魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第15話 『work』

 なのはの首に取り付けられた爆弾はクロノによって解除され、高町夫婦は無事ジェイル・スカリエッティの束縛から逃れることができた。しかし、それで全てが丸く収まったわけではない。

 当初の計画では、変態科学者を捕縛して、時空管理局に送りつけて、後は妻と共に元の世界へと帰る予定だったのが…………全てを見通していたジェイルによって全てが台無しにされた。しかも腕には厄介極まりない拘束具まで取り付けられる始末。情けないことこの上ない。

 

 ―――とにかく戸籍、住民票、活動拠点を手に入れよう。これらが無ければ何も出来ない。

 

 時空管理局に保護を申し込もうにも、今までクロノが行ってきた数々の犯罪行為を鑑みれば、とてもそんなことを頼める立場ではないのは明白だ。下手したら、いや、間違いなく捕縛される。一度捕まれば、いつ日の出を拝めるか分かったものではない。自分の住む世界のこともできるだけ隠匿したいというのも本音だ。

 クロノは己の持つ最大限の裏ワザ(催眠術や記憶操作+偽造スキル)を行使して、何とか人民の持つ最低限の権限を入手した。ジェイルから小遣いを頂いていたことも幸いした。お金がなければ戸籍も何も手に入れることはできなかっただろう。活動拠点、自分達が寝泊まりできる場所も確保できた。首都グラナガンでは非常に珍しい、六畳一間の部屋があるアパートだ。大家もかなり気の良い人である。最初は雨風凌げればよいと考えていただけに、予想以上の成果に嬉しさも大きくなるものだ。

 

 そんなこんなで、こうして高町夫婦は否応無しにクラナガンで生活することが決まった。

 

 

 ・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・

 

 

 窓から照りつける太陽の光は、眩しくも温かい。六畳一間の部屋は、その光で十分満たされる。円状のテーブルに置かれた昼食は、質素ながらも非常に手の込まれたものだ。なのはの作るご飯は絶品である。どのような高級料理にも勝るものだ。異論は認めない。

 クロノは黙々とその美味い飯を口に入れながら思案する。

 自分達が新たな活動地点で生活するようになって、はや4日が経った。手持ちのお金で食いつないでいくには当然ながら無理がある。しかも元の世界に戻るための転移装置を作る部品も買わなければならないので、莫大な資金は必須だ。そこでクロノは即大金を貰えることのできる『賞金稼ぎ』の職についた。荒事は不本意かつ苦手だが、もはや綺麗事を言っていられるほど余裕はない。また仕事とは別で、レリックの捜索を視野に入れている。なんせジェイルの野望とやらはアレが無ければ成り立たないというのは分かり切っている。ならば、妨害しない手はないだろう。

 クロノはご馳走様と言って、飯を綺麗に平らげ空になった食器を台所まで持っていき、一つ一つ丁寧に洗っていく。

 妻は今頃、仕事に精を出しているだろう。自分も負けてはいられない。クロノは手に付いた洗剤を綺麗に洗い落として、タオルで拭く。そして本型の収納デバイスを起動させ、中から指名手配書と書かれた一冊の分厚い辞典のようなファイルを取り出した。それにはE~Sランクの犯罪者及び次元犯罪組織の名簿と賞金、顔写真などが乗せられている。内容は嫌になるほど事細かに記されており、略奪者、殺人鬼、放火魔と頭のネジが幾つも抜けている狂人共の過ちが目に映る。

 

 「………この組織を潰しますか」

 

 その中でもAAランク級の犯罪組織にクロノは目を付けた。ロストロギアを違法に収集し、売り飛ばすことを専門としている組織だ。戦闘力の高い傭兵を多額の金で雇っているので、なかなか厄介な相手ではあるが、以前ジェイルがこの組織はレリックを保有している可能性があると呟いていたので、放っておくわけにもいかず、潰すには申し分ない。拠点は超大型の戦艦と珍しいものだ。現在地は情報屋に尋ねてみれば特定できるかもしれない。

 ――――そうと決まれば行動あるのみ。クロノは己の武装を収納デバイスに詰め込んで、アパートから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 「クックック。お前らぁ、本当についてないなぁ。どうやら神さんは俺に味方したようだぜ?」

 「ハッ、勝手に吠えてろよ。どんなに手札が良くても使い手が脳無しだと意味がねェ」

 「同意。確かに手札は大事だが、最も大切なのは頭脳だ」

 「宝の持ち腐れっていう汚名を着せられたくなければせいぜい頑張んな」

 「ハッ、言うじゃねェか。上等だ。ビリになった奴は今日の食費代全員分払いやがれ!」

 

 巨大な戦艦の甲板上で(たむろ)っている軍服姿の男達は、トランプを手に持ち睨み合っていた。大富豪で賭けアリのひと勝負を行なっているのだ。全員がフフフと口元を緩く歪めている。しかし、目は全く笑っていない。本気と書いてマジな眼をしている。

 とある次元犯罪組織に雇われている傭兵集団は、ぶっちゃけ暇を持て余していた。今回の雇い主は金払いこそいいが、やること為すこと小さな次元世界に踏み入っては、ちょっと高価なロストロギアを奪い取るだけ。大きな戦を避け、確実に利益を得ようとする。あまりにも小利口で、あまりにも胆の小さな雇い主である。しかも拠点が戦艦だ。辺りは当然海しかない。別次元世界に行こうにも、警備の仕事があるためにあまり出かけれず、女遊びもできず、やれることといえば生温い模擬戦、釣り、ボードゲーム、今やっているカードゲームくらいのものだ。戦闘狂の多い傭兵としては、なかなかに堪える環境ではある。

 

 「最近本当に戦闘少ないのな。ここ1週間ドンパチやらかせてねぇぞ」

 「武装の消費も抑えられて、しかも金が貰えんだ。素晴らしいことだと思っておけよ」

 「………そうだけどよ」

 「まぁ、お前さんの言いたいことは分かる。命を張った戦がしたくてウズウズしてるんだろ? そんなん此処にいる全員が思っていることさ」

 「ほんと戦闘狂ばっかだなぁ俺達は。社会不適合者と言われても仕方がねぇ」

 「「「「ハハ、ちげぇねぇわなぁ」」」」」

 

 ぽいぽいと手札からカードを出し続けながら、男達は豪快に嗤い合う。全くもって、品性の欠片も無いものだ。とても真っ当なものではない狂気が孕んでいる。

 命の掛け合い。命の取り合い。己の命をチップとして扱う非人道的感覚。一般人が見れば誰しもが嫌悪し、罵倒し、嘲笑するだろう。

 あの世に『天国』と『地獄』があるのなら、自分達が落ちるのは疑いようもなく『地獄』だ。彼らもそれを理解し、また望んでいる。天国という名の安穏と平和を象徴した場所なんてものは、争い事が好きで好きで堪らない彼らにとっては、まさに『地獄』と同義である。そんなクソッタレな場所、此方から願い下げというものだ。

 

 「…………ん?」

 「おいどうしたよ。次はベック隊長の番だぜ? さっさと札切ってくれよ」

 「いや、今回のゲームはこれにて終いだ」

 「はぁ? そりゃねぇぜ。まだ始まったばかり…………いや、なるほど。そういうことか」

 「ああ、そういうことだ」

 

 大富豪を楽しんでいた男達は皆無言で頷き合った。此処に近づく魔導師の魔力ではなく、敵意のある気配を微かながらに感知したのだ。そして全員がカードを放り出して、各々の得物を素早く武装する。魔導師であるものは殺傷設定されたデバイスを、非魔導師であるものは質量兵器を。総勢15名の傭兵集団『ロストバタリオン』。百をも超える死線を潜り抜け、尚も生き延びるイカレた戦士達。その戦闘能力は並の武装隊を遥かに上回る。

 

 「な、何事だ!? 何故貴様らは武装している!?」

 

 おっと、五月蠅い雇い主のお出ましだ。ぶくぶくと太った豚のような身体、口には脂ぎった液体がついている。どうやら飯を食っていた最中だったようだ。

 

 「何事って、敵ですよ雇い主殿。それ以外に何があると言うのですか」

 

 彼の問いに、ティアドロップ型のサングラスを掛けた隊長ベックは悠々と答える。それに彼は泡を食って掛かった。まるで理解できないという風な形相で。

 

 「馬鹿な! レーダーには何の反応もないんだぞ!? それなのに―――――」

 「かなり高度なステルス術式でも使ってるんでしょうな」

 「な、ならば何故敵が近づいてきていると貴様らは分かるんだ!!」

 「それはほら、勘ってやつですよ。とにかく、雇い主殿は落ち着いて中にお戻りください。ここは危険ですよ―――ちょいとばかしドデカい騒動が起きるかもしれませんからね」

 

 それでも此処にいたいのならご自由にどうぞ。

 怖気づいた豚男は大急ぎでシェルターまで駆けて行った。これらのやり取りを見ていた仲間達は苦笑どころか大爆笑だ。

 

 「おぉーし、邪魔者はすっこんだ。これで存分に腕が振るえるってもんだ」

 

 ベックは笑い、喜ぶ。久しぶりの戦闘が行えるかもしれないのだ。楽しまなくては損しか残らん。それにしても、敵は何処から攻めてくるつもりだ? 気配は微弱にしか感じられんし、流石に方向までは分からない。何より此処の戦艦は特別仕様だ。半径五百m四方にはあらゆるタイプの障壁が張り巡らされている。難攻不落とは言い過ぎだが、並みの城塞よりかは遥かに堅い護りで出来ている。本当にどうやって、

 

 ビキッ…………

 

 「アン?」

 

 不穏な音が聞こえた。そう、まるで硝子に亀裂が入ったような音だ。それは次第に広がり、盛大に砕け落ちる騒音となる。

 

 「真上からか……………!!」

 

 甲板から上空を見上げる。すると黒い法衣を着た男が何重にも張られている障壁を砕きながら落下してきているではないか。あまりにも爽快、かつ愉快だ。なかなかどうして、予想していた以上にトンデモナイ敵が現れた。嗚呼、これは神からの贈り物か何かなのか? ベックは基本神は信じない性質ではあるが、今回ばかりは信じていい。信じてもいいと思った。

 全ての障壁を破壊した魔導師は勢いよく戦艦の広い甲板の中心に着地した。皆の視線はその男に注目される。どうやら今のとこ敵は一人のみのようだ。ベックは口元を今まで以上に大きく歪ませた。狼にも勝る眼光を宿して。

 

 「イイねェ。実にイイ。上等なモンが来やがったよオイ」

 

 ベックは尋常ではない殺気を出して、ホルスターから二挺の拳銃を抜き取った。その二挺ともに質量兵器のベレッタM76。外観はそこいらで売っているものとそう変わらないが、中身は十二分にベック印の魔改造が施されたイカレた品だ。別物といってもいい。重量も馬鹿にならない。

 

 “コイツ……例の魔導師か…………”

 

 黒衣のバリアジャケットを着用し、フードを用いて顔を隠す長身体躯の男。そして時代遅れの中古量産型デバイスS2Uなんてものを使う変わり者。―――間違いない。奴は最近噂の魔導師様だ。その実力は彼の機動六課の隊長格と渡り合えるほどと聞く。なるほど、本当に今日は運が良い。

 

 「此処が、AAランク級次元犯罪組織『ロギオン』の最大拠点で違いないですか?」

 「ああ、そうだ。そんで俺が此処の護衛を任されている超イカす傭兵部隊『ロストバタリオン』の最高責任者、ベック・リスターだ。よろしく、フード男」

 「ロストバタリオン。“元”軍属の人間で構成された百戦錬磨の一個小隊。多くの任務を高確率で成功させてきたSランク級の傭兵集団」

 「へぇ………まさかアンタに知ってもらえてるたぁ光栄だな。俺達も鼻が高い」

 「―――抵抗する気ですか」

 「あたぼうよ。護衛の俺達が、このまま何もせずにただ突っ立ってると思ったか?」

 

 あんまりうちを舐めんなよ。そう言って彼は何の躊躇もなくその引き金を引いた。それに続いて配置についていた部下も一斉掃射を仕掛ける。

 

 「―――――ッ!」

 

 フード男は障壁で防ぐことをせず、走り躱すことを選択した。成程、やはり只者でないな。その選択は正しい。

 自分達の扱う銃弾は特殊な魔術式が施されている。それは障壁の破壊。対魔導師用に作られた我が部隊自慢の一品。あのまま障壁を張り、護りを固めようとしたならば、今頃彼の身体は蜂の巣になっていただろう。

 

 「スティンガーブレイド」

 

 短い詠唱を終えると、フード男の周囲には蒼の魔力で出来た大量の刀剣群が出現した。確かあれは高位の殲滅系統に属する魔法。その魔力で出来た刀剣の一つ一つが爆弾だ。一撃でも当たれば致命傷になる。彼は1000を超える刀剣をたった15名の人間に分担して狙いを定めさせた。奴もやる気を出したというわけか。

 

 「総員、各々の力で切り抜けろッ!…………対処できなかったやつは減給な」

 「「「「オーライ!!」」」」

 

 一人につき66もの刀剣が降り注ぐ。その脅威たるや小規模の絨毯爆撃に匹敵するだろう。されど、自分達はこんな弾幕過去に幾度も経験してきた。いや、これ以上のものを浴びてきたのだ。

 ベックは身軽な動きでそれらの刀剣群を回避する。その様はさながら軽業師のようであった。また、避けきれないものは二挺のベレッタM76を用いて撃ち落とす。他の部下達も余裕をもって迎撃、回避にあたり全くの無傷で生還している。まぁ、当然の結果だ。あれだけ分散させた弱小の弾幕を潜り抜けれないようじゃあ、この組織でやっていける資格なんてありゃしない。絨毯爆撃といっても下の下にあたる脅威だったのだし。

 弾幕を対処仕切れたベックは二挺の内、一挺のベレッタM76をホルスターの中に納め、代わりに丁寧に手入れされたサバイバルナイフを腰の鞘から抜き放った。今日この日まで多くの人間の生き血を啜った己の相棒だ。これにも対魔導師用の調整が加えられており、障壁破壊の効果が刻み込まれている。

 

 「………サシでやらせてもらおうかな。やっぱり」

 

 そうベックが宣言した。それに対して部下達がずりーずりーと反発するが、それをサングラス越しの眼力+威圧によって黙らせた。傭兵らは「完全にスイッチ入っちまったよアレ」とうんざりした顔をして、自分達にはこれ以上出番が来ないのだと諦めた。隊長がああなってしまったら、援護射撃すら許してくれまい。こいつ得物を独り占めする気満々だ。

 

 「やれやれ、もう手がつけられねェな。俺らは大人しく観客になるとしますかね」

 「そうだな。あー、勿体ない。せっかく骨のある奴と会えたってのに」

 「まぁまぁそう落ち込みなさんなや。あのフード男。もしかしたら、もしかするかもよ?」

 

 煙草を銜えて、ビールを手に持ち、成り行きを傍観することを決めた男達。隊長がしくじってくれれば出番は回ってくるのだが、さて。彼のフード男様はどんなことを仕出かしてくれるのか。

 自分達も阿呆ではない。己の部隊の隊長が如何に強かろうと、それを上回る敵は多く存在すると弁えている。故に、フード男の健闘を密かに期待をする。あの素顔を隠した男は、果たして自分達をより楽しませてくれる存在なのかどうか。もし隊長が仕留めきれなかった時、その瞬間自分達が奴を仕留めるつもりだ。それなら隊長殿も文句は言えまい。

 

 「うっし、んじゃ行くぜ――――フード男さんよぉ!」

 

 高笑いを響かせながらベックは甲板を強く蹴り、前へ前へと疾走する。獣の如き俊敏さを為し、両手には非殺傷設定の掛けられていない武器が握られている。だがそれでも、最も危険なのはそれらの凶器を振るうベック自身である。

 

 「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 『Stinger Blade Execution Shift.』

 

 近接戦は拙い。そう確信したフード男の行動は素早かった。彼はバックステップを行ない、少しでも距離を稼ぎ、その後すぐに弾幕を用意し、全刀剣をベック目掛けて掃射したのだ。先に放ったスティンガーブレイドの数は一人につき66本だったが、今はベック一人絞られている。もはや先の弾幕とは比較にできないほどの絨毯爆撃。大抵のものならここで詰んでいるだろう。しかし、ベックは違った。奴はまともなタイプの人間じゃあない。

 

 「―――な」

 

 彼は防御することも、回避することも、迎撃することもせずにただ、突っ込んだ(・・・・・・)。あの刀剣の群れに、何の恐れもなく真正面から。

 フード男は度胆を抜かれた。まぁ、当たり前の反応ではある。あれだけの魔力で生成された刀剣群のなかを迷わず飛び込む輩が何処にいる? 普通はいまい。だが、そこいらの人間とは一味違う、というかずれているベックは生憎ながら普通じゃあない。異常な男なのだ。

 

 「へッ、流石に非殺傷設定が掛けられていてもイテェもんはイテェよなぁ」

 

 フード男の目の前で、刀剣群を潜り抜けてきた男が愚痴を零した。もちろん無傷ではない。ズタボロの状態でだ。しかし、所詮は非殺傷設定の掛かったダメージだ。痛みを我慢すれば何の問題にもならない。血が出ているわけではないので、出血死の心配もない。ショック死さえしなければ、ノープロブレム。

 

 「おら死ぬ気でよけねぇと昇天すんぞ?」

 「―――――――ッ」

 

 フード男の眉間にゴリゴリと銃口を突きつけて、ベックは重い引き金を引く。

 空薬莢の排出音と、乾いた音が鳴り響いた。

 

 「ヒュー、良い反射神経してんなアンタ。才能ある奴特有の匂いがプンプンしやがるぜ」

 

 躱した。あれだけ密着した状態で放ったというのに、避けやがった。普通の人間なら恐れを為して頭がクリアになり、思考すら放棄または本能に任せて無駄な足掻きをするだけだというのに、コイツは異常なほど冷静に対処した。まるで機械だ。

 

 「ほんならコレはどうよ」

 

 非殺傷設定の掛かっていないナイフで刺突を行う。いくら強固な障壁に頼っていても意味はない。ちゃんとした正しい対処をしなければ刺殺されるのみだ。

 

 「スティンガーブレイド…………!」

 

 彼は魔力で生成された剣を瞬時に用意し、刺突を弾いた。悪くない対処だ。だが、少し甘いな。こうも密着してはベックの得意な白兵戦で思う存分戦えるというもの。もう距離はとらせない。このまま一気に攻め崩す。

 

 “腕は良い。能力も高い。何らかの武術にも精通している。だが、闘う類いの人間じゃないな”

 

 銃を使い、ナイフを使い、攻め立てながらベックは確信する。目の前の男は生粋の戦闘者ではないと。非殺傷設定をしているのにも関わらず、ところどころでこの男は力を抜いている。ワザと隙を作り、誘っても付け入ることに暫し迷いが出ている。嗚呼、こいつは最高のお人好しだ。戦場にいても長生きできないタイプの人間だ。実に勿体ないものである。もっと非情になれば、まだまだ強くなれるというのに、高みを目指せるというのに、フード男はそれを望まない。望んでいない。

 

 「―――惜しいもんだ」

 

 珍しい男であったが、終いにしよう。自分にはこの男は些か眩しすぎる。

 ベックは足蹴りを放ち、フード男の脇腹に叩き込む。例えバリアジャケット越しでも、体勢は崩すには申し分のない一撃だ。その隙を活かし、ベックは手に持つサバイバルナイフを迷いなくクロノの喉元に直進させた。勿論、目の前の男の息の根を止めるために。

 

 

 ◆

 

 

 現在 平行世界の高町なのはは、母『桃子』の名を借り、尚且つ認識阻害効果のある眼鏡を付けて、とある喫茶店のウエイトレスとして働いていた。もうクロノの足を引っ張ってばかりではいられない。ちゃんと収入くらいは確保したいのだ。

 

 「………雨……降ってきちゃったなぁ」

 

 なのはは憂鬱な気持ちで窓の外を見る。見事なまでの大雨だ。まったく、今回の天気予報は大いに外れてくれた。おかげで傘を持ってきていない自分は、濡れて帰るハメになってしまった。

 

 “まあ、仕方ないよね。天気予報は万能じゃないもの。予報が100%当たるなんてあり得ないし”

 

 それにこの喫茶店からアパートまでそう距離はない。多少濡れる程度で済む。今日は洗濯物も干していないし、別に気にするほどのことでもないじゃないか。気を取り直して仕事に励もう。

 彼女はテキパキとテーブルに置かれている食べ終わった食器を回収する。元々、喫茶店を経営する人間である彼女の動きに無駄はない。実に手慣れたものであった。例え動き難いメイド服を着せられていようが関係ない。また、なのはの働くその姿に目を奪われる男性客も少なくはなかった。

 普通なら、エースオブエース高町なのはのそっくりさんが働いていると噂になるのだが、認識阻害眼鏡のおかげでなのはのことを『すこし若い女性』とだけ認識される。本当に便利な眼鏡である。おかげで気兼ねなく働けるというものだ。

 

 “………クロノくん、また危険なことしているのかな”

 

 テーブルの上を片付けをしながら、なのはは少し不安な気持ちを心の中で吐露する。帰るため、生きるため、ジェイル・スカリエッティを止めるために今日もクロノは無茶なことをしているのだろう。正直に言えば、どんな理由であれ命に関わるような仕事はしてほしくない。しかし、それも叶わぬ願いだとなのはは分かっている。命を張らなければどうしようもない状況に自分達は陥っているのだと、理解しているのだ。

 この世界の自分のように、強大な力を持っていない高町なのはに出来ることは、ただクロノを信じて帰りを待つこと。少しでも彼の負担を緩和させること。愛情を注いだ料理を作って、胃を満たしてあげることくらいである。ならばその自分にできる数少ないことに対して胸を張り、誇りに思おう。

 

 「―――よし!」

 

 気合を入れ直すなのは。ネガティブな思考はゴミ箱だ。心が暗いと雰囲気も悪くなる。唯でさえ外は雨なのだ。ウエイトレスが心の底から笑顔を振り撒かなければ、お客の居心地も悪くなるというもの。なのはは肩の力を抜き、己の仕事に熱中させるのであった。

 

 

 

 ◆

 

 

 ロストバタリオンの傭兵達は、皆揃って口を開けた。煙草を吹かしていた者は、口から煙草がポロリと落ち、缶ビールを飲んでいた者は、その缶をうっかり握り潰した。

 ベックの斬撃はフード男の首を刈り取るに最高のタイミングだった。障壁をも切り裂くナイフを持ってして、呆気なく勝負が決まると思えた。しかし、そうはならなかった。ベックのサバイバルナイフは、フード男の首に触れる一歩手前で、勢いを急停止させたのだ。決してベックがおふざけ半分で寸止めをしたわけではない。彼は本気で彼を殺すつもりだった。ならばなぜ、ナイフは止まったのか。傭兵達は、興奮した口調でその原因を叫んだ。

 

 「「「「「設置型チェーンバインド…………!!」」」」」

 

 そう、鎖型のバインド『チェーンバインド』がベックの斬撃を、身体の動きを、完全に殺したのだ。両肘、両膝、関節部分は勿論のこと、身体の肢体にくまなく蒼の鎖を絡ませている。

 彼がフード男の目の前に立ち、ナイフを振りかざしたその時、ベックの立っていた甲板上に淡い光が灯った。その瞬間、甲板上に魔方陣が浮き上がり、その中から大量の鎖が意志を持っているかのようにベックの身体に纏わり付いたのだ。

 

 「くぅ………何時の間に仕込んでいたんだ…………」

 

 束縛されたベックは、頬に一滴の汗が流れる。どうやら、本気で参っているようだ。

 フード男は無言でベックの頭に掌を当てようとする。どうみても拙い。トドメを刺す気だ。傭兵達は狂喜に身を震わせながら、見物を止め、フード男に銃弾、魔弾を掃射した。彼は問題なく、その掃射を避けながら後退する。だが、それでいい。おかげで我が隊長と奴の距離を開くことができた。傭兵達はすぐさまベックの元に駆け寄り、絡んでいる鎖を断ち切る。

 

 「おいおい俺はまだ参ったとは言ってねぇんだが…………」

 「強がりは其処までだ、隊長。どう見ても、ありゃあんたの負けだよ」

 「こっからは決闘だなんて小奇麗なことは言えないぜ。あんたが一番分かってんだろ? 俺たちゃ傭兵だ。私情を挟み過ぎるとロストバタリオンの信用に関わる」

 「…………すまん、少し熱くなり過ぎていた」

 

 情けないもんだ、と愚痴って再び視線をフード男に向ける。

 

 「悪く思わないでくれよフード男。こっからは、サシじゃあ無いぜ」

 「…………掛かった」

 「「「「「「へ?」」」」」」

 

 フード男は口元をにやりと緩ませ、いきなり己の掌を甲板に当てた。

 

 「法術式/束縛」

 

 あ、こりゃ拙い。とんでもない魔力が甲板を伝わっていっている。そして自分達の周囲を瞬時に囲んだ。かなり巨大な魔方陣が形成される。馬鹿でも分かる、これは結界魔法だ。

 

 「あの野郎、俺を餌にしやがったな…………!?」

 

 ベックと戦闘を行いながら、フード男はきめ細かに甲板上に魔方陣を描いていた。恐らく、感づかれないほどの微量な魔力を、甲板上に垂れ流していたのだろう。後は布石の設置型バインドを発動させ、ベックを拘束。そして案の定皆が隊長を救助したその時に、大本命の結界を発動させる。完璧に、嵌められた。

 

 「形状:固定」

 

 魔方陣から高密度な魔力は吹き出し、凝固なドーム状の結界が現界する。この瞬間、ロストバタリオンの敗北は確定されたようなものだ。清々しいくらいに、この自分達が一網打尽にされた。常勝無敗と謳われたロストバタリオンが、だ。どのような困難な任務にも文句のつけようのない結果だけを残してきた自分達が、たかが一人の魔導師にやられたのだ。笑い話にもならない。

 

 「………ぷはぁ」

 

 自分達を打倒したトンデモナイ魔導師は、尻をついて一息ついている。凄い奴であるのは間違いないのだが、なんというか威厳に欠ける。どこにでもいる青年のような男だ。

 

 「アンタ、ほんと不思議な奴だな」

 「え?」

 「………いや、なんでもねぇよ。そら、尻ついてないでさっさとやることやっちまえ。俺達がこの結界に閉じ込められている内にな」

 

 そうベックが言うと、フード男はゆっくり立ち上がり、自分達に一礼して艦内に侵入していった。あの雇い主を捕縛しに行ったのだろう。哀れな雇い主だ。どんなに頑丈なシェルターに引き籠っていても、奴なら何の問題もなく引きずり出すだろう。というかフード男が手を拱くイメージが全く湧かない。

 

 「おいベスタ。この結界、何とかなるか?」

 

 黒人ガチムチスキンヘッドの大男は興味深そうに結界の膜を見て、触る。

 

 「あー………ミッドチルダでもなく、ベルカでもなく、古代ベルカでもない。数多くの次元世界を渡り歩いたことのある俺でも、まったく見たことのねぇ術式だ…………しかし、解除できないことはない」

 「どれだけ時間が掛かる?」

 「まぁ、時間は掛かるわな、そりゃあ。少なくとも10分はいるな」

 

 どんだけ堅いんだよこの結界。

 

 「今日失った弾薬は全てベック隊長に支払ってもらうっつうのはどうよ」

 「「「「「「賛成!」」」」」」

 「…………分かったよ。今回は、全面的に俺が悪かったからな」

 

 断れるわけがないので、ベックはしぶしぶ受け入れる。懐から財布の中身を確認して、ただ欝になるしかなかった。

 フード男が艦内に入って8分ほど経って、何かが盛大に破壊される音が聞こえた。

 ………シェルターが粉砕されたな間違いない。耳を澄ましてみると艦内の次元犯罪者共が悲鳴を上げながら逃げ惑う声が聞こえる。どうやら雇い主だけでなく、犯罪者メンバー全員を狩るつもりなのだろう。――――可哀そうなものだ。彼からは、逃げられない。一人残らず狩られるだろう。命は取られないだろうが、全員豚箱行きは決定だ。

 

 …………任務失敗。

 

 もはや言い訳の余地もないほどの敗北だ。黒星だ。今日は帰って反省会だ。

 

 自分達が結界に閉じ込められて10分経過。ベスタは宣言通り10分きっかりに結界を解除した。男共が詰め込まれた狭苦しい空間は、もはや異界といっても相違なかった。もう二度と御免である。

 

 「隊長。どうすっよ、リベンジしに行くのか?」

 「俺達の任務は失敗に終わった。これ以上は、無駄な戦いってもんだ。確かにリベンジしたいのはやまやまなんだがな」

 

 そう言って、ベックは口笛を鳴らす。すると空中から計15匹もの大鷹が飛来してきた。ベックの使い魔達だ。一匹一匹が使い魔最速の飛行能力を有している。

 

 「全員乗れ―――撤収だ。今回は負け戦だったが、中々に楽しめた」

 「結局隊長が楽しい思いしただけじゃねぇか。俺たちゃまともにやりあってすらねぇんだけど」

 「そう怒るな怒るな。次があるさ」

 

 空高く舞う大鷹の背中の上でベックは業火に包まれていく戦艦を一瞬だけ見下ろし、最大速度で飛び去って行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 雨が降り始めて4時間以上経過したが、止むどころかまた一段と勢いが強くなってきた。雨量が半端ではない。

 仕事が一段落し、なのははメイド服を脱ぎ私服に着替える。私物はビニール袋の中に入れ、濡れるのは服だけに留める。これで被害は最小限に押さえられるだろう。

 

 「はいストップ」

 

 そんな覚悟をしていたなのはを呼び止める人がいた。黒髪を一括りにし、自分と同じ認識阻害眼鏡を掛けている男性。高町クロノだ。彼の手には1本の傘が握られていた。

 

 ・・・

 ・・

 ・

 

 

 「なんで携帯端末で僕を呼ばなかったのさ?」

 「…………迷惑かけたくなかったから」

 「後から風邪を引かれた方が困るよ、僕は」

 「…………ごめんなさい」

 「次はちゃんと、困っている時は連絡を入れてくれ」

 

 際限なしに降り注ぐ雨のなか、二人は一本の傘のなかに入ってアパートに向かっていた。少しばかりクロノは怒っているようで、珍しく口調に棘がある。しかしそれはなのはを心配しているためであって、決して邪険してはいない、温かみのあるものであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「うわー………なにこれパネーッス」

 

 レリックを保有していることが判明した次元犯罪組織『ロギオン』の偵察にきたウェンディは、あまりの惨状に言葉を失う。

 あの空母にも匹敵する巨大な戦艦が、丸ごと海の藻屑となっているではないか。雄々しい艦のカタチがまったくない。上空から透視眼球を使い、海底の奥深くを見てみると見事に戦艦が沈んでいるのが分かる。急いで長女ウーノに連絡を取った。

 

 『ウェンディ。どうやらロギオンは壊滅させられたみたいよ。一団全員が時空管理局に捕まってるわ。レリックを含むロストロギアも全部聖王教会に回収されている』

 「えー。それじゃあ来た意味なかったじゃないッスかー」

 『ごめんなさい。ちゃんと事前に調べておくべきだったわ。お詫びに今日はデザートにウェンディの好きなアップルパイを用意するから許して』

 「え!?………そ、それなら仕方ないッスね。うん、まぁ許してあげるッス!」

 

 ――――チョロイ。さすがウェンディだ。期待を裏切らない。

 

 「それにしても、よくロギオンを潰せれたッスね。ロストバタリオンの連中が雇われてたッスから生半可な奴らじゃあ潰せない筈ッスけど」

 

 ロストバタリオンは総勢15名しかいないが、一人一人がナンバーズと同等かそれ以上の戦闘力を持つ傭兵集団だ。そんな化け物どもが護る次元犯罪組織をどうやって潰したのか、純粋な疑問が残る。

 

 『…………ロギオンを潰したのはたった一人の魔導師らしいわよ』

 「マジッスか!?」

 『時代遅れのS2Uを使う長身体躯の男の人だった、てもっぱらの噂』

 「あー…………クロスケっすか」

 『ええ、あの人しかいないでしょ』

 

 ならば納得だ。クロノの戦闘力を身を持って知っているウェンディはコクコクと頷いた。

 

 『あの人………いえ、あの人達はもう仲間ではありません。敵です。間違いなくドクターの夢を壊すつもりでしょう。私達ナンバーズはそれを阻止しなければならい』

 「………そうッスね」

 『不本意ですが、仕方がありません。たいへんお世話になった人達ですが、刃を交える日は必ず訪れる――――ウェンディ。貴方は、彼らに矛を向けられますか?』

 「やれるッスよ。あたしはナンバーズの一員ッスから。いくら馬鹿でも立場くらいは弁えてるッス」

 

 決意の籠った声で、ウェンディは言う。自分達ナンバーズの生みの親はジェイル・スカリエッティだ。どのような理由であれ、あの人は自分達に生を授けてくれた。彼の期待に応えたい。裏切ることは出来ない。例え、親しかった者に己が武器を向けようことになっても、その意思を揺るがすことはできない。

 

 ――――ありがとう――――

 

 返ってきたウーノの言葉は、何処か涙ぐんでいるような気がした。

 




基本、高町クロノの扱う魔法はアニメクロノが習得している魔法などを主体としています。
アニメクロノの魔法って使い勝手良すぎる。火力が高く、手数も多く、浪漫も満載!
何気にあのなのはさんと同等の魔力を持ってるアニメクロノってマジパネェ。

………努力家で有能なのに、アニメでの出番の少なさには泣けます。

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