ストライクウィッチーズ~愛の夢~   作:プレリュード

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第10話 ゆめ

 輸送任務が終わったからすぐに帰ったか。そう聞かれたら私の答えは「いいえ」だった。

 

 しばらく私とエイラはペテルブルグ基地にお世話になることになっていて、年を越してからスオムス基地には帰るように言われている。だからこうしてひとり、用意していただいたふかふかのベッドに転がることもできていた。

 

 幸いにもペテルブルグ基地にはニパさん以外はサーニャと直接的な知り合いである人はいないらしい。だからひとりでいる時間も多く取れるし、私がサーニャでないと疑われる機会も減る。

 

 当然、何かしらの任務を申し付けられることもあるだろう。けれど私の立場はお客さん。よほどの事態や理由がなければ呼び立てられることも、出撃命令が出ることもない。詳しくはないけれど、命令系統も違うはず。

 

 と、考えていた私の予想はいつものようにあっけなく裏切られてしまうわけで。

 

 502の隊長さんには「戦況を教えて欲しい」と執務室へ呼び出され。

 

 なぜかネズミを捕まえただけで給仕係を兼任しているらしいジョゼさんには懐かれ。

 

 そして下原さんという方には「ちっちゃくてかわいい」という理由で唐突に抱きつかれ、撫で回された。

 

 とても温かい感情ばかりが向けられる。けれどそれは私に向けたものではなくてサーニャに向けたものだ。ニセモノの私にとってはどうにも居心地が悪い。

 

 違うんだよ。私はあなたが見ているサーニャじゃない。ただのまがい物なんだよ。

 

 よっぽどそう言おうかとどれだけ悩んだだろう。でもそれを言うことはすなわち私とサーニャの喪失を意味する。だから絶対に許されない。私の弱さでサーニャを消えさせるようなことはあってはならないのだから。

 

温かさがどうしようもなく苦しい。私はあなたたちに何も与えられないのにそんな温かいものを向けないで。私はなんの対価も払っていないのに。

 

ーーーーだからあなたはわかっていないんだよ

 

 『何か』が私に話しかける。わかっていない? なにがだろう。声の出所を探して、起き上がるときょろきょろと辺りを見渡してみる。けれどそこには暗闇が広がるだけ。

 

ーーーー温かさに気づけても、それの本質がわかっていないの

 

 今度は違うところから聞こえた。布団を退けて立ち上がると耳の感覚を頼りに聞こえたはずの場所へ。

 

 同時に考えてしまう。私は何がわかっていないのか。声の主は私になにが言いたいのか。

 

「何が言いたいの? 私に何を伝えたいの?」

 

ーーーーあなたは知らない。温かさとは何かを、ね

 

「だってこれはサーニャのもので私のものじゃない」

 

ーーーーじゃあ、サーニャと会ったことのない人からもらったものはどういうこと?

 

 思わず言葉に詰まった。そんな私がさもおかしいのか周囲からはクスクスと笑う声がする。

 

ーーーーどうしてだと思う? ほら、答えて

 

「……わからないよ。私はあんなものを受け取る資格なんてないもの。私はなにも与えられていないのに」

 

ーーーーほら、わかってない

 

 またしても笑い声。それは私をからかうようでありながら、寂しそうで。そしてどうしようもない切なさともどかしさがマーブル模様を描いているよう。

 

ーーーーわかるよ。理解できないよね。だってそういう環境で育ったんだから

 

「どういうこと? あなたは何を知っているの? あなたは誰?」

 

 同情するようなふうは一切なかった。けれどまるですべてを知っているように私へ『何か』は囁く。

 

ーーーー私はあなたの知らなくてはならないものを知ろうとしたもの。あなたが見つけたくて、知りたくて。それでも信じられないものを信じたもの。そして……

 

 暗闇の中から『何か』が近づいてくる。思わず身が竦んだ。けれど逃げるという考えは不思議と浮かんでこなかった。むしろ近づいてきても、違和感すら覚えない。

 

ーーーー私はあなただよ

 

 『何か』が暗闇を払う。そこには確かにサーニャでない『私』がいた。

 

ーーーーじゃあね。また機会があったらお話しよう

 

「待って! どうして私はサーニャの中にいるのっ!」

 

 『私』が背を向けて遠ざかっていく。追いかけようと手を伸ばした瞬間に突風が吹き荒れた。あまりのいきおいに目を開いていることができなくなって、ぎゅっとまぶたを閉じる。両腕を交差させて顔を覆って守るような姿勢に。

 

 そして…………

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 普段からは考えられない機敏さで私は跳ね起きた。下着はいやな汗でぐっしょりと湿り、額にはあぶら汗が点々と滲む。

 

「今のは……夢?」

 

 呆然としつつ、周囲をぐるりと見渡す。ちちち、と小鳥のさえずりが窓の外から私の鼓膜をそっと愛撫した。やわらかな朝陽がベッドに射しこみ、膝を抱えてうずくまる私を照らす。視線を落とすと雪が染み込んだように真っ白で艶やかな肌が目に映った。依然として体はサーニャのまま。

 

 どれだけ周囲を見渡したって違和感と言える物は何もない。さっきまで私に話しかけてきた『何か』は見当たらない。ただ変哲もないペテルブルグ基地の一室がそこにあるだけだった。

 

「ただの夢、なの?」

 

 跳ね除けた毛布を引き寄せてそっと体を包む。ただの夢にしては妙に現実的すぎる。それに怖気がするほど私の状況を言い当てていた。

 

 ただの夢と切って捨てることは難しい。

 

 なによりあれはサーニャでない私を知っていた。他でもない私のことを知り、その上で私の中に踏み込んできた。

 

 一体、あれはなんだったんだろう。私を語るあの『何か』の正体はなに?

 

 あの『私』ーー認めたくないけれどーーが言っていた答えというものがわかれば私は元の体に戻れるのだろうか。

 

 考えても考えても答えは出そうにない。ただひとつ、確実に言えることがあるとすれば。

 

 あれはたちの悪い単なる夢ではないということ。

 

 夢と言うにはあまりに明瞭すぎた。夢と斬り捨てるにはあまりに現実的すぎた。

 

 ただわからない。それがたまならく怖い。震えの収まらない体を鞭打って立ち上がらせると、着替えに手を伸ばす。

 

「やっほー、サーニャちゃーん!」

 

「んぁー、お前! なにやっ、て……」

 

 ……。

 

 このときばかりは文句を言ってもいいと思うし、よく吐かなかったものだと自分を褒めてあげたい。

 

 なぜか喜色を浮かべるクルピンスキーさんに口をぱくぱくと動かして絶句しているエイラ。そして胃の物を戻さないように必死で耐えている私。

 

 ただでさえ夢のようなものによって精神的に打撃を受けている私に、裸体を見られたという事実は精神面にショックを与えるのに十分すぎる。サーニャの体に傷はないけれど、もしも私の体であったのなら傷と痣がいくつも見えたはずだ。

 

 人に裸を見られる。それは私にとって最大のウィークポイントだった。服を剥ぎ取られ、肉親だった男に暴行を振るわれたトラウマがフラッシュバックする。

 

 昔と比べたらかなりマシにはなった。それでも気構えをしていない時に不意を突かれるような形で裸体を見られると、どうしても体が竦んで吐き気を催してしまう。視界にだんだんと靄がかかり始め、めまいがする。責めたてるように頭痛を脳が訴え、ついにはいもしない親だったものたちの暴言までもが幻聴として聞こえ始めた。

 

「あなたたち! なにをしているの!」

 

 鋭く一喝する声。それが意識の遠のきかけていた私を繋ぎとめる。

 

「さ、サーシャちゃん。これは……」

 

「まったく、もう……」

 

 ポクルイーシキンさんが割って入ると私の肩にそっとシャツをかける。気づかれないうちに急いで体の震えを押さえ込みにかかった。時間はあまりない。とにかく気取られるまえに。

 

 そこから後はなにがあったか曖昧だ。ただポクルイーシキンさんと少し言葉を交わして、それからクルピンスキーさんとエイラが連れて行かれたことだけは認識している。

 

 そのくらいに私は動揺していた。

 

 そして気づけばいつのまにか服は着替え終わり、どこも目指していないにも関わらず廊下をふらふらと歩く。

 

「あれ、サーニャさん?」

 

「雁淵さん……」

 

 声も弱弱しくサーニャの名を呼んだ方へ振り向く。

 

「どうかしたんですか? あんまり元気そうじゃないですけど……」

 

「ううん、大丈夫よ。少しよくない夢を見ただけ」

 

「夢、ですか……」

 

 うーん、と雁淵さんが頭を傾ける。なんとなく小動物のようだな、と私は遠くでぼんやりと思った。

 

「えっと、悪い夢の対処方法、悪い夢の対処方法……」

 

「そんなにがんばらなくても大丈夫よ」

 

「がんばりますよ! だってサーニャさん、あんまり調子よくなさそうですもん!」

 

「心配しないで。大したことじゃないから」

 

「心配しますっ!」

 

 ずいっと雁淵さんが私の側に寄った。あまりのいきおいに私が一歩ぶん後退する。

 

「サーニャさんは同じウィッチで、同じ仲間なんです! 大切に決まってるじゃないですか!」

 

 両手をぎゅっとにぎって雁淵さんが私の目を覗き込む。同時に私も雁淵さんの目が見えた。

 

 あれは嘘をついているような目じゃない。嘘にまみれた親の目を見たことがある私だからこそ、断言できた。

 

「とにかく休んでいてください! 体調がよくないときは休まなきゃ!」

 

 ぐいぐいと私の背中を押して雁淵さんが部屋の前まで連れて行く。さっきのショックが抜け切っていない私は抵抗する力もあるわけがなく、為されるがまま。

 

「なにかあったらなんでも言ってくださいね! 私にできることなら何でもしますから!」

 

 雁淵さんが力いっぱい笑う。それはまだ新米ウィッチだとは思えないくらい頼もしくて、そして眩しい笑顔だった。

 

「寝ていてください。ちゃんと私が伝えておきますから」

 

 部屋へ押し込まれるような形で入れられると雁淵さんがちょっと胸を張る。それは小さな体に似使わないほど大きくて、年下だとは思えないくらいだ。

 

「そう、しようかしら」

 

「そうしてください!」

 

 私は卑怯者だ。私のことを気遣って、笑って立ち去る雁淵さんにすら本当のことを言わないのだから。

 

 なにも私は雁淵さんにあげられていない。それなのに彼女は私に厚意を向けてくれる。

 

 これを卑怯と言わなくてなんと言えばいいのだろう。

 

 だから私は醜い。卑怯だと理解しているのにも関わらず。

 

 また私は繰り返している。

 




あけましておめでとうございます。

思っていたより早く更新できました。もっと後になるだろうと思っていたんですけどね。

まあ不定期更新は変わらないので、次が一ヵ月後とか平然とやりかねません。それだけはどうかご了承ください。

ブレイブウィッチーズ編もそろそろ幕ですかねえ。ここから後はサーニャの登場シーン減りますし、最終決戦もちょっとサーニャ視点だと描き辛いですし。短かったなあ、ひかりちゃんの登場シーン……もうちょい書いてあげたかった……ブレイブ組もあんまり書けてないですし。

ごめんよ、ブレイブウィッチーズ……

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