ロストロギアとは古代文明の遺産。現代の科学技術を遥かに超えるオーバーテクノロジーの塊。つまりはオーパーツ。大量破壊を目的とする戦略兵器からあらゆる傷を癒す万能の治療薬など、その種類は千差万別であり、正しい使い方をすれば多くの人々の支えとなるものにも為る。一歩間違えれば世界一つを滅ぼしかねない危険なものでもあるのだ。
ジェイル・スカリエッティが欲しているのは、その超がつくほどの危険性があるロストロギアだ。それも時空管理局が第一級封印指定物と定められている代物。
“『レリック』――――高密度なエネルギーを内包した結晶体で、外部から強い衝撃を受ければ大爆発を起こす危険物、か”
それほどの危険性があるのなら、確かに第一級封印指定物と定められてもおかしくない。それも単一つではなく、何十もの同型が存在するらしい。それをクロノは管理局、さらに言えば古代遺物管理部 機動六課よりはやく回収することを命令づけられている。
“僕は機動六課との戦闘は避けて通れないんだな”
もうこれは運が無かったと諦めるしかない。それに嫌だと断ればなのはの命は消える。最初からクロノに拒否権はないのだ。
「あれが、レリックが積まれている貨物列車」
クロノの魔力強化された裸眼に映るのは一本の列車。レリックが詰み込まれているという輸送貨物列車だ。
既に先行して捕獲に向かったジェイルの機械兵ガジェットドローンが襲撃している。コントロールも制御下に置いているようだ。原則速度を大きく振り切ってあり得ないスピードで走行している。
「―――来た」
その暴走中の貨物列車へと近づく強大な魔力反応をクロノは感じ取った。
そしてほんの刹那、一本の桜色をした魔力光が貨物列車の上空に展開していたガジェットを薙いだ。魔力を半減させるAMFを搭載されているはずのガジェットを一撃のうちで何割か削らされた。ガジェットは爆発することも許されず、塵も残さず消滅したのだ。理不尽と思えるほどの、圧倒的火力。
「さっそくこの世界のなのはの登場か」
魔力の波長から、データに掲載されていた高町なのはの魔力と合致。まるで此方の“なのは”と戦闘能力が真逆である。そのほかにもガジェットを撃墜する魔導師が数名。……一個小隊丸々連れてきたのか。ガジェットは戦力として宛てにするなとジェイルから忠告を受けているし、あの人数全員を相手しなくてはならないと思うと本当に骨が折れる。
「………はぁ」
クロノ・ハーヴェイと名乗っていた頃の自分は決して純粋な戦闘者ではなかった。開発技師長の位に座っていた科学者の一人に過ぎなかった。戦闘自体もあまり好きではない。だが、高町家には異常なほどの戦闘能力を持つ人間は山ほどいた。おかげで、同じ屋根の下で過ごすようになったクロノも自然とその高町家の武術を見て経験し、身につけていった。好んで習得したわけではないが、自然と身についてしまったのだ。その技術を使う日がこようとは思いたくも無かったが……こうなってしまったら仕方がない。
「S2U:起動」
『OK.master.』
この世界の技術を用いて戦闘に特化させたS2Uを起動させる。
「気分はどうだい?」
『highest.』
「それは良かった」
自作の人工AIを組み込まれたS2Uはかなり気分が良いようだ。魔力伝達路は平常に稼働し、魔法術式・法術式もタイムラグ無しで発動できる。あとは術者本人の力量に全てが掛かっている。
「彼女達が到着してもうガジェットの大半が破壊されちゃったか。……召喚師もいるようだね。小型の竜種も確認できた。――――覚悟はいいかいS2U。ヒドゥン以来の大仕事だ」
『Yes.master.』
S2Uの返事を受けると同時に、クロノは転移魔法を行使した。
◆
「一閃――――必中………!!」
貨物列車の甲板で、赤髪の少年エリオ・モンディアルは巨槍ストラーダをガジェットの中核を抉るように貫く。だがガジェットは動きを止めない。丸い球体のボディから幾つものコードを展開し、エリオ目掛けて襲い掛かる。
「で、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
エリオは回避することを選択せず、そのまま突き刺さった槍を力の限り振り上げる。
メキメキと歪な音を発てて真っ二つに割かれたガジェットは、エリオにコードを届かせることなく爆散した。
「……はぁ……はぁ………」
初の実戦任務にエリオは膝をつく。これが、実戦の空気。これが、命を賭した戦い。手に浮き出た脂汗を直に感じる。
先ほどのガジェットはAMFが非情に強い個体だった。仲間のキャロの強化魔法を掛けられていなかったら負けていた。
「やったねエリオくん!」
白い法衣を着用している少女、キャロ・ル・ルシエは使役竜フリードリヒの背中に跨りながら、自分の元に近づいてきた。
「ありがとう。あのガジェットを倒せたのはキャロのおかげだ。僕だけの力じゃない。だから、二人で……撃破したんだ」
「―――うん!!」
2人は笑顔を見せあう。貨物列車の動きも止まった。空のガジェットも自分達の隊長が全て破壊した。これで、初任務は無事成功という形で終わりを告げたのだ。そんな達成感に浸っているエリオに、急にキャロが顔色を変えて叫んだ。
「エリオくんうしろ!!」
「え――――ゴッ!?」
エリオが後ろに振り向こうとした時、首筋に一筋の閃光が走った。何が起こったのか解らない。
ただ、キャロの叫び声とフリードリヒに雄叫びだけが耳に入った。
◆
キャロは言葉を失う。
突然エリオの背後に現れた長身体躯の男。顔は黒いフードを被っているせいで目視できない。
その男はエリオの細い首に手刀を一撃喰らわさせた。
エリオは反撃することもできず膝をつき、倒れ伏す。この時キャロは軽くパニック状態に陥った。
「エ、エリ――――」
キャロは最後まで彼の名を呼ぶことができなかった。彼女はフリードリヒと共にバインドを体中に巻きつけられ、そのまま身動きを完全に封じられる。そして、フードを被った男が自分の元に近づいてくる。あまりの恐怖に声がでない。不安のあまりにか細い心が押し潰されそうになる。
「……ごめんね。少しの間、眠っていて」
その言葉を発せられた直後に、急激に眠気がキャロを襲った。フリードリヒは抗うことも出来ずに眠りに入ってしまった。
“そ…んな……バリア…ジャケッ…ト………越しで…………”
これは、催眠の魔法術式。本来ならば質量兵器を装備している非魔導師に扱う術式だ。バリアジャケットの防護壁をもつ魔導師には効果の無い筈の魔法。
だというのに、フード男が発動している睡眠の魔法術式は防護壁をすり抜け、キャロに直接効果を発揮させている。
「対魔導師用に僕が改良した睡眠術式だよ。一時間ほどしたら目が覚める」
「エ、リオ…くん……には、手を出さない……で………」
「君は良い子だ。大丈夫、本当に少しの間眠ってもらうだけだから。他に何もしない。君にも、エリオ君にも」
その言葉に安心して、キャロはゆっくりと瞼を閉じた。
鎮圧を確認したフードの男、高町クロノは一息つく。子供が相手だとやり辛いことこの上無いのだ。まぁ、子供でなくともやり辛いのだが。
「子供2人と竜種一匹。残るは――――、っと」
何かに気付いたクロノは身を屈める。するとその先ほどまで男の頭があった場所に何かが横切って行った。―――その正体は魔力の塊で形成された魔弾だ。魔弾の軌跡を追うと、そこにはツインテールの少女とショートカットのボーイッシュな少女の二人組がクロノを睨んでいた。ボーイッシュな少女の手には大きなケースが抱えられている。
「あの子は城島晶さんのもう一つの可能性、スバル・ナカジマか。やっぱりあの人はどの世界線でも元気そうだね」
小声でクロノは正直な感想を述べる。少し失礼なことを言っていることに、クロノは全く気付いていない。
「そこのフード男! すぐに武装を捨てて、手を上げなさい!!」
ツインテールの少女、ティアナ・ランスターが警告を発する。手には二丁の銃型デバイスが握られており、その銃口はクロノに狙いを定めている。
“スバルさんが持っているのはレリックの入ったケースで間違いないな………よし”
クロノは素直にS2Uを手放し、手を上げる。
ジェイルに与えられた情報によれば彼女達はまだ新米。隙をつくタイミングなど幾らでもある。そう、例えば敵が武装を解いた今この瞬間―――とか。
彼女達はクロノが武装を手放した一瞬、少し顔の筋肉が解れた。その隙を見逃さずクロノは転移魔法を発動する。クロノの演算能力であれば媒体などなくとも一通りの魔法が行使できるのだ。まぁその場合、少しばかり燃費が悪く精度が落ちてしまうのがネックである。
「「………っ!?」」
一瞬にして彼女達の後ろを取ったクロノは両手を使い、二人の首に手刀を見舞う。バリアジャケットによる緊急防御が発動したが、それも無意味。術式を瞬時に解き、防御障壁を破戒できるクロノには関係ない。
―――ストンっ。
ティアナとスバルの首に軽い衝撃を与え、手際よく気絶させる。
前に倒れようとする2人の身体をバインドで括りつけて固定し、スバルが抱えていたレリックのケースと手放したS2Uを自分の手元に転移させる。これで、目的の代物は手に入り、四人の魔導師と一匹の竜の無力化も完了した。
「やっぱりこの子達はまだ若いな。いったいどういうつもりなんだ、時空管理局は。こんな子供を危険な現場に送り込み、戦力の一部として扱うなんてどうかしている」
ティアナやスバルくらいの年齢ならまだ解らないわけではない。ただ、キャロとエリオは幾らなんでも若すぎる。とても死が付き纏うこんな任務に参加させるべきじゃないのは明白だ。例え稀有な才能があろうとも、強大な力があろうとも、まだ歳が二桁にもなっていない子供を戦力として扱うなんてことは許されない。許されていいわけがない。
「君は、納得しているのか――――高町なのは………!!」
怒りを押し殺すように唸り、上空を見上げる。そこには、自分の知る高町なのはと瓜二つの顔を持つ人間が此方にレイジングハートの照準を定めて見下ろしていた。
正直な話、時空管理局の上層部よりも、わずか9歳の子供に開発技師とヒドゥン対策会議議長を任せた原作のミッドチルダの上層部の方が結構危ない気がします。いや、いくらクロノ・ハーヴェイが天才だからといっても9歳の子供に「ヒドゥン止めてきてね」は酷過ぎる。リリなのでいうと単独で次元断層片付けろと言っているようなもんですから無理ゲ―としか言えない。
・追記
機動六課、時空管理局アンチというわけではないので、然るべきフォローは後々行います。少し過剰な描写を書いてしまって申し訳ございません。