魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第08話 『sham battle』

 高町クロノは自室で一人、S2Uの所々痛んでしまった部品を交換していた。なんせもう十何年も自分を見守り続けてくれてきた相棒だ。部品の手入れを怠ればすぐにガタが来てしまう。また、このS2Uは母から貰った大切な宝であり、ただ歌を流すためだけに作られた機械でしかなかった。それを若い頃の自分が無理矢理法術杖として改造してしまったので、当然使用するごとに各部位に多大な負担を掛けてしまう。特に最近は戦いに明け暮れている状態なので、S2Uにも連続してかなりの負担を掛けてしまっているのが現状だ。

 

 「君にも辛い思いをさせているね………」

 

 申し訳ない気持ちで一杯になる。だがあと少し待ってくれれば、ジェイルに頼んだ強化パーツが揃う。それさえ組み込んでしまえばS2Uに掛かる負担もだいぶ楽になるはずだ。レイジングハートに頼るまでもない。

 

 「―――――――」

 

 クロノは壁に取り付けられている時計にちらりと目をやり、もうこんな時間かと呟いて席を立つ。

 実戦経験の少ないクロノはナンバーズ、新型ガジェットとの模擬戦を一日に最低一回はこなさなければならない。これがまたハードなのだ。転移魔法が使用禁止な上にナンバーズは全くと言っていいほど容赦をしてくれない。殺気全開の本気で襲ってくる。………特にチンク。

 

 

 特殊な材質で壁や床をコーティングされた訓練室にクロノは警戒しながら入室する。東京ドームにも匹敵するやもしれない広さを誇る室内には、障害物らしきものが何一つもない。

 

 「S2U」

 

 カード状の待機形態になっていたS2Uを杖に変換する。

 

 “約束された開始時間は、あと一分ほどで満たされる”

 

 訓練開始の時間が訪れれば、間違いなく襲ってくる。何処から襲われるかは未然に知らされていない。完璧な奇襲から始まる。正々堂々真正面から襲い掛かってくるなんて甘いことは、まず無い。

 クロノは訓練室の中心に陣を取り、神経を最大限に尖らせる。

 腕時計の針が動く小さな音がハッキリと耳の中に入ってくるほどの静寂が周りを包んでいる。せっかく潤した喉がもうカラカラになってしまった。

 

 ―――――カチ

 

 あと三秒。

 S2Uを握る手から汗が滲み出る。

 

 ―――――カチ

 

 あと二秒。

 魔力回路が全て開かれる。

 

 ―――――カチ

 

 あと一秒。

 さぁ、準備は万全だ。

 

 「…………ッ!!」

 

 開始が告げられるアラームが鳴り響き、それと同時に背後から風の切れる音を認識した。この風を切る音は、ナイフだ。それも小型の。数は16本。恐らく、いや絶対にチンクによる攻撃だ。半端ではない殺意が感じられる上に初撃から手加減の欠片も見当たらない。武器もナイフということから容易に断言できてしまう。

 

 音から伝わる空気抵抗を読み取りナイフの形状を把握。物質量、構造と飛行スピード、飛来するナイフの情報を瞬く間に全て理解した。

 クロノはナイフが飛んでくるルートを予測し瞬時に右腕を動かす。ただ自分は頭の中でイメージされる最も理に叶った動作を真似るだけでいい。それだけで、自分の元に飛来するナイフ群を対処することができる。別段難しいことではない。

 クロノは冷静に16個もの魔弾を生成し、鋭利なナイフ群に向かって寸分違わず放ち撃ち落とす。

 ――――あのナイフは危険だ。なんせチンクの意のままに爆破させることができるのだから。魔法障壁で防御すること自体はできるが、その瞬間ナイフは爆発し、自分の視界を遮る、さらには小さいながらも隙を作るなどの効果を発揮する。下手に直撃し、肉体に突き刺さったままの状態で爆破されたら肉片が飛び散り大穴が空いてしまう可能性すらある。あまりにも恐ろしすぎる兵装である。

 

 「チィッ」

 

 何処からともなく姿を現したチンクは奇襲の失敗に小さく舌打ちをし、今度は古臭いコートを靡かせてクロノのいる場所まで駆けてきた。その動きは華麗にして俊敏。戦闘に特化された身体だからこそ可能とされる機敏な動きは、まさに戦闘機人の名に恥じないものだ。手に持つ得物は、やはりナイフ。投擲用と比べると一回りほど大きい白兵戦用のナイフを煌めかせる。

 

 「今回の相手はチンクか。お手柔らかに頼むよ」

 「断固として断る。日頃貴様の嫁に振り回されている私の苦労、今日こそ清算させてもらう!」

 

 容赦なく叩き込まれようとする斬撃をクロノはS2Uを巧みに操り、ナイフの殺傷範囲内まで入らせまいとする。やはり体格、武器のリーチからしてクロノに幾分の理があり、懐まで潜ることを許さない。チンクとて戦闘機人の身体故に斬撃自体には重さがあるのだが、それ以上に魔力強化されたクロノの膂力の方が上回っているので力押しも望めない。いや、スペックの差以前に技量の差が大きすぎる。

 

 “やはりコイツ何かしらの武術を………!!”

 

 チンクはこの数度目の模擬戦で確信した。この男の隙のない動きは実戦を想定して編み出されたものだ。決して開発技師なんぞの非戦闘員がしていい動きではない。何がインテリだ。何が開発技師であって戦闘者ではないだ。こんな出鱈目な戦闘技術を有していて、よくそんなことを言えたものである。

 

 「ク、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 小回りの利く小柄な身体と戦闘機人の身体能力を最大限にまで引き出してクロノを攻め立てる。隙が無いのなら作ればいい。スペックや技術で劣るのなら戦闘経験で埋めればいい。どれだけ強かろうと彼は前まで飲食店を経営していた唯の人間に過ぎなかった。いい加減年期の違いというものを教えてやらねば戦闘機人として立場が無いのだ。連続して敗北するなど論外である。

 

 「―――くッ」

 

 チンクの気迫と百を超える刺突にクロノは後退を余儀なくする。

 

 「逃がすかぁ!」

 

 チンクはバックステップで後退するクロノに向けて四本のナイフを投擲する。それに対してクロノは回避が間に合わないと判断して障壁を展開した。ナイフと障壁が接触した直後、それは小さな爆発を生み出した。

 

 「な、なんて無茶なことを!」

 

 爆風を障壁で防ぎながらもクロノは驚愕する。まさかあれだけチンクとクロノの間合いが近い状態でナイフを爆破させるとは思わなかったのだ。チンクとて無傷では済まないだろう。その何が何でも勝ちにいく彼女の只ならぬ執念にクロノは口元を引き攣らせる。どれだけチンクにストレスが溜まっているのかがよく理解できてしまうのだ。そしてそのイライラの全てを自分に向けられているのだから、半端なく怖い。本気で命を狙われている。後からなのはにもう少しチンクに対するスキンシップを緩めてもらおうと心の中で強く決意した。

 

 「………ってアレ?」

 

 煙が止み、視界がハッキリと見えてきたころにはチンクの姿が忽然と消えていた。

 

 「チンクは何処に―――――っ!!」

 

 背後から殺気を受けたクロノは振り返りざまに、右腕だけを使いS2Uを横薙ぎに振るう。しかし、

 

 「気づくのが一足遅かったな」

 

 すでにチンクはクロノの懐に潜り込んでいた。両手で白兵戦用のナイフを握りしめ、身体の脇腹に狙いを定めている。転移を禁じられている今のクロノでは回避は不可能。チンクは勝利を確信した。

 

 「―――――!?」

 

 だが、クロノはにやりと笑みを浮かべたのだ。この絶望的な状況にも関わらずに。

 

 「貴様、いったい………なァ!?」

 

 彼の左手にはいつの間にか赤い宝玉レイジングハートが握られていた。クロノがレイジングハートの名を詠唱した瞬間、チンクが握っていたナイフが忽然と姿を消した。得物が紛失したチンクは急いでクロノから距離を取る。

 

 「クソッ、忘れていたな」

 

 概念を司る武装。祈願実現型“レイジングハート”。あらゆる願望を叶える兵器であり、使い手が高町なのはであれば死人をも蘇らせることができる底の知れない代物だ。

 

 「仕切り直しか。………今更だが卑怯極まりないぞソレ」

 「そうでもないさ。同調率が不安定な僕がレイジングハートを使えるのは一日に一回が限度。しかも叶えられる願望も、転移などの小さいものに制限されている」

 

 クロノは困った顔をして使用制限を迎えたレイジングハートをポケットの中にしまった。

 

 「それでも十分厄介だがな。では、気を取り直して続きといこうか」

 「………もうこの辺で中断しないか?」

 「ふざけるな。やっとギアが温まってきたというのに中断して堪るものか。さぁ、構えろ。でなければハリネズミのようになるぞ」

 

 チンクの背後からは優に1000は超えるナイフが出現した。今にも飛んできそうな雰囲気である。それにクロノは応戦する構えを取る。

 

 「分かった。僕も全力で迎え撃つよ」

 

 クロノの背後にも蒼い魔力で形作られた西洋剣が具現化される。あれはスティンガーブレイド・エクスキューションシフトと呼ばれる広域殲滅魔法だ。この世界の『クロノ・ハラオウン』も得意とする攻撃魔法の一つ。違いは魔方陣がミッドチルダ式のものではないということぐらいであり、チンクのナイフと同じで爆破することも可能である。

 

 「では――――行くぞ!!」

 

 チンクの宣言と共に整列していたナイフ群が勢いよくクロノに向けて掃射された。クロノのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトも同時に放たれる。実体刃と魔力刃がぶつかり合い、爆破し合う。

 

 「「ハァ―――――!!」」

 

 その連続して爆発している中に二人は迷いなく飛び込んだ。チンクの手には新たに新調したダガーが握られ、クロノもS2Uから二刀のスティンガーブレイドに換装している。爆炎と爆風で視界を遮っているというのに二人は何不自由なく剣戟を繰り広げる。

 戦闘機人のチンクはどんなに視界が悪くても関係なく見通すことができる。人間のクロノは強化された眼で迫りくる刃の光に応じ、あたかも見えているように対処している。もはや人外の戦闘だ。

 辺りを立ち込めていた粉塵はチンクとクロノの剣風によって吹き飛ばされ、頑丈に作られている筈の床に亀裂が入る。

 

 「チェーンバインド」

 

 バックステップをとり一度間合いを取ったクロノは捕縛魔法を発動した。地面に巨大な魔方陣が描かれ、その中から無数の魔力で創られた鎖が出現する。ジャラジャラと音を発て、犇めき合いながらチンクを捕まえんと殺到する。

 

 「また規格外なことを………!」

 

 愚痴を吐きながらも押し寄せる鎖に捕まらないよう紙一重で躱していく。少しでも動きを止めてしまったら間違いなく雁字搦めにされてしまうだろう。しかし、数が異常だ。一人が生成していいレベルの物量ではない。十人いてもここまでの量を作る出すのは不可能だ。

 

 「逃がしはしないよ」

 

 クロノはさらに十数もの魔方陣を空中、壁、天井にそれぞれ設置する。流石にチンクは唖然とするしかなかった。いや、あまりにも出鱈目過ぎて文句も言えなかったのだ。この男、一日一日過ぎていくごとに力を増してきている。

 ――――いや、戦闘者としての感が違うと叫ぶ。あの男は決して強くなっているんじゃあない。一般人として長年生活し、鈍っていた法術師としての能力が元来のものに戻ってきているのだと訴えている。

 

 「少し窮屈な気分にさせるけど、これが一番効率よく君を倒せる手段なんだ。悪く思わないでくれ。じゃあ、チェーンバインド増量だ」

 

 広大なドームにも匹敵する訓練室はクロノが生成したチェーンバインドで覆い尽くされてしまった。

 

 「どんなに絶望的な状況であろうとも『参った』だけは言わん。

 こうなれば私も残りのナイフを全て使い切ろう。これが、今回行われた訓練の最後の攻防だ」

 

 こんな大技を出されれば自分もそれ相応の技で応じなければならない。最初に迫ってきていた鎖を躱し切り、動きを止めたチンクは自身の全周囲に万はくだらないほどのナイフを総動員する。もう仕切り直しはない。

 

 「「―――行け」」

 

 再度にして最後の攻撃が行われた。その壮絶さは、凄まじいの一言に限るだろう。当然、その激戦は訓練室に取り付けられていた監視カメラによりバッチリ視られていた。

 

 

 

 

 「ク、ククッ。彼は本当に優秀だなぁ」

 

 ジェイルは満足気な表情をしてクロノとチンクの激戦を鑑賞していた。あの底知れない強さは感激せずにはいられない。愉悦に浸っても致し方ないというものだ。チンクの成長にも目を見張る。昔はあれほどナイフを巧みに使いこなすことはできなかった。

 

 「チンクもだいぶ成長していますね。いえ、現在稼働しているナンバーズ全員が彼らの影響を受け、大幅に成長している。それもとてつもないスピードで」

 

 同じくモニターを鑑賞していたウーノは嬉々した声で言う。それにジェイルも大きく頷いた。

 

 「良くも悪くも高町夫婦は身の回りの者にかなりの影響を与えている。おかげでナンバーズは素晴らしい成長速度を魅せてくれているのだから嬉しいものだ」

 

 特にウーノとチンクは高町夫婦との交流を経てより感情を盛んにし、より精神の層を深めていっている。それは喜ぶべきことだ。人としての我を持つということは新たな成長が期待できる。

 

 「………ところでドクター。彼からレイジングハートを押収しなくてもいいのですか? アレが高町なのはの元に渡れば、いくらロストロギアで作られた首輪でも解除される危険性があります」

 「それについては既に手を打っているよ。彼のレイジングハートは戦闘時以外 私が預かっている。アレを100%使いこなせるなのは君の手には絶対に渡らない」

 

 優雅に紅茶を啜るジェイルは余裕に満ちていた。

 

 「しかし、彼がこのまま私の傀儡に為り下がり続けるというのはどうも考えづらい。いつか必ず、イレギュラーな事態を起こすだろう」

 「そこまで見通していながら………何か処置を施すべきでは?」

 「必要ない。どれだけ枷を増したところで、意味はないだろうさ」

 

 ジェイルは理解している。いくら枷を取り付けようとも、自分では高町クロノを完全に御しきれないということを。また彼が近い将来自分に牙を剥けるだろうということも。

 

 ―――だが、それもまた『良し』だ。

 

 「高町クロノ。君がこの先どのような行動を起こし、あと何回私を驚かしてくれるのだろうか。私はただ楽しみで楽しみで仕方がないのだよ」

 

 好奇心に満ち溢れた言葉を最後に、ジェイルはモニターを切った。

 

 


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