コードギアス 二度も死ぬのはお断り   作:磯辺餅太郎

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その感情に名前はない。

 話があると切り出した男の、どことなく歯切れの悪い様子にナナリーは確信した。

 利害は対立しない、問題は無いと。

 続いたやり取りもそれを裏付けるものだった。

 ならばこの男は──共犯足り得る。

 会話の切れ目に、少女は笑顔とともに賭けに出た。

「私たちは、力を合わせていけると思いませんか?」

 空気がわずかに揺らぐが、返る言葉はない。

 だが閉ざされた目でもわかる、この沈黙は肯定だ。

「手伝っていただきたいことは簡単です」

 多くを語る性質ではない男に、少女は含めるように言った。

 

「魔女の願いを叶えない、それだけです」

 

 

 

 

 

 連日の報道をうんざり顔で眺めているのはカレンだった。

 時折見慣れた校舎が画面に映るとなんともいえない気分にさせられるのだが、それにしても報道機関は降ってわいた『奇跡の』皇族兄弟に食いつきすぎである。

 

 エリア11の新総督、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 その弟であるロロと揃って身柄が保護されたのはほんの少し前のことである。

 きっかけはゼロが復活を宣言したあの日に倒壊したバベルタワーだった。

 現場から救助された民間人の身元確認に当たっていた軍人に、かつての純血派の者がいた。そこに現れた兄弟の身元引き受け人が、やはり純血派出身のヴィレッタ・ヌウであったことから彼らの本当の身元が知れるに至ったのだ。

 そこから急転直下でエリア11の新総督となったのは、どういう流れなのかはわからない。

 とはいえ、今現在中華連邦の領事館から姿をくらました黒の騎士団とゼロそっちのけで、報道は連日新総督とその数奇な半生とやらをこれでもかこれでもかと流している。

 

「あ、ミレイ会長だ」

 見知った顔の困り顔にちょっと反応すれば、周りがなんだなんだと寄ってくる。

「美人だなあ」

「黙って立ってれば、そうなんですけどねえ……」

 野次馬の言葉に相槌を返すカレンの苦笑いは柔らかい。

 今さら生徒会の彼らには合わす顔などない。ブラックリベリオンのあの日、確かに道は分かれたのだし、それまでの日々でも彼らを裏切り続けたことはまぎれもない事実なのだから。

 それでも、画面の中で戸惑いながらもインタビュアーを茶目っ気たっぷりに翻弄するミレイの姿に、カレンは暖かいものを感じていた。

「にしてもよ、例のルルーシュって奴と弟が皇族ってことはよ、あのナナリーってガキもブリタニアの皇族ってことになるんじゃねえの?」

 棒付きの飴をくわえながら首をひねるのは玉城だ。彼の疑問はもっともである。

 報道はあくまでも八年前に日本へ送られたのはたった二人の幼い()()であり、今日までひっそりと身分を偽り生き延びていたという論調なのだ。

 そこに盲目で車椅子の少女の存在はない。

 だが、彼女はしばしばルルーシュを『お兄さま』と呼ぶ。

 そう、この皇族の兄がエリア11の総督に就任すると報道された時も彼女は彼をそう呼んだのだ。

「んー……色々事情が複雑なのよあの子。あとガキはないでしょガキは」

 半ばごまかしの言葉でカレンは追求をはぐらかした。

 元々『ルルーシュ・ランペルージ』が学園に再び現れた時点で、ナナリーに関する記録は懇切丁寧に拭い去られていた。今回の『ルルーシュ・ランペルージはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである』というすり替えは、そこに八年前の情報を継ぎ足す程度の細工であるからさほど困難なものではなかったのだろう。

 さらに、今回の記憶操作は皇族にもしっかり施されているらしかった。

 ほんの数日だけ本国に戻った彼ら兄弟と、シュナイゼル・エル・ブリタニアが再会を喜ぶ場面、などというものまで報じられているのだ。これでは下の者にまで記憶操作が行き届いていなくとも、疑問の声を上げること自体が自身を危うくするのは想像にかたくない。

「まあ、他に行くとこねーってのは聞いてんし、ああだしよ。どうこうしろってわけじゃねーけど……わけわかんねえよなあ」

 頰をかく玉城は飴の棒をゆらゆら揺らす。ナナリーという少女は正体不明ではあるが、目が見えず足も動かないというハンデが彼らの同情心に訴える。結果として日本人ではなくとも共にいることに異議を唱えるものはほぼいない。

 ついでにいえば、逃亡組にしてみれば今まであの少女の化け物じみたハッキングと判断力で何度も窮地を救われている。そんな彼女を手離す気にはまったくなれないという共通認識がある。『ゼロの妹』という卜部の言と、『ブリタニアの皇族を兄と呼ぶ』という不穏な符号を敢えて言い立てるものもいないのは、そこが大きい。

 カレン自身はといえば、自分が逃げた結果が今の状況の一因であるという負い目もあってなおさらだった。ここで彼女まで見捨ててしまったら本当の敗者になってしまう。

「そうだぞ行き場のない者には優しくするのが正義の味方だ。わかったらピザよこせ玉城」

 いつからいたのか、ぬっと手を突き出すC.C.に玉城の顔がひきつった。

「……打ち合わせに混ざってたんじゃないの?」

 まったく取り合わずに疑問を投げるカレンは彼女のあしらいにだいぶ慣れてしまっている。

「ややこしいことは性に合わん、あと腹が減った」

 逃亡生活中にちらりと思ったことだが、それをカレンは確信した。

 この女、明らかにルルーシュといた時より言動が雑になってる。

「カレーで我慢しなさいカレーで、ほら今用意するから」

 またカレーかよ、というつぶやきを漏らした玉城に紙くずを投げつけるのもしっかり忘れず、カレンは炊事の手伝いに加わった。

 

 

 

 新総督のフジの慰霊訪問への襲撃作戦にまっさきに不満を口にしたのは卜部だった。

「それ、確実に『俺の』月下使い潰しますよね?」

 実のところ航空艦で移動する最中を襲撃する案そのものに、卜部とてさほど反対する理由はない。そして所詮ナイトメアフレームも道具である。時として使い潰すのも必要な場面はあるだろう。とはいえ、この一年辛苦を共にしてきた機体なのだ、こだわりがないと言ったら嘘になる。

「俺は卜部のこだわりはどうでもいいけど、洋上で襲撃かけるのはずいぶん博打が過ぎるんじゃないのかな。いや本当に卜部のこだわりは心底どうでもいいけど」

『イエー朝比奈さん超正論ー』

「うるせえ馬鹿野郎、月下かっけえだろ悪いかこの野郎」

 うっかり『声』と朝比奈をまとめて罵ってから卜部は失態に気づいた。

 まじまじと自分を見る藤堂とばっちり目が合う。その横では仙波が青筋を浮かべながらの笑顔をこちらに向けている。千葉の様子は見たくもない、見る前からわかっている。

 扇が目を丸くしているのはなかなか新鮮な反応だ。

 いや変なところで感銘を受けている場合ではない。

 卜部はこれまで、多少粗い言葉を使うことがあっても藤堂の前ではそれなりに気をつけていた。それがこの一年、わがまま放題の魔女に、人をおっさん呼ばわりするカレンに、さりげなくホイホイなんでも投げてくるナナリーらに囲まれ、頭の中のアホというおまけ付きの生活でつい気が緩んでしまっていた。

 さらにいえば朝比奈相手に払う敬意がないのも拍車をかけた。朝比奈とは元々そんな間柄である。

「卜部、ずいぶん苦労をかけてしまったようで、すまない……」

『なんでこの人、時々微妙にこう……』

 言ってくれるな頼むから。

 藤堂の斜め上のオカンの如き憂い顔に『声』につっこむこともできず、身を縮こめることしかできない。

 その肩を叩くものがいる。恐る恐る目を向ければ案の定千葉である。

「……後でちょっと話そうな」

 美人なだけに、ものすごく目が怖い。

「漫才はそれくらいにしていただいて、こちらの物資の受け取りの都合もありますし……洋上の方が向こうも想定していない分、目があると思うんです」

 少女に漫才の一言で片付けられ引きつった笑いを浮かべた卜部を横目に、仙波がそっとため息をついた。四聖剣が虚名に過ぎる。

「とはいえ例の紅蓮の新装備を受け取る前提というのは……」

 言葉を濁した扇も、朝比奈といわんとするところは同じだ。もっとも彼の場合は、身内同然の少女の役割が博打めいているせいもあるだろう。

 良くも悪くも普通の感覚でものを言う男なのだ。

「ラウンズが三名、これから赴任するという情報があります。総督に直接アプローチをかけるならおそらくこれが最大のチャンスでしょう」

 千葉に抑えられ、逃げることもままならない卜部に、ちらりとナナリーが顔を向けた。癪ではあるが、ラウンズについては『声』の警告からつかむことができた情報である。

「ランスロットにトリスタン、モルドレッド……どれもフロートユニット装備だったな」

 藤堂の声に卜部は渋い顔をする。

「トリスタンは下手すると、単機で洋上から合流できる機動力がありますよ」

 今エリア内でルルーシュ新総督の警護に当たっているのは、ブラックリベリオンで命を落としたダールトンの義理の息子らである。彼らも侮れない実力ではあるが、判断や指揮に柔軟性に欠けるきらいがあるので、付け入る隙はないわけでもない。

 だが、ここにナイツ・オブ・ラウンズが加わるとなれば話は別だ。特に枢木スザク、かつてのユーフェミアの騎士だった男は確実に脅威となる。

 そして作戦上ではトリスタンという不確定要素が懸案だった。

 藤堂は卜部に目を向ける。

「ジノ・ヴァインベルグか……来ると思うか?」

「好奇心が強いんで、間に合いそうだと判断したら突っ込んできますよ。残りの二人も来るでしょうが、なにしろ機体のスピードが違うんで」

 これは『声』の受け売りだ。『声』にしてみれば、現れることがわかっていれば多少用心もできるだろうという希望的観測を込めての忠告だったのだが。

 卜部の言葉をナナリーが次ぐ。

「まず、用心すべきはやはりトリスタンでしょうね。機体性能からも確かに彼らの予想航行ルートからこちらの作戦行動時間内に現れる可能性があります。それに卜部さんのおっしゃる通りの人となりなら、間違いなくやって来るでしょう」

 短期で実行と撤収。それだけでも大博打であるが、さらにラウンズが最低限一人は付いてくるという。今までのナナリーらしからぬ、勇み足にも思える提案だった。

「リスクは大きいが、総督の防備がここまで薄いのも今だけか……」

 顎に手をやり藤堂はわずかに眉間のしわを深める。

 藤堂にとって、()()の目的が兄であることはわかる。そしてエリア11の総督の身柄を確保することは自分たちにとっても利益がある。

 前任者のカラレスなどではこうはいかない。あれだけメディアに喧伝された『皇族の総督』だからこその価値がある。

 理は通っている。

 だが、先日の領事館の一件以来、藤堂はこの少女に対してどこか信用しきれないものを感じていた。そしてもう一点、確かめておかねばならないことがあった。

 だが、それはこの場で口にすべきことではない。

「仙波、紅月抜きで突撃部隊の人選を頼む」

「珍しいよね、あの子が後詰とか」

 朝比奈に苦笑いで返す扇の姿を横目に、ナナリーという少女への疑問をこの場でぶつけることはこらえて藤堂は賭けに乗った。

 

 

 

 車椅子を手に入れてから、ナナリーは一人で動ける時は動くように気をつけていた。

 かつての学園暮らしは恵まれすぎていたのだ。そうではない状況に陥った時に、多少なりともどうにかできる方法を増やしておくに越したことはない。

「ナナリーくん、少しいいだろうか」

 落ち着いた声は藤堂のもので、彼女はやはりと思う。

 ここ何日かの『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』の報道は、彼ならば確実に疑問を持つのは間違いなかったからだ。

 それに、聡い男である。自分の行動に対して何か引っかかりを感じたとしても不思議ではない。

「ここで、お話しされても大丈夫でしょうか」

 彼女の感覚は藤堂以外の気配はないことを伝える。だが、通路である以上誰かが通りかかる危険はあった。

「そうだな、少し場所を移そう。椅子は私が押しても?」

 こんなことに気を使う藤堂は、八年前とあまり印象が変わらない。道場で稽古をつけている時以外は不器用ながらも子供に甘い大人だった。

 知らず知らずのうちにナナリーは微笑みを浮かべていた。

 こういうところは、嫌いではない。

「ありがとうございます、お願いいたします」

 

 

 

 千葉の小言から解放された卜部はぐったりとだらしなく椅子にのびていた。

 朝比奈などは彼女が藤堂を軽んじる者にことさらきついのは恋情故のことだというが、卜部からするとそこまで整理のついたものではない気がしている。

 あれはもっと未分化の、全部ないまぜになったものだろう。

 しかし、そこから被るお小言は別ものだ。実際に食らうと気が滅入る。

 今回は自分の落ち度でもあるからなおさらである。

 共用のスペースだというのに他に人の姿がないのは、卜部を見て引き返す者がほとんどだからである。なにしろいかにも愚痴に巻き込まれそうな瘴気が漂っているのだ。誰だって巻き込まれたくはない。

 そんな周囲の事情はつゆ知らず、卜部はだらしない姿勢のまま空を仰いだ。

『ああいう時はね、なんとなーく悟られない程度におっぱいだけ見ていればいいんだよ』

「拾った命がもういっぺん転がり落ちるっつうのこの馬鹿野郎」

 自分が説教を受けている間、『声』が千葉が腕を組み替えるたびに『ヒュー!!』などとよくわからない歓声を上げていた理由が察せられて疲れがどっと増える。自分の生死以外のことに関しては、『声』は基本的に人ごととしてはしゃいでいるので鬱陶しい。

 それでも多少は役に立っている。先ほどのラウンズの機体にしてもその名称と武装からナナリーが情報を見つけ手に入れていた。それぞれの人となりについても、知っているのといないのとでは大違いだ。

 情報は、力だ。

 とはいえ頭の痛いことが一つある。

「卜部、もう千葉の話は終わったのか」

 予期していなかったといえば嘘になる。

 果たして、顔を上げた先にはあまり浮かない顔の藤堂がいた。

「俺は、()()()()()しかわからないですよ」

 わずかに表情を緩めた藤堂が共用の茶を取りに行く。しまったと思う間もない。

 慌てて腰を浮かしかけた卜部を軽く手で制して藤堂は茶を淹れながら口を開いた。

「お前の『情報源』については今のところはいい」

 なんとなくだがと、わずかに笑いめいたものがその顔に浮かぶ。

「お前自身、扱いに困っているようだからな」

『さすが四聖剣のおかーさん』

 なんてこと言いやがる。罵倒をぐぐっと堪えて卜部はへらりと曖昧な笑みで返した。実のところ真実を口にした場合、藤堂は医者にかかることを勧めてくるだろうし、朝比奈あたりは指差して大笑いするのが目に見えている。

 笑いをおさめ、藤堂の目がわずかにさまよった。

「ひとつ、確認したいことがある」

 表情は穏やかだが、ためらいが見える。藤堂にしては珍しい。

「……お前や紅月のいう通り、記憶を操作できる者、感覚を止める者がいるとしたら」

「後者はこの前やりあったばかりですよ、できれば二度と相手にしたくはないですね」

 来るとわかっていたからあの備えができたのだ。不意打ちでもされれば次はないという自覚はある。

 思い出して苦い顔になった卜部の前に、茶が置かれた。

「記憶の方は、まさしく今のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだな」

 対面の椅子に腰掛け藤堂は視線を落とす。

「私が知るルルーシュという子供にはナナリーという名の妹がいたが、弟はいなかった」

 大したこともしていない、八年前の自分はただの傍観者だった。それでも幼い兄妹がそこにいたことは覚えている。

 藤堂の記憶に、ロロ・ヴィ・ブリタニアという子供はいない。

「まあいい、問題はそこからだ。ならば、他にも異能の力を持った者がいるのではないか──例えば一年前のチョウフで()の前に現れたあの、ゼロ」

『やっぱ、そう思うよなあ……』

 不意の『声』に卜部はわずかに身動ぐ。

 一年前、ゼロへ何かを問い詰めに行ったあの時の──奇妙な記憶の欠落。

 あのやりとりの直後、明らかに『声』は何かを知っていながら口を閉ざした。

「……ええと、中佐はゼロに会って、その、急に記憶が欠けたことがあるんですか」

 藤堂の目つきがわずかに鋭さを増したが、湯飲みから立ち上る湯気を目で追っていた卜部は気づけなかった。

「卜部、お前は……そうだな、ユーフェミア・リ・ブリタニアの乱心をどう思う」

 式典の会場に転がっていた無数の死体を思い出し、卜部はわずかに顔をしかめる。だが、藤堂が聞いているのはそういうことではないのだろう。

「俺たちには『好都合』でした、か」

 藤堂の言わんとするところを察し、知らず歯を食いしばっていた。

 手品には必ずタネがあるものだ。奇跡にも、タネがあるとしたら。

「あの妙な機動兵器とスザクくんがいなければ、それこそうまくことは運んでいただろうが、そういう意味では万能ではないのかもしれんな」

 冗談めかして言い、藤堂はわずかに表情を緩めた。

「さっきの問いだが、私にはゼロがいる場での記憶の欠落はない。もしそれが証だというのなら、おそらく使い所は絞っていたのだろう」

 藤堂が茶を一口飲む。そういえばせっかく淹れてもらいながら自分は口をつけていない。なんとなく勿体無いような気がしながらも卜部も茶を飲む。

 どうということのないほうじ茶だ。それでもそのちょうどいい暖かさで少し緊張が抜ける。

()()()()を奪還できた場合は用心がいるでしょうが……」

「そもそも成功するかどうか、博打だ」

 ゼロに異能の力があったとして、そして現状があるにしてもだ。

 起きてしまったことや起こしてしまったことはひっくり返せない。

 ユーフェミアは虐殺皇女であり、ブラックリベリオンは失敗した。

 そして不安だらけで洋上の襲撃作戦である、藤堂にしても賭けなのだろう。

 賭けついでに卜部は湯呑みを置いて顔をあげた。

「ところで中佐、俺の月下」

「お前はナナリーくんと無頼だ、諦めろ」

 駄目だった。

 

 案外あっさりした反応に『声』は拍子抜けしていた。彼はアニメとしてのこの世界の物語しか知らない。その中ではゼロが異能の力を持っていることは、忌むべきものとして排斥されていた。

 カレンはともかくとして、今の藤堂の反応はせいぜいちょっとした疑問の答え合せくらいの感覚にしか見えない。もちろん『声』は卜部と違って藤堂についてさほど知っていることなどない。表面上の態度とは裏腹にあれこれ思っているのかもしれないが、それこそ見当もつかないことだ。

 ゼロ奪還の失敗、領事館でのナナリーの扇動、それにこの藤堂のギアスに対する反応。

 ある程度の事象はともかく、自分の知る物語の知識は、死を避ける上であまり優位を持てなくなっているのではないか。

 藤堂と卜部が和やかに語らう一方、『声』は徐々に不安を感じ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 輸送機に吊るされた無頼の中で卜部はある一点を睨みつけていた。

「なんで、よりにもよって玉城なんだ………」

 視線の先には輸送機に吊るされた月下の姿がある。卜部が慣れ親しんできたそれのコクピットブロックに収まっているのは、お調子者の団員玉城である。

 さようなら俺の月下、確かにガタはきていたけどお前は本当にいいやつで、多分初恋だった。これは言い過ぎだ、初恋ってどこから出てきた。

〈カナリアが目立たなかったら役にたたんだろうが〉

 繋がっていた通信から仙波の無情な声が響く。さりげなく玉城にも薄情なのだが、そこには頓着しない卜部だった。

「まあ、中佐に随伴するのがまさか素人に毛が生えたような奴とは誰も思わんだろうが、それにしたってなあ」

「新しい機体が待ってるんですから、いいじゃないですか」

 からりと明るくナナリーが言う。先だってのバベルタワー同様彼女は膝に乗っている。今回は卜部の、である。

「参謀がわざわざ前線に出る意味がわからん……」

『俺はこのポジション超サイッコー!!』

 少し前は変に元気がないと思ったら今日はこれだ。玉城といい『声』といい、地味に卜部の気力を奪っていく。

「私、参謀なんて大それた立場じゃありません」

 しゃあしゃあとナナリーは言うが、総督の乗った航空艦の航路に加え、その警備体制を探り出したのは彼女である。そこから藤堂や仙波らが肉付けをしていったのは確かだが、総督への接触、あわよくば奪取を提案したのだって彼女だ。

「はいはい、俺はおとなしく『お兄さま』のところまでエスコートいたしますよ」

「頼りにしてます、卜部さん」

 にこりと笑うナナリーに、先日の扇動家じみた不穏さはない。心なしかはしゃいでいるようにさえ見えるのは、やはり兄との再会を期待してのものなのだろうか。

『安全運転でお願いしまーす』

 なるように、なれ、か。

 お客を()()乗せた道行きに卜部はふっと息を吐くと無頼の操縦桿を握った。

 

 

 

 団員の何機かは離脱したものの、主だった顔ぶれが護衛艦を落としギルフォードらの護衛部隊と戦闘に入ったの見届けると、卜部はナナリーを折りたたみ式の車椅子に乗せて艦内を進んでいた。

 面食らったのはいつの間にか部隊に紛れていたC.C.の存在だった。ちゃっかりと卜部らに続いてゼロの扮装で付いてきたのだから焦るなという方が無理な話だ。

「いえ、私はお願いしていましたよ?」

 既定路線ですよと言わんばかりのナナリーの態度に、なんとなく犯人に察しがついた卜部は唸った。

「朝比奈の野郎、絶対面白がって黙ってたな……」

 こういう時に茶々を入れてきそうな『声』はおとなしい。C.C.を用心しているのだろう。

「仲良いなお前ら」

 仮面の奥で絶対に小馬鹿にした笑顔を浮かべているであろう女に、どこがと言い返したい気持ちをぐっとこらえて先を急いだのはいうまでもない。

 

 

 

 内部に侵入してからは、ほぼナナリーの独壇場だった。

 新たに受け取った物資に入っていたのだろうか、いくらか小ぶりになった端末は見かけとは裏腹に今までとは比べ物にならない速さでネットワークに侵入し、掌握していく。

 だからといって卜部のすることがなくなったわけではない。

「では扉の向こう……三人ですね、お任せします」

 にこやかに告げられると同時に隔壁が開く。

 その先でポカンとする男を素早く蹴たおし、もう一方は殴り、最後の一人は銃を取り出しかけたところにナイフを投げつけ、動きが止まった三者に銃でとどめを刺す。

 一通り終えナイフを回収してから卜部は小さく息を吐いた。

「頼む、そういうのはもう少し早いタイミングで言ってくれ」

「やればできる子だろお前は」

 カツカツと靴音をさせながら遅れて現れたのはC.C.だった。

 入ってからはずっとこの調子である。隔壁を次々とこともなげに開けていくナナリーの技能は凄まじいのだが、その先にいる人間に関してはひたすら卜部が黙らせる役目だ。

 C.C.も多少なりとも動けることを知っている身としては、一番彼女がサボっているように見えて仕方がないのだが、本人にやる気がないのだから仕方がない。

「さて、お兄さまと久しぶりの対面ですわ」

「上も派手にやってるみたいだからな、さっさと行きますかね」

 艦の振動が徐々に派手になっている。急いだ方がいいのは間違いないだろう。

 軽く肩をすくめながら卜部はナナリーを車椅子から抱き上げる。コントロールを失いかけている艦では、もうこの方が早い。

 ルルーシュとやらの反応がどうなるかは神のみぞ知る、だ。

 それともう一つ、カレンの新しい翼がちゃんと定刻に現れるかどうか、これとて結局運任せである。卜部にとって、このナナリーという少女はとんでもない博徒に他ならなかった。

 

 

 

 次々とモニター上に表示されるパネルはすべて、カレンの翼が万全であり紅蓮という機体が生まれ変わった証だ。

 これからは、このすべてが紅蓮の力になる。

 カレンの顔に知らず笑みが浮かんでいた。

〈さーて、そろそろお迎えの時間だねぇ〉

 通信越しの声に、改めて操縦系を確かめる。

「ナナリーも、無理難題言ってくれるんだから……」

 浮上した潜水艦の上部ハッチが開き、青空が広がる。

 いよいよ、あの空を紅蓮と自分が駆け上がるのだ。

 日は、また昇る──そんなカレンの感慨を吹き飛ばすような言葉が紅蓮の母から放たれた。

〈あ、後数分であの船落ちるわ〉

 だからなんであの子の作戦はこうも猶予というものがないのだ。

「いいいいい今すぐ行ってきます!!」

 赤い機体が勢いよく空へ飛び出す。

 最初に思い描いていた爽快感とはかけ離れた慌ただしさで。

「頑張ってねぇ〜その子、ロイドのオモチャなんか目じゃないんだから」

 ラクシャータ・チャウラーは煙管をくゆらせながら飛び立った我が子へ手を振った。

 

 

 

 いくら指揮を取るものが優秀でも、末端に生まれた恐怖心を完全に制御するのはたやすいことではない。藤堂は己が誘いをかけたとはいえあまりにも相手が易々と乗ってしまったことで、指揮に当たっているギルフォードに少し同情した。

「まさかこうも素直に自分の艦を撃ってくれるとはな」

 艦橋間近に迫ったナイトメアに恐慌にかられた誰かが放ったらしき一撃は、左翼を撃ち艦を傾けている。

 撹乱のつもりがやり過ぎの感もある。まだ内部に侵入した彼らは戻った気配はない。

 いくら()()()()()()()()()()()()()()()とはいえ、短過ぎては意味がない。

「まあ、紅月が時間通りに来てくれれば間に合うか……」

 つぶやきながらハーケンを器用に使い藤堂は一気に航空艦の上に出る。

 上で待機していた玉城が合流する姿に、悪いと思いながらも藤堂は意外な思いを抱いた。

 待っている間にとっくに破損させて離脱しているかと思った、などと言えばこれで案外泣きもろいこの男は本気で泣き出しかねない。笑みだけにとどめ、藤堂は迫っていた敵機のハーケンを振り向きながら横滑りに走りすべて躱していく。

「直接やり合うのは一年ぶりだなギルフォード」

 フロートユニットを備えた紫の機体が勢いよく迫る。

 時間まで粘れば良いだけの自分は気楽だ。艦を落とされる焦りで動きに粗があるギルフォードに藤堂は皮肉げな笑みを受かべ相対した。

 

 

 

 一方で玉城は生きた心地がしなかった。不安定な足場で楽しげにブリタニアのナイトメアをあしらう藤堂の気が知れない。

 この艦は確実に落ちる。おろおろするばかりでどんどん藤堂とも離れていく。

 いや、藤堂は戦闘の真っ最中なのだから離れていた方がマシだ。

「やっぱ空も飛べねえナイトメアでこんなとこ上がるのが無理なんだよぉ……」

 とうとう泣き言がもれた。こうなってくると輸送機でとうに離脱している扇たちが恨めしい。どこも壊れてなどいないが、もう逃げ出してしまおうか。

 完全に弱気にとりつかれた玉城に、ある意味救いの神が唐突に現れた。

「なんだぁ!?」

 衝撃で機体が一気にバランスを失い傾いた航空艦の上を滑り落ちていく。その先は空と海が広がっていた。モニタ上のいたるところに表示された警告が脱出を促す中で、玉城は呆然と()()を見上げた。

 話にはきいていた。飛行形態では、おそらく単機で到達できる速度を持ったナイトメアがいると。

 大破した月下から排出されたコクピットブロックの中で、玉城は呆然と呟いた。

「あれが、ラウンズ……」

 子供が思い描く「ロボット」の色彩のそれは一顧だにせず次の獲物へ向かっていき、玉城の視界から消えた。

 

 

 

 カナリアが、鳴いた。

 玉城の月下から何かに驚いたような声が上がった瞬間に、四聖剣が一、千葉凪沙は藤堂機の元へ走った。

 仙波は護衛艦と護衛のナイトメアを何機か落とした時点で機体が損傷し離脱している。朝比奈は距離がある。

 自分が藤堂に一番近い。

 猶予はない、すでに藤堂は指揮官機と交戦中のはずだ。

 走る千葉はふと思う。

 朝比奈などに時折揶揄されるものは、恋情なのか。

 藤堂へのそれが、恋情なのか敬愛なのか単なる依存なのか、考えても結論が出たことは一度もなかった。

 だが、これだけは確かなことが一つある。

 藤堂鏡志朗という存在を失うことなど、自分は耐えられない。

 たとえ身の破滅を招いても、だ。

 千葉凪沙の月下は戦場を駆け──藤堂の月下の姿を見つけほっと息を吐き、次にそれに気がついた。

 戦闘機を派手にしたような外観のそれは半ば突っ込むように艦上に現れ、玉城の月下を弾き飛ばしそのまま艦上から突き落とす。

 千葉が聞かされた通りにそれは素早く変形し、ナイトメアフレームへと姿を変えた。

 トリスタン、ナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグの可変機能を持つナイトメアフレーム。

 紫の指揮官機と交戦中の藤堂も存在に気づいたのか、構えを変える。

 だが、あれでは間に合わない。

 

 咄嗟に動いた瞬間、彼女は自分の感情が何かなど微塵も考えなかった。

 

 

 

 藤堂の目に、すべてが不思議なほどゆっくりと見えた。

 突然現れたナイトメアからの、大型のスラッシュハーケン。

 回避は間に合わない。

 視界を遮った見慣れた浅葱色の機体。

 それが貫かれ、爆発する瞬間、引き抜かれた敵機のハーケンに付着した──赤い、色。

 

 とっさに牽制の射撃を加え、相手の動きにほんのわずかでも隙ができた瞬間にハーケンを駆使して一気に距離を取る。

 オープンチャンネルでギルフォードがなじる声も遠い。

 ラウンズの脅威を忘れたわけではなかった。機体こそ一年前とは違うものとはいえ、あのブラックリベリオンの増援に現れた彼らは、確かに円卓の騎士を名乗るだけの力を持っていたのだ。

 

 消えた機体信号は、解放戦線時代からの部下である千葉のものだった。

 千葉が、死んだ。

 これまで部下の死は嫌になるほど目にしてきた藤堂は、自分が半ば呆然としていること自体に驚きを感じていた。

 それでも月下は立ち止まらない。頭とは別物のように、トリスタンとヴィンセントを相手どりハーケンを、刃を、機銃を駆使して距離を取り、躱し、防戦一方でありながらもますます不安定になる航空艦の上を駆け巡る。

 止まってしまえば、事実に捕まってしまいそうだった。

 

 自分にとって、彼女はなんだったのだろうか。

 千葉が自分に対してなにがしかの感情を抱いていることには、藤堂自身も気づいてはいた。

 だが、自分はどうだった。

 失ってしまったことで、かえって答えが見えなくなってしまっていた。

 そして、答えが出たところでどうしようもない。

 千葉凪沙は、死んだのだ。

 

 事実が、藤堂の動きをわずかに止めた。

 

「終わりだ、藤堂!!」

 ギルフォードの声とともに、月下の腕が斬り飛ばされた。退路は既にトリスタンが塞いでいる。詰みだった。

 いくら藤堂が戦い慣れていてもただでさえ苦戦する相手が二人もおり、機体の性能差は比べるまでもない状況だ。

 ここまでもった方が、異常と言えた。

「千葉、犬死させてすまんな……」

 自らを嘲る笑いは自然と浮かんでいた。

 ふと、少女との密約を思い出す。

 『あのゼロを取り戻さないこと』、それはこの作戦に従事する者すべてへの裏切りだ。

 だが藤堂にとって、得体の知れない力を持った者が君臨するよりは無害化されて鳥籠に収まってくれていた方がマシに思えた。

 己の意思に反して虐殺へ突き動かされたであろうユーフェミアの二の舞になるのはごめんだった。

 だから少女の共犯者となった、そのこと自体に後悔はない。

 しかし部下を死なせ今まさに終わろうとしている以上、それらは滑稽にも裏切りにすらならずに潰えるのだ。

 それでも、と思う意思が藤堂には残っていた。

 ──せめて、一矢。

 藤堂がコンソールに起爆のコードを打ち込もうとした瞬間だった。

 

 赤い疾風が、駆け抜けた。

 




前後編になってしまいました。

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