魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第18話 『warmth』

 人気(ひとけ)のない山奥にある、小さな人工建築物。とある次元犯罪組織の違法研究所だ。その周辺には防犯カメラに防衛システムが大量に配置され、また十数人もの警備員が配属されていた。

 

 「………これは」

 「全滅、している?」

 

 その違法研究所がレリックを保有しているという希少な情報を手に入れ、略奪しに訪れたゼスト達は言葉を失った。

 既に、違法研究所は襲撃された跡だったのだ。防衛システムは悉く破壊され、警備を担当していた魔導師は木にチェーンバインドで巻きつけられ気絶している。死人こそ出ていないが、一人たりとて意識を保っているものはいなかった。辺りに目立った闘争痕がないことから、彼らは一方的にやられたと見ていいだろう。ただの賊紛いがやったにしては、あまりにも手際が良すぎている。

 

 現在はまだ日が落ちていない昼間だ。

 白昼堂々とやってのける大きな自信、そしてこの見事な制圧力。

 集団か、少数か、それとも単独か。どれにしても賞賛に足りる実力を有している。

 

 「ルーテシア。お前は此処に待機していろ」

 

 ゼストの言葉に多少不満ある顔をするが、素直にルーテシアは頷いた。

 未だにこの警備を全滅させた輩が研究所内にいる可能性がある。室内戦では相性最悪なルーテシアを連れて行くわけにはいかない。

 

 「行くぞ、アギト」

 「おう!」

 

 ゼストの肩に乗っている人格型デバイスの小悪魔少女アギトは大声を出して己を奮い立たせる。

 彼女は混じりっ気のない、正真正銘 本物の古代ベルカ式融合騎。かつての違法機関を壊滅させた際に救い出した、小さき少女だ。

 今現在は全盛期の力を発揮できなくなり、かなり弱体化してしまっているゼストの補助を務めている。

 

 二人は周囲に警戒を緩めず、違法研究所の門前まで足を運ぶ。

 ………やはりと言うべきか、外敵を遮る堅牢な門は粉々に破壊されていた。

 

 “強力無比な破壊兵器で粉砕した………いや、違うな。この破壊は内部構造に直接振動打撃を与えたものだ。でなければ、このような破壊痕は生まれない”

 

 地面に落ちている門の欠片を拾い上げ、状態を観察した上でそう確信を持った。

 

 “ブレイクインパルス、か”

 

 僅かな魔力の振動を内部に送り込み、対象を完膚無きまでに粉砕する打撃魔法。これには高い魔力制御能力と演算能力がなければ発動することも困難な高等技術だ。執務官クラスの上位勢ほどの能力がなければ扱えない。

 

 “殺傷設定で喰らえば肉片が飛び散るハメになるな”

 

 どれほどバリアジャケットが強固な防御力を有していようと関係ない。身に纏う鎧を素通りして、肉体に直接打撃を与えられるのだから。

 ―――厄介極まりない魔法だ。これを直撃した上で防ぐには、バリアジャケットに予め特別な緩和機能を取り付けるしかない。しかし、ゼストのバリアジャケットにはそのような機能は当然取り付けられていない。直撃すれば、間違いなく身体の何処かは弾け飛ぶ。

 

 「…………」

 

 ゼストはそれでも前へと進む。引き返すなどという考えはない。

 

 彼らはなんの憚りもなく違法研究所のなかに侵入する。

 この室内も、これといって争った跡が存在しない。ただ研究員と思われる者達が、意識を狩り取られた状態でバインドに括られているだけだ。外傷は警備の者と同じく全くない。

 研究員を一瞥しながら複雑怪奇な違法研究所内をゼストは練り歩く。あまりにもピリピリした雰囲気に、アギトは唾を飲み込んだ。なにせ、ゼストの足音しか聞こえない無音の世界だ。しかも場所は違法上等の研究施設。鼻を突く薬品の匂いと過去のトラウマも相まって、そこいらにあるお化け屋敷よりも数段恐ろしい。

 

 「………アギト。少し、下がっていろ」

 

 長大な槍を握るゼストの手がギチリと唸りを上げた。

 ゼストの大槍は見る者を釘づけにする、ただ外敵を屠ることにのみ特化したストレージデバイス。無骨でありながら秀麗と思わせる整った造形。深い溜息が出るほど美しくシンプルな刃。しかしその非の打ちどころのないデバイスには歴とした銘はない。敢えて言うなら、無銘である。

 

 「―――んなっ!?」

 

 指示通りゼストから距離を取ったアギトは、間抜けな大声を出して驚愕する。

 ゼストはあろうことか、無銘が握られていない左手の拳を使って真横にあった鉄製の扉をぶん殴ったのだ。鋼鉄製であるはずの扉は盛大な破壊音を出し、ゼストの拳が捩じり込まれる。

 

 「捕まえたぞ」

 

 そう宣言した瞬間、彼は扉に捩じり込んだ拳を引っこ抜くと同時に人間を引きずり出してきた。

 ゼストは扉の向こうに潜んでいた人物の頭を鷲掴みにして捕えたのだ。

 彼の手段はあまりにも強引で、大胆で、化け物染みている。

 

 「何者かは知らんが、一気にケリを付けさせてもらう」

 

 頭を鷲掴みにし、引きずり出した人間をゼストは容赦なくコンクリート製の地面に後頭部から叩きつけた。かなりの強度があるはずの床は盛大な音を発てて陥没する。

 ――――この男、戦闘に関しては全くとって言っていいほど容赦が無い。

 また追い打ちとばかりに右手に持つ無銘の矛先を、倒れ伏す人間目掛けて刺突しようとする。しかし、正体不明の人間も無抵抗のままやられるつもりは無いようだ。

 体つきから男と思える人間は、ゼストの両腕にバインドを引っかける。

 後頭部から地面に叩きつけられた後だというのに、このような的確な抵抗が瞬時にできようとは、やはりこの人間は只者ではないと確信したゼスト。

 

 「ふん。この程度の束縛なぞッ!」

 

 なんとゼストは筋力のみで己の身体を拘束していたバインドを破戒した。その様を見ていたアギトは、本当にあの人弱っているのだろうかと本気で怪しんだ。とても人間が為せる力じゃない。

 

 「………しかし、思っていた以上の手練れだな」

 

 ゼストがバインドを破戒した隙に、人間はゼストから距離を取っていた。

 

 「いきなり後頭部を地面に叩きつけるなんて酷いじゃないですか…………!!」

 

 正体不明の人間は今時珍しい旧式量産型デバイスS2Uを構えて、聞き覚えのある声でゼストに文句を言ってきた。

 ――――いや、声だけではない。よく見るとあの黒の法衣に白銀の籠手にも、見覚えがある。それにあの口元までしか見えないよう深く被ったフードの男は………。

 

 「「高町クロノ?」」

 「え? 何故僕のフルネームを………て、アレ? ゼストさんにアギトちゃん!?」

 

 三人は思わぬ場所で、思わぬ人物と、思わぬ邂逅を果たした。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 この違法研究所を襲撃した人物は、ゼスト達の友人、高町クロノであった。

 彼は無限に広がる平行世界の一つから、ジェイル・スカリエッティによって嫁共々連れてこられた男であり、法術師と呼ばれる『概念』と『魔』を司る者だ。ついでに翠屋と呼ばれる喫茶店の二代目店長でもある。

 

 とりあえず、クロノを含むゼスト達はルーテシアの待つポイントにまで戻り、そこで暫し雑談に華を咲かせていた。アギトとルーテシアは日向ぼっこしながら仲良く熟睡している。

 

 「チンクから聞いたぞ。無事高町なのはを解放し、反乱を起こして逃亡したそうじゃないか」

 「………色々な面で、惨敗してしまいましたけどね」

 「なに?」

 「ジェイルさんに此方の計画を概ね予測され、帰るための装置も破壊され、レイジングハートとイデアシードを奪われ、ヘンなプレゼントまで一方的に贈られた上に爆殺されかけました」

 「あの狸め………何処までも下劣な奴だ」

 「いえ、単にジェイルさんの方が一枚上手で、僕が一歩及ばなかっただけにすぎません。

 一番優先すべきだったなのはの安全を確保できただけでも良かったです」

 「ふむ。確かに大切な者を取り戻し逃亡できただけでも上等だな………して、お前は何故このような場所に訪れていたのだ?」

 

 ゼストの問いに、クロノは頷いて本型の収納デバイスから光り輝く紅い結晶石を取り出した。それはこの違法研究所に保管されていたレリックだった。

 

 「このレリックを回収するためです。ジェイルさんの目的が何なのかは今のところ皆目見当もつきませんが、この高純度な魔力の結晶石がなければ成り立たないのは分かり切っていますからね。

 現在回収されていないレリックを先に回収することが、今できる数少ないジェイル一派の妨害方法なんですよ」

 「………つまり、お前はただやられたままでは帰らない気なんだな?」

 「ええ、勿論。元の世界に戻るための転移装置が完成するまで、早くても二か月近く時を必要とします。その間に、奪われたレイジングハートとイデアシードも取り返してあの人達も捕縛します。―――――絶対に」

 

 ()の時空管理局すらも捕縛できずに手こずっているS級犯罪者を、この男は捕えると豪語した。

 

 「それは、楽しみだな」

 

 ジェイル・スカリエッティの致命的なミスは、高町夫婦を此方の世界に無理矢理連れてきてしまったことだとゼストは確信する。

 

 「ところで、ゼストさんもこのレリック狙いだったのですか?」

 「そうなのだが………どうやら今回もハズレだったようだな。

 私はXI番の刻印が記されたレリックを探している。まぁ、厳密に言えば私ではなくルーテシアが必要としているものだ」

 「それが、ルーテシアちゃんがジェイルさんに手を貸している理由なんですね。ですがいったい何のために?」

 「………あの忌々しい闇医者がルーテシアの母親を蘇生するためにはどうしてもソレが必要なのだとのたまっていたからだ」

 「そうですか……ルーテシアちゃんは亡くなった母親の蘇生のために…………ん?」

 

 クロノは突如ひっかかりを覚えた顔をして、顎に手を添えて何か考え始めた。

 

 “死者の蘇生は確かこの世界では絶対に不可能だと言われた奇跡のはず。それは散々ジェイルさん本人が言っていた。なのに、純粋な魔力の塊でしかないレリックを手に入れただけで実現できるなんて………そんな”

 

 あまりにもしっくりこなさ過ぎる。というかあのジェイル・スカリエッティのことだ。きっと何か裏があるに違いない。

 

 「感づいたようだな、クロノ」

 

 それはルーテシアに協力していたゼストも気付いていたようだ。

 

 「闇医者の口から出る言葉ほど信用できないものはない。だが、他に手段がないのだよ。奴の口車に乗せられているのは百も承知。しかし今はほんの一握りの希望にしか縋れない」

 

 どれだけ怪しかろうと、どれほど信用が出来無かろうと、ルーテシアの母親を生き返らせる方法はジェイルにしか存在しない。故に、止められない。

 

 ――――高町クロノは己の無力さに歯をギシリと鳴らす。

 

 「もしレイジングハートとイデアシードが奪われてさえいなければ………」

 「ハッ、馬鹿な考えはよせ。アレらを使うのには重い『対価』が必要なのだろう? そこまでしてまで此方を救おうとしなくていい」

 

 ゼストの指摘通り、祈願実現型のレイジングハートを扱うにはリスクが高すぎる。なにせ『死者の蘇生』ほどの奇跡となれば、不完全なカタチで成り立っているレイジングハートを万全な願望器に戻さなければならない。それはつまり、イデアシードに人の記憶を喰わせて、その過程を経て生成されるレリックを超える高純度の魔力をレイジングハートに与え、修理しなければならないことを意味する。

 イデアシードに記憶を喰われる人間とは、所有者の高町クロノに他ならない。

 

 「お前はお前自身と己の妻を最優先に考えるべきだ………正直その優しき心遣いには心に沁みるものがある。しかし、順序を違えるべきではない。そんなことは言わずとも分かっているだろう、高町クロノ」

 「……………っ」

 

 嗚呼、やはりこの男は優しすぎる。

 次元世界が限りなく広くとも、このような人間がどれほど存在していようか。

 

 「まぁ、もしレリックの回収過程でXI番を発見したら知らせてくれ。その行為だけでも、有り難いことこの上ないからな」

 「………分かりました」

 「助かる。ああ、遅くなったが私の携帯端末のアドレスを教えなくては―――」

 

 ゼストは懐から携帯端末を取り出そうとしたその時、彼はピタリと動きを止めた。

 まるで、物言わぬ死体に為ったかのように。

 

 「…ッ……………」

 「ゼストさん!?」

 

 くぐもった苦悶を最後に、屈強な肉体を持っているはずの騎士ゼスト・グランガイツは仰向けに倒れ込んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 男は何処までも強く、気高く、仁義を重んじる騎士だった。

 生まれながらにして持った膨大な魔力。そしてその魔力に依存せず、弛まぬ努力と修練によって培われた鋼の肉体と精神力。人手不足、人材不足に苦しむ地上部隊の希少極まりないエースストライカーにして最強の騎士。その存在は地上部隊、次元航行隊、聖王教会に関わらず多くの者達から羨望を集めた。

 ひとたび動けば一騎当千の働きを為し、エースに恥じない結果を残す。

 彼の部下も一際優秀であり、どのような任務もそつなくこなすことで有名だった。

 己の夢であり古き友の夢でもある地上の人々の安寧のために、彼は身を粉にして奔走し続けた。どのような苦痛にも耐え忍び、壮絶な戦いに身を投じ続けた。全ては護るべき理想のため。守護するべき人々のために。

 

 しかし、どれほど高潔で、大義と武を持ち合わせる豪傑とて詰まる所は『人間』である。

 

 ――――数々の武勇を打ち立ててきた男は、ある日の任務で呆気なく命を落とす――――

 

 厚く慕ってくれた部下を守れず、己の命さえも守り切れず、ある一つの妄執(・・・・)を心に残して、武人と謳われた最強の男の生涯は幕を閉じた。

 

 

 ………………閉じる、はずだった(・・・・・・)

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 「…………ここは……何処だ?」

 

 身体の不調により気絶してしまったゼストは、良い香りのする敷き布団の上で目を覚ました。

 ゼストが起きた場所は、見覚えのない生活感溢れる六畳一間の小さな部屋の室内。

 

 「起きられましたかゼストさん! 嗚呼、本当によかった………!!」

 

 自分の顔を覗き込み、安堵の表情を浮かべるのは、法術師の青年。

 不覚にも、その長く艶のある黒髪を一纏めにし、繊細に整った人形のような男の顔を麗しい女性に見違えてしまった。

 

 「クロ、ノ……か。――――すまない、迷惑をかけてしまったようだな」

 「そんなことありません! それより、身体の具合はどうですか? 何処か痛みますか?」

 「いや、大丈夫だ。今はこれといった異常はないし、それどころか………」

 

 ――――身体が、軽い。濁りを全く感じさせない健全さが己の肉体から溢れ出している。

 喜ばしいという感情よりも、疑念がより先にゼストの脳裏を通過した。

 恐らくこの快調の原因は目の前の男が関わっている。

 ゼストが彼に問おうとするよりも早く、クロノはその口を開いた。

 

 「たいへん申し訳ないと思いましたが、貴方の身体を全て調べさせて頂きました」

 

 クロノは正座をして、嘘偽りなく、正直に白状した。

 

 「貴方の肉体は、壊死の二歩手前まで来ていた。恐らく損傷の酷い仮死状態であった身体を無理矢理『蘇生』した代償と、人工臓器と肉体との相性の悪さが原因でしょう。

 ――――はっきり言って、放っておける状態ではなかった。あのまま何の処置もせずに時が経ってしまっていたら、いずれゼストさんの命は尽きていましたよ」

 

 彼の言葉に間違いはない。全て事実であり、一つとして異論を挟む余地がなかった。

 今のゼスト・グランガイツは力を十全に出しきれぬどころか生命維持もままならない半死人だ。

 

 「ですから、僕が貴方の身体を勝手ながら手を加えさせてもらいました。今のゼストさんの身体は以前のものよりはまともに機能するでしょう。流石に、本来のスペックにまで戻すことは叶いませんでしたが」

 「おお―――それは、なんと礼を言ったらいいか分からんな」

 「そんなことはありません。ホテルアグスタの件で、僕は貴方にたいへん助けられましたから。それに友人として、このくらいのことはして当然です」

 「ふ………このお人好しめ」

 

 少し苦笑して、ゼストは上半身を起こし、己の両手を開いたり閉じたりとして感覚を確認する。

 以前は身体を動かすだけで激痛が襲っていたが、今はそのような痛みは感じられない。

 

 “―――悪くない”

 

 この分だと神経は約80%ほど回復したと見ていい。

 魔力の循環率も概ね良好だ。

 血肉と共に身体に行き渡る生命力はなんと心地の良いことよ。

 

 「体調が少しまともになったといっても、無理は禁物です。本来貴方は病院のベットの上で安静にしていなければならない身。このまま無茶をし続けたら………死にますよ」

 

 真っ直ぐとした瞳でゼストの目を見て、ハッキリと断言したクロノ。

 

 「分かっている。私の身体の状態は、私が一番知っているからな。されど、歩みを止めることはできん。死人に等しい私だが、為さねばならないことが多すぎる」

 

 故に、ゼストは前へ前へと進み続ける。

 彼にとって歩みを止めるということは、本物の死体となることと同義なのだろう。

 

 「止めてくれるなよ、クロノ」

 「――――――――」

 

 高町クロノは、ゼスト・グランガイツを止めることができなかった。

 この男は文字通り命を賭して前進している。その比類なき覚悟を持つ人間を、どうして他人風情が止めることができようか。いや、できるはずがない。

 

 「………今の設備では応急処置がせいぜいですが、後に必ず、本格的な治療を行えるようにしておきます。その治療さえ受けてくれれば、貴方を助けられる。それまで、決して死なないでください。もしゼストさんが死んでしまったら、ルーテシアちゃんとアギトちゃんが悲しみますよ」

 「努力はするさ。あの子達を置いてあの世に戻るのも、私とて本意ではない―――ところで、そのルーテシア達は何処にいるのだ? 見当たらんのだが」

 

 お世辞にも広いとは言えない六畳一間の部屋をざっと見渡すが、子供達の姿が全く見えない。

 

 「彼女達ならなのはと一緒に買い物に行きましたよ。貴方の好物を買いに行くんだって言っていました。数分前に念話でゼストさんが起きたことを知らせましたし、そろそろ帰ってくる頃合いでしょう」

 

 クロノがそう言った丁度のタイミングで、木製の扉が勢いよく開かれた。

 

 「だ、旦那ァァァァァァァァ!!」

 「―――――っ!?」

 

 弾丸もかくやという速度で、ゼストの脇腹に突貫した可愛らしい小悪魔アギト。彼女に与えられた物理的衝撃により、ゼストは二度目の気絶を味わいそうになった。

 

 「う、ぅぅ。もう、本当にだめかと思ったじゃんか………!」

 

 アギトは大泣きしながらその小さな顔を精一杯ゼストの身体にうずめる。

 

 「………ゼスト」

 

 遅れてルーテシアもゼストの元に現れ、心底心配した顔を見せてぎゅっと彼に抱き着いた。

 

 「すまん………心配を、かけてしまったな。許してくれ」

 

 二人の愛娘を優しく包み、謝罪するゼスト。

 その光景を見ていた高町夫婦は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、

 

 「さて、僕達は食事の準備に取り掛かろうか」

 「うん!」

 

 身体に良く、心身ともに暖められる鍋料理を作ることにした。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 ゼスト一行は高町夫婦が振舞ってくれた鍋料理『牡蠣(かき)の土手鍋』の旨さに感激した。今まで第97管理外世界の料理はそれなりに食べてきたゼスト達だが、これほどお手軽かつコクのあるものは食べたことが無いと断言できる。

 また食卓を交流のある者達で囲み、談笑しながら食事をすることなど、半死人となってからのゼストにとってはとても久しいことだった。ルーテシアとアギトなぞ初めての経験だっただろう。アギトはいつも以上に盛大にはしゃいぎ、あれほど表情が希薄だったルーテシアが感情を、それも楽しいという感情を人前に露わにしたのは非常に驚いたし喜んだ。

 

 「いやはや、今日は大変世話になった。それに良い思い出も作らせてもらったよ。お前達には幾ら感謝してもし足りない」

 「僕達も貴方達と色々話せて楽しかったです。賑やかで、とても充実した一日でした」

 

 すっかり暗くなり、電柱の灯りと高層ビルの窓から漏れ出す光がミッドチルダ首都グラナガンを明るく照らす。そんな中、小さなアパートの古びた門前でゼスト一行と高町夫婦は互いに別れと感謝の言葉を告げていた。

 

 「クロノとなのはが作ってくれた料理……美味しかった………また、食べに来てもいい? また、遊びに来てもいい?」

 「私達はいつでもルーテシアちゃんたちを歓迎するよ。ぜんぜん遠慮しなくていいから、好きなだけおいで」

 

 なのははルーテシアを優しく抱擁して、温もりに満ち溢れた声でそう言った。それにルーテシアは頬を綻ばせて、こくりと頷いた。

 

 「ゼストさん。何度も言うようですが、そのお体で無茶はしないでくださいね」

 「ああ」

 「へッ、そう心配するなよクロスケ。このあたしがいる限りゼストの旦那は大丈夫さ!」

 

 小指を立て、自信に満ちた顔でアギトは宣言する。

 

 「ええ、ゼストさんを守ってあげてください。アギトちゃん」

 「あったぼうよ! お前も“大切な存在”を護り切れよ!」

 「―――勿論です」

 

 アギトとクロノはお互いの拳を当て合い、決して破れることのない約束を交わした。

 

 「ではな、高町夫婦。また訪れる時は、何か珍しい土産でも持って来よう。ジェイル・スカリエッティの情報も手に入り次第、其方に伝える」

 「………ばいばい」

 「んじゃな――――!」

 

 ゼスト達は闇夜のなかへと消えていき、それを高町夫婦は手を振って見送った。

 




・まさかこのSSにお気に入り件数800を突破する日が来るなんて夢にも思いませんでしたァ!
 亀のようなのろのろ更新ですが、これからも完結目指して執筆し続けていきますッ!!

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