魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

17 / 35
第17話 『confidence』

 残り一時間足らずで高町なのはとの模擬戦が始まる。もう十回以上彼女とは模擬戦を行ってきたというのに、今日という日の緊張感は今までのものとは比べものにならない。

 ティアナは自室で体を震わせる。それは、恐れから来るものではない。決して恐怖から来ているものではない。一人の局員として、自分の出せる全ての力を出し切り、ぶつかれる幸悦感。遥か高みの存在に全力で挑めるための武者震いだ。

 自分は一人ではない。仲間がいる。そして自分の指揮と判断によって、勝敗が分けられる。より仲間を信じ、より仲間に信頼され、最善の判断を下す覚悟を持つ。

 とてつもない重圧だ。これが指揮する者達が背負ってきたプレッシャー。上を目指す者達が必ず通ってきた道。

 

 「――――よし!」

 

 自分の両頬を強く叩く。弱気になんてなりはしない。今日、この日、自分の精神の脆弱さを克服する。ティアナ・ランスターが培ってきた技術を惜しみなく使い、仲間の力も最大限に引き出してみせる。

 

 ―――今までにない強い意志をもって、頂きに君臨するエースオブエースに勝利する―――

 

 ティアナは震える拳を握りしめ、己の部屋から退出した。

 

 

 ◆

 

 

 模擬戦の舞台となる場所は高層ビル群が立ち並ぶ廃墟と化した都市に設定させた。障害物など身を隠す場所が多く、また機転を働かせば色々と利用できる箇所が多い。

 ティアナ達と高町なのはは既に離れた場所で待機している。開始の合図が始まれば、問題なく模擬戦は行われるだろう。そしてそれを見守るのは、なのはとはやてを除く隊長陣営と盾の守護獣ザフィーラ(人間形態)、ヘリパイロットのヴァイス・グランセニック。

 恐らくこれほど重役が集まり、観戦することなど機動六課創設初と言っていい。

 彼らは戦いの邪魔にならないよう二㎞ほど離れた場所で模擬戦の開始を待っている。

 

 「おいヴァイス。お前、ティアナ達になに仕掛けたんだ?」

 

 赤毛の少女、副隊長八神ヴィータは半目でヴァイスを睨んで問うてきた。

 

 「はい?」

 「はい? じゃねぇよとぼけんな。今日のティアナ達のやる気は異常だ。覇気に満ちているどころの話じゃねぇ。いっちょ前に歴戦の戦士面してやがる」

 

 ヴィータはあれほど覚悟の据わったティアナ達を見たことがない。だからこそ隊長陣営は興味深く皆観戦に訪れ、何かしらの期待を向けているのだ。あのザフィーラまで興味津々となるとかなりのものだろう。

 そして彼女らに影響を与えたのは、間違いなくこの元狙撃手だ。シグナムに以前、ティアナがヴァイスに弟子入りしたという話を聞いた。思えばティアナの顔つきが変わったのもその頃からだった。今回の模擬戦も、何らかのカタチでこの男が関与している。

 

 「俺はただあいつ等に“全戦全敗で悔しくないのか? 模擬戦でもやるからには勝つ気でやれ。それが例え高町なのはでも関係ない”………的なこと言っただけですけど」

 「ああ、なるほど。オメェはあいつ等に発破をかけたのか。道理で…………」

 「分不相応なことしちゃいましたかね? やっぱり」

 「いいや、そんなことねぇよ。お前にしちゃあよくやった。おかげであいつ等の、今までの訓練の成果を拝むことが出来る。ありゃあ本気でなのはを倒しかねない気迫だな」

 

 張りぼてではない、列記としたやる気。チームが一丸となって、高町なのはを倒そうとしている。その気迫を当てられているなのはも、嬉々としてソレを受け止め、本気で相手をする構えを取っている。

 

 「高町の奴、微笑んでいたな」

 「ああ。なにせ今まで高町を恐れ、受け身の姿勢だった生徒が全身全霊を掛けて挑んでくるのだ。それも自分を越えようとしている。成長を促す教官としてこれほどの悦びはないだろうさ」

 「………そうだな。それにあれほど期待に胸を膨らませている高町も珍しい」

 

 シグナムとザフィーラもこの一戦は見逃せないとばかりに目を光らせている。フェイトはただ無言でこの模擬戦の過程と結末を楽しみとばかりに目を輝かせていた。

 

 「俺は見守ることしかできねぇが…………餓鬼共、頑張れよ」

 

 元狙撃手は大きな壁に立ち向かう少年少女の勝利を願う。

 

 

 ◆

 

 

 ティアナを筆頭とした新米たちは各々の武器を展開し、バリアジャケットに身を包み、遥か先にいるであろう高町なのはの姿を幻視する。

 もう逃げはしない。恐れはしない。今胸にあるのは勝利を掲げることのみだ。

 

 「私達は今日………機動六課に新たな歴史を刻み込む!」

 「「「おおッ!!」」」

 

 円陣を組み、喝を入れる。

 新兵がなんだ。エースオブエースがなんだ。そんな小さなことを気にして何になる。今までの努力と研鑽、仲間達と培ってきたチームワークを信じれば勝てないものなどありはしない。

 

 ――――模擬戦:スタートです――――

 

 無機質な機械音声による開始の合図が木霊された。

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 開始の合図が告げられ、模擬戦が開始された。そして新米達の超えるべき壁、エースオブエースは凛々しい表情を見せながらティアナ達を狩るために飛行し探索を始める。

 

 “皆、今日はかなり気合が入ってる。私を本気で倒そうとしているんだね”

 

 教官としてこれほど嬉しいことはない。今まで逃げの一手に力を注いでいた彼女達が、これまでにない闘志を燃やして自分に挑み越えようとしている。教官冥利これに尽きるだろう。

 自分も負けてはいられない。彼女達の全力に応えるべく、リミッターが掛けられている状態で出せる全力をもって、本気で彼女達にぶつかっていこう。

 

 「…………っ!?」

 

 そう決心し、ティアナ達が待ち受けているであろう高層ビル群に突入した瞬間、不愉快な音波がなのはを襲った。あまりの強烈さに頭が割れそうだ。眼球の視点が安定せず、強烈な吐き気がする。

 

 「れ、レイジングハート! すぐに、聴覚を防御して!」

 『All right.』

 

 優秀なインテリデェントデバイスのレイジングハートはマスターの要望を即座に叶える。両耳に魔力保護を掛け、音波による聴覚攻撃を遮断。どうにかなりそうな吐き気や頭痛を押さえた。

 

 “いつの間に、こんな魔法を…………!”

 

 油断したわけではない。予想外過ぎる攻撃手段に、完璧に意表を突かれたのだ。まさか、聴覚を攻めてくるとは思わなかった。

 未だに眩暈を起こしているなのはに、好機とばかりにビル群から姿を現し、突貫してくる三名の魔導師と竜がいた。一人はスバル。キャロによって身体強化を為されたのか普通ではない爆発的なスピードをもって真横からなのはに突っ込んでくる。逆方向からはキャロが使役するフリードリヒに跨り、大槍をもって突進してきているエリオ。竜種のスピードは生半可なものでなく、強化されているスバルと同等以上のスピードをもっていた。

 

 「聴覚を駄目にして、眩暈や吐き気を起こした後に挟撃。――――うん、シンプルな作戦だけど十分な効果を発揮したね。だけど………こんな手段じゃ私は倒せないよ」

 

 エースオブエースの称号を背負う者として、このような策に倒れるようでは名折れだ。どのような策も、己が力で玉砕する。それが、高町なのはだ。

 

 「バインド!」

 

 空間把握能力が特に秀でているなのはにとって、この程度の吐き気や眩暈などは足枷にもならない。それに彼らは高速で動いてはいるが、所詮は一直線の予想し易い突貫にしかすぎない。通過ルートを割り当て、そこにバインドを仕掛けることなど造作もないのだ。故に、高町なのはが彼らを捕えられない筈がない。

 

 「――――ッ、幻影………!」

 

 フリードリヒ、エリオ、キャロ、スバルにバインドを仕掛けた瞬間、彼らの身体は魔力の霧となり姿を消した。これほどの質量感、リアリティのある幻影を作り出せるのは機動六課でもティアナ・ランスターしかいない。ティアナの作り出す幻影と実体を見分けるのはエースストライカークラスであっても至難の業である。

 霧となって消えた幻影から意識を離し、警戒を強くする。なのはは砲撃のみならず、探索技術も高い。普通ならもう彼らを補足していてもおかしくないのだが、未だに発見できていない。気配の遮断もかなり上達している。

 

 「巧く隠れているね。でも、ティアナ達が私を囲むビル群の何処かにいるのは分かってる」

 

 幻影を送り出せるだけの距離、つまり300m以内に彼ら、少なくとも術者のティアナは絶対に隠れている。それだけ分かっていれば十分だ。

 なのはは丁寧に捜索し見つけるのも好きだが、彼女が最も好む索敵術は豪快かつ圧倒的なもの。

 

 「――――シュート!」

 

 百もの魔弾を瞬時に生成。即座に辺りのビル群に掃射する。その狙いは的確なものだった。ビルを支える重要な柱のみに魔弾を直撃させ、最小限の魔力で障害物を崩壊させる。

 

 「なんて出鱈目な………!」

 

 崩壊させたビルの1つから、悪態をつくティアナが勢いよく空に躍り出て、脱出している姿をなのはの眼は捉えた。飛べない彼女はすぐさま銃型デバイスに付属しているワイヤー付きアンカーを射出。辛くも原型が保っているビルの壁にアンカーの矢先を取り付け、ワイヤーを巻き戻してそのビルの壁まで移動しへばり付いた。

 

 「………まさか、こんな強引な方法で索敵するなんて」

 「うーん。いつもの私ならもっと穏やかにやってたんだけど、ティアナ達のやる気に触発されたみたいで、つい力が入っちゃった」

 「――――そうでなければ困ります。私は、私達は、貴女の本気に打ち勝つ覚悟で戦っている。手加減されることは、減給よりも許しがたいことです」

 

 姿を露わにされ、壁にへばり付きながらも、ティアナはなのはを倒す闘志を一向に納めない。対するなのはもティアナの闘志に対して本当に嬉しいと満面の笑みで言い、しかしながらその眼はティアナを補足し続けている。そして彼女の艶やかな唇から放たれる言葉は、背筋にナイフを突き立てられているのではないかというほどの圧力感が備わっていた。

 

 「………少し早いけど、指揮官(ティアナ)には此処でリタイヤしてもらうね」

 

 ガチャリと砲撃形態のレイジングハートの砲口をティアナへと向ける。壁にへばりついているだけのティアナは格好の的だ。周囲には飛び移れる建物は無く、空を飛べる力もない。当然、砲撃を受けるだけの障壁を展開できるわけでもない。ティアナ・ランスタ―に逃げ道は存在しない。

 ――――いや、元から彼女には逃げ道など必要ないのだ。何故ならティアナは………最初から逃げるつもりなどさらさら無かったのだから。

 

 「ディバイン――――…………!?」

 

 なのはは砲撃を発射させる間際、空気を切り裂きながら突貫する音を捉えた。その音は何の迷いもなく自分に近づいてきている。そして彼女の第六感は警報を五月蠅く鳴らした。

 その音は己の真上、上空から聞こえてくることに気付いたなのはは砲撃を切り止め、手を天に突き上げて障壁を展開する。

 

 「「ッッラァァァァァァァ!!」」

 

 その判断は正しかった。なのはの真上から降ってきたのは、スバル(若き拳闘士)エリオ(ベルカの騎士)。なのはが展開した障壁と彼らの一撃がぶつかり合った瞬間、強烈な閃光が辺りを照らす。

 

 「お、重い…………!」

 

 重力に従い落下してきた彼らの一撃はかなり強力だ。しかもキャロの強化魔法により更なる打撃力と切れ味を誇っている。如何に強固なエースオブエースといえど、これほどの一撃を完全に受け止めることは不可能。

 

 「「―――墜ちろッ!!」」

 

 気合一発。炸裂弾の如く放たれた二撃の衝撃を相殺しきれずになのはは地上へと弾き飛ばされる。それでも障壁を破壊されず、直撃を許さなかった辺り、流石は機動六課中ザフィーラの次いで強固な護りを持つ魔導師だ。

 なのはは地上へと落下し、大きな衝撃と砂埃を上げる。だが恐らく彼女はまったくの無傷だろう。落下の衝撃ダメージなぞバリアジャケットを着こんでいる魔導師にはとても期待できない。エースオブエースなら尚のこと。無論、ティアナ達とてそれは理解しているし、これで攻撃を止める気はまったくない。

 瞬間火力ならば随一の高さを誇るフリードリヒの炎弾をなのはの落下ポイントに目掛けて容赦なく撃ち込む。また空中にスバルがウイングロードを展開させ、その上にティアナが飛び乗り、一定の距離を保ちながら二丁拳銃の引き金を目にも止まらぬ速度で引きまくる。

 

 「………ッ」

 

 それもつかの間。ティアナの右腕に桜色のバインドが絡みつく。即座にティアナは未だ自由な左腕を動かし、愛銃で桜色のバインドを撃ち抜いた。

 

 「ほんと、どんだけ非常識なんだろう………あの人は」

 

 ティアナの頬に一滴の汗が下る。まさかあれほどの猛撃のなか、バインドを仕掛けてくるとは流石に驚いた。フリードリヒの炎弾も五発撃ち終え、砂埃が風に流され高町なのはの姿が露わになる。

 予想していた通り、見事なまでに美しく純白な高町なのはのバリアジャケットは未だに健在。少々破損部分が見受けられるだけでも有り難い。少なくとも完全には防御できなかったと見える。

 

 「スバル、エリオ、キャロ………昨日からクドく言ってるけど、なのはさんのバインドには細心の注意を払いなさい。もし捕まったら死ぬ気で解除を試み、それでもダメな場合は近くの仲間がいち早く気付いて断ち切る。少しでも反応、判断が遅れたら砲撃の餌食になるからね」

 「「「はい!」」」

 

 砲撃というものは布石のバインドで相手の身動きを封じ込め、後の撃ち込むことが基本である。それ故にバインドには最も注意を払わなければならない。

 

 「――――散開!」

 

 次々と放たれる魔弾。膨大な魔力を湯水の如く使い、防御力も高いなのははまさに城塞と化している。唯一の救いなのは、移動速度が隊長陣営のなかでも遅いということくらいだ。まぁ、それでも自分達から見ればかなり速いが。

 

 “そもそも砲撃魔導師は本来集団でこそ真価を発揮するものだ。その法則を打ち破っているのが、あの要塞じみた火力と防御力を併せ持つなのはさん。だけど、どこまで極めようが砲撃特化の魔導師は一人で少数を相手するには相性が悪い”

 

 確かに彼女は素晴らしいほどの戦果と偉業を打ち立ててきた百戦錬磨の魔導師なのだろう。撃墜数、捕縛数、戦闘経験………どれもこれもがエースオブエースの称号を持つに相応しいものだ。しかし、それでも無敵とは程遠い。否、無敵などとは端からこの世の中には存在などしない。

 森羅万象どのようなモノにも短所があり、欠点があり、弱点がある。それは高町なのはとて例外ではない。白兵戦が苦手、砲撃を放つまでのタイムロスなどつけ入るチャンスが少なくとも在るのは紛れもない事実。

 

 「………エリオはまたチビ竜に乗って。スバルと一緒になのはさんへクロスレンジを仕掛けなさい。キャロと私は後方支援を務めるわ」

 

 この戦闘の決定打となるのは自分ではない。障壁を破戒できるスバル、空を自由に舞える竜、ベルカの騎士エリオの二人と一匹だ。なのはの苦手とする白兵戦をこなせ、尚且つ飛べてあの馬鹿堅い障壁をどうにかできるのは彼らしかいないのだから。

 しかしスバル達だけではあの弾幕は突破できない。白兵戦を挑もうとする途中で蜂の巣にされるのが関の山だ。故に、自分達の援護が重要になってくる。

 

 「オッケー、ティアナ!」

 「任されました!」

 「キュクル―――!」

 

 勇ましく返事をする二人と一匹の切り札。彼らは自分とキャロを信じている。自分達の足りない部分を補うに足りる存在だと認めてくれている。ならば、その期待に応えないわけにはいかない。

 

 「キャロ。スバル達にとびっきりの強化魔法を」

 「分かりました!」

 

 本当に頼りになる仲間達だ。もし一人でもメンバーが欠けていたら、あの高町なのはを攻略する糸口すらも掴めなかっただろう。

 

 「私があなた達の眼になる。念話で指示を送るから、その通りに動きなさい」

 「………ティアナ」

 「なに、スバル?」

 「………この模擬戦に勝利したら、ヴァイスさんにご飯奢ってもらおうよ」

 「すごく微妙な死亡フラグね。でも、悪くないわ。

 ………最近できた良い喫茶店があるからそこに連れて行ってもらおうかな」

 「良いですねソレ! 僕は大賛成です!!」

 「え……でも、それだとヴァイスさんのお財布の中身が」

 「いいのよキャロ。あの人けっこうお金持ってるから。無問題無問題」

 

 そう断言した瞬間、皆のやる気がさらに+5ほどUpした手応えがティアナには感じられた。やはり報酬というものは大切な役割があるのだろう。見返りが存在するだけでも士気向上に繋がる。ヴァイスには悪いが、これも高町なのはに勝つためだ。勝利した後、気前よく奢ってもらおう。

 

 「…………」

 

 魔弾を回避しながらティアナは弾幕のパターンを読み取り、頭のなかに叩き込む。自分はチームの司令塔だ。彼らをより効率よく導くことに命を掛けなければならない。

 

 「――――よし。仕掛けるわよ、皆」

 

 自身の力、仲間の力を信じてティアナは命令を下す。

 

 

 

 ◆

 

 

 ――――いい試合だ――――

 

 観戦組のメンバーは新米たちの成長に目を見張った。いくらリミッターが掛けられているとはいえ、あのエースオブエースと互角の戦いを興じているのだから。

 

 「動きのキレが格段に良くなってやがるな。迷いってもんがねぇ」

 

 ヴィータは興味深そうに新米たちを観察する。

 

 「………お、どうやら仕掛けるみたいだな」

 

 ティアナの師、ヴァイス・グランセニックはにやりと口元を歪ませた。

 キャロにより身体、武具に多大な強化を施されたティアナ達を見るに、そろそろ勝負を仕掛ける頃合いと見た。やるからには勝算があり、必勝を覚悟しているに違いない。

 

 「おいおいあの弾幕のなかを潜るつもりか? 確かにスバルのバリアブレイクとエリオの白兵戦能力があれば、接近戦でなのはに勝てるかもしんねぇが………上達したとはいえ今のあいつらじゃ、なのはのところに辿り着くまでに墜とされるぞ」

 

 ヴィータは顰めた顔をする。

 近接戦闘が苦手だと一番よく分かっているのはなのは自身だ。故に、彼女達を自分の近くまで接近させることなど許しはしまい。

 

 「ええ、確かになのはさんの弾幕は並外れています。膨大な魔力があるからこそ出来る芸当でしょうよ。そして“今”のスバルとエリオではあの弾幕を突破するだけの力がないのもまた事実」

 

 それでもヴァイスは笑みを止めない。彼らの勝利を信じて疑わない。

 

 「だけども、あいつ等にはティアナとキャロがついている。だから問題ないっすね」

 

 自信満々に断言するヴァイス。それにヴィータは少々呆れ顔で、こいつ子供できたら絶対親ばかになるなと呟いた。

 

 

 ◆

 

 

 高町なのはの総魔力量は一般の魔導師の数倍に値する数値を叩き出している。バリアジャケットも一際堅く、火力も抜きん出て優秀だ。空間認識能力や魔力収束のレアスキル持ちでもあり『鬼才』の権化とも謳われてきた。

 ――――されど、彼女は一度たりとも自分を特別な人間だと思ったことはなかった。他人を見下すことはしなかった。

 慢心せず、増長せず、敗北を知り、人並み以上に努力を重ね、経験を詰み、遂にはエースオブエースの位にまで上り詰めた。故に、彼女には油断が無い。

 

 「―――――シッ!」

 

 次々と魔弾を生成しては放つ移動砲台。しかし得意の砲撃を撃つタイミングはなかなか掴ませてくれない。バインドには引っかからず、かといってこの距離でむやみやたらに砲撃すれば大きな隙を計4名の魔導師に晒すのは明白。

 とりあえずこのまま一定の場所に留まり続けるのはよろしくない。なのはは一際多い弾幕を張りながら、飛行して後退する。

 相手の位置は分かった。ならば、砲撃魔導師のベストな距離に移動し、長距離射撃で仕留めればいいだけのこと。幸いティアナ達のなかに遠距離射撃を可能とするものは存在しない。いや、そもそも本格的な長距離砲撃戦での戦闘となれば、高町なのはが如何様な者にも負ける道理はない。

 

 「貴方は――――」

 「ここで墜とします!!」

 

 スバルとフリードリヒに跨っているエリオがなのはに追いすがる。移動速度は情けないことにあの二人の方が上手だ。キャロの強化魔法の効力も相まって、このままではすぐに追いつかれるだろう。

 

 「この弾幕、二人は乗り越えられるかな…………!」

 

 砲撃だけが高町なのはの取り柄ではない。大量の弾幕を張ることにも長けている。さぁ、近寄れるものなら近寄って来るが良い。いくら成長したとはいえ未だに熟し切れていない新米たちが、この弾幕の壁を潜り抜けれることなどできはしない――――!

 

 「越えさせていただきますよ、なのはさん」

 「なッ―――――」

 

 黄土色の銃弾が次々となのはの分厚い弾幕を削り取っていく。ティアナの魔弾だ。しかし、これは本当に驚いた。まさかこれほどの速射性を有し、さらには安定した援護射撃を行えるほど成長していたとは。

 ティアナの正確無比な射撃により、弾幕の壁に穴ができる。だが、それでもスバルとエリオの現在の腕ではとても通れないほど小さく、また一つの判断ミスだけでも墜とされかねない険しい抜け道だ。しかし――――それでも彼らは何の迷いもなくその弾幕に出来た小さな綻びに突っ込んだ。

 

 「………これは」

 

 普通なら墜ちている。今のスバルとエリオ、フリードリヒの力量は先ほどの戦闘で測ることができた。確かに成長はしていたが、それでもまだこの弾幕を抜けれるほどの力はなかったはずだ。だが現に彼らは何の判断ミスもなく弾幕を掻い潜ってきている。それにエリオとスバルの動き、判断には全く無駄がなく、また恐れが無い。何かを信じ、それに従い動いているという印象を受ける。

 なのははハッとして後方支援に徹しているティアナを凝視する。するとやはり、この不可解な原因の謎は彼女が握っていたと確信した。

 ティアナの眼は目まぐるしく弾幕の綻びを追っている。後方から彼女は、弾幕に出来ている僅かな抜け道を念話でエリオたちに伝えているのだ。それに二人は疑うことなく、その指示を信じ、動いている。故に弾幕のなかを紙一重で掻い潜れている。だから一向に被弾しない。

 ――――見事――――

 そうとしか言えない。そうとしか思えない。絶対的な信頼関係を築いていなければ、こんな無茶をスバル達は請け負わない。ティアナの指示に不安を感じ、疑問を持つことなく従っているということは、彼女に絶対的な信頼を置いていることに他ならないのだ。

 そしてとうとう、スバルとエリオは弾幕を抜けた。目の前にはエースオブエース、高町なのはの姿がある。これが恐らく最大にして最後のチャンス。この距離、このタイミングならば砲撃を放つ余裕もなく、また彼女の弱点である白兵戦の領域に足を踏み入れている。されどなのはにも意地がある。まだ墜とされてもいないのに、おいそれと負けを認めるわけにはいかない。『不屈』という理念、信条こそが高町なのはの本懐。彼女の強さ。

 

 「最大障壁、全面展開!!」

 

 ザフィーラやユーノの盾には劣るものの、自分が出せる最高強度の魔力障壁を展開する。スバルが障壁を破戒させる魔法を所有していることは承知済みだ。ならば、その魔法を弾き返すほどの障壁を編めばいいだけのこと。

 

 「この一撃に全てを掛けるッ! バリアァァァァァァ――――………ブレイクゥゥゥゥゥ!!」

 

 スバルは拳を固く握り締め、桜色の障壁をぶん殴った。今までにない重圧と衝撃がなのはを襲うが、何とか耐え凌ぐ。ピシピシと嫌な音が障壁から鳴っているが構うものか。魔力を総動員して障壁を修復、さらには強化を施す。これならば耐えられる。そう―――スバルの一撃のみならば。

 

 「――――紫電」

 

 小さき竜の背に跨り、槍構えるはベルカの騎士。大槍から排出される空薬莢、帯電する金色の稲妻。キャロの強化魔法も付与されている大槍の刃は、あらゆる壁を貫かんという意志が見受けられた。

 

 「一閃――――!!」

 

 迷いなく障壁を穿つ大槍。矛先に莫大な魔力と雷を含んだ一撃は、壊れかけていた障壁を破戒するには十分以上の威力を秘めていた。

 ――――まるで閃光弾が爆発したかのような光が一帯を覆う。その現象は二㎞離れた場所で観戦していた者達の眼にもしっかり目視できていた。

 誰しもが息を飲んだ。後方で援護に徹していたティアナとキャロも、観客のフェイト達も。

 そしてついに閃光の光が弱まり、彼らの決着が皆の眼に映る。

 

 スバルとエリオ、フリードリヒは未だに飛び続けている。高町なのはも墜ちていない。だが、勝敗は確かに決していた。

 エースオブエースの腹部には大槍が貫通している。そう、あの障壁を突破して彼女を穿ったのだ。ならばどちらが勝利し、どちらが敗北したのかは判断に難しくはない。

 

 「――――僕達の、勝ちです…………なのはさん」

 「………ふふ。そうだね―――私の負け、だよ」

 

 ベルカの騎士エリオが勝利を宣言し、なのはも悔しそうに、しかしながら満面の笑みを浮かべながら、敗北を認めた。

 

 

 模擬戦終了後、なのはは今日の奮闘を惜しみなく絶賛し、観戦組は掛け値なしの賞賛を贈った。この日の模擬戦は見る者を強く惹きつけ、若き者が持つ無限の可能性を見せつけたのだ。

 無事ティアナ達はより自分の力に自信を持ち、誇りを持つことができた。増長だけはしないようヴァイスに窘められたが、当の本人達はそんな気は全くなく、今後とも基礎鍛錬に力を入れ基盤を固めていくよう尽力すると言うのだから、本当に良く出来た子達だと感心する。

 

 「――――ふう。なんとか上手くことが運んだな」

 

 目的を達成し、安堵する狙撃手。気分が良いせいだろうか、唯の缶珈琲が格別に美味く感じる。まぁこれでティアナも自分が凡才だとか、成長していないとかいうふざけたことを言ってうじうじと悩む癖は無くなっただろう。あとはこれからも絶え間なく精進し続ければ、間違いなくエースストライカーまで成長する。嗚呼、なかなか良い楽しみができたものだ。

 

 「こんだけの成果を出したんだ。ま、メシを奢るくらい安いもんか」

 

 模擬戦が終わり、一段落したところでティアナ達に飯を奢ってくれとせがまれた。とりわけ断る理由もなく、奮闘したご褒美としてヴァイスはあっさりと承諾した。そう、してしまったのだ。

 

 彼は一つ、大切なことを失念していた。――――あの新米たちのなかに、ブラックホール並みの胃袋を持つ人間が二名いたということに。

 ………そう、エリオとスバルのことである。

 彼らは配慮というものを知らず、次々と馬鹿高い料理を注文しては完食し注文しては完食しの悪夢のようなループを繰り返した。さりげなくティアナとキャロまでも際どい値段のデザートを頼んでいたのだから救いなんてものが全くない。

 最終的にヴァイスの財布は文字通り空となり、彼は一人しょっぱい思いを味わうこととなったのは言わずもがな、である。

 

 




・感想お待ちしています!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。