インフィニット・ストラトス~君が描いた未来の世界は~ 作:ロシアよ永遠に
一人部屋と言うのは素晴らしい
そして男だけの空間は素晴らしい
このIS学園で一夏が学んだことはこれだった。
入学当初から、幼なじみと同室だったり、男装女子と同室だったり、痴女と同室だったり。
正直に言おう。
面には出さなかったが、男装女子ことシャルロットを男と思っていたときを除き、常に胃がキリキリと締め付けられていた。
しかし、痴女こと更識楯無生徒会長が部屋を退き、念願叶っての一人部屋となって、一夏としては心が洗われる気分になっていた。
新設された一人部屋は二人のそれに比べて少々狭く思うが、プライベートが確保されると言うのは総じて素晴らしく、広さを差し引いても充分すぎるほどのお釣りが来るほどだった。
「よ、ようやく終わった…!」
ぐてっと、備えられた一人用ベッドに、真正面からダイブ。
ここ数日勉強漬けだったので、ただでさえすり減らされる神経を更にすり減らし、身を削る思いで勉強に望み、そして今日に中間試験の最終日を迎えて今に至る。
午前中に試験が終わり、今頃は皆、昼食を取ろうと食堂に押し掛けるか、もしくはオフの午後を利用してモノレールに乗って街へ繰り出してそこで摂るかだろう。一夏としては前者を選びたいが、ごった返す食堂に足を運ぶのも辛いので、少しばかり人が捌けてからゆっくり昼食を摂りたい思いがあったので、こうして一旦部屋に戻って来たのである。
「あ~…そだ……和人にメールしとかねぇと…。」
スマホを取り出して、自身の親友の一人であり、濃密な2年を共に過ごした戦友にメッセージを送る。
内容
『我 試練 終エル
我 昼食 後 妖精 成リ』
なぜか電報形式?になってしまったが、これも疲れのせいだろう。
程なくして、スマホがメール受信を知らせるバイブレーションを鳴らす。重たい手取りでそれを開けば、
『了解、試験お疲れだったな。インしたら、22層の俺のマイハウスに集合だぜ。今日は皆、学校が終わったらインするから、今からだと少し待って貰わないとだけどな。』
昼食時なのか、すぐに返ってきた。
確かに、IS学園で試験でも、向こうの学校では普通の授業である可能性があるのも確かだ。今からだと…3、4時間はあるし、昼食を踏まえても余裕過ぎる。しかし、それまでの時間に、試験前と期間中は自粛してインしなかったのだから、ブランクや鈍りを解消し、アップデートの情報を集めるのに費やしてもいいだろう。
そうと決まれば、話は早い。とんとん拍子に計画は立てられ、13時の時間を指す時計を横目に一夏は食堂へと脚を進めるのだった。
「一夏、今日から剣道部が再開されるのだ。どうだ?一緒に試験で鈍った身体を解さないか?」
「一夏さん、もしよろしければ、お昼から私とショッピングにでも…」
「一夏!久しぶりにISで私と模擬戦しましょ!負けた方がジュース奢りね!」
「一夏、ボクお昼からクッキーを焼く予定なんだ。良かったら一緒にお茶でも…」
「嫁よ!日本における夫婦というのは、昼からでも夫婦の営みというのをするらしい!そんなわけで、私と…」
「い、一夏…その…キャノンボールで打鉄弐式のデータ整理したいんだけど…白式のも一緒に…どうかな?」
「織斑く~ん!生徒会長として、役員の仕事を押し付…ゲフンゲフン!お願いしたいんだけど~」
…なんで全員待ち伏せたか照らし合わせたかのように居るのか…
ていうか楯無会長、今押し付けようと言いそうになりましたよね?
ワラワラと、まるで砂糖に群がる蟻のように集ってくる女子らに正直引き顔の一夏。自身を頼ったり誘ってくれるのは有り難いが、悲しいかな、彼の身体は1つしか存在し得ず、また今日の午後におけるその1つの身体の使い道は既に立っているわけで…。
「わ、悪ぃ!今日は昼から予定があるんだ!だから誘いはありがたいけど…」
ここで、女子の内誰かと出かける、等と宣うものなら、他のメンバーからの物理的制裁が飛んでくる。
だったら名前を出さなければ良い物なのだが、悲しいかな、一夏がそういった嘘をつくことが出来ない性格であり、馬鹿正直なので誤魔化しようがないのだ。
「今日は『むこう』で会う約束してるんだ。だから午後はほぼダイブしっぱなしだから…」
「あ…そっか。2週間くらいやってなかったんだっけ?」
鈴が思い出したかのように声を挙げると、一夏はそれに頷く。
「皆、俺が試験勉強期間中なのは知ってたから、明けに一度顔を合わせようって事になってたんだ。だから…」
「構いませんわ一夏さん。私達とは日頃顔を合わせてはおりますが、2週間といえど会えないというのは寂しいものです。」
「うむ、古来より背を預け合う戦友は大切にするものだからな。それならば仕方ない。」
「だが一夏。その…ゲームも良いが、身体を動かすのも大切なことだと思うぞ。ISを動かす身であるからこそ、肉体の鍛錬も大切だ。」
「わかってるよ。勘その物はあっちじゃ鈍りようがないからな。その辺は問題ねぇよ。」
一部を除き、一夏がSAO帰還者であることは周知の事実だ。このメンバーで、それによるトラブルはあるにはあったものの、今では問題なく話は出来る。
「戦友か……その響き、なんかいいなぁ…」
「か、簪ちゃん?」
「命のやりとりをしたからこそ生まれる友情…!信頼…!なんだか…燃えるよね…。」
「あ、それボクも分かるなぁ。背中と背中を預けて、敵の囲いを切り抜けるとか…なんかこう…グッとくる物があるよね。」
「シャルロット…ここにきて私と思いを同じくする同志に出会えるとは思えなかった…!」
「簪っ!」
ひしっと抱き合う2人の女子に、さしもの一夏も顔を引き攣らせる。
「ま、そんなわけだからさ。悪いけど今日の誘いはまた今度にしてくれないか?」
「うむ!嫁の願いを聞き受けるのは夫の役目だ!私の寛大な心に感謝しろ嫁!夫婦の営みはまた後日…」
「ちょっとラウラ?さっきから気になってたけど、夫婦の営みって?」
「ボクもすっごく気になるなぁ…、ちょっと話そうか…そうだなぁ…体育館裏辺りで…クラリッサさんも交えてさ…。」
「しゃ…シャルロット!?目が…目が笑ってないぞ!?」
シャルロットお得意の目が笑ってない笑顔で、ドイツ軍少佐のラウラを竦ませながら、賑やかな昼食を胃の中へ収めていくのだった。
久しぶりに出会える皆との再会を胸に膨らませて。
「リンク・スタート」
全意識をアミュスフィアを通して仮想世界へと繋げるキーワードを紡ぎ、ベッドで横になった一夏の意識は虹のトンネルを通り抜けて暗転する。
現実世界と時間がリンクしているはずなのに暗転する理由。それは一夏の選んだ種族であるインプ、そのホームタウンに由来していた。
暗所でも目が利く特性が付いているインプは、その特性上、暗い場所に住居を構えており、一夏…いやイチカが以前ログアウトしたインプ領のホームタウンもその一つである。宿屋を借りて横になり、ログアウトした状態だったので、部屋は暗く、外の光も余りないだけに、まさしくインプに相応しい空間となっていた。まぁ幾ら暗くても、イチカにとっては問題ないものだったが。
なんにせよ、久しぶりのフルダイブ。身体の動かし方に違和感がないか一通り試すために宿を後にし、ブラリと街へと繰り出した。流石に平日の昼間とあって人通り…インしているプレイヤーはまばらで、物寂しさを感じられる物だった。
一応、指定の時間には皆と出会うので問題ないが、まぁそれでも退屈しのぎに飛び回るのもいいかもしれない。そう思って背中から生えた半透明の羽根を羽ばたかせ、ホームタウンから飛翔する。
「やっぱ良いよな…仮想世界と言っても、生身で飛んでる感覚って言うのは…。」
ISで飛び回る日常であるのも確かだが、こうやって何者にも縛られることなく、自由に飛翔できる。
純粋に飛ぶことを楽しめる。
それが何よりも楽しく思えた。
無限の成層圏
そう唱えて名付けられたIS。
もしかしたら、開発者である篠ノ之博士は、宇宙進出とともに、自由に空を飛びたい思いもあったのかも知れない。
何も…誰も妨げることなく
ましてや縛られることもなく
ただ解き放たれるのだ。
しがらみや…重力その物から。
「っと、そうだ。運営からのお知らせとか…そういった物とかないかな。…それを元に新しいクエストとかを…」
そう言って、飛びながら指をスクロールさせ、運営からのメッセージを確認する。
ところで…昨今問題となっている『ながらスマホ』というのを、読者さん達は聞いたことはあるだろう。
歩きながらは勿論、自転車や自動車の運転中ですらスマホを操作しているという問題のことである。
考えたり、実際やって貰ったら解るとおり、スマホを見ているとき、と言うのは、如何しても下向き加減になり、前方に目が行きにくい物である。
止まった状態でならそこまで問題視するものではないが、これを歩きながらや運転中に行えばどうなるかは一目瞭然である。
道路におかれている物は勿論、歩行者や自転車、あげくに車と接触しての事故を起こしかねない。
そしてそれは…仮想世界と言えど事故の元であることには変わりなく、不変の事実。
ぽふん…
そんな拍子抜けするような音と共に、イチカの顔は柔らかな物に埋まった。
…何だろう…
とってもとっても柔らかくて、でも途轍もなく嫌な予感がするのは何故だろう?
目の前はまさしく紫一色。
何かの布地だろうか。所々に赤いラインが走っている。
そして…それはくるりと反転して振り向いた。
なるほど、紫に赤いラインが走っているのは、ウエストコートか。
スリットから伸びる健康的な脚が実に眩しいものである。
「ねえ?」
そして、上方から聞こえる活発そうな声。しかしその声色は震えと共に怒気を孕んでおり、イチカは少しばかり身震いする。
見上げれば、紫色の髪をしたインプの少女が、こめかみに正しく怒マークを浮かべて笑いながらこちらを見ているではないか。
これは…こういう系の笑顔は…つい最近見たことがある。
…そう、そう遠くない過去に…
それも今日中…
確か…昼食時に、シャルロットが…
「はっ!?」
「いきなり人のお尻に頭からダイブなんて、もしかしてデュエルをお望み?それとも…ハラスメントコードでアインクラッド一層の黒鉄宮に放り込まれたいのかな?」
復帰早々、
「あ~…その……なんだ。」
「ん~??」
未だにっこりぴくぴくを崩さず、ジッとこっちを睨んでいる目の前の少女に、何か言わねばと必死に思案する。
そうだ、こう言うときは下手な言い訳をするよりも効果的な物があるってクラインさんが言ってたな、とイチカはふと思い出す。
荒波を立てず、穏便に済ませる方法…それは!
「え、えっと!形の良い、見事なヒップだな!安産型って言うのか?俺、結構好みだよ!」
…
……
………
アレ?
何だか空気が絶対零度まで一気に低下したかのような感覚に見舞われたんですけど?
イチカとしては、穏便に、平和的に解決するために、とりあえず褒めてみた。
それが正しいと思って、だ。
そして、
紫色のインプの少女が、見事なまでのフォームで振りかぶり、手首のスナップを最大限に生かした平手打ちが、イチカの頬を貫いた。
円夏が一夏を呼ぶ時の呼び方は?今後の小説に反映されます。
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にいに。
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お兄ちゃん。
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兄さん。
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兄貴。
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一夏。