月明かりが今晩は明るい。新月の夜は飛びづらかったことを考えると、月明かりがあるだけでだいぶ助かる。
私でいられる貴重な時間。それはけっこう大事な時間だ。それにこの広い空を飛んでいるだけで気も紛れる。
「ら、ららー。ららー、ららら」
慣れた歌を口ずさむ。よく知らない歌だけど、つい口について歌っている歌。おそらく、サーニャがよく歌っていた歌なんだと思う。私としても苦手なテンポでもないし、音楽は嫌いじゃないから、誰もいないなら歌うことに抵抗はなかった。
「んっ……」
魔導波に反応。近くを飛んでいる何かがいる。歌を中断して接近。すぐにプロベラを回して飛ぶ飛行機の姿が視界に入った。
そういえば、今日はミーナ中佐と坂本さん、それから宮藤さんが軍本部に行っている日だった。じゃあこれは帰りの飛行機のはず。
《サーニャ、出迎えすまないな》
「いえ。みなさん、おかえりなさい」
《綺麗な歌だったわ。ありがとう》
「い、いえ……」
かあっと頬が熱くなる。まさか聞こえていたなんて。どうやらこの魔導波、私の声を乗せて発信することもできるらしい。最近になってラジオが聞けることを見つけて楽しんでいたのに、こんな弊害があったなんて。今度から気をつけよう。無線に声が乗っているのなら、ひとつ間違えれば私の歌声が世界にラジオ放送されるという事態が発生しかねない。そんなことが起きたら、部屋に引きこもってしばらく出てこないようになる自信がある。
《すごーい! サーニャちゃんって本当に歌が上手なんだね》
「ん……」
だから触れないで欲しい。お願いだから。誰かに聞かれてるなんて思ってなかった。そうだと思っていたから歌っていた。あれはお出迎えの歌なんかじゃなくて、ただの私の気晴らしだったのに。
プロペラ機に並走、この場合は並飛? とにかく横に飛んでいたその時、私の黒猫の耳がピクッと反応した。
「あ。これって……」
《どうした、サーニャ》
「ネウロイがいます」
《なんだと?》
坂本少佐の声が剣呑さを帯びた。私の頭部に展開している魔導針が常時の緑色から、非常時のピンク色へと変わっていた。
《……私の魔眼では捉えられないが》
「雲の中です」
坂本少佐の魔眼では捉えられないかもしれないけれど、私の魔導波なら捉えることができる。坂本少佐の魔眼はコアを補足することに関しては私より上手で、私の方がネウロイそのものを捉えることは得意だ。
《サーニャさん、倒さなくてもいいわ。プロペラ機から引き離して》
「了解。誘引します」
プロペラ機には戦闘能力はない。けれど3人も優秀なウィッチが搭乗している。落とすわけにはいかない。けれど倒しきれるかわからない。だからこそ、ミーナ隊長の命令は誘引なんだろう。
ストライカーの出力を上昇させてプロペラ機から離れる。真下に広がる雲海を見下ろして、魔導波だけを頼りにネウロイの大まかな位置を把握する。
引き金を連続で引き絞った。まだ慣れない反動が体を這い回って、歯を食いしばる。
3発のロケット弾。それぞれが雲海の雲を吹き飛ばしてぽっかりと穴を空ける。
「これは……なに?」
なにかが聞こえる。引っ掻くような音が一律のリズムを刻んでいるのだ。
このリズム、どこかで聞いたことがあるような……。私の記憶ではない、サーニャの記憶がそう囁いてくる。
だめ。気を取られている場合じゃない。彼女たちを守らなくちゃいけないのだから、細かなことに気を取られている余裕なんてない。
でも私の集中を乱してくるこの音はなんだろう?
もう一度、発砲。また外れた。今度もぽっかりと穴を空けただけに止まっていた。
「プロペラ機は……」
魔導波でプロペラ機を捉え直す。だいぶ離れたところに逃げてくれたようだ。でも、まだ油断はできない。安泰とはとても言えないのなら、もう少し引き付ける必要がある。
「……攻撃してこない?」
果たして本当にネウロイなんだろうか。さっきからビームの1本も飛んでこない。シールドの展開を準備していたのに、その機会がまったくこない。
でも、魔導波が返してくる情報はサイズ、速度、その他の情報すべてをとってもネウロイだ。けれどネウロイが一方的に攻撃され続けているなんてことがありえるんだろうか。私はまだネウロイとの戦闘経験が多いわけではないけど、現状で遭遇してきたネウロイはすべて攻撃してきた。それなのに今回に限ってまったく攻撃してこないなんてことが……
《サーニャさん、もう十分よ。ありがとう》
「……はい」
ストライカーに制動をかけて追撃を止めた。ミーナ隊長が言うなら止めた方がいい。まだ短い時間でしかミーナ隊長のことを見ていないけれど、的確な指示はいつも見事だと思っている。それに私は大局を見て判断するなんて器用なことはできない。だからこそ、ここは引いた方がいい。
ストライカーの出力を調整してホバリング姿勢に。ネウロイが消えていく方向をじっと見つめた。
あの音はなんだったんだろう。ネウロイが発していた音だったようだけれど、ネウロイには発声器官があるんだろうか。
「あれはいったい……」
問いかけてもサーニャの記憶は何も教えてくれない。
…………問題が起きた。ものすごく大きな問題が。
こんなことになるなんて思ってもいなかった。まさかこんな事態になるなんて。
「うーん、ムニャ……」
「えへへ……リーネちゃんやわらかいなあ…………」
頭を抱えたい。こんな状況になるくらいなら、あのよくわからないネウロイを無理してでも倒しておくべきだったかもしれない。
私の部屋で、私のベットにはエイラと宮藤さんが眠っている。それもぐっすりと。今のところエイラを挟んで宮藤さんが寝ているおかげで私に目立つ症状は出ていないのが不幸中の幸いといったところだろうか。エイラシールドはどこまで有効かわかったものじゃないけど、不自然に思われることさえなければいい。
「はぁ……」
思い返すことしばらく前。ミーナ隊長の提案によって夜間哨戒の強化が決定された。そこで夜間哨戒の人員を増やすことが決まったのだけれど、それが私にとって一番の問題だった。
宮藤さんはまだいい。彼女はサーニャを知らないから、私がサーニャではないと見破られる恐れはない。
本当の問題はエイラだ。
現状で危険なのはエイラだ。501統合航空戦闘団の中で私の正体を見破ってしまう可能性がもっとも高いから最大級に警戒していた。
だから私は散々ためらっても、無理に自分を押し切ってエイラの隣で寝るようにしたのに、まさかこんなことで余計な接触を増やしてしまうことになるなんて思ってもみなかった。接触が増えてしまうと見破られてしまうリスクが増えてしまう。
けれど、不幸中の幸い、とでも言うべきかもしれない。前回のエイラと一緒に寝たケースと同じで解決する方法がある。
「あれを倒せば……」
あのネウロイを私が取り逃がしたから夜間哨戒の人員を増やすことが決まった。なら早々にネウロイを仕留めてしまえば、夜間哨戒の強化も止まる。前のように私一人での哨戒に戻れば、疑われるかもしれない場面を減らすことができる。
何がなんでもあのネウロイを倒さなくてはならない。これ以上、不安要素を増やすようなことは絶対に防がなくてはいけない。
「むにゅぅ……」
「ーーーいがいっぱいだぁ……」
エイラと宮藤さん。この2人にもがんばってもらわなくてはいけない。あのネウロイを私だけで倒すことができないのなら、あの2人の力を借りてでも倒せばいい。私の固有魔法の特性上、ネウロイを捉えることはできても戦闘向きな能力じゃない。さらにその後の戦闘において私のフリーガーハマーでは手数不足になりやすい。
その点ではエイラの固有魔法は未来予知でネウロイの動きが読めるという、いかにも戦闘向きな能力だし、宮藤さんの膨大な魔力はシールドにも攻撃にも転用できる。そして2人の持つ武器は私のフリーガーハマーよりも連射性に優れている。
問題は宮藤さんは夜間哨戒の経験がないこと。エイラは慣れている様子だが、彼女はまだウィッチになってから時間が浅い。昼の飛行とは違って夜間飛行は難しい。それをいきなり宮藤さんにやらせるミーナ隊長の意図はわからないけれど、それならそれでいい。
彼女には夜間戦闘ができるようになってもらおう。
だからできるように夜間戦闘に慣れている私が全力でサポートする。私だけでは難しくともエイラだっている。そして宮藤さんが夜にも戦えるようになってくれれば、あのネウロイを倒すことも簡単になる。
「明日の夜からが本番……」
一日でカタをつけることはできないと思う。けれどできる限り時間はかけたくない。目標は一週間以内に終わらせること。あまり手こずると本格的にエイラが気づくかもしれない。本当に厄介なこと極まりない問題だった。
でも方針は決まった。だからもう眠ろう。コンディションは万全にしておかないと、私が足を引っ張ってしまうかもしれない。
そういえばしばらくは1人でいられる時間もなくなっちゃうな……。
ついにアニメ1期の6話ですよ。まあ、だいぶ早かったですよね。ぶっちゃけサーニャがいないと書く必要を感じないのである程度メインで出てこない話は書かずにカットです。
とりあえずは1期のエンドまでは行きたいですね。最終戦闘付近はサーニャがほとんど出てこないので総カットになるとは思いますが。アニメに沿ってとはいえ、アニメで放送されたシーンを書くのは大変なのです。