ストライクウィッチーズ~愛の夢~   作:プレリュード

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第2話 せんとう

 このガリア基地に来て、いやこの世界に来てから数日間たった。今の所はサーニャが戻ってくるような気配はない。そして私が元に戻るような様子も。

 

「う……ぅん」

 

 今日も目が覚めて最初に視界に飛び込んで来たものは私の部屋の天井ではなくて、サーニャの部屋の天井だった。

 

 包まっていた毛布を剥ぐとその下から滑らかな肢体とレースの下着が露わになる。

 

 下着姿で寝ることには未だに抵抗があった。けれど普段からサーニャがそうしているのならばそれに従うしかない。いきなり寝巻きの類を購入すれば、疑いを持たれてしまうかもしれない。それに無断で必要ではないものにサーニャのお金を使うことにも抵抗があった。

 

「まだ慣れないな……」

 

 下着姿で寝ることだけじゃない。この世界のこといろいろだ。全てが私にとっては知らないことだらけ。多少は共通しているところもあったけれど、魔法あたりのことはさっぱりだ。

 

 緩慢な動きで起き上がると、まだ眠気の残る目を擦りながら服を着ていく。カーテンに遮られて日光は部屋に届かないが、もうお昼は過ぎているどころか夕方のはず。

 

「今日も夜間哨戒……」

 

 ナイトウィッチ、と言ったように思う。つまり夜の見張り役のことらしいけれど、ネウロイと呼ばれる敵がいつ攻めてくるかわからない状況では仕方ないことなのだろう。

 

 今のところは直にネウロイを見ずに済んでいる。けれど、おそらく時間の問題だ。それだけこの世界にネウロイは溢れているらしい。

 

「ん……しょっと」

 

 身だしなみを整えて準備は完了。ミニスカートぐらいな丈のマントのような服は風通しが良過ぎて違和感がある。でもこれも慣れるしかない。

 

 頭の中にある基地の地図にしたがって移動。複雑な道を何度も曲がってストライカーユニットのある格納庫(ハンガー)を目指す。格納庫(ハンガー)に入るとストライカーユニットを装着して隣から飛び出した武器であるフリーガーハマーを掴んだ。魔力を流すと頭から黒い猫耳が、そして同じように黒い猫のしっぽが腰あたりから生える。そしてすぐに魔道針がヴン、と発現した。

 

《サーニャさん。聞こえるかしら》

 

「あ、はい。クリア、です」

 

《いつも負担をかけてしまってごめんなさい》

 

「いえ……大丈夫です、ミーナ隊長」

 

 フリーガーハマーを肩を支点にして担ぐように持つ。魔法の使い方なんてものは私が当然、知るわけもなかった。だけどなんとなく使い方はわかった。サーニャの体に染み付いた動きというものなのかもしれない。事実、ストライカーユニットの装着もなんの滞りもなくできている。

 

「行ってきます」

 

《お願いね》

 

 ストライカーのプロペラが唸りを上げる。体の中にあるチカラのようなものがストライカーに吸い込まれていく感覚と一緒にふわりと体が浮き上がる。

 

《501JFW Litvyak , wind 015 , degrees at 7 knots . Cleared for take off .》

 

「了解。アレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク、出ます」

 

 一瞬、慣性力。すぐにどんな力が働いたのかわからないが、体にかかる抵抗が薄れる。

 

 そのまま加速。滑走路を駆け抜けて背筋をぐぐっとのばす。

 

 浮遊感。そして私の体が大きく空へと飛び上がった。

 

 空。夜の空。真っ暗で飲み込まれそうな黒い空に光源と言えるようなものは月と星明かりのみ。

 

 しっかりと見ることはできない。視界は最悪だ。けれどこれが魔法の力なのかもしれない。見えなくとも()()()。周囲はクリア。何か魔導波を遮るようなものはない。

 

 この魔導波というのも魔法の力らしい。魔法というものはひとりでレーダーの代わりもできてしまう。なんとも優れものだと思う。どういう原理なのかはいまいち掴めないままだけれど、感覚的に使うことができるため問題なしとすることにした。

 

「らー、ららー」

 

 わからないことだらけ。けれど空を飛ぶことは意外に楽しかった。思わず歌を口ずさんでしまうくらいには。いつもなら恥ずかしくてできないことも、誰も聞いていないのなら簡単だった。

 

 この歌を私は知らない。でもなんとなく口ずさんでいた。サーニャのお気に入りなのかもしれない。

 

「異常はなさそう……」

 

 夜間哨戒とは基地に接近するネウロイを見張ればいいらしい。そして私はナイトウィッチと呼ばれている夜間哨戒を主とするウィッチ。

 

「ん……」

 

 空中でくるりと回ってみる。夜風が髪を撫でた。誰もいない空をひとりで飛ぶ。この時だけは私がサーニャを演じる必要はない。

 

 初めて飛んだ時は不安だった。どうすればいいのか右も左も分からない。だからいきなり夜に飛べと言われた時はどうしたものかと本気で悩んだ。ただでさえ未経験のことを視界の悪い夜に。はっきり言って墜落するんじゃないかとさえ思っていた。

 

 でも飛べた。

 

 巡回ルートも聞いていないのにわかった。空の飛び方も、ストライカーユニットの使い方さえも。

 

「知らない。私は知らない。けれどサーニャが知っている」

 

 小さく呟く。誰もいない空では答えなんて望むべきもなかった。

 

 結局のところ、いまいちピンと来ないことが多すぎる。サーニャの記憶すらもあてにはならない。時と場合によってわかったりわからなかったりが激しすぎるのだ。普段から他人とどう接しているかなどはまったくわからない。でも、魔法の使い方やストライカーユニットの使用などはわかる。

 

「っ!」

 

 そしていま感じた魔導波の遮られるような感覚も知っているものだ。

 

 背筋がぞくりと粟立つ。けれど、思ったより冷静だ。はじめて遭遇したらもっと取り乱すかと思っていた。

 

「報告。雲の中にネウロイがいます」

 

《……数は?》

 

 落ち着いたミーナ隊長の声。報告は迅速に。そして正確に。高ぶる心臓を抑えて報告を紡ぐ。

 

「数は1。中型のタイプF。まだ気づかれてません」

 

《進路は?》

 

「2−5から2−8、です」

 

《すぐに救援を送るわ。それまで……》

 

「ごめんなさい。気づかれました」

 

 一条の紅い光線が空間に噛みつく。幸いなことにかなり外れた場所に飛んでいったおかげで、回避行動はとらずにすんだ。

 

 攻撃を受けた。当たったら死んでしまってもおかしくない。でも私は戦わなくてはいけない。でも私なんかに……

 

 だめ。今はこんなことを悠長に考えている余裕はない。

 

「戦闘に入ります」

 

《……わかったわ。でも無茶はしないで。すぐに誰かを送るから》

 

「はい」

 

 重いフリーガーハマーを担ぎ直して雲をじっと見つめる。雲の中では視認することは難しい。どこにネウロイがいるかなんてまったく見当もつかない。

 

 けれど私にはサーニャの魔法がある。

 

 見ることができなくたってわかる。正確な位置からどんな形なのか細部まではっきりと。

 

 フリーガーハマー(こんなもの)を撃ったことなんてない。だけどサーニャが撃てるのなら、サーニャが当てられるのならできる。根拠のないことではある。けれど戦闘なのに私は落ち着いている。私は経験したことのないはずなのに、どうすればいいのかなんとなくわかっている。

 

 体を大きく捻る。左にロール。抵抗で体がばらばらになりそうだ。ぐっとこらえて飛び続ける。さっきまでいた場所にビームが飛来した。

 

「こないで……」

 

 背中を反る。ピッチアップ。ぐんぐんと高度をあげる。またいくつもビームが飛んでくる。ある程度はかろうじてよけられた。けれど、数が多すぎた。

 

「あっ……」

 

 直撃する。だめ。私のせいでサーニャを死なせるようなことだけは……

 

 その時、体に魔力が循環した。黒猫の耳がぴょこっと動く。

 

 シールド展開。かわしきれなかったビームを防ぐ。ビームがシールドにぶつかった衝撃で後ろに押しやられそうになる。

 

「んっ……」

 

 シールドの展開方法は知らなかった。けれど咄嗟に体が動いた。まるでまつ毛に触れた時に目をつぶってしまう反射のような感覚。

 

 あぶなかった。これは私の体ではなく、サーニャの体だ。どういう原因で私がサーニャの体に入っているのかわからないが、間借りしている身として傷つけてはいけない。

 

 シールドがビームとぶつかり合い、じりじりと後ろに押されていく。ぶつかる度に体中の魔力がごっそりと持っていかれるようだ。

 

 このままだといずれ魔力が尽きる。そう察するのにあまり時間はかからなかった。

 

 ストライカーの出力上昇。ビームを弾いて天に向かって飛ぶ。ぐんぐんと高度を上げていけば、高高度からネウロイを見下ろす形になる。

 

「……捉えた」

 

 フリーガーハマーの狙いをつける。トリガーを引き絞った。白煙の尾を引きながら3発のロケット弾のようなものが飛び出していく。

 

 当たる瞬間を見届けずにロール。ピッチダウンして加速。背面飛行で縦方向にターン。

 

 無理な機動をすればするほど、体に負荷がかかった。だが、ビームが直撃することと比べればダメージとしては軽い。

 

 と、()()()()()()()。でも、実際に私がストライカーを装着して戦闘をするのはこれがはじめてだ。

 

 きっとサーニャなら大丈夫だった。この負荷からくる痛みにも慣れているんだろう。

 

 けど今、戦っているのはサーニャの体を借りた私だ。ついこの前まで戦闘とは無縁だった私には、この痛みだけでかなりの苦痛だった。

 

「っあぅ…………」

 

 痛みなんて慣れっこだと思っていた。でもこれは今まで経験のある痛みーーーーぶたれるなどーーーーとは別種のものだった。

 

 痛みが走るたびに、ぎゅっと体がこわばる。小さなうめき声が口からもれることを意識してしまう。せっかくあげたストライカーの出力が落ちていくが、それを元に戻す余裕すらない。

 

 体中のそこかしこが悲鳴をあげている。もう嫌だ。なんで私ばっかりこんな目に……

 

 弱音ばかりが頭をめぐる。もうここで終わったっていいじゃないか。胸をよぎった言葉をかぶりを振って打ち消す。

 

 痛い。痛いよ。もう諦めてしまいそうなくらい。

 

 でも。それでもーーーー

 

「お願い……飛んでっ」

 

 それでも私はここをサーニャの死に場所にしたくない。

 

 気力と魔力を振り絞る。ネウロイの真下にあたるところを駆け抜けながら続けざまにもう3発。雲が吹き飛ばされ、当たった場所からは白い欠片が振り撒かれる。

 

「見つけた」

 

 吹き飛ばされた雲の向こう側に、どこか不気味さを漂わせる赤い宝石のようなものが露出した。あれがコア。あれを破壊さえすればネウロイは倒せる。

 

 今度は真横にロールしてターン。再びネウロイの真下に。飛び交うビームの隙間を縫うように飛び、避けきれないものはシールドで受け止める。

 

「これで……」

 

 露出したコア。逃すわけにはいかない。雲の中に再び隠れようとするネウロイを魔導波で捉え直す。

 

 そして魔導波で捉え続けているのなら、どこに晒されたコアがあるかはわかる。位置が特定できたのなら、あとは当てるだけ。

 

 狙いをつける。人差し指をためらいなく引ききった。フリーガーハマーに残るロケット弾、3発がすべて飛び出す。

 

 爆炎。直後にネウロイが震えて、その姿を破片へと変えた。

 

「終わっ、た……?」

 

 どうしても疑問形になってしまう。けれど倒せたようだ。ここまで破片になってバラバラなら、きっと倒すことができたはず。それに魔導波に反応がない。周囲には魔導波をはね返すものはなくなっていた。

 

「ミーナ隊長、ネウロイを撃破しました」

 

《サーニャさんは大丈夫?》

 

「はい。これから帰投します」

 

《わかったわ。途中でバルクホルン大尉と合流して。進路は……》

 

「だいじょうぶです。今、見つけました」

 

 見つけた、と言っても魔導波で接近する飛行物体を捉えただけだ。けれど、ネウロイと比べて明らかに大きさが違う。たぶんこれがバルクホルン大尉だ。

 

《そう。じゃあ気をつけて》

 

「はい」

 

 通信が終わってからふぅ、と詰めていた息を吐き出した。そしてようやく私の手が震えていたことに気づく。

 

 初めて戦った。武器なんて生まれてから握ったことなんてなかった。だから、というべきなんだろう。

 

 必死すぎて感覚がついさっきまで追いついていなかった。けれど、落ち着いた今だからこそ言える。

 

 

 ーーーー私は、怖かったんだ。

 

 

 震える手で体をかき抱く。震えは体にも伝播していった。もしかしたら初めてサーニャが戦った時もこんな感じだったのだろうか。

 

 向こうからバルクホルン大尉が飛んでくる。落ち着け。落ち着くんだ私。

 

 吸って、吐いて、吸って、吐いて。とにかく震えだけでも止めなくては。

 

 ここから先、また私はサーニャになりきらなくちゃいけないのだから。

 




航空戦ってこんな感じでいいんですかね?いやあ、はじめて事だからなにしろ不安で……まあ、今後うまく書けるようになっていけばいいですよね。うん。

お気づきかとは思いますがアニメ1期をなぞっています。ですが、描写が難しいシーンや必要性がなさそうなシーンはカットすると思います。まあ、6話のサーニャ回は全精力を傾けることになりそうですが。

おわかりかもしれませんが、週一で更新していきたいと思います。ゆっくりではありますが、よろしくお願いします!

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