魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

13 / 35
第13話 『severe battle』

 機械兵器ガジェット・ドローン。ジェイルはこれを戦力としてではく、レリックを回収するための道具、ナンバーズという己の最高傑作たる戦闘機人を目立たせるための玩具として見ている。そんな損な役回りを背負い生産されているガジェットだが、玩具には分不相応な汎用性と優れた防御能力を備わらせている。対魔法結界『AMF』はまさに魔導師にとって天敵に為りうる能力だ。

 

 「何より恐ろしいのは、その常識に縛られない圧倒的物量だ」

 

 ゼストは身を持って味わっている。ガジェットの本領はその無尽蔵とも言える膨大な数による圧倒。AMFがある限り生半可な攻撃では倒せず、魔力もセーブして闘うことはできない。かつてゼストは、その物量戦に敗北した。仲間を護りながら何十何百もののガジェットと戦い、最後は体力と気力共に極限まで削がれ、ナンバーズのチンクにトドメを刺されたのだ。数で押せば、エースストライカーをも下せれる。

 

 「しかも時が経つに連れ新たな機能がガジェットに内蔵されていく。多くの多種性を身につけていく。訓練などしなくとも強くなり、人のように替えがきかないわけでもない」

 

 材料と金さえあれば一晩で何百ものガジェットが生産される。まさに悪夢のような代物だ。つくづくこんな恐ろしい兵器を玩具として見ているジェイルの気が知れない。唯一救いなのは、あのジェイル・スカリエッティでもガジェットを完全に制御することができないくらいだ。流石の狂人医者でもアルハザードの遺産を使いこなすことは不可能なのだろう。

 

 「―――む」

 

 地面に広げられた電子地図に点滅していた駒達(ガジェット)の反応が幾つもロストした。流石は機動六課。手際の良い撃破ぶりだ。

 

 「本格的に行かせてもらうぞ」

 

 制御が完全に出来なくとも結構だ。80%程度制御ができれば十分だ。倒すのではなく、時間を稼ぐだけならば、申し分ない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「なんだと?」

 

 ヴァイスはスコープを覗きながら、ガジェットの動きを凝視した。今まで無規則で、何の統制の取れていなかったガジェットが部隊顔負けの小隊を組んでいる。今までこんな事例はなかった。しかも、その速度と機敏性ときたら並みのガジェットの非ではない。

 

 「おいおいどういうこったよこりゃあ」

 

 狙撃ポイントにうってつけな木に身を潜ませながらも、ヴァイスは頭を悩ませる。集団戦も、個体性能も、今日まで記録されてきたガジェットの中では異常な性能だ。

 

 「………まず大型6機小型10機を潰してやるか」

 

 愚痴っていても仕方がない。ここは戦場なのだからイレギュラーな事態は付き物だ。ヴァイスのストームレイダーから空薬莢が幾つも排出させる。そして一㎞ほど離れたガジェットのど真ん中に狙いを定める。後は、引き金を引くのみだ。何、アレは人ではない。塵屑だ。撃ったところで何の良心も痛まない。人だったとしても、トラウマさえなければ容易に引き金を引くことができる。自分は、元狙撃手なのだから。

 

 放たれた魔弾は何の問題もなく計16機のガジェットのコアを射抜いた。魔力量の少ないヴァイスにとって、一撃必殺は絶対に狙わなくてはならない。雑魚相手に撃ち損じなど全くもって論外だ。

 

 『惚れ惚れする見事な狙撃だ。多少腕が落ちていても、些細な問題だな』

 

 弾道を見ていたシグナムから賞賛の念話が送られてきた。

 

 「そいつはどうも。それより姐さん。こいつ等、どう見ても誰かが直接統制とってますよね。動きが違い過ぎまっせ」

 『ああ。しかもかなりの腕を持っているようだ。生半可な指揮者ではないぞ』

 「俺の視認範囲では指揮者らしき人影は見えません。そちらは?」

 『いや、此方も見当たらないな。相当距離を取って遠隔操作をしているのか、よほど身を隠す技能が高いのか。どちらにせよガジェットを相手しながらではそう簡単に見つけれそうにない』

 「分かりました、兎に角今は防衛に徹底しましょう。姐さんも熱くなりすぎて突っ込み過ぎないでくださいね」

 『言われずとも分かっている。お前こそ油断して撃ち漏らしなどするなよ?』

 「ハッ、冗談。油断なんてものは強者の特権っすよ。俺には縁遠いもんですぜ」

 

 

 ◆

 

 

 「スバル! 絶対に私から離れすぎちゃ駄目よ! もしバラバラになったら鴨られるわ!!」

 「う、うん! 分かった!!」

 

 地上の防衛に出向いていたティアナはガジェットの計画的な動きに焦りを滲ませていた。

 

 “互いの長所を活かし短所を護る。奴らの動きはまるで闘い慣れた戦士のようね”

 

 気のせいだろうか。機械であり傀儡であるはずのガジェットが、まるで子供のように活き活きしているように見える。これが自分達の本気だと言っているかのように。

 

 「全く、私はいつからそんなメルヘンチックな思考を持ったんだか」

 

 素早く迫りくる二体のガジェットを的確に撃ち落とす。

 

 「心は熱く、頭は冷たく。戦場では常に冷静な者が生き残る」

 

 目的を見失うな。自分達の役割は防衛だ。何が何でもホテルアグスタをガジェットから守らなければならない。不用意に先行しすぎると自滅する。

 

 「それにしても、ガジェットの進行がやけに鈍いわね。あれだけの性能ならもっと攻め立ててきても良い筈なのに。これだとまるで、ここで私達と戦闘をするのが奴らの目的のようだわ」

 

 ガジェットは執拗に自分達に攻撃をしてきている。射程範囲に入っていなくても、奴らから進んで自分達に突っ込んでくる。何故だ? ガジェット・ドローンとはレリックを回収するためだけの機械だというのに、何故自分達と戦うことが目的かのように突撃してくる。第一に、あのガジェット達は自動で動いているのではなく何者かに指揮されているのは明白だ。これほどガジェットを巧みに操り、自分のみならず隊長クラスの局員まで苦戦させている強者が、どうして本来の目的たるレリックの回収に向かわせない。

 

 「もしかして、敵は最初っからホテルアグスタにレリックが無いのを承知している? レリックがないことを分かっていながらガジェットを差向かわしている……………!?」

 

 ティアナは勢いよくホテルアグスタのある方向に振り返る。

 このガジェット達は陽動であり、本命はホテルアグスタに出される他の『ロストロギア』なのかもしれない。ジェイル・スカリエッティが狙っているモノが何もレリックだけとは限られない。そして、厳重な警戒体勢の中ホテルアグスタに潜入できそうな輩に、自分は心当たりがある。

 

 “フード男”

 

 あの男がホテルアグスタに潜入し、何か分からないが品物を盗もうとしている可能性がある。第三勢力か、ジェイルの仲間か未だに判明していなかったが、もしかするともしかするかもしれない。可能性は0ではないのだ。

 

 「確固たる証拠はないけど…………チッ!」

 

 考え事に耽っていたところを、ガジェットの熱線に狙われた。これは己の失態だ。戦場で呆けるなど自殺志願者のすること。ティアナは迫りくる熱線を間一髪回避し、撃ってきたガジェットに銃口を向け蜂の巣にする。

 

 「とにかく連絡を。このことを知らせ―――――」

 

 ティアナは隊長達に念話を飛ばそうとした。しかし、

 

 「――――――!?」

 

 浮遊していたガジェットからいきなり白い煙がモクモクと激しい勢いで噴出し始めた。スバルとティアナはすぐにガス類だと判断し、バリアジャケットの防護効果を強化した。これでガスマスクを着用した時と同等の効果を得られる。だが、ティアナは安心できなかった。

 

 「拙いわね。これは、毒でも何でもないわ」

 「え? なら何が拙いの?」

 「辺りをよく見てみなさい。見る限り白に覆い尽くされているわよ」

 「スモーク………?」

 「そ、スモーク。御丁寧に万遍なく広範囲に広がっていっている」

 

 まるで霧だ。ちょっとした先の景色すらも見えやしない。

 

 「しかも、さっきスモークが発生したのと同時にここ一帯に結界が構築されたのを感じたわ。念話が使用不可能になったことを考えると、恐らくジャミングの類。右も左も分からない上に連絡手段まで閉じられた―――最悪ね」

 

 これでは隊長達に連絡が取れない。いや、今はそれどころではなくなった。この霧のせいで不用意に動けばスバルとすぐにはぐれてしまう状態に陥ってしまったのだ。

 

 “………大丈夫。ホテルアグスタの内部には3人の隊長格が残っている。もし何かがあっても、きっと解決してくれるはずだ。それに、どちらにしても私達はここを離れられない………!!”

 

 このガジェットの大軍勢を全滅させなければホテルアグスタに戻ることはできない。自分達の任務はガジェットの掃討とホテルアグスタの防衛。ならば、隊長達を信じて己に課せられた任務を全うするべきだろう。

 

 「私の背中は任せたわよスバル」

 「アイアイサー! なんだか今日のティアナは頼りになるね!」

 「馬鹿言ってないで構えなさい。敵は無駄話をさせてくれるほど優しくないんだから」

 

 

 ◆

 

 

 視界を遮る霧。そして魔導師の通信手段である念話の遮断。あとは奴らの連携をバラバラにし、孤立させる。兵力が分断させたらすかさず複数のガジェットを向かわせ戦闘を行わさせ、有利な戦況に持ち込む。Bランクの魔導師を主力とした部隊ならばすぐに潰せるものだが、相手は機動六課だ。打倒まではいかないだろうとゼストは踏んでいる。それでも十分時間を稼げるだろう。

 

 “勘の良い者なら、もうそろそろこれが陽動だと気付く頃合いだな”

 

 機動六課は馬鹿ではない。むしろ賢い者が大半を占めている。しかし、これが陽動だと気付いたところでどうしようもない。ガジェットが現れた以上、駆逐するのが彼らの仕事だ。二百体のガジェットを前に、引き返すことなどできはしない。

 

 「もう少し付き合ってもらうぞ。機動六課」

 

 ゼストはガジェットを三機一組に形勢し、次々と送り込む。ここで攻撃の手を緩めるつもりはない。

 

 「ゼスト」

 

 念話遮断の結界を生みだし、維持していたルーテシアがくいくいと自分のコートを引っ張ってきた。

 

 「どうした」

 「ホテルアグスタに、私の張った結界とは違う結界が展開されてる」

 「―――なに?」

 

 

 ◆

 

 

 地下駐車場で対峙する白と黒の魔導師。互いの得物を構え合い、両者とも動かないでいた。所謂膠着状態だ。なのはの相手はフードを深く被り、素顔を見せないハーヴェイと偽名で名乗る男。一度の戦闘で彼の戦闘力の底知れなさは十分味わった。謎も深まるばかり。故に今日、この任務で彼を打倒し、洗いざらい吐いてもらう。

 

 「これはまた、厄介な………」

 

 ハーヴェイは苦虫を噛み潰したような声で唸る。そしてなのははニヤリと口元を緩めた。

 

 「このホテルアグスタ周辺に転移魔法を阻害する結界が張られていますね」

 「ふふ、貴方の転移魔法は危険過ぎる。ちゃんと封じる策を用意しておかないと」

 

 転移魔法は極めて凶悪だ。ハーヴェイを倒すのならば、まず転移魔法を潰す必要があった。故になのはは転移魔法を妨害するための結界を張れる魔道具を常時用意していた。この対転移結界は非常に高い出費ではあったが、効果は絶大だ。

 

 「……………」

 

 ハーヴェイは左手をゆっくりと己の腰に手をつける。何か仕出かす気だ。なのははレイジングハートを強く握り締め、神経をより一層尖らせる。此処は地下駐車場。しかもオークション用のロストロギアが大量に積まれているトラックがある。例えるのならば火薬たっぷりな爆弾が敷き詰めされたような空間だ。下手に砲撃を放とうものなら大参事になるのは間違いない。つまり、なのはにとってとても不利なステージなのだ。気を付けなくてはならない。

 

 「行きますよ」

 

 腰から取り出してきたのは三つの手榴弾と思わしきもの。それを彼は何の躊躇もなく放り投げた。彼が投げたものはなのはの目の前で破裂し、大量の煙を噴出させた。アレは、手榴弾なのではなくスモークグレネードだ。そして辺りに蔓延する大量の煙。一瞬にして周囲の景色が白へと変わった。

 

 「………舐めないでね」

 

 殺気を出さず、気配を消して背後から忍び寄る黒衣の魔導師になのはは振り返り、相棒のレイジングハートを思いっきり叩き込んだ。

 

 「な、!?」

 

 間一髪、レイジングハートの打撃をS2Uで受け止めたハーヴェイからは驚きの声が漏れる。

 

 「手刀を用いて首を狙い、気絶させる。そう何度も同じ手が通用するなんて思っていたら大間違いだよ、ハーヴェイ君」

 

 対ハーヴェイ対策にどれだけ頭を悩まされたか。どれほどの案を練ったか。彼は実に驚いているようだが、まだまだ驚くには早すぎる。闘いは、始まったばかりなのだから。

 

 「ならば―――」

 

 ギリギリとS2Uの柄とレイジングハートの柄がせめぎ合う中で、ハーヴェイは魔法の行使を決意した。この柄と柄が密着した状態で扱うに最も適した魔法は一つしかない。

 

 「ブレイクインパルス!!」

 『Break Impulse.』

 

 高速振動を内部に送り込み破壊する高等近接魔法『ブレイクインパルス』。まともに直撃すれば唯では済まない。しかし、どんな魔法にも弱点、対処法などは必ずある。

 

 「それも、効かない!」

 

 なのはのバリアジャケットには新たな機能が追加されている。それは、対振動緩和防護層。あらゆる魔力による振動を遮断する特殊な機能だ。わざわざ時空管理局御用達の開発局に作って貰った対ハーヴェイ対策の一つ。

 効果はてき面。彼の放った振動は自分に害することなく対振動緩和防護層によって防がれた。これで、実質厄介な転移魔法とブレイクインパルスを封じることに成功した。

 

 「バインド!」

 

 呆気に取られているハーヴェイにすかさずバインドを放つ。

 ――――だが、やはりそこまで上手く事を運ばせてはくれないようで、彼はなんなくバインドを躱し、再び霧の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 “なのはさん………ちょっと強すぎるでしょう”

 

 クロノは冷や汗を流しながら、なのはの高い戦闘能力に恐怖する。

 砲撃特化の魔導師故に近接戦は不得意と思っていたが、そうでもなかった。見たところ、素の運動能力なら、恐らく妻のなのはより少し上程度。しかし、レイジングハートのサポートと魔法による身体強化により並みの格闘家より反射神経、運動神経が高くなっている。手加減がしにくい上に、下手したら逆に倒されそうな始末だ。

 

 “目的のモノは回収したけど、結界のせいで転移では逃げられないし”

 

 スモークグレネードを撒いた時に、こっそりとトラックから目的の品物を回収したクロノではあったが、なのはが用意した対転移結界のおかげで脱出がより困難になった。ひとまず彼女を気絶させて逃亡を図ろうとはしたのだが、予想以上の抵抗を受けた。流石はエースオブエース。そう簡単に倒させてくれはしない。

 

 “こっちのレイジングハートが問題なく使えれば、一発で逃げれたんだけど…………まさか使うたびに劣化するなんて思いもしなかった。もっと早く気付くべきだったなぁ”

 

 以前自分の記憶の幾らかを犠牲にさせて復活させた祈願実現型のレイジングハート。実は、完全に修復できたわけではなかったのだ。ナンバーズとの五度目の模擬戦で気付いた。あれは使えば使うほど脆くなり、力が弱まり、劣化する。恐らく、イデアシードに吹き込まれた魔力ではまだ不十分だったのだろう。しかも同調率が満たされておらず、使いこなせていないクロノが使用すると余計に負担が増してしまう。やはり自分では分不相応な代物だったらしい。

 

 “万全に使えるようにするには、もう一度イデアシードに僕の記憶を喰わせなきゃならない…………それだけは避けたいところだね”

 

 記憶を喰われるということは、即ち記憶の消失。『忘れた』と『失った』とでは深刻度が天と地ほどの差がある。当然失った記憶は二度と戻ってくることはない。治すことも、思い出すこともできないのだ。そう、永遠に。

 高町家との平和な日常。なのはと過ごしてきた平穏な毎日。ナンバーズを四苦八苦しながら世話した日々。楽しい思い出も、辛い思い出も、苦い思い出も、クロノにとっては大切な記憶だ。それを失う感覚は、魂にぽっかりと穴を開けられるようなものだ。あの感覚は出来るならもう二度と味わいたくはない。

 

 “まだスモークは蔓延している。今の内に逃げることにしましょうか………!”

 

 自分がなのはの前で退けなかったのは、目的のモノがまだ回収できていなかったからだ。目的のモノを回収できている今、高町なのはと争う理由はなくなった。無理に気絶を狙わなくとも、このまま無事このホテルアグスタから脱出すれば良い。無用な戦いは極力避けることを努力すべきだろう。退却することを決意したクロノは地下駐車場の出入り口に向かって走る。しかし、

 

 カチッ。

 

 ―――――何かが作動する音がした。

 

 「設置型……バインド?」

 

 足元を恐る恐る見てみると、見事な桜色をしたリングが足を拘束していた。なのはがこっそり仕掛けたものとみて間違いない。

 

 「なんて抜け目のな―――――ッ!?」

 

 設置型バインドを解除した時、クロノの身体は少しばかり硬直した。その隙を狙って、桜色の砲撃がクロノの背中を見事に射抜く。周囲に被害が出ないよう攻撃範囲を狭め、命中率を高められた砲撃だ。自分が逃げようとすることは最初からお見通しだったということか。

 

 「ッ、ァァァァァ!!」

 

 気合で倒れかける身体を立て直し、クロノは低空飛行を行い逃亡する。後ろを振り返ればなのはが追ってくる姿が視認できた。本当にどこまでも追ってきそうな気迫だ。『高町なのは』の諦めの悪い性格は何処の平行世界でも同じなようで、嬉しく思うのだが、それも時と場合というものがある。今は素直に喜べないのが本音である。

 クロノは口元を恐怖で引き攣らせながらも、速度を緩めることはしない。ホテルアグスタの広い廊下を全速力で飛び続ける。ここで捕まれば、自分に未来など無いのだから。

 

 「―――――――!!」

 

 そんな彼にさらなる絶望が立ち塞がる。前方に白のマントを羽織った黒のバリアジャケットを着こなす女性、フェイト・T・ハラオウンがバルディッシュを構え待機していたのだ。

 

 “待ち伏せ挟み撃ちってアリですか………!?”

 

 たった一人の男に対して容赦も慈悲も何一つない悪魔のような所業である。そして恐らく彼女にもブレイクインパルスを無効化する何らかの対策が施されているに違いない。逃げることがさらに難しくなってきた。

 

 「器物破損すみません!」

 

 クロノは横の壁を破壊し、新たな逃走ルートを確保する。そのまま次々と壁を破壊しながら突き進む。ホテルアグスタオーナーには非常に申し訳ないと思うが、此方も手段を選んでいる余裕はないのだ。悪く思わないでほしい。

 

 そして、六枚目の壁を破壊した時、やっとのことでホテルアグスタから脱することに成功した。防衛に出ている隊員達がまだ帰還していないところを見ると、ゼスト達は未だに粘ってくれているようだ。本当に助かる。ここでまた増援なんてこられていたら完全に詰んでいた。

 

 「逃がさないって言ったはずだよ!」

 「ここで捕まえる!」

 

 それでも今自分が置かれている状況が非常に拙いことに変わりはない。なんとかホテルアグスタから脱出したのは良いが、以前変わらず隊長格に追われている身だ。

 いつの間にかフェイト・T・ハラオウンに回り込まれ、後ろを振り向けばなのはがレイジングハートの照準を自分に合わせて立っている。

 

 「……………っ」

 

 嗚呼、これは危ない流れだ。このままだとまたイデアシードに記憶を喰わせてなきゃならないハメになる。それだけは避けたい。避けたいんだが、このままだと本当に――――――、

 

 『高町クロノ。まだ無事なのなら応答しろ』

 

 そんな窮地に天の声が聞こえた。否、肩に引っ付いていたルーテシアの使い魔の魔導蟲からゼストの小さな声が聞こえてきた。

 ――――何故だろう。ゼストの声が凄く神々しく感じる。

 

 『ゼストさん………!』

 

 クロノは小さく、しかし感動を隠しきれない声色でゼストの名を口にした。

 

 『よし、無事のようだな。安心したぞ…………だがその声色から察するに、あまり良い状況では無いようだな』

 『ヤル気満々のエースストライカー二名に囲まれています』

 『考え得る限り最悪な状況だな。お前が転移魔法で逃げれていないのは、今展開されている結界の効力によるものと見て違いないか?』

 『はい。対転移結界を張る魔道具を使われていて………』

 『分かった。念のためにホテルアグスタ近くに待機させておいたガリューに、その魔道具を見つけ出させ破壊させる。それまで奴らの猛攻を凌ぎ切れ。俺達もできるだけ機動六課の面々を食い止めよう』

 『あ、ありがとうございます…………!!』

 

 彼のおかげでイデアシードは使わなくて済みそうだ。やはり持つべきものは友である。それを改めて認識されられたクロノであった。

 

 「逃げるのを止めたようだけど、諦めが着いたのかな?」

 「………まさか。僕もなのはさんと同じで、諦めが悪い方なんです」

 

 強奪品の入ったケースを先日作った簡易収納デバイスに納め、S2Uを構え直してクロノは再度戦闘態勢を取った。

 

 「第三ラウンドだね。でも今度は私の砲撃(得意分野)が存分に振るえる外。フェイトちゃんもいるし、負ける気はしないな」

 「―――そうですか」

 

 即座にクロノは空中に上がり、蒼の魔方陣を周囲に展開する。数は十数を超え、そこから大量のチェーンバインドが溢れ出す。高町なのはと同レベルの魔力量と、プレシア・テスタロッサ以上の頭脳があって初めてできる芸当だ。次元広しと言えど、このような業を扱えるのは高町クロノただ一人だろう。しかし、そのような規格外なことを可能にする法術師を前にしてもなのはとフェイトは驚愕も、恐怖も、諦めもしていない。むしろ闘志をより一層激しくさせている。

 

 「やっぱり最初に戦った時は全力じゃ無かったんだね」

 「なのは――――来るよ!」

 「加減は出来ません。全力で行きます…………!」

 

 なのはとフェイトに数百ものチェーンバインドが四方八方から雪崩のように押し寄せる。チンクであっても対処するのにかなり苦戦する圧倒的物量による攻撃だ。さぁ、彼女達はどうする。

 

 「たたっ斬る」

 「薙ぎ払う」

 

 フェイトは三日月型の魔力刃を展開させたバルディッシュを横に一薙ぎ。するとチェーンバインドはまるで鋏で髪を切るかのように、一瞬にして両断された。なのははレイジングハートを砲撃形態に移行させ、膨大な魔力が含まれたディバインバスターを掃射。意図も容易く薙ぎ払った。

 

 “やはり凄まじいな、隊長格は”

 

 単なる力押しでどうにかなるものではない。

 

 「―――――ッ!」

 

 眼下にいたフェイト・T・ハラオウンの姿が一瞬で消えた。いや、違う。あれはあまりの高速移動によりあたかも消えたように見えているだけだ。

 彼女のスピードは装甲を極限まで薄くした代償に得た力。『当たらなければどうということはない』を地で行く人だ。速いのは当然だろう。

 

 「だけど、全く見えないということはない」

 

 強化した裸眼で高速移動するフェイトを捉える。

 彼女のウリはスピードだけじゃない。この世界では貴重と言われている電撃のレアスキル、そして高い白兵戦能力がある。しかも殲滅能力にも優れている。まさに防御力以外は極めて高水準な能力を持つオールランダーな魔導師と言える。

 フェイトの高速移動を活かした斬撃がクロノを襲うが、彼は少ない動きでそれらの斬撃を紙一重で回避する。クロノはこれ以上の剣戟を幾度も見てきた。彼らと比べれば、まだフェイトの太刀筋は読みやすいし荒いものがある。まぁ、比べる対象がアレなだけなので、フェイトが今の時点でかなりの実力者であるのは変わりないが。

 

 “前回の焼き直しだけは勘弁願いたい”

 

 最初に戦った時は本当に大変な目にあった。フェイトに不意を突かれてバインドを取り付けられ、さらにはなのはの極大ビームをモロに喰らう一歩手前まで追い詰められた。おかげでイデアシードを使ってしまい、大切な記憶が幾つも消えた。もうあんな失態は犯してはならない。

 

 “それにしても、エゲツナイところばかり狙ってきますね…………”

 

 頭と首を執拗に狙ってくる。大鎌の魔力刃がまるで断頭台の役割を担っているかのようだ。狙いも的確。よほど手慣れていると見える。

 

 “どうしてこの世界の女性はこうも物理的に強いのだろうか”

 

 ナンバーズ然り。機動六課然り。大半の女性は並の男など比べものにならないほど高い戦闘力を有している。自分の住む世界も大概であったが、この世界は比にならない。

 

 「そこ!」

 「おっと」

 

 死神の刃が自分の首を狩ろうとする間際に、S2Uを滑り込ませて首を護る。幾ら非殺傷設定があったとしても、首を刎ねられる感覚を味わうのは勘弁だ。

 彼女達は相手が死なないことを前提としてその莫大な力を何の躊躇いもなく扱っている。

 『非殺傷設定』。それはこの世界の魔法の中で、最も重要な魔法なのだろう。相手が死なないのなら、その力を振るう者は何の罪悪感も感じなくなる。クロノが思うに、ある意味一番恐ろしい魔法である。

 

 「―――――っ!」

 

 フェイトはいきなり頭をしゃがませた。何故そんな行動に出たかと思えば、その答えはすぐに出た。フェイトの背後から一閃の細い熱線が向かってきていたからだ。なのはは自分とフェイトが鍔迫り合いをしている間に、狙いを定めて砲撃を行なった。そしてフェイトはそれに気付いていながらも、ギリギリまで自分と鍔迫り合いを興じていた。――――――クロノになのはの砲撃を悟らせないために。

 

 “念話の使えないこの状況下で、これほどの意思疎通を…………!”

 

 生半可ではない信頼関係だ。なのははフェイトが躱すことを前提として砲撃を撃ち、フェイトはその意図に瞬時に理解し自分のやるべき役割を理解していた。

 

 「グ――――ォ―――――――!」

 

 首を必死に横に寄せ、なのはの砲撃を躱そうとしたが、もう遅かった。桜色の熱線は見事にクロノの顔を半分撃ち抜いた。顔に激痛が容赦なく襲い、意識が一瞬で跳びそうになった。それでもクロノは意地を見せ、何とか気絶せまいと意識を踏み止まらせたが―――――、

 頭をしゃがませいたフェイトは、なのはの砲撃がクロノの頭部に命中した瞬間に、すぐに態勢を立て直させてクロノの頭部をそのか細い手で触れる。そして、何の慈悲も無い魔法を発動させた。

 

 「プラズマー………スマッシャァァァァァ!!」

 『Plasma Smasher.』

 

 激しい電撃を纏った純粋な砲撃魔法を、至近距離、しかも頭部目掛けて全力で放った。莫大な量の雷撃がクロノの身体を駆け巡る。非殺傷設定が無ければ確実に死んでいる。いや、この技を喰らう前になのはの砲撃で頭部半分を削がれているか。朦朧とする意識のなかで苦笑するクロノ。冗談抜きで走馬灯が見えそうだった。

 

 二つの砲撃級の魔法を喰らい、墜落するクロノは堅いコンクリートで出来た地面に身体を叩きつけられる。流石に、エースストライカー二人を相手して何とかなるものではなかったか。やはり非戦闘員でしかない者が、あらゆる修羅場を潜り抜けてきた戦士二人をどうにかできるほど、世の中は甘くない。

 

 「ご………ふ……っ」

 

 胃の中のモノが盛大に吐き出されそうだ。生体機能の半分が電撃によって麻痺している。それでも彼は、何とか立ち上がった。だが既に高町クロノはもう、満身創痍だ。

 

 「………………?」

 

 そこでクロノはある疑問を頭に浮かべた。

 どうして今、彼女達は畳みかけるように攻撃をしてこない。今が絶好のチャンスのはずだ。彼女達に限って、満身創痍の自分に情が移ったなどということはあるまい。時空管理局の局員たるもの、犯罪者に情けをかけることなど愚かなことだ。それを一等空尉や執務官にまで上り詰めた彼女達が、理解していないわけがない。

 

 「クロノ……君?」

 「…………お兄ちゃん?」

 「………………………………………………………………………はい?」

 

 二人の言葉にクロノは顔が青くなっていくのを感じた。クロノはバババッと麻痺しているにも関わらず素早い手つきで頭部周辺を触った。そして、気づいた。先ほどの二発の砲撃で、フードが完璧に吹っ飛んでいることに。

 

 「あ……………」

 

 これは、非情に拙い。この世界のクロノ・ハラオウンにヘンな迷惑は掛けたくないと常々思っていたというのに。誤解される前に何とかしなければならない。

 

 「………貴方は、何者ですか」

 「クロノ君じゃ………ないよね」

 

 いや、どうやら杞憂だったようだ。彼女達はすぐに自分達の知るクロノとは別人物だと見抜いた。困惑した表情はしているが。

 

 「確かに僕は貴女達の知っている、クロノ・ハラオウンとは全くの別人です。安心してください。勿論、直接的な関係も何一つありません」

 

 クロノは麻痺していた舌を全力で治療魔法を施し、饒舌な口調で釘を打っておく。

 そしてこのタイミングで対転移結界が崩壊したのを感じた。どうやらガリューが無事魔道具を破壊してくれたらしい。欲を言うのなら、もう少し早くしてほしかった。

 

 「あー、大切なことなのでもう一度言っておきますけど、本当に彼とは何の関係もないですからね」

 

 それだけ言って、クロノは転移魔法を用いてこの場を離脱した。あと一歩のところまで追いつめたなのはとフェイトは、悔しがる素振りも見せず、ただ彼の正体に驚きを隠せず茫然としているのみだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。