魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第28話 『anger』

 ガジェットは無制限にその戦力を拡大し膨大な物量を誇って一人の法術師に殺到する。

 まるで息つく暇も与えぬと、そんな意図すら感じられる圧倒的かつ過激な数の暴力。

 新型のガジェットも、旧型のガジェットも、己に持ち得る武装を何の惜しみもなく開帳していく。そうでもしなければ目の前の男は落とせぬと理解しているが故に。

 しかし法術師、高町クロノはガジェットの攻撃に当たりもしなければ掠りもしない。

 空を縦横無尽に駆け、実弾の弾幕すらもすり抜けてまた一機、更に一機とガジェットを粉砕していく。

 

 「まったく、本当に多いですね………!!」

 

 善戦こそしているものの、クロノの肉体はじわじわと疲労と魔力消費により苛まれていく。

 数は多く、幻影も交じり、ガジェットの物量は天井知らずというレベルにまで到達している。それを相手に奮闘するにしても限界というものがある。いくら魔力量が多く、出鱈目じみた精神力を持っているとしてもクロノは純粋な人間でしかないのだ。戦闘機人やガジェットのように疲れを全く感じないわけではない。

 ―――しかし、それでもクロノはペースを落とさずガジェットを喰い止め続ける。

 高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人に此処は任せろと豪語した手前、男としてそう簡単に根を上げるわけにはいかないのだ。

 

 『巧く持ち堪えろよ、高町クロノ。もう少しの辛抱だ』

 

 時空管理局屈指の狙撃の名手。かつて陸の貴重なエースとしてその名を轟かせた百発百中の猛者、ヴァイス・グランセニックも高町クロノを根気強く最大限にサポートし続ける。

 

 『あと数分もすればはやて部隊長の長距離砲撃が行われる。それまで粘れば俺達の勝ちだ』

 『数分ですか……このペースなら、何とかなりそうですね』

 『ああ。確かにこの数は厄介だが、絶望的と言えるほどのものじゃねぇ』

 

 ヴァイスの言う通り、ガジェット群など所詮数が多いだけの集団。エース級が束になって掛かってくるわけでもないので根気強く相手していればどうにかなる。

 しかしそれはガジェットを送り出した者も想定していた。故に打開策は当然用意している。

 

 「ッ………!!」

 

 クロノは息を呑んだ。

 ガジェットの人工的な瞳の色が深緑から真紅へと変化したのである。

 丸いボディに隠されていたブースターが全て晒され激しく唸る駆動音。

 動き、反応速度共に飛躍的に向上したガジェットは先ほどまで相手していたレベルとは全くの別物である。それはこの状態のガジェット達と以前戦闘したことのあるクロノがよく理解していた。

 

 『どうやら(やっこ)さんは本気になったようだな』

 『そのようですね……あの状態のガジェットは、先ほどのものとはまるでレベルが違う。気を引き締め直さなければ一気に畳み込まれますよ』

 『こっからが正念場ってか―――いいね、やってやろうじゃねぇの』

 

 ヴァイスは多大に強化されたガジェット郡に対して怖じけることも弱音も吐くこともなくキレの増した狙撃を披露する。間違いなくエース級の動きを魅せるガジェットをまるで苦ともしていない。彼にとって枷を外したガジェット群であってもただ動くだけの的にしか為り得ないのか。

 

 『ははっ、やはり貴方という狙撃手が援護してくれていると安心します』

 『お、そうかい? そりゃ嬉しいね。男に褒められて照れるなんて柄じゃねぇが、あの機動六課を翻弄してた男にそう評価されるってのは素直に喜べる。こんなボンクラでもまだまだ捨てたもんじゃないと実感できるってもんだ』

 

 爽快な笑い声が念話によってクロノの脳内に届き、クロノもまた釣られて笑みを浮かべる。

 彼の百発百中の腕前はどのような状況、敵であっても決して弱みは見せずクロノの心強い支援者としてあり続けている。

 これが機動六課……否、時空管理局最高峰の長距離魔導師の実力。その精度たるや戦闘機人をも遥かに上回っているだろう。

 まだ己がやむなく機動六課と敵対していた頃に、彼の銃口が自分に向けられなかったことを幸運に思うクロノであった。

 

 「これは、僕も負けていられませんね………!!」

 

 クロノも生粋の戦闘者では無いとはいえ曲がりなりにも戦場で闘う一人の人間。ヴァイスの支援に甘え続けている場合ではない。エース級にまで厄介さを増したガジェットを彼も負けじと撃破していく。

 本来ならそう易々と破壊できないレベルの代物にまで昇華されたガジェット群だが、それでもまだ彼らを押し潰すには勢いが足りない。あと一歩ほど決め手に欠けているのだ。

 

 故に―――

 

 「っな!?」

 

 ―――ガジェット群の厄介さは更なる高まりを魅せる。

 

 唯でさえエース級の反応速度を魅せていたガジェットの動きがまた飛躍的に向上した。

 急激にガジェットの動きの質が何段階も上がり、その異常な変化に流石のクロノもついていけず虚を突かれ、ガジェットの触手(撓る鞭)によって後方に弾き飛ばされる。

 

 『大丈夫か高町クロノ!』

 『ッ…ええ、なんとか……ギリギリのところで障壁を張れました。大事は…ないです』

 

 クロノはヴァイスの念話に落ち着きのはらった声で応える。そしてガジェットに吹き飛ばされた勢いをなんとか殺し、体勢を立て直して再びS2Uを構えた。

 魔力障壁を張っていなければ肉ごと持っていかれただろう強烈な一撃。実に冷や汗ものではあったが、クロノはそんなことよりも先ほどガジェットが行ってみせた見事な動きに意識を集中させていた。アレはとても自動制御状態のガジェット程度が行えるレベルのものではない。何よりあの動きにはクロノも見覚えがあった。

 

 「ウーノさん……ですか」

 『……よく分かりましたね』

 

 ガジェット群のうちの一体がクロノの問いに答えた。

 

 「気づかないわけがないじゃないですか。あれほどガジェットをより精練に、より鋭く動かせるなど……ナンバーズのなかでも貴女だけだ」

 『―――光栄です』

 

 演算処理能力においてはあのクアットロを凌駕し、実質的に戦闘機人のリーダーを担っているウーノ。ナンバーズの長女である彼女はジェイルの右腕たらんと常日頃から地道な努力を積み重ねてきた努力家であり、自分の妻とも良き友になってくれた女性だ。

 しかし今は戦場で対峙している敵同士でしかない。

 のほほんとした会話などクロノとウーノの間には存在せず、鋭く尖った緊張感のみがその場を支配していた。

 

 『できれば貴方とは戦いたくなかった。それは他のナンバーズも少なからず同じ思いを持っているでしょう……あのクアットロでさえも』

 「それでも敵対するのであれば容赦はしない…と」

 『ええ、その通りです。貴方達ご夫婦と争いたくは無いというのは確かに私達の本心。しかしドクターの歩むべき道を妨害するのなら例え誰であろうが等しく排除する。それがナンバーズというものです。それは貴方も理解しているでしょう』

 「………それはもう、痛いほどに」

 

 かつて遭遇したチンクは自分と戦いたくはないという私情を殺し、己の役目を全うしようとした。親しい者であろうと、かつて寝食を共にした仲であろうと、戦闘機人としての役目を最優先に行動した。それはジェイル・スカリエッティの娘としての責任感もあっただろうし、彼の役に立ちたいという強い思いもあったからだろう。

 彼女達は例外なくジェイルに深い忠誠を誓っている。それは生みの親だからという理由だけではない。純粋に、彼を尊敬する父と認識しているからこそ。

 

 『貴方にこれ以上暴れられては困ります。殺しはしませんが、死ぬほど痛い目にはあってもらいますのでご了承ください』

 「あはは、殺しにこられないだけまだ良心的……かな?」

 『ええ―――とっても』

 

 性能、行動パターンが激変したガジェット群が一人の人間に向かって押し寄せる。

 傍からすれば滅茶苦茶に動いて突進しているように見えるが、その実計算し尽くされた予測しにくい動きを体言している。正直に言えばかつてクアットロが操作していたガジェット群よりもよほど戦い辛い。

 

 四方八方から襲い来るは無尽の弾丸と撓る触手。

 巧みに操られているガジェットはもはや厄介程度に収まる兵器ではなく、文字通り一機一機がクロノを仕留めるに足りる能力を有する凶器。

 

 “これは、流石に拙いか……ッ”

 

 ウーノが出張ってきてはいかにクロノと言えど清まし顔で切り抜けられる状況ではなくなった。

 クロノの眼球は常に休まず動き回り、ガジェットの動作を一機残さず捉え、全ての感覚も最大限にまで研ぎ澄まして膨大な魔力を要所要所で惜しみなく開放していく。

 

 もはや僅かな判断ミスがそのまま敗北に直結するだろう最悪の状況だ。

 余裕もへったくれもないし気を抜けば無残な姿を晒すことは必定。ウーノに情けを期待することは愚劣の極み。鳥肌が立つほどの極地に今、高町クロノは立たされている。

 常人であれば数秒も持たずに墜とされているであろう劣悪な状況の中、クロノは冷静にこの猛攻を対処し捌いていく。捌いていかなければ待っているのは敗北の二文字だけなのだから。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 “流石に一筋縄ではいかせてくれませんね”

 

 ウーノはあらゆる攻撃手段を悉く凌いでいくクロノの戦闘力に賞賛と畏怖を感じて止まなかった。いったい自分達がどれほどの人間をこの世界に呼び寄せてしまったのかを理解できてしまう。

 しかし、自分とてナンバーズを預かる長女である。そう易々と凌がれるわけにもいかない。

 

 “―――そこッ!”

 

 僅かな隙をついてガジェットの触手をクロノの背後に差し向ける。

 タイミングは完璧だ。鞭の勢いも乗って音速を突破している。

 これは仕留めたのではないかとウーノは希望交じりで思っていたが――……一発の魔弾がクロノに迫っていたそのガジェットの触手を難なく撃ち砕いた。

 

 『ッ………!!』

 

 絶好のチャンスを阻害したのは遥か彼方からクロノを常時援護している狙撃手だ。

 枷を外したガジェットに難なく魔弾を直撃させていたことから相当腕の良い狙撃手だとは理解していたが、まさか音速の域に達している触手に寸分違わず当ててくるほどの熟練者だとは想定外にもほどがある。

 おかげで最大級のチャンスを逃してしまった上に、その触手を撃ち抜かれたガジェットはクロノの鋭い上段廻し蹴りを喰らわされて撃墜された。

 近、中距離に適した法術師である高町クロノに高い精度を誇る長距離狙撃手がつけばここまで脅威度が跳ね上がるものなのかとウーノは戦慄する。

 

 “しかし、いくら後方支援が優れていようが相手はたったの一人であることに変わりは無い!”

 

 事実、即座に落とせないないにしてもクロノを徐々に追い詰めていることは間違いないのだ。なにせこちらは百を優に超えるガジェット大隊であり、その性能もそこらのエース級魔導師に匹敵……否、ウーノが操っていることもあり凌駕している。もはや、高町クロノと言えど覆せない圧倒的戦力差。クアットロが操っていたガジェット大隊を相手にした時とは比べ物にならないほどの劣悪な戦況下である。このまま押していけばいずれクロノは墜ちることになるだろう。

 

 “今度こそはッ!!”

 

 操っていた一機のガジェットの触手が彼の右足を捕らえた。そしてそのままビルに叩きつけようとするが―――狙撃手の魔弾がガジェット本体を射抜いたことでそれを成し得ることはできなかった。

 

 『またあの狙撃手ですか……!』

 

 これで希少な二度目のチャンスを台無しにされた。

 ここまで邪魔をされては流石に無視し続けるわけにはいかない。

 

 “やはりあの狙撃手は目障りですね……いったい何処から”

 

 先ほどまでクロノ一人に集中して潰しにかかっていたウーノは遂に狙撃手の位置を探ることを決意した。まぁ魔弾の弾道を辿っていけば狙撃手の位置なぞすぐに割れる。そして己が操る大隊のなかで最も索敵に優れたガジェットの目を魔弾が飛んでくる方角に向けたウーノ。

 

 “……機動六課はとんでもない狙撃手を抱え込んでいたみたいね”

 

 狙撃手の位置は即座に特定することできた。できたのだが―――あまりにも出鱈目な距離から狙撃していることが判明して驚愕を通り越して呆れてしまった。

 

 “なんて長距離から狙撃していたのかしら……此処から20㎞以上も離れているじゃない”

 

 しかも輸送ヘリからという足場の安定しない場所から狙撃していたのだ。そんなところから、今までこのガジェット群に魔弾を直撃させていた………それはもはや人間業ではない。戦闘機人でも不可能な領域だ。

 

 だが、運の良いことにその輸送ヘリは妹の戦闘機人『№10』ディエチが狙撃する手筈になっている目標だった。

 あの輸送ヘリにはラボから逃げ出した少女(マテリアル)が搭乗している。

 本来なら無傷であの輸送ヘリを鹵獲し、中からマテリアルを引きずり出すことが最も好まれる方法なのだが、我らが長であるジェイル・スカリエッティはマテリアルの真価を見たがっている。曰くディエチの砲撃を撃ち込まれても無傷で済む力というものを、そのマテリアルは有しているそうなのだ。つまり奪還ついでにマテリアルの能力を確認しておこうというわけである。

 よってウーノ自身がわざわざ手を下さなくても間もなくあの輸送ヘリはディエチによって墜とされる。もうすぐクロノを守護している援護射撃も無力化されるだろう。

 

 “………ん?”

 

 しかしウーノは気付かなくてもいいことに気付いてしまった。

 索敵に優れたガジェットの目は20㎞以上離れている人間の魔力の波長すら捉えることができる。

 あの輸送ヘリから発せられる魔力は合計四つ。

 狙撃手の魔力。守護騎士の魔力。マテリアルの魔力。そして―――

 

 “………え?”

 

 ウーノから素っ頓狂な声が漏れる。

 あまりにも想定外な現実が彼女を襲う。

 

 “―――うそ、そんな”

 

 親しみさえ覚えるこの緩やかな魔力の波長。

 間違えるはずもない。この魔力波は、平行世界の高町なのはのものである。

 

 『……………!!!』

 

 ウーノは息を飲んだ。冷や汗が身体中から溢れ出いるのも感じる。唯でさえ低い体温が、一気に持っていかれている感覚にすら陥った。

 ガジェットの瞳はただ冷酷に、淡々とあの輸送ヘリのなかから平行世界の高町なのはと思われる魔力波を正確に捉えていた。捉えなくてもいいものを、捉えてしまったのだ。

 

 “す、すぐにディエチに連絡を………!”

 

 どれほど心に仮面をつけようと、偽れない心情というものがある。

 高町夫婦と戦うこと自体にウーノは躊躇はない。敬愛するジェイルの障害になるのなら止むを得ないと諦めていた。少々痛い目を遭わせてでも排除するべきと心に決めていた。

 

 しかし、命を奪うまでは想定していなかった。

 

 どれだけ痛めつけようが、どれだけ傷つけようが、その生命を奪うまで至るつまりなどウーノにはない。今戦っている高町クロノも戦闘不能になるまで負傷を負わせることが目的であり殺すつもりなどないのだ。

 それなのに今、ディエチの砲身は高町なのはの命を奪おうとしている。そのようなことはウーノも望んでいない。

 ウーノの精神が揺らぎに揺らぎ、それがそのままガジェットに連動して動きが明らかに鈍くなった。それを見逃さずクロノと狙撃手はガジェットを破壊していくのだが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。今は一刻も早くディエチに連絡を取らなければ取り返しのつかないことになるのだから。

 ウーノは遂にガジェットの操作すら放棄して、今にも引き金を引こうとしているデェイチを止めるために連絡を取るよう躍起になるのだった。

 

 結局、彼女はどうしようもないほど甘かったということだ。

 

 どれだけ口では冷酷に振舞おうと、どれだけ心に仮面をつけ、冷徹であるよう心がけようとしても隠し切れない甘さがある。どうしようもない情愛があり、親愛がある。

 彼女にとって高町夫婦は敵対してもかけがえの無い友人であることに変わりは無いのだ。たとえ倒すことはできても、殺すことなど出来ない。命を奪うことなどできない。

 

 ウーノもまたチンクと同じように―――クアットロほどの感情の割り切りができていなかった未熟な戦闘機人にすぎなかった。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 ガジェット群の様子がおかしい。

 それは相対しているクロノとヴァイスの二人が同時に感じた違和感だ。

 先ほどまでの苛烈さは見る影もなく、それどころか動きのムラが酷い。もはや反応など無いに等しく、ヴァイスからしたらただ愚鈍な一般兵にしか見えなかった。エース級の猛威など一つとして感じない。統制もまるで取れていない。

 

 『罠……か? なにか企んでいやがるのか?』

 

 あまりにも唐突な弱体化にヴァイスは好機とは思えず逆に警戒する。

 いくらなんでも弱くなりすぎている。しかも理由も無しにだ。警戒するなという方が無茶というもの。しかしクロノは罠というより、何らかのトラブルがウーノを襲っているのではないかと考えた。流石にこの操作の乱れようは罠にしても大げさすぎる。仮に罠の類いであれば彼女ならもっと自然に、賢く、そつなくこなす。こんな素人でも警戒するようなことはしない。

 

 『ガジェット群を操っていたウーノさんに何かあったようですね……これは』

 『ウーノって、手前が寄越した情報のなかに入っていた戦闘機人の名前だよな?』

 『ええ。何かを企んでいるにしても、このガジェット群の操作の粗さは彼女らしくない』

 『………その女性を良く知っているアンタが言うのなら、間違いないんだろうな』

 

 ヴァイスは一息ついた。

 そしてタイミングの良いことに、遥か彼方から強力な魔力砲が幾つも此方に近づいていることに気付いた。またその魔力の質から八神はやてのものだとすぐに理解できた。どうやら自分達は無事にはやての長距離殲滅射撃まで持ち堪えれたようだ。

 

 そして数秒もしないうちにその魔力の塊は次々と天から降り注ぎ、ガジェットは一機残らずその熱線に飲み込まれていく。

 

 蒸発していくガジェット群を壮観だと心中で思いながらも見守るヴァイスとクロノ。あれだけ無尽蔵に湧いていた機械達は根こそぎ撃ち砕かれ、消滅していく様は芸術的とさえ感じさせる。

 これほどの殲滅術は類を見ない希少なものだ。クロノ自身でさえも最大瞬間火力は高町なのはと同程度。八神はやてほどの砲撃類は持ち合わせていない。

 

 『ひゅ~、流石は分隊長ってとこだな。出鱈目じみてらぁ』

 『本当に見事な手際でしたね。残存兵が一機も残っていない……文字通り全滅させている』

 『それでこそ粘った甲斐があったってもんだ』

 

 ヴァイスは満足したように笑う。

 

 『取り合えずこれで俺らが請け負った分の仕事は終了だな……お、なのはさんとフェイトさんとも今しがた合流した。

  保護した少女を狙ってこの輸送ヘリを襲う別働隊がいるんじゃねぇかと踏んでいたが、そうでもなかったか。どうやら杞憂だったみたいだな』

 『………そのようですね。僕も此方が陽動で本命はそちらかと思ったからこそなのはさん達に其方の警護に向かって貰ったのですが………』

 『ま、何事も危険は無かったことに越したことはねぇさ……本部からも状況を終了する(任務完了)というお達しがきた。アンタもさっさと自分の嫁の迎えに来てやれ』

 

 クロノは分かりました、と応えて念話を切った。

 死傷者はゼロ。自分の妻も、保護した子供も無事だった。

 何一つとして不満のない安定した結果を残せた……が、やはり一つだけ気がかりなことがある。

 あのウーノの身に何が起きたかということだ。

 彼女ほどの女性が何故あのような失態を犯した。戦場においてナンバーズの指揮を全面的に担い、どのような任務に対しても完璧にこなそうとする彼女とは思えぬ体たらくぶりだった。あのままウーノの使役していたガジェット群が攻め続けていたら勝機は幾らでもあっただろうに、それを彼女は無碍にした。それがクロノにとってあまりにも不可解と思えてならなかった。

 

 「………」

 

 しかし真正面から敵対している今のクロノにウーノの異変など知る由もない。

 ガジェットの惨たらしい残骸を一瞥し、これ以上考えても仕方が無いとクロノは割り切って妻が待つ輸送ヘリまで向かうことにした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「情けないわねぇ……本当に」

 

 クアットロは歯に衣着せず、目の前に立つウーノにそう言い放った。

 その声色は心底失望した、呆れたという棘のある意味を強く含んでいる。

 またクアットロの顔は何処までも冷ややかなものであり、いつもの人を小馬鹿にする態度も雰囲気も放っていなかった。

 

 「………返す言葉もないわ」

 

 ウーノは言い訳をするわけでもなく、ただ粛々とクアットロの言葉を受け入れる。

 全ての非は己にあるのだと、責められても致し方ないと理解しているが故に。

 長年積み立てた信頼を打ち崩すほどのことを自分はしたのだとウーノは分かっていた。

 

 すでにあの戦場に出ていた戦闘機人はスカリエッティのラボに帰還している。

 本来ならば今頃あの輸送ヘリをディエチの砲撃により撃ち落としていたのだが、こともあろうに指揮官であるウーノが作戦中止の指示を出した。しかも理由が、平行世界の高町なのはがその目標である輸送ヘリに搭乗しているから……とふざけたものだった。

 このような失態、許されていいわけがない。軽く流していい問題ではない。

 クアットロの性格は確かに陰湿であり気持ちいいものではないが、何事にもジェイルのことを一番に考えて行動している。

 故に今のクアットロはウーノを責めていて楽しいなどとは一欠けらも思っていない。ただただ純粋な怒りだけがある。

 

 「よりにもよって妹達の手本になるべき貴女が情に流され、尚且つ私情で作戦を……いいえ、ドクターの指示を踏み躙ったのよ。これがどれだけ重大なことは分かって?」

 「………ええ」

 「しかもマテリアルを機動六課に奪われ、ガジェットも無駄に消耗させ、私達が得れたものは損害だけ。それも多大な……ね」

 「クアットロ……もうそのくらいにして許したら? 終わったことをネチネチ言っても仕方ないし、ウーノも反省している」

 

 見かねたディエチが割って入った。

 クアットロの言い分は最もであるが、ウーノの気持ちも理解できないわけではない。

 しかしクアットロは怒りを納めるどころか、更に勢いを増して今度はディエチを睨み凄んだ。

 

 「貴女も心の底からその引き金を引かなくて良かった……と、安堵していたでしょ」

 「そんなことは………」

 「ふん、私の目を誤魔化せると思ったら大間違いよ。貴女は輸送ヘリ(目標)に平行世界の高町なのはがいることを知った瞬間恐怖した。自分の放つ砲撃で親しいものを殺すことが恐ろしかったのでしょう? だからこそ、ウーノから下された作戦中止の指示には即座に従った。葛藤をすることなく、疑問に思うこともなく、ただ従順に従った」

 「ッ………!」

 「ドクターの手足であり最高傑作であるはずのナンバーズの一員とは思えないほど(なまく)らになって……貴女も、ウーノも、他のナンバーズもよ」

 

 クアットロは背中を壁に預けて深く皺が寄った眉間を指で軽く揉んだ。

 

 「………あの夫婦がきてくれたおかげでナンバーズは全体的に能力向上を図ることができた。希薄だった人としての感情も豊かになり、成長する幅を大きく広げることもできた。それは私も認めているし素晴らしいことだと今だって思ってる」

 

 事実高町クロノとの模擬戦の日々はチンクを始め、殆どの戦闘機人に効果があった。

 それは認めざるを得ないことである。

 

 「でもね……貴女達は、能力を向上させると共に戦闘機人とは思えないほど甘くもなったのよ。まぁただ甘くなっただけならまだいいわ。問題なのは公私を分けられなくなったこと」

 

 クアットロとて高町なのはの影響は多少受けている。これでも少しは情を持ったつもりだ。

 しかしそれを仕事の最中で持ち出したことなどない。私情に左右され任務に影響を与えるなど以ての外である。

 

 「戦闘機人は、私達は、ドクターに頼られている(・・・・・・・)の。別に力及ばずドクターの期待に応えられなかった場合は仕方ないわ。だけど力が及ぶのにも関わらず全力を尽くさず結果が出せなかった…なんてのはね――ドクターのことを『裏切る』のとそう変わらないのよ」

 

 いつもの人をイラ立たせる口調は何処までも固く、クアットロなりの信念が篭っていた。

 ウーノも、ディエチも、これほどの強い芯が彼女にあったのかと驚くと同時に自分達が如何に未熟であるか思い知らされた。同じナンバーズだというのに、ここまでの覚悟の差があったことにショックを隠すことが出来なかった。

 ナンバーズのなかで最も冷酷と言えるクアットロではあったが、ナンバーズとして彼女ほど完成した戦闘機人はいないだろう。

 例え相手が肉親であろうとも、世話になった人間であろうとも、ジェイル・スカリエッティの下した指示ならば内容が何であろうとも躊躇いもなく受け入れ遂行する。それがナンバーズのあるべき姿であり、感情では決して左右されない強い忠誠心。倫理観に捕らわれず甘い私情にも縛られないその有り様は何処までも力強く感じてやまなかった。

 

 「………私ったら、少し熱くなりすぎちゃったかしらねぇ」

 

 やっと頭の熱が引いてきたのかクアットロは慣れ親しんだ甘ったるい物言いに戻った。

 ―――その冷徹な目は未だに戻っていなかったが。

 

 「そろそろドクターは管理局相手により積極的な攻勢に出るでしょう。それまでに、そのぬるま湯に浸りきった軟弱精神を克服しておいてくださいねぇ……でないと、また今回のような情けない結果が生まれちゃいますので」

 

 肝の据わった目でウーノとディエチを一瞥したクアットロは二人の前から忽然の姿を消した。

 その場に残された者はただただ自分の未熟さを噛み締め、立ち尽くすことしかできなかった。

 


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