インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~   作:ロシアよ永遠に

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第28話『異変』

「いやいや~!ちーちゃんと鬼ごっこなんて何年ぶりかな~!久々に束さんも童心に返ったみたいで新鮮だったな~!」

 

喜色満面でラボに戻った束は、泥だらけになったエプロンドレスを脱ぎ捨て、瞬時に同じデザインの新しいものへと着替えた。

 

「あれあれ~?もしかして、読者のみんなは束さんのお着替えサービスシーンを期待してたのかな~?でも残念~!挿絵もないので、そこは想像力でカバーしてね~?」

 

誰に話しているのかわからないが、兎にも角にも着替え終えたことに変わりなく、ルンルン気分丸出しのまま、ラボのメインコンピュータの椅子にどかっと座ると、懐…胸の谷間に手を突っ込んで、とある装置を取り出す。

それはちょっとした端末。データ蓄積用の媒体から細く伸びたケーブルの先には、差し込み用の端子が備わっており、これを差し込むことでデータの抽出、もしくは送信を高速で行うことが出来る、束お手製のものだ。

 

「お帰りなさいませ、束様。」

 

端子を差し込んだところで、束の娘的存在であるクロエが、トレイにコーヒーを乗せて彼女の元へとやってくる。

 

「たっだいま~クーちゃん!」

 

「束様、いつになくご機嫌がよろしいですね。何かありましたのでしょうか?」

 

「ん~?まぁね~?ちーちゃんと遊べたし、面白い子と出会えたし、なによりも…」

 

端末からのデータ抽出を終え、そのファイルデータをディスプレイに表示する。待ちに待ったデータの閲覧に、束の心はいつになく昂揚する。

 

「白式の最新データが取れたからね~。」

 

白式…つまり一夏の専用機だ。

実を言うと、前話で一夏に迫ったとき、密かに袖口に忍ばせておいた抽出装置の端末を、待機状態の白式に挿入。一夏や木綿季と話している隙に、まんまとデータの吸い出しをしていたのである。

 

「さてさてではでは~!御開帳~!」

 

「束様、少し表現が卑猥な気がします。」

 

そんなクロエのつぶやきなど耳に入っているのかわからないが、兎にも角にも束は嬉々としてファイルデータに目を通していく。

高速でディスプレイを流れゆく数式の羅列は、並大抵の動体視力では閲覧もかなわず、よしんば見ることが出来たとしても理解できる物ではない。

だがこの篠ノ乃束のスペックは、そういった分野に置いてもオーバースペックであり、その全てに目を通していく。

待ちに待ったデータに喜色満面の束の表情。

 

しかし…

 

数式の羅列を1分ほど流した辺りから、彼女の表情は曇り…否、険しい物へと変わっていく。

 

「な、なんなの…これ……。」

 

「…?束…様?」

 

普段、いや、今まで聞いたことのない彼女の震えを孕ませた声に、クロエですら不安げな声を上げてしまう。

ディスプレイを見詰める束は、どこかあり得ない物を見るようであり、口を半開きにして唖然としている。

 

「い、いっ君……一体…君は……白式を……」

 

静かなはずのラボの中で、そのつぶやきだけがいつまでも残滓として残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日月曜日

世間では一週間の始まりと言うことで、ある者はやる気を出し、ある者は逆に削がれ、両極端な気持ちの物が大半を占めるであろうこの日。

一夏はいつも通りの授業を行っていた。

明日菜と共に行う予習・復習による勉強によって、一夏の学力はメキメキと上昇しており、授業もかなり余裕を持ててきている。

 

だが…

 

そんな中で一つの問題…それも前代未聞の問題が起ころうなどと、誰も予想だにしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏。」

 

二限目の授業が終わり、更衣室へ向かおうとする一夏を、よく知った声が呼び止めた。

振り返れば、自身の担任であり姉でもある千冬が、出席簿を片手に立っていた。

 

「えっと、どうかしましたか?織斑先生。」

 

「今はプライベートで話しかけたのだ。名前で構わん。」

 

「わかったよ。それで、どうしたんだ千冬姉。」

 

「例の件だが…」

 

「例の件…?」

 

ここで一夏は一考する。

解りやすいように言うでもなく、例の件、などと伏せたような言い回し。

だが木綿季のことと察したのか、『あぁ。』と応じる。

 

「昨日、学園長と話し合った結果、明後日に日程が決まった。それだけを伝えようと思ってな。」

 

「そ、それって……」

 

「そういうことだ。『彼女』にはそのつもりで居るように伝えておけ。」

 

「そっか……そっか…!!これで木綿季の夢が…!」

 

「感極まって喜ぶのは構わんが、次はISの実技授業だ。遅れるなよ、織斑。」

 

「おう!解ってるよ千冬ねばっ!?」

 

千冬姉、そう言おうとした時、一夏の頭に漆黒の出席簿がめり込んだ。

 

「…いいか織斑。紺野のことは姉としてなんとかするとは言ったがな。授業に関してはあくまでも担任として言ったのだ。いい加減に、公私の切り替えという物を学べ。これから生きる上で必要な事だ。」

 

「は、はい…。」

 

「宜しい。では行ってよし。…兎にも角にも遅れるなよ。」

 

素直に聞き入れた一夏に満足したのか、口元を少し吊り上げつつ踵を返すと、千冬はその場を後にする。未だ頭の痛みが治まらぬ中で、廊下の角を曲がり姿が見えなくなった姉を見送る彼のその顔は、申し訳ないやら嬉しいやらで複雑なものだった。

 

「一夏さん、早くしないと遅れますわ……って!一夏さん!?大丈夫ですの!?」

 

教室から着替えるISスーツを持ったセシリア。遅れないか心配で声をかけたのだろうが、何を驚いたのか、慌てて駆け寄ってくる。

 

「セシリア?どうかしたのか?」

 

「どうかって……一夏さん、その頭は…!」

 

頭?あぁそうか。さっきの出席簿アタックでデッカいタンコブでも出来てるのかな?

 

「大丈夫だよ。さっき織斑先生に例の折檻を貰ったんだ。慣れたよ。こんなの、時間が経てば直るさ。」

 

「い、いえ、その…時間云々の問題ではないような気がするのですが…。」

 

「へ?」

 

「出席簿…頭にめり込んだままなのですが…。」

 

………。

どうやら、千冬の折檻のレベルがどんどんレベルアップ…むしろ、移行(シフト)してきているようだ。ISに関わっているだけに、こういう所まで合わせなくても良いのに。

 

「そうか…めり込んだままかぁ…。」

 

「で、ですので保健室に…」

 

「千冬姉…出席簿なしでどうやって出席取るんだよ…。」

 

「心配する所はそこですの!?」

 

セシリアの突っ込みもよそに、一夏の心配は明後日の方向へ向いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ではこれよりISによる格闘訓練を始める。」

 

数分後

第一ISアリーナ

広大な敷地の中で一年一組と二組の生徒がおのおの整列し、向き合う形でジャージに着替えた千冬と副担任の山田真耶という立ち位置。

それぞれが支給品のISスーツ、専用機持ちは各種デザインの物を着用し、千冬の号令に耳を傾ける。

 

「各班に分かれ、それぞれ打鉄、もしくはラファール・リヴァイブを選択。順番に近接武器による近接戦闘を行って貰う。」

 

と、ここで千冬は、ただし、と言葉を繋ぐ。

 

「打鉄には近接長刀の葵、ラファール・リヴァイブにはブレッド・スライサーを固定とさせて貰う。それぞれ班員で相談し、望む方を選択しろ。」

 

打鉄とラファール・リヴァイブの特性においても、防御型か機動性型かの違いもあるのだが、各々の武器にもその傾向が見られる。

葵においては、その長い刀身から繰り出される斬擊とリーチはなかなかの物だが、その分重量があり、取り回しが難しい。

対しブレッド・スライサーは、短い分リーチも一撃の重みもないが、小型故の取り回しが長所だ。

つまり、高い防御から来る高い攻撃力(スーパーロボット系)か、高い機動性からの小技(リアルロボット系)かである。…たぶん。

 

「…よし、各班にISが行き渡ったようだな。なら一番目、搭乗しろ。」

 

IS学園に入ってから早半年。入学当初に千冬は、ISの基礎を半年で覚えて貰うと宣ったとおり、クラスの生徒は最初のようなおっかなびっくりではなくなり、もはやほぼ流れるような動作で打鉄、ないしラファール・リヴァイブを身に纏うようになっている。あの頃に比べれば随分と成長したものだと、内心千冬は感慨深く感じる。あくまでも内心感じるだけで口にはしないが。

 

「では各班の専用機持ち。ISを纏い、近接装備を展開しろ。」

 

ここにきて、若干セシリアの顔色が悪くなる。

なんとなく、なんとなくこれから行われる訓練が読めてしまう。

…恐らく、これから行われるのは、専用機持ちと訓練機による近接装備による模擬戦。…つまり、彼女の苦手分野だ。普段、射撃ほどではないにせよ、それなりにインターセプター(ダガー)の訓練はしてはいるのだが、そこまで芳しい成果を得られていないのも確かだ。さすがに武装呼称せずとも展開は出来るのだが…。

ともあれ、嘆いていても始まらないので、大人しくブルーティアーズを展開し、件の武装も装備する。機体色も相俟ってなのか、ブルーが入るセシリアの心境とは別に、とある班でざわめきが生まれている事に気付く。

 

「どうした織斑。早くISを展開しろ。」

 

絶対君主である千冬が、件の班…セシリアの思い人たる一夏の班へと言葉を鋭く発しながら近付く。他の専用機持ちが既に展開する中で、彼だけが未だ展開せずにいたのだ。

右手のガントレットに左手を添え、目を瞑り、必死に集中しているのだが、肝心の白式がうんともすんとも言わないのだ。

普段の彼なら、代表候補生には一歩及ばないにせよ、かなりの展開速度で身に纏うことが出来るはずなのに…。

 

「織斑、ふざけているのか?早く白式を展開しろ。」

 

「やったんだ…。やったんだよ!必死に!その結果がこれなんだよ!!」

 

展開できない苛立ちからか、語気を強める一夏。どうやら千冬の言うようにふざけているようではないのだが、端から見れば、普段展開できるにもかかわらず何故展開しないのか、という疑問に行き着くのは自然な形ではある。だが一夏の表情に、まるでふざけているそれはなく、真剣そのものだった。

 

(なんで…なんでだよ白式!?なんで起動してくれないんだ!)

 

物言わぬ相棒に、一夏は必死に念を送るものの、未だ答えぬ白銀の鎧。焦りと不安だけが、一夏と、周囲に蔓延していく。

 

「くそっ……頼む!来てくれ………来い…白式ぃぃぃぃ!!!」

 

一夏の叫びの刹那、

彼のガントレットからまばゆい光が発せられ、アリーナの一角を包み込む。周囲の生徒もさることながら、教師陣も突然のことに目を庇い、まぶたを必死に閉じる。

 

「くっ!何が起こった!?」

 

「私の目が!目をぁぁぁ!!」

 

「ら、ラウラ…余裕だね…。」

 

「で、でもこの光じゃまともに見えないわよー!!」

 

ハイパーセンサーによって視野が広まっているだけに、否が応でも光が眼に入ってしまうため、専用機持ちの面々も身動きが取れずにいた。

 

そんな時間が…10秒ほど続いたのだろうか。

 

ようやっと白式からの発光が収まり、目がチカチカとする中で一人が呟いた。

 

「い、一夏…?」

 

やはり、と言うか、視界が最初に正常化して声を発したのは、ISを纏った面々ではなく、生身で規格外のスペックを持つ千冬であった。その声には、どこか見るはずもないもの、信じられないものを見たと言わんばかりに震えており、普段の彼女の立ち振る舞いからは到底想像出来ないものだ。動揺しているのか、授業中にも関わらず彼を名で呼んでいる。

 

「それは…そのISは…?」

 

「千冬姉…?俺のISがどうしたんだ?」

 

「それは…それは…!」

 

目が見えるようになってきた生徒も、一夏のISには見覚えがあった。

その姿は、一夏が纏う『白式雪羅』ではなかった。

左手の複合武装ユニットである雪羅の姿形はない。

背面の大型四連スラスターもない。

その白式は…

 

「なぜ…一次移行(ファーストシフト)の白式に戻っているんだ!?」

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦いの最中に二次移行(セカンド・シフト)を遂げる前の姿だったのだから。




三次移行ではなく、まさかの一次移行までの退化!

円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。

  • にいに。
  • お兄ちゃん。
  • 兄さん。
  • 兄貴。
  • 一夏。

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