魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第27話 『loyalty』

 ガリューは人型蟲ではあるが人間の言語を喋ることはできない。しかし理解することはできる。

 蟲でありながら人間と同じ価値観を持ち合わせ、道徳すらも心得ているという変わり種。

 知能が高い故に誇りがある。そこらの蟲のように荒く心無い扱いを受ければ当然反感を買う。

 過去の主達は誰も彼もが自分を便利な武器としか見ていなかった。頑丈なことをいいことに荒く使役し、深く傷つけば使い物にならぬと切り捨てる。不当な扱いだと反発をすれば『道具は道具らしく使われていればいいのだ』と制裁を与えられた。

 次第にガリューは人間に不信感を積もらせていった。そして主の理不尽な指示のみには徹底的に抗った。理不尽な指示だけは…だ。真っ当な指示にはちゃんと従っていたはずなのだ。

 それなのに気付けば魔導師の間では使役しきれない暴れ馬という烙印を押され、永いこと封印される始末。

 

 封印の儀式の際、ガリューは暴れた。

 これが人のすることか。蟲であれば何をしても良いのか。こんな不当な扱いが許されるのか。

 しかし言葉を発することが出来ず、ただ行動でのみ感情を表現するしかなかったガリューは他の者からすればただ暴れ狂った怪物でしかない。無論、誰からも理解はされない。

 結局封印されたその瞬間まで、終ぞ彼の心情を理解してくれる人間は現れなかった。

 

 ―――だがそんな彼にも転機が訪れる。

 

 ある日の境にガリューを封じていた忌々しい封印が解かれ、この世に呼び出されたのだ。

 彼は喜ぶよりも先に召喚者を迅速に殺す気でいた。

 どうせ封印を解いた者も碌な人間ではない。自分の力を御し得て支配したいだけだ。そしてまた過去の主達のように自分を酷使して捨てるのが関の山。

 ならそうなる前に抗おう。早く殺して本物の自由を手に入れよう。何度も何度も首輪をつけられるなど我慢ならん。そんな理不尽にはもう我慢できない。そんな不条理はもう許容できない。

 

 『――――――』

 

 だが、彼は呼び出した召喚者を見るや否や殺すという選択を破棄してしまった。

 殺すなど―――できるはずがなかった。

 

 ガリューを呼び出したのは確かに人間だ。今まで散々彼を痛めつけてきた人間である。人間なのではあるが………あまりにも幼い、年端もいかない少女だったのだから。

 

 人間と同等の価値観と道徳を有するガリューは幼子を殺すことは決してできなかった。

 しかしそれ以上に、その幼い少女の瞳が持つ強い意志に惹きつけられた。

 彼女は自分を見て恐ろしいと思ったはずだ。

 

 多大な殺意を撒き散らし、人とは異なる異形の肉体を持ち、手には鋭い鉤爪(凶器)を持つ。

 

 普通の人間なら腰を抜かし命乞いをしても仕方がない。もしくは逃げようともするだろう。

 だが彼女は恐れながらも一歩も後退りはしなかった。恐怖を感じないのではなく、恐怖を感じた上で自分を見つめ、契約を迫ってきた。

 

 『お、お母さんを助けるために…貴方の協力が必要なの……だからお願い……力を貸して………!』

 

 怯えながらもそう口にした少女。震える体を押し留めて自分の目を見つめる小さき存在。

 全てが衝撃的だった。

 利子私欲で動いていた今までの主とは明らかに違う人間。

 母を助けたいが一心で自分に契約を求める彼女。

 その行動、その姿勢、その在り方はとても尊く感じ、同時に畏怖すら抱いた。

 何より使い魔に『服従』ではなく『協力』を求めたのは彼女が初めてだった。

 ガリューを対等の存在と見なし、かつ単なる武力として認識しないその良識。

 自分に恐怖していながらも、契約が成立するまでこの場に立ち続けるその勇気。

 なんという少女だ。なんという魔導師だ。このような人間―――見たことがない!

 

 『―――――』

 

 気が付けば体が勝手に跪いていた。

 いや、無意識であろうと何だろうとガリューの取るべき行動は決まっていた。

 心身ともに目の前の少女の虜となってしまったのだから仕方がない。

 主と認めざるを得ないのだ。このか弱き乙女を。

 

 『契約……してくれるの?』

 『―――――』

 

 彼女の問いにガリューは深く頷き力強く肯定する。

 少女の前に跪き、(こうべ)()れたことが何よりの証拠。

 己の拳は主の為に振るおう。我が肉体は主を護る盾と為ろう。

 契約は成立している。胸を張れ幼き少女よ―――君は間違いなく我の主君だ。

 

 少女は契約が成立したことに喜びの声を上げた。

 ここで契約を結べなかったら殺されていただろうという恐怖もあったのだろう。

 だがガリューはそんな彼女の人間らしさを好ましく思う。

 恐怖とは、人が持ち得て然るべきもの。それが無い人間はもはや人とは言えない。

 本当に大切なのはその恐怖を受け入れ、乗り越え生きていく勇敢な姿勢だ。

 それを加味しても目の前の新しき主は立派な人間と言えるだろう。

 

 『……いけない。大切なことを忘れてた』

 

 喜んでいた彼女はハッとして自分の前に立ち、

 

 『わたしの名前はルーテシア・アルピーノ。これからよろしく……ガリュー』

 

 己の名前を口にした。しかも自分の名前さえも。

 あの時ほど人の言語を話せないことに苛立ったことはない。せめて蟲としての鳴き声でもあれば彼女は理解してくれただろうに。

 ………嗚呼、そう思えば思うほど狂おしいほどの情愛を込めて彼女の名を口にしたかった。

 

 ――ルーテシア・アルピーノ―――

 

 召喚能力と多大な魔力だけが取り柄で肉体強度は最弱。儚く脆い花のような存在。少し力を入れれば命途絶えるであろうその華奢な体。

 されど―――彼女は紛れもない正真正銘最高の主。

 命を賭して護るべき唯一無二の少女。

 

 故に彼女の指示(しんらい)には必ず応える。

 言葉で表すことができない分、行動で表す。成果で表す。

 それがガリュー。無言実行の化身とまで言わしめた怪物の絶対的な覚悟である。

 

 

 ◆

 

 

 ガリューの戦いの場となるのは窮屈な地下道。相手となるのは機動六課の精兵達。

 敵側の小竜を含めれば一対六の絶望的なまでの戦力差。精鋭というだけあって一人一人の質は図抜けて優秀。あの最高位の使い魔であるガリューが『敵』として認めるだけの力量も最低限有している。

 

 虚勢、強がりなどを除外して正直に言えば―――不利。

 

 個々の戦闘力なら確かにガリューは機動六課の隊員達より上である。

 だがこれはあまりにも戦力差があり過ぎる。

 

 「―――――」

 

 しかし、ルーテシアは自分に命令を出した。

 彼らを死なせない程度に打倒せよ…と。

 しかし、ルーテシアは自分を信頼している。

 彼らよりガリューの方が強いのだ…と。

 

 主の言葉は絶対に守る。裏切ることなど出来はしない。

 彼女が自分に信頼と信用を寄せているのであれば行動で、結果で示すと既に誓っている。

 第一決して不可能なことではない。否、不可能であっても可能にする。

 最高位の使い魔は―――伊達ではない。

 

 ギチリと拳を強く握る。脚に力が入る。

 一歩。ただ一歩の踏み込みで先手を取る。

 

 「な―――!?」

 

 大地を蹴り上げ世界を駆けろ。

 ガリューの鍛え抜かれた脚力から織り成される動きについて来れる者などごく一部。

 それこそ高町クロノや時空管理局のエース格くらいしかいない。

 ガリューは一瞬にしてギンガ・ナカジマの懐に入り込む。またそれに彼女は反応できていない。

 彼女は敵の中で一番の手練れ。早々に潰しておいて損はないとガリューは判断した。

 故に即座に撃破する。無論、殺すことはない。唯のボディブローで沈めるだけだ。

 意志ある者を殺めることは等しく悪である。ルーテシアに言われずとも殺すつもりはない。

 

 「ギン姉は、やらせないよ」

 「―――――」

 

 がら空きになっているギンガの腹部に手加減をした拳を見舞う……が、彼女の妹であるスバル・ナカジマによってそれを阻まれた。

 ガリューの拳はギンガに届く前にスバルの右手によって受け止められたのだ。

 まさか自分の動きを目視できたのか………いや、もはや疑問を投げかけるなど意味はないか。

 彼女はガリューの動きを目視した上で反応した。でなければガリューとギンガの間に割って入り、ボディーブローを受け止めるなどという芸当は出来はしない。

 ………しかも、彼女だけが自分の動きについて来れたわけではないようだ。

 その証拠に他の魔導師も自分の動きを視認して対応策に打って出ている。

 

 「そこ!」

 「フッ―――!」

 

 右からはティアナの銃剣による袈裟斬り。

 左からはエリオの大槍による刺突。

 

 ガリューの狙いを理解した上で迎撃の態勢を整えていた。

 ―――見事。

 これならば確かにエース級の反応速度と認めざるを得ない。

 だが―――まだ一手足りなかった。

 背中から羽根を晒し、尋常ではない速度でその場を離脱するガリュー。

 

 「くっ。流石に速い」

 「フェイトさんの模擬戦を経験していなければ反応できなかったですね………」

 

 ――――成程。

 エリオの呟きを耳にしてガリューは納得した。

 機動六課中最速を誇る魔導師フェイト・T・ハラオウン。

 彼らは彼女とじかに戦い、その圧倒的なまでの速度を見て、経験していたからこそ自分の動きに反応できたというわけか。道理で手馴れていたものだと感心する。

 如何に最高位の使い魔と名高いガリューであっても、機動六課最速の魔導師より格段に速いというわけでは決してない。ならば日頃から彼女と模擬戦を体験している機動六課の精鋭達が反応できないわけがないというわけだ。

 

 「は、早すぎでしょあの使い魔………でも、動きは見れた。次からはもう不覚は取らない」

 

 ギンガもギンガで初見故に反応できなかった。

 しかしもうガリューの動きを把握したようで次は対処して見せると意気込んでいる。

 

 「―――――」

 

 今、ガリューは掛け値なしの可能性の卵を目撃している。

 若い故に成長速度が段違い。天井知らずの天才集団。それどころか戦場で経験していることを一つも余さず己のモノとしている。

 

 まさに脅威である。

 これほどの人材を揃えている機動六課もさることながら、ガリューさえも認める彼らの潜在的能力。その底なしの才はルーテシアにも匹敵するだろう。

 

 油断はならない。元より油断のできる状況下ではないが、より深く警戒しなければ足元を掬われかねないとガリューは確信した。

 

 「――――!」

 

 まるで先ほどのお返しとばかりに間合いを詰めてきたのはエリオ・モンディアル。

 ガリューに及ばないにしてもなかなかのスピード。電撃のレアスキル持ちというだけはある。

 繰り出される技は刺突。先ほどの技と同じだが今度のキレは比べ物にならないくらい鋭い。

 単純な技ほど扱う人間の力量が謙虚に現れるものだ。この若さでエース級のキレを見せている辺り、相当な鍛錬を積んできたと見得る。

 

 しかしそれでもエリオの実力はガリューを凌駕しているとは言えない。

 ガリューは冷静に彼の刺突を片手だけで受け止めた。

 

 「は………!?」

 

 人型蟲のなかでも最硬と言えるほどの外殻を持つガリュー。

 その強度は電撃を纏った刺突であっても貫通することはない。非殺傷設定という枷を掛けているのなら尚のこと突破することは叶わない。

 彼はそのまま大槍の矛先を強く握り締め、獲物を捕らえる。

 

 「ま、拙い!」

 

 気付いたところでもう遅い。

 ガリューはエリオから大槍を引き剥がし、無手になったところで強烈な拳を顔面に叩き込む。

 使い魔故に魔導師のような非殺傷設定を行えないガリューがそれなりに手加減した一撃だ。

 それでも意識を失うには申し分のない一撃である―――はずだったが。

 

 「へへ……捕まえのは、僕の方ですよ」

 「――――!」

 

 エリオは多くの魔力を頭部に集中して防御膜を生成していた。

 ガリューが彼の顔面に拳を叩き込む前に、既に対ショックを構えていた。

 全ては人ならざる速度を誇るガリューを完全に捕らえるための体を張った罠。

 彼はすかさずガリューの腕を強く握り締め、ある大技を披露する。

 

 「この距離での、電撃ならどうだ………!!」

 

 全力全開の電撃解放。

 如何に最硬の強度があろうが何だろうが、この体と体が密接した上で放たれる雷撃を無傷で凌ぐことなど出来はしない。何せフェイトの雷撃とさして変わらぬ一撃だ。体に麻痺くらいは起こさせる。

 

 「ッ――――!?」

 

 エリオの最大出力の雷撃をモロに喰らったガリューは膝をつく。

 全魔力をゼロにして実質エリオを無力化することはできたのだが、その代償が大きすぎた。

 ガリューが膝を地面につかせるほどの一撃。しかも未だに雷撃が彼の体を蝕む。

 

 「スバル―――やるわよ!!」

 「うん! エリオが作ってくれたこのチャンス、無駄にはしない!」

 

 体が電撃により麻痺しているガリューにギンガとスバルの姉妹が畳み掛ける。

 膝をついて弱っていようが容赦などしない。していては勝てないと確信しているが故に。

 

 一撃目―――ギンガの蹴り上げによりガリューは宙を舞う。

 二撃目―――スバルの膝蹴りがガリューの腹部を穿つ。

 三撃目―――ギンガの拳がガリューの顎を捉える。

 四撃目―――スバルのアッパーカットによりまたガリューは宙に滞在する。

 

 そして五撃目を迎えた彼女達は息を合わせて拳を合わせる。

 ―――トドメを決める気だ。

 

 スバルの右手に装着されたリボルバーナックルの駆動音が辺りに響かせる。

 ギンガの左手に装着されたリボルバーナックルの駆動音が激しく高鳴りを魅せる。

 

 本来二つで一つのアームドデバイスであるリボルバーナックル。

 彼女達の母の形見であり、別たれたソレは―――今この瞬間を持って元来の力を発露する。

 装弾数六発全てのカートリッジを使い、二人合わせて12個もの空薬莢が勢いよく排出された。

 多大な魔力を取り込み歯車状のギア『ナックルスピナー』を加速し続けるその二つのデバイスは、やっと自分達の全力を出すことができると嬉々としているようだった。そう思えるほど爆発的な超過駆動を起こしているのだ。

 

 「ガリュー!?」

 

 誰よりもガリューの実力を信じ、彼を見守っていたルーテシアも流石にこれは拙いと感じたのか魔法陣を生成して助けようとする。

 しかし――――

 

 「やらせはしないわよ……可愛いお嬢ちゃん」

 

 いつの間にか背後を取っていたティアナ・ランスターにそれを阻止された。

 ルーテシアはなんて間抜けと自分を責めながらも、首元に置かれている黄土色の魔力刃によって身動きが取れなかった。これではガリューを助けることができない。

 このままだと、ガリューが敗北してしまう。

 

 「――……――………」

 

 心配するルーテシアに、ボロボロの状態のガリューは瞳だけ向けた。

 

 「ガリュー………!」

 

 彼の目は『信じろ』と語っていた。

 今にも消し飛ばされそうな魔力の奔流を前にして彼はルーテシアに信じろと言っている。

 母を助ける為に協力してくれ……力を貸してくれと言ったのはルーテシアだ。

 そしてソレを潔くガリューは了承した。

 ならばその契約(やくそく)が果たされるまでガリューに敗北の二文字はない。

 

 「………分かった」

 

 ガリューの意志を汲み取った少女は彼を信じてこの結末を見届けることを決意した。

 心配こそするが、彼の敗北はあり得ないのだと信じ込む。それは主としての責務である。

 

 

 

 「「リボルバアァァァ―――――」」

 

 ギンガは完全に温まった己のデバイスに詠唱を唱え、拳を放たんとする。

 スバルも姉に合わせて構えを取り、詠唱を紡ぐ。

 今ここに、ゼスト・グランガイツの右腕と謳われたクイント・ナカジマ直伝の拳が放たれる………!!

 

 「「ダスタァァァァァァァァァァ!!!」」

 

 近代カートリッジシステムにより増幅された莫大な魔力。

 それを拳一つに圧縮させ、上乗せして叩き込むという単純な技。

 だが単純であればあるほど―――効果はよりよく現れる。

 

 二つの拳は問答無用、情け容赦なくガリューの胸部に炸裂した。

 人型蟲のなかで最硬と言わしめ、堅牢とも例えられたガリューの外殻をいとも簡単に粉砕する。

 その強烈な衝撃はガリューの背中にまで達し、背筋の外殻を余波だけで破壊されるほど。

 如何に非殺傷設定と言えどもこの威力となれば肉体ダメージもそれ相応のものとなるだろう。

 

 ガリューは膝を大地につかすどころか力なく倒れ伏した。

 それが当然の結果だ。

 あのような拳を二つ纏めて受けて立ち続けられたらそれこそ怪物と言える。

 

 「はぁ……はぁ………ここまで、この技が…うまく、いったのは初めてだね……ギン姉」

 「ええ………でも、流石に魔力が…………」

 

 二人とも息を荒げながら地面に尻をつかせた。

 全ての魔力を使うということは、持ち前の魔力を全て空にするということだ。

 まさに諸刃の剣。確実に倒さなければならない一撃。

 だがその分威力は強烈無比。そこらの砲撃とは比べ物にならない。

 

 「はぁ……やれやれだわ。キャロ、三人の回復をお願い」

 「はい!」

 

 ティアナは少女を拘束したまま魔力空っぽ+精神尽き果てた三名の回復をキャロに任せ、一息をつく。あのまま戦っていたら流石に拙かった。スバルとギンガの合技でケリをつけれたのは行幸の極みと言える。

 

 「さて……貴女には聞きたいことが沢山あるの。機動六課で詳しく聞かせてもらうからね」

 

 ティアナはガリューの主である少女をバインドで手堅く束縛した。もう逃げることはできない。

 今回最大の戦果であるジェイル・スカリエッティの協力者の捕獲。

 尋問は管轄外であるティアナは機動六課までこの少女を輸送することに決めた。

 

 そう、それが一番望ましい流れであった。

 しかしそのティアナの考えを悉く覆す存在が尚もその場にいた。

 もう脅威ではないと決めつけていた―――怪物が。

 

 「……―――…――………―――」

 「「「「な……!?」」」」

 

 完全に無力化したと思っていたガリューが、ゆっくりと……しかし力強く立ち上がったのだ。

 これにはその場にいた者全員が騒然とするしかなかった。

 あの魔力の奔流すら起こしていた一撃を喰らってなお、立ち上がるなど誰が予想できようか。

 あの最硬の外殻を木端微塵に粉砕した拳を受けてなお、起き上がるなど誰が想像できようか。

 しかし彼らの目の前では確かにガリューは立ち上がった。起き上がったのだ。

 それは紛れもない事実。そして対峙すべき現実である。

 

 「―…――…―…――」

 

 辺りに威圧感を出すわけでもなく、暴れるわけでもない。

 彼は囚われている己が主人を見て、迅速に行動を取った。

 

 「クッ――――!」

 

 スバルも、ギンガも、エリオも皆力を使い果たしている。キャロも彼らの回復に専念しており、無防備な彼女を護る為にもフリードリヒは動けない。

 動けるのはティアナだけだ。だが果たして彼女だけでアレを打倒することができるのか。深く傷ついているとはいっても、あの一撃すら受けて尚立ち上がる怪物相手に――――。

 

 そんな彼女を他所にガリューは今まで見せたことのない速度をもってルーテシアの場所まで移動した。まるで瞬間移動をしたかのような素速さだ。

 

 「―――――」

 

 そしてガリューは主人を抱きかかえるや否や、すぐにその場から姿を消した。

 

 「…………逃げた?」

 

 エリオは、力なくそう言った。

 確かにもう彼も限界がきていたのかもしれない。

 だからこそ余裕のあるティアナと戦うよりも逃げることを選んだ。

 

 「ううん………きっとこれ以上戦う必要がないって判断したから帰っただけねアレは」

 

 しかしティアナはエリオの希望的観測を否定した。

 

 「あくまで彼らの目的は私達の足止めだって言ってたもの。しかも死なない程度で打倒もされた。実質私達は半分以上の戦力を削がれ、回復に専念せざるを得ない状況まで追い込まれたんだから………彼の目的はほぼ達したと言える。捕まえられず撤退までされたらもう何も言えないわ」

 

 ふぅ、とティアナは溜息を吐いた。

 エリオ・モンディアル、スバル・ナカジマ、ギンガ・ナカジマという此方の大部分の戦力をたった一匹で無力化された。何せ魔力を全て使い切った魔導師は最低限の魔力回復にまる一日もの時間が必要不可欠なのだ。つまりこの戦場において彼らが復帰することはまずできない。キャロの回復魔法であっても応急処置程度。これは事実上、戦力を潰されたと言っていい。

 だが仮に魔力をセーブしながら戦っていたらもっとまともな結果が残せたと言えば、答えはNOだ。あの怪物じみた使い魔を相手に全力を出さずに戦えば、間違いなく今より更に深刻な状態になっていた。

 

 「………むしろこれだけの被害に収まってくれたことに幸運と思うべきか」

 

 魔力が空っぽなだけで済み、これと言った大事に及ぶほどの怪我を負わなかったという結果を残せたことに誇りに思うべきだろう。今回はあまりにも敵が強すぎた。相手が悪かっただけである………尤も、次に出会えば負ける気などサラサラないが。

 

 「あー、次元世界って広いものねぇ」

 

 まだまだ自分達は未熟だ。敵には自分達の想像を遥かに超える敵が山ほどいる。

 だが今回の敗北から得たモノもある。

 ジェイル・スカリエッティに協力する少女の素顔。ガリューと呼ばれる使い魔の戦闘データ。

 二つも貴重な情報を入手できた。それだけでも良しとするしかないだろう。

 

 「さて…と。キャロ。私も回復魔法のお手伝いをするわ」

 「助かります! 実は本当にみんな魔力が無くて……これだと基礎魔法すら今は使うことも」

 「それだけしないと如何にもならない敵だったってことよ。あれは本物の怪物だわ」

 「はは……そうですね。生き残れただけでもありがたいと思わないと………」

 「そういうことよ。さ、口を動かす前に魔法を動かす!」

 「了解です!」

 

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 「……――……―」

 「が、ガリュー!」

 

 ガリューはルーテシアを抱き上げ、クラナガンを離れ、安全圏まで辿りついた瞬間糸が切れた人形のように力なく膝を付いた。

 

 肉体全体にほぼダメージが入っている。両腕はルーテシアを抱え上げれる程度しか力が入らず、胸部には甚大と言っても過言ではない大打撃を受けた。脚は無理を通して酷使した為、負荷に耐え切れず自損する始末。強いて言えば重症だ。当初想定していたダメージレベルを優に凌駕する損害である。

 

 「――――」

 

 しかし、このまま膝をついたままだとルーテシアを余計に心配させてしまう。

 ガリューは足腰に力を入れ、再度立ち上がった。

 涙目になるルーテシアを優しく撫で、己は平気だと伝える。

 

 「……―――…」

 

 だが流石に疲れた。はやく帰って休息を取ろう。自分達がジェイルに請け負った頼み事は大方やり通せたはずである……と。

 

 「うん。帰ろう……ごめんね。無理をさせて」

 「――――」

 

 そんなことはないとガリューは首を振る。

 むしろ自分は今回も使い魔として、彼女の願いを全うできたことに嬉しく思う。

 いつも通り無言実行は果たされた。満足のいく結果も残せた。これ以上何を残そうと言うのか。

 故に今ガリューが彼女に求めるモノとは謝罪などではないのだ。もっと、尊く価値のあるモノなのだ。

 

 「――――ん」

 

 ガリューが欲しているモノをルーテシアは感じ取ることができた。

 それに彼女は先ほどの憂いていた表情を消し去り、満面の笑みを彼に向けて応えた。

 

 「今日もお疲れ様。ありがとう、ガリュー」

 

 その言葉を聞けたガリューは満足気に頷いた。

 この報酬は、金にも名誉にも代えがたい。何物にも勝る―――ガリューの生き甲斐なのだから。

 

 

 




蟲の使い魔(ガリュー)にほぼ一話使ってしまった。しかし思いのほか気持ちよく筆が乗ってくれたのでスッキリしましたね。
 ちなみにルーテシアは今回クロノがあの戦場にいることに気付いてはいませんでした。彼女はあくまでただジェイルにティアナ達の足止めをしれくれたら嬉しい、という頼みごとにボランティア感覚で請け負ってただけなのです。高町夫婦があの場にいると知っていたら手伝いなんてまずしませんし…………。
 クロノもナンバーズやジェイルなどの大部分の情報は機動六課に与えましたが、ゼスト一行の情報は敢えて口にしていません。これも彼らに迷惑をかけたくないから、というクロノ個人の事情によります。

・次回はクロノ達に焦点を当てていきます。

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