魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第05話 『return』

 妻と同じ顔をした女性、この世界の高町なのはの放った魔法は……眩しかった。それはまさしくあらゆる障害を打ち破る情熱を込められた究極の一撃。何者にも屈しない心象の現れ。溢れんばかりの才気、魔力収束のレアスキル、レイジングハートの常軌を逸した演算処理能力、そしてその強大な大砲の引き金を引く本人の『覚悟』。それらの全てが重なり、合わせれなければこれほどの魔法は放てはしない。これでリミッターを取り付けられているのだから恐ろしいものだ。

 桜の色をした熱線は一直線にクロノの元へと駆けてくる。防御不可避の一撃だ。直撃すれば間違いなく墜ちるだろう。だが此方とて墜ちるわけにはいかない。墜ちるわけにはいかないんだ………!!

 

 「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 クロノは叫ぶ。全身全霊を賭けてこの場を乗り切らんがために。当然だ。高町クロノは、こんなところで墜ちるわけにはいかない。敗北するわけにはいかない。捕まるわけにはいかない。

 妻と約束したのだ。――――必ず帰ると。

 故に高町クロノは負けないために使える物はとことん利用する。例えそれが大きなリスクを負うことになろうとも、今ここで助かれるのなら喜んで引き受けよう。

 

 『―――――――』

 

 イデアシードの莫大な魔力を注ぎ込まれ、息を吹き返した此方の世界のレイジングハート。このレイジングハートはこの世界のレイジングハートとは違い変形もしなければ喋りもしない。当たり前だが砲撃も撃てない。だが、所有者の『願いを叶える』という恐ろしい概念が秘められている。

 クロノが心の底からレイジングハートに願った願望。それは『妻、高町なのはの元に帰る』というもの。嘘偽りのない純粋な願いであり、クロノが心の底から望む願望である。その願いを聞き入れたレイジングハートは荒れ狂うほどの魔力を発散させ始める。紅く、小さな球体から放たれる光がクロノを覆い包み、この場から消失した。

 

 

 ◆

 

 

 なのはは一部始終その小さな眼に納めていた。彼の死闘を。クロノの苦痛を。夫の決断を。

 ヒドゥンを打ち倒すために全て使い切ったと思われたクロノの所有物イデアシード。もう永遠に見ぬことはないと思っていた神秘の輝き。幾つかの記憶と引き換えに多大な魔力を生成する魔道具が今、モニターをも覆い尽くす光を発している。

 

 「ハハ、ハハハハハ!! 君は、君はどこまで私を驚かせてくれるんだッ!!!」

 

 同じくモニターを見ていたジェイルは高笑いを室内に響かせる。彼にとって今回はレリックの強奪など眼中になかった。ジェイルが最も知りたがっていたのは高町クロノの全力だ。

 彼はどれだけの力を持っているのか。隠された奥の手は存在するのか。ジェイルはクロノについて高い興味を持っていた。

 いくらクロノが優れていようと一個師団レベルの規模を持つ精鋭小隊を一人で相手取ることは、現実的に考えてまず不可能だ。どれだけ力を持っていようと質と量の合わさった機動六課に単騎でどうにかできるわけがない。それを承知でジェイルは向かわせた。だからこそ、高町クロノは自身のピンチが差し迫った時に、イレギュラーな行動を起こす。そうジェイルは予想していたのだ。

 結果は言うまでもない。ジェイルの予測通りに事は起こった。決して使わないであろうイデアシードをクロノは使用してしまったのである。

 

 「―――――っ」

 

 なのはは胸が苦しくなり、罪悪感の炎に身を焼かれそうになる。

 夫が追い込まれたのは自分のせいだ。クロノをあそこまで追い詰めたのは他ならぬ自分なのだ。これほど自身の非力さを恨んだことはない。

 そもそもクロノ一人なら彼らの傀儡になることなど決してなかった。彼ならば幾らでも逃げる算段を立てれただろう。それを「高町なのは」という存在が重しとなり、枷となり、身動きを封じさせている。自分の首に巻かれた爆弾がある限り、クロノはジェイルに従い続けるだろう。そして、精神も、肉体も徐々に傷ついていく。

 

 「クロノ……くん………」

 

 気付けば自分の視界が(いびつ)に歪んでいた。よく分からない高そうな機械類も、狂気的に笑い続けるジェイルの顔も、モニターに映し出される映像さえも。暫くしてそれは涙なのだとなのはは自覚した。

 

 「お願い………帰って…きて…………!」

 

 桜色の閃光と蒼い光が入り混じるモニターの先にいるクロノに向かって祈りを捧げる。

 

 どうか、どうか無事自分の元に帰ってきてほしい。自分勝手で、強欲で、足手まといで、この世界の『高町なのは』のように強くも何ともない弱い女だけれど………また貴方の笑顔を自分に見せて欲しい。貴方の声を聞かせて欲しい。

 

 ―――ピキィッ―――

 

 なのはの祈りに応じるように、彼女の眼前の空間に亀裂が入った。そこから満身創痍のクロノが、力なく這い出てきた。既にバリジャケットは強制解除され、長髪を括っていた紐は途切れ、髪を解かれている。

 

 「―――あ」

 

 呆けた頭を覚醒させる。彼女はすぐに空間の亀裂まで駆けより、白い手でクロノを優しく受け止めた。

 息こそ乱れているものの、意識は確かに保たれている。

 クロノは朦朧とした瞳でなのはを見る。そして、かすれた声で彼はこう言った。狂おしいほどの情愛を籠めて。

 

 「………ただ…い…ま……なの、は」

 

 声が小さくとも、なのはの耳はしっかりとその言葉を捉えた。それに彼女は涙し、万感の思いを込めて言葉を返す。狂おしいほどの愛情を籠めて。

 

 「おかえり………クロノくん…………!!」

 

 無事帰ってきた夫を、妻は泣きながら優しく包む。そして夫婦は力強くお互いを抱きしめ合った。

 

 

 ◆

 

 

 「ふぅーむ。実に仲睦まじいようで結構なことだ。良い目の保養になったよ。ところでほら、これはガジェットに録画しておいた先ほどの感動的再会映像だ。どうだね。いるかね?」

 「ちょ、訴えますよジェイルさん―――でも、まぁ…一応………受け取っておきます」

 「ククッ、素直でよろしい」

 

 あれから医務室に運ばれたクロノはジェイルと一対一で話をしていた。無論、高町なのはをクロノから引き離すのにかなりの時間と労力を使ったのは言うまでもないだろう。

 現在説得されたなのはは晩御飯の用意をするために、厨房でナンバーズの長女ウーノと共に料理を作っている。今医務室にいる人間はジェイルとクロノの二人だけだ。

 ジェイルの診査を受けたクロノだが、さほど大きな外傷は見受けられず、重度なストレスによる疲労だけが目立つと診断された。よほど機動六課との戦闘が堪えたのだろう。まぁ、親しい者と同じ顔を持った人間と戦うというのは精神的によろしくはないのは当然だ。あれほど彼らのことを赤の他人赤の他人と言っていてたが、案の定唯の強がりだったと言うことだ。だからといってジェイルが罪悪感を感じ、クロノを利用することを断念するわけはないのだが。

 

 「今回レリックを奪取し損ねたことは不問としよう。むしろ機動六課の二強を同時に相手をしてよく帰ってこれたと褒めるべきだな。

  ―――では君に幾つか聞きたいことがあるのだが、聞いても構わんね?」

 「どうせ拒否権はないのでしょう」

 「もちろんだとも」

 

 清清しい顔で言うジェイルを見てクロノは溜息を吐いた。

 

 「まずイデアシードという魔道具についてから聞かせてもらおうか。

  さぁ、正直に言いたまえ。アレは君のいう単なる魔力増幅器なんかではないだろう。アレは明らかにその域を逸脱している」

 

 クロノが所有していた宝石イデアシード。当初クロノからは単なる魔力増幅器だと説明を受けていたが、まずそれはあり得ないと今なら断言できる。

 モニター越しで視たあの馬鹿げた魔力の奔流は増幅だとか、増強だとか、そんなレベルの話ではない。

 クロノの魔力量は高町なのはと同等程度であり潜在能力も図抜けているが、それを踏まえてもあの魔力上昇率は異常の一言だ。

 アレが単純な魔力増幅器として済ませれる代物ではないのはもはや明白。

 

 「君はイデアシードに『僕の記憶を喰え』と言っていたね。それは、つまり」

 「記憶を糧にして高密度な魔力を生成する魔道具……貴方の思っている通りの代物ですよ」

 「悪趣味な。否、恐ろしい宝石だな。君が幼いころの記憶が一部欠如しているのもイデアシードが原因かね?」

 「ええ。とある災害を食い止めようとする際に多用しまして。その無茶をしていた頃に幾つかの記憶を喰われました」

 「大きな力はそれ相応の対価が必要となる。それ即ち等価交換。どの世界でもこの法則は絶対のようだ」

 

 ジェイルは考え込む。アレがそれほど危険な代物ならそう易々とクロノに使わせるわけにはいかない。彼の頭脳は悔しいことに自分を遥かに凌駕している。幼いころ、9歳くらいの頃から既に大魔導師プレシアと比類するほどの科学技術を所有していた可能性すらあるのだ。そんな科学者の記憶を削り取るのは本意ではない。勿体ないにも程がある。

 

 「イデアシードの使用は極力控えるように」

 「当然です。コレを連発して使ったら確実に、廃人になります。今回の使用で習得していた法術の幾つかが消え去りました。今度は何を喰われるか分かったものではありません」

 

 クロノの告白にジェイルは眩暈を覚えた。

 法術とは魔法とまた異なる技術。自分の知らない法則で運用される平行世界の技術だ。未だその全容をジェイルは知り得ていない。

 それなのに、何個かは知らないが確実にその貴重な技術がこの世から抹消された。忘れたのなら引っ叩いてでも思い出させるが、消えたとなるとどうしようもない。貴重な研究資料が闇の中に消えたのと同義である。

 そしてジェイルは改めて思う。クロノに無茶な任務を押し付けるのではなかった、と。クロノのスペックを再確認するために実戦で追い詰められるよう仕向けたが、こんな結果になるのならもう少しうまく立ち回るよう努力するべきだった。そう、例えばナンバーズと模擬戦をさせるとか。

 しかし、こう終わったことを悶々と悩んでいても仕方がない。何か良い発展に繋がるわけではないのだ。ジェイルは気分を落ち着かせて次の質問に移る。

 

 「では、二つ目の質問だ。君はイデアシードと異なる宝石を所有し扱っていたね。アレを君は『レイジングハート』と叫び、呼んでいたのはモニター越しで確認済みだ。問題なのは、君の世界のレイジングハートの異様な能力。空間転移したようだが、私の観測機では空間の歪みを探知できなかった。何か秘密があるのだろう。是非その詳細を聞きたい」

 

 ジェイルの言葉に、クロノは諦めるようにポケットからレイジングハートを取り出した。

 流石は高町クロノ。自身が立たされている立場というものを良く理解している。実に賢明な判断だ。

 ここで嘘偽りを吐けば立場が一向に悪くなる。黙秘しても同じこと。唯でさえなのはという最愛の人物を人質に捕られているのだ。無駄な抵抗は諦めた方が賢いというものだろう。

 

 「これは、祈願実現型と呼ばれるものです。使用者のイメージ通りに姿形を変え、魔力を保有する者に魔法を扱えるようにする端末。なのはが幼いころ、このレイジングハートを使用し魔法を行使していました」

 「祈願実現型……つまり、祈り願うものを実現させる魔法の杖といったところかね?」

 「ええ」

 「だが何もかも叶えられると言うわけではあるまい。必ず制限が存在するはずだ」

 「もちろんです。このレイジングハートは使用者の魔力量と同調率によって叶えられる願いの限度が左右されます。僕は……まだ相性は良い方でしょう。ですが、なのはには及ばない。彼女なら理論上可能とされながらも誰一人として成功したことがない『死者の復活』さえも可能とするのやもしれません。それだけ彼女はレイジングハートと相性がいい。僕の同調率が70だとすれば、なのはは100でしょうね」

 「――――――――――――」

 

 もはや、言葉を発することは出来なかった。驚愕するしかなかった。それほど、クロノの発言の意味には重みがあった。

 死者の蘇生。それは今の魔法技術を持ってしても不可能と言われる、未だ人類が踏み入ったことのない神代の領域だ。挑戦した者の星の数ほどいたが、今ではもはや実現不可能と大方の人間が諦め挫折している。仮死状態の人間を生き返らせるのがせいぜいと言ったところだろう。

 かつての友人プレシア・テスタロッサは死んだ愛娘をクローンとして生き返らせようと持てる力を惜しみなく使い努力した。死んだ人間を生き返らせることができないのであれば、別のカタチで生き返らせようとしたのだ。それはつまり、彼の大魔導師でも純粋な蘇生は不可能だと弁えていたということ。だが、それも失敗に終わった。彼女の努力と渇望を嘲るが如く、プレシアの望む実の娘アリシアではなくフェイトという別の『人間』が誕生した。記憶の引き継ぎにどうしても問題が発生するのだ。利口なプレシアはフェイトの誕生によって、自分の力では完全な死者蘇生は不可能であると悟った。故に、彼女はアルハザードの古代技術に希望を託し縋ったのだ。あの伝説とまで言われた技術なら、神代の技術と同程度のものがあると信じて。

 クロノが持つレイジングハートはまさに、その神代の技術を振るうことのできる代物だ。使い手によっては死者蘇生すらも可能とするなど出鱈目にもほどがある。

 

 「……聞きたかったことは全て聞いたよ。ひとまず、君には十分な休息を取らそう。次の『出番』に備えてね」

 

 ジェイルの言葉にクロノは陰鬱な顔を隠さず、小さく頷いた。

 




・実はレイジングハート(祈願実現型)でなくても『法術』の技術を要すれば死者の蘇生は理論上可能と言われています。もちろん、等価交換の原則で対価は計り知れず、誰一人として成功した例がないとか。それはクロノ・ハーヴェイとて例外ではないです。

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