれない可能性に、木綿季はもどかしさや歯痒さを感じる。

 

『あ、そだ一夏。』

 

「ん~…?」

 

『今日って、ALOにインできる?』

 

「出来るって言えば出来るけど…。」

 

『やたっ!なんかね、一夏が燃えそうな催しがあるらしいよ!』

 

「燃えそうな催し?…なんだよそれ?」

 

『ふっふ~ん♪それは見てのお楽しみ!』

 

妙に勿体振る木綿季を不思議に思いつつ、一夏はようやくベッドから身体を起こした。

そういえば昨日はインしていなかったな。

あんなことがあったんだ。少し気晴らしするのもいいかもしれない。

 

「解った。…じゃあ、宿題と夕飯終わったら、な?」

 

『うん!』

 

いっぱいの喜びを声に乗せて、木綿季は答えた。

仮想世界とはいえ、想い人と共に時間を過ごす為なら、待つことなど造作もない。

そう…!一夏の為なら…

 

「うへ…少しシワになってる…。」

 

『へ?』

 

意気込む木綿季が一夏に視線を戻せば、制服上衣を脱いで、上半身をインナー一枚にした彼の姿が目に飛び込んできた。白いシンプルなインナーの下には、普段の鍛錬で鍛えられた筋肉が隆々としており、ボディビルダー程とまではいかないが、かなりの筋肉質であることが窺い知れる。

割れた腹筋と、盛り上がった胸筋。太く、逞しい上腕二頭筋。

ALOのアバターでは、筋力があっても姿に反映はされないが、リアルの彼の肉体を見て、改めて木綿季の視線を釘付けにされてしまう。

 

「こりゃ…寝る前にアイロンでもかけておかなきゃな…。」

 

『はわ…わ…!』

 

「ん?どーした木綿季。」

 

『な、何でもない!何でもないよっ!?』

 

思春期真っ盛りの木綿季にとって、同年代の…一夏の半裸は中々に刺激的だったようで、彼女が目を逸らしたのがプローブにフィードバックされ、カメラアイが真後ろを向いてしまった。

 

「…変なヤツだな。」

 

(一夏の馬鹿~っ!なんでいきなり目の前で脱ぐのさ!?さ、流石のボクだって…恥ずかしいんだからね…!!)

 

メディキュボイドの空間で、顔を真っ赤に紅潮させた木綿季は、一夏の準備が終わるまでずっと後ろを向いたままだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンク・スタート。」

 

夕食と宿題、そしてシャワーを浴び終えてベッドで横になった一夏は、アミュスフィアを装着して言葉を紡いだ。見慣れた虹のトンネルを抜け、ログインIDとパスワードを確認し、意識は別世界へと到達した。

27層ロンバールの宿屋の一室にインした一夏…もといイチカは、早速手足の感触を確かめながら歩き出す。一日とはいえ、インしないとやはり違和感を多少なりとも感じるもので、最初は少しふらつきながらもすぐに慣れてきたのか、部屋を後にして一階への階段を降りてゆく。

一階のレストラン兼酒場スペースには、ログインしてきた種族様々なプレイヤー達でごった返していた。まるで宴会のように飲めや食えやの騒ぎの中、その一角で見知った少女がチビチビとジュースを飲んでいる。腰まで届く特徴的な紫髪は見紛うことはない。立ち飲みをもしているプレイヤー達の合間を抜け、イチカはその少女に声を掛けた。

 

「よ、待たせたなユウキ。」

 

「あ、イチカ!だ、大丈夫だよ。そ、そんなに待ってないから。」

 

イチカに気付いたユウキは、どこか顔を赤らめつつ、指をもじもじさせながらイチカから視線を逸らしている。そんなユウキに、『なにかあったのか?』と疑問符を浮かべつつも、席と向かい合う椅子に腰を下ろしたイチカは、店員NPCに烏龍茶と軽食を注文する。

 

「で?面白そうな催しって、何なんだ?」

 

「あ。そ、そうだった!えっと…それはね~?」

 

得意げな笑みを浮かべながらユウキは指でメニューを開くと、アイテムストレージをスクロールさせ、とあるアイテムをオブジェクト化させる。

ヒラヒラと物体として可視化したそれは、A3用紙サイズほどの紙媒体。これがなんだ?と思うだろうが、それに記される文面に意味があった。

 

「今日の昼間にね、こんなチラシが配布されてたんだ。」

 

「えっと…何々?」

 

そこに記されていたのは、『第一回ALO統一デュエル・トーナメント開催』の参加案内の用紙だった。

内容としては誰でも希望者なら参加可で、ルールは時間制限性のトーナメント制で敗者復活あり。ソードスキルあり、魔法あり、飛行ありの戦い。8つの予選リーグのトップが決勝トーナメントに駒を進める方式らしい。

エントリーは四日後の金曜一杯まで。大会は日曜日の一日通して行われるらしい。

 

「へぇ、ALOも中々粋なイベントをするんだな~。」

 

「でしょでしょ!?勿論イチカも出るよね!?」

 

「ちなみに…」

 

「ボクも出るよ!」

 

「だろうな。」

 

この流れだと…キリトやアスナ、リーファやクライン、ユージーン等、腕に覚えのあるプレイヤーがこぞってエントリーするのは目に見える。…流石に知古の仲でもリズベットあたりは、

 

『アンタらみたいな戦闘狂(バトルマニア)とデュエルしてたら、蘇生アイテムやデスペナがいくらあっても足りないわよ!』

 

とかいって辞退しそうだが。

ともあれ、

白式のことで少しブルーになっていた一夏には、すこし気分転換と言うものもいいか、と言う気持ちも芽生えてきたのも確かだ。

 

「そうだな。あたるかどうかは解らないけど、ユウキにはリベンジしたいし、キリトとは久しぶりに戦ってみたいしな。」

 

「じゃあ!」

 

「俺も出るよ。…ユウキ、当たったら…全力でやり合おうぜ!」

 

「うん!こっちこそ、手加減したら許さないんだからね!」

 

かくして…第一回にして、波乱のデュエル・トーナメントの開催が近付いてきていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう…彼も出られるデュエル・トーナメント…。」

 

酒場の一角で、件の二人を見つめる一人の少女。腰まで届く白髪で、幼く、華奢で軽装のそのアバター。しかしその背には、その体躯に似つかわしくない、巨大な太刀を背負っていた。

 

「本来こんな機会はないけど…思わぬチャンスだね。」

 

そんな彼女の小さな呟きは、酒場の喧騒に消えるだけで、誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

「ほう…中々面白いイベントをやるのだな。」

 

薄暗い部屋の中で、書類の山に囲まれた女性が気晴らしにスマホで見たALOのイベント。その項目が目に付き、ニヤリと口元を吊り上げる。

 

「ふむ…これはそそられる。…勿論アイツらも出るのだろうな。…ならば。」

 

言うや否や、彼女はスマホのとあるアプリ(密林さん)を起動し、アミュスフィアとALOソフトをカートにイン!カード引き落とし決算で発送を選択した。到着は木曜日!

 

「仮想世界…アイツの興味の行く先、少し見てみるとしよう。そして…そこで私の剣が通ずるか…試すのも悪くない。」

 

そうと決まれば目の前の書類の山を片付けるに限る!購買で買い溜めておいた『眠眠爆破』を一気飲みし、再び仕事に没頭するのだった。




最後の二人のうち、一人はバレバレだろうな。

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

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