魔法夫婦リリカルおもちゃ箱   作:ナイジェッル

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第12話 『suffering』

 大規模な骨董美術オークション会場ホテルアグスタ。

 取引許可の終えているロストロギアなどが多く出品されるため、レリックの魔力反応と誤認したガジェット・ドローンが襲撃してくる可能性が高いと時空管理局が判断した。そのため時空管理局の最高戦力と謳われた猛者が多く所属している『機動六課』がその警備を任されることとなった。そう、よりにもよって、あの機動六課に、だ。しかも戦力総出という徹底ぶり。並みの次元犯罪者なら素足になって逃げ出すだろう。

 

 「最悪だ……」

 

 ホテルアグスタの警備員に変装しているクロノは、帽子を深く被り直しながらため息を吐いた。

 レリックが関わらない任務故、機動六課との遭遇は無いと思い込んでいたクロノにとって、このイレギュラーは彼の頭を悩ますには十分な威力を秘めていた。これだと魔導師千人が警備についていてくれた方がまだマシだとさえ思えてくる。

 

 “機動六課総戦力なんて冗談じゃない………けど、逃げるわけにはいかないんだよね”

 

 クロノは腕時計を見て時間を確認する。

 もう少し時間が経てば大量のガジェットを外部から此処ホテルアグスタに向けて送りつけられる。勿論、全滅させられることを前提としてだ。あくまでガジェットは囮。ガジェットの迎撃のために機動六課の戦力が外に出向いている内に、自分が確実に目標を確保する手筈になっている。ゼスト達の支援もあるのだ。失敗はできない。

 

 「―――あ」

 

 これも何かの巡り合わせか。自分が目視できる距離で、緑色のスーツを着こなしているユーノ・スクライアを発見した。まさか彼までホテルアグスタにいようとは思わなんだ。

 彼は長髪の男性と生真面目な顔で何かを話し合っている。聴覚を強化すれば何を話しているか聞き取れるが、そこまでクロノは礼儀知らずではない。

 

 “もしできるのなら、今すぐ謝りに行きたいなぁ…………色々と”

 

 ぶっちゃけ自分は彼に酷いことしかやっていない。いくら仕方が無かったとはいえ、初対面でいきなり鳩尾に拳を入れ、さらには記憶を弄ってしまった。彼には一切の非が無いにも関わらず。

 ユーノを見ているとクロノの良心がギリギリと締め付けられていく。だが、それでも今は謝ることがどうしてもできない。―――全てが終わった時、ちゃんと謝ろう。土下座も辞さない覚悟で。

 

 「………はぁ」

 

 やりきれない気持ちを己の心に押し込めるが、溜息は自然と出てしまう。この世界に来てから溜息の頻度が多くなった。こればかりはどうしようもない。何時かはストレスの溜まり過ぎで胃に穴が開きそうだ。きっと妻が付き添ってくれていなければ今頃絶対に胃に穴が開いていただろう。断言できる。

 クロノは心底申し訳ない顔をして、ユーノから距離を取るために彼のいる場所とは正反対の道に足を運ばせた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「……………?」

 

 何やら背後から視線を感じたユーノは、友人との会話を中断し後ろを振り向く。しかし如何せん、人が多すぎる。誰が自分を見ていたかなど分かるはずもない。いや、もしかしたら単なる自分の勘違いの可能性もある――――あまり気にすることもないとユーノは自己解決した。

 

 「どうかしたのかい?」

 「………いや、なんでもないよ」

 

 気を取り直して友人の査察官ヴェロッサ・アコースとの立ち話を再開させる。

 

 「それにしても、だいぶ物々しい雰囲気になってきたね。警備員の数もいつもより何人も増えてるようだし、あの機動六課もホテルアグスタに来ている。それも全戦力が、だ。これは一騒動くらいは起きるかな?」

 

 周りを見渡し、ヴェロッサは他人事のように言う。

 

 「まぁ、何も無ければそれに越したことはなんだけどね」

 

 ユーノは別段ガジェットが襲来してきても問題ないと思っている。機動六課の優秀さや戦力の高さなどは彼は良く知っているし、全戦力を警備に当たらしているのなら何の心配もない。

 

 「そういえばさ、さっきなのは一等空尉を見かけたけど、会いに行かなくてもいいのかい? ドレスを身に纏い、化粧をしている彼女の姿は言葉にできないほどの美しさだったよ」

 「いや、今はいいさ。なのはは今仕事の最中だし、僕もオークションの鑑定をするという仕事がある。お互いの仕事が終わって、時間が空いていれば会いに行こうと思う」

 

 あっけらかんに言うユーノ。相変わらず見た目に見合わずわりとシビアな思考を持つ人だ。公私の区別がキッチリできている。

 

 「もうそろそろ会場に向かった方が良さそうだ。君はどうするんだい、ヴェロッサ」

 「そうだなぁ……はやても来ているし、せっかくだから後輩のドレス姿も拝見しに行こうかな」

 「君は本当にブレないねぇ」

 「お褒め預かり光栄だ」

 「褒めてないよ。一ミリもね」

 「それは残念」

 

 鑑定士として呼ばれた己の役目を全うするために、ユーノはオークション会場に向かう。ヴェロッサも軽い足取りで八神はやての元に向かっていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 「―――うん。此処も異常なし、と」

 

 秀麗なドレスを着こなし、転々と場所を移動しては不審者がいないか確認するなのは。現在のところ、不審な者は発見されず、また大きなトラブルもない。このまま無事何事も起こらなければいいのだが、果たしてそう平和にいくのだろうか。

 今まで培ってきた経験上、こういう任務では何かしらの問題が起きるのはもはやお約束化している。全く、油断ができたもんじゃない。………いや、元から油断する気など毛頭ないが。

 

 「ユーノ君もホテルアグスタに来ているし、できることなら何の問題も起きないでほしいなぁ」

 

 お互いに責任のある立場から、時間の都合が取れず丸々一か月会わずじまいになっている青年ユーノ・スクライアのことを、高町なのはは密かに気に掛けている。

 特別な思いをユーノに抱いているなのはにとって、ユーノと会える今回の機会は絶対に逃せないのだ。顔を合わして話くらいしなければ満足できない。

 

 「―――と、いけないいけない。今は任務中なんだからしっかりしないと」

 

 少し己の世界に入ってしまった自分に喝を入れ、気分を入れ替える。こんなんじゃ隊長を任せられている身として恥ずかしいことこの上ない。今の自分はもはや何も知らなかった少女ではない。部下の命、市民の命を預かる重い責任を背負う立場にある局員だ。公私はキッチリ分けなければならない。

 

 「んん?」

 

 なのはは急に立ち止まる。そんな彼女の眼には一人の帽子を深く被っている男性警備員の姿がしっかりと捉えられていた。

 

 “あの人………他の警備員と比べものにならないほど隙がない………いや、そんなことよりも気になることがある――――あの動き、お兄ちゃん達と全く同じだ…………!”

 

 驚愕としか言いようがない。幼いころから見ていた、兄達の動きと、目を付けた警備員の動きが完全に一致している。一切の隙のない、また無駄のない効率を重視された熟練者の歩行。そこいらの警備員がしていい動きではない。

 

 「どういうことなの………」

 

 あり得ない。どうして。なんで。

 そんな言葉が何度も脳内で反復する。

 

 「行くしか、ないよね」

 

 兎に角なのはは警備員の後を追うことを決意をした。

 彼は只者じゃない。ただの警備員なんかじゃない。それだけは確信している。ならば当然、放っておく選択しなどありはしない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ホテルアグスタから遥か遠くにある地点に、ゼストとルーテシアは赴いていた。理由は唯一つ。高町クロノのサポートをするためだ。

 

 「さて、そろそろ動く頃合いか」

 

 ゼストは魔法によって強化された目でホテルアグスタを見据え、森に待機していたガジェットに指示を送る。自分達の役割はあくまで機動六課を含む警備兵の眼を此方に向けさせること。所謂陽動だ。既にホテルアグスタに潜入しているクロノがより円滑に仕事をこなせるだけの援助をすればいい。

 

 「ルーテシア。お前の使役する寄生虫でガジェットの性能を最大限まで強化しろ」

 「分かった」

 「俺はガジェットを直接統制する。ガジェットらが全滅したら俺達は奴らと接触することなくこの場を離脱する」

 

 かつてゼスト・グランガイツは時空管理局最強のエースストライカーとして名を馳せていた。それは個人の武勇のみならず、戦略でも右に出る者はわずか一握りと言われていたほどである。いくら雑兵のガジェットといえど、ゼストが指揮するのなら通常の倍の働きをしてくれるだろう。あの機動六課が相手でも三十分は粘れるはずだ。それだけ時間を稼げれば十分。

 

 「時空管理局最高の逸材を多く取り込んだ部隊の実力、どれほどのものか見せてもらおう。そして陸最強と謳われた部隊直伝の戦略を………特別に魅せてやろう」

 

 時空管理局に身を置いていた元先輩として、現役の後輩にひとつ戦とは何か教えてやる。そんな意気込みがゼストから感じられた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「………ふむ」

 

 ヴァイス・グランセニックはホテルアグスタの屋上にあるヘリポートを陣取り、ある映像を洗いざらい鑑賞していた。その映像とは、自分の弟子となったティアナの訓練、模擬戦に関するものばかりだ。

 師匠たるもの、己の弟子をより良く伸ばすために色々と対策を練らねばならない。ならば彼女の癖や才能を見抜かねば何も始まらない。故に、わざわざこうしてティアナの戦闘データを一から目を通している。

 

 “やはりティアナは指揮官としての才があるな”

 

 ティアナは集団戦において常に新人達の中心として動いている。己の役割を弁え、また他のメンバーの力量もちゃんと見定められている。スバルは勿論のこと、エリオやキャロからの信頼も厚い。率先して彼らを導ける度量もある。

 

 “リーダーシップは間違いなく同期の中でも群を抜いている。しかも個人の戦闘力が高く、近中遠距離を全てこなせ、マイナーな幻術なども得意とするオールラウンダー。魔力の貯蔵量も一般の魔導師の二倍近い数値を叩き出している………”

 

 こいつは思った以上に末恐ろしい逸材だ。高町なのはやフェイト・T・ハラオウンのような突出した能力こそはないものの、あらゆる状況に対応できる安定したステータスを持っている。しかも努力型であり、弱者の悩みを理解できるだけの思慮もある。天才や絶対的強者には無いものをティアナ・ランスターは兼ね備えているのだ。

 

 “だがまぁ本当にこれだけの力があってよく凡才だの何だのと言えるもんだわ。陸の奴らが聞けば絶対に怒り狂うな。700ガルド賭けてもいい”

 

 複雑な思いをしながらも、指導方針は何とか固まった。

 時空管理局所属の二等陸士、ティアナ・ランスターは前線指揮者として大成させる。

 一度弟子として迎え入れ、力を付けさせると公言した以上は自分も手を抜くつもりはない。徹底的にしごいてやる。

 そうと決まればさっそくティアナに念話を使って連絡する。

 

 『おいティアナ。俺だ、ヴァイスだ。ちゃんと念話繋がってるか』

 『は、はい。こちらティアナ・ランスター二等陸士。しっかり繋がってます。その、どうしたんですか、いきなり?』

 『やっとお前の指導方針が決まった。明日から俺の特別メニューで猛特訓だ。辛すぎて泣き喚いても知らねぇんでその辺ヨロシク』

 『―――――ッ! よろしくお願いします!!』

 『良い返事だ。んじゃ明日から楽しみにしておけよ』

 『はい!!』

 

 ティアナの嬉々した声が頭に直接響き、念話が切られた。

 ―――あれだけ喜んでくれるのなら、なんとしても期待に応えてやらなくてはならんだろうな。

 

 ヴァイスはポケットから煙草を取り出し、銜える。そして年代物のライターもポケットから取り出した。一服する気満々だ。まだ任務中なのだが、バレなければどうということはない。しかし、

 

 「任務中に喫煙しようとするとは、なかなかいい度胸だな?」

 

 棘のある言葉がヴァイスを縛り付ける。ギリギリとブリキのような音を出して、ヴァイスは恐る恐る振り返る。そこには、絶賛ご立腹中のシグナムの姿があった。

 

 「そのような古ぼけたライターから出るひ弱な火力では不安だろう。私の焔を使うといい」

 

 レヴァンティンを引き抜き、今にも奥義、紫電一閃を発動させようとするシグナム。さっさと煙草仕舞え。さもなくば我が剣をもってお前を燃やすと目が語っている。

 

 「済みません御免なさいすぐにしまいます」

 

 言い訳もできたもんじゃない。ヴァイスは反論することも口答えすることもなく煙草とライターをしまった。

 

 「全く、隙あらばサボろうとするとは情けない」

 「はい…………」

 「罰として帰ったら模擬戦だ」

 「どんだけ戦いたいんだアンタは!?」

 「命一杯、だな」

 「真顔で言わんでください」

 

 戦闘狂にも程がある。というか高ランク魔導師との模擬戦なんて心の底からお断りである。模擬戦するくらいなら長い説教を受けた方がまだマシだ。

 

 「本当にお前はつれなくなった。昔はあれだけ模擬戦に付き合ってくれたというのに」

 「あの頃は自分もまだ若かったからっすよ。今じゃあ姐さんに付き合えるほどの力は無いです。瞬殺されるがオチですって」

 「どうだかな。私にはそうは思え……………!」

 「どうしたんすか急に身構えて…………!」

 

 シグナムとヴァイスは二人して遥か遠方の空を見据える。

 

 「ホテルアグスタから二キロ離れた場所に張り巡らせていた防御結界が破壊されたな」

 「どうやらそのようっすね」

 「数は…………二百以上はいるな」

 「そいつはまた大部隊が押し寄せてきちまったもんだ。レリックも無いのにご苦労なことで」

 

 ヴァイスはげんなりした様子で肩を落とす。

 

 「私達が警備を任されて正解だった」

 

 一瞬にして時空管理局の制服から騎士甲冑に換装したシグナム。

 

 「さて、ヴァイス陸曹。お前はどうするんだ? 一緒に戦ってくれるか?」

 「………もし闘わないって言ったら?」

 「質問を質問で返すな………まぁ敵前逃亡したとお前の妹に告げるのは確実だな」

 「前回戦場に出る気さらさらないと言ってましたけどアレ嘘でした。援護射撃任せてください」

 「HaHaHa。前言を撤回するとは男としてどうかと思うぞ? まぁ私としては喜ばしい限りだ」

 「………そうっすか(脅しといてよく言うよ)」

 

 溜息を吐いてヴァイスはヘリの中から長距離狙撃型ストレージデバイス『ストームレイダー』を持ち出してきた。対人だと色々とトラウマが復活してしまうが、まぁ傀儡相手なら何とか我慢できるだろう。そもそも機動六課の全戦力が揃っている完璧な警備状態の中で、自分のような小兵が本当に必要なのかどうか疑問なのだが。

 

 「久しぶりの共闘だ。気合を入れろよヴァイスッ!」

 「姐さん何時も以上に活き活きしてますねぇ………」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ゼスト達が動き出したと同時に、クロノも己の役割を全うするために動き出した。

 ガジェットの出現により、計画通りホテルアグスタ内部にいた魔導師の大半が迎撃のために勢いよく飛び出していった。中の護りが薄くなった今が、最大のチャンス。

 

 「おい。ここは一介の警備員でも立ち入ることのできない場所だ。さっさと引き返せ」

 「済みません。僕は警備員ではなく………次元犯罪者なんですよ」

 「な、ッ!?」

 

 目標に通じる通路を警備していた屈強な身体を持つ男達を、酷く嘲笑に満ちた笑みを浮かべてクロノは一蹴する。どれだけこの行為を繰り返しても、こうして相手をねじ伏せるというのはやはり良い気分にはなれないし、慣れない。後味の悪い思いだけが心に残る。

 

 “………もう少しの辛抱だ”

 

 あと少しでジェイル・スカリエッティの支配からなのはを解放できる。恐らくこの任務が最後の仕事となるだろう。そうなれば、流れは変わる。傀儡としての役割を放棄できるのだ。

 

 「此処か」

 

 やっとのことで着いた場所は、目標が保管されている貨物自動車(トラック)が止められている地下駐車場。クロノは一つ一つ止められているトラックの№を見て回る。そして、ようやく目当てのトラックを見つけた。後は―――――、

 

 「そこまでです」

 「……………!」

 

 凛々しい声が地下駐車場を響かせる。この声は、以前にも聞いたことがある。しかも背後から声が聞こえたのだ。どうやら付けられていたらしい。流石は時空管理局最高戦力と言ったところか。気配の遮断スキルが並みではない。

 

 「――――S2U」

 『OK.master.』

 

 クロノの呼びかけに懐にしまっていたS2Uが応じ、瞬時に黒の法衣が展開した。

 

 「やっぱり、貴方がフードの男だったんだね………ねぇ、始める前に貴方の名前を聞かせて。フード男だと言い辛いんだ」

 

 美しいドレスを着こなしている彼女が、優しい声色で問うてきた。これにクロノはどう返せばいいか分からなかった。高町クロノなど間違っても言えないし、かと言ってクロノ・ハラオウンと名乗れば此方の世界のクロノに良からぬ疑いが掛けられるのは目に見えている。そして、数十秒の間を置いてクロノはこう答えた。

 

 「昔使っていた、偽名でよろしければ」

 

 なのはは少し残念な顔をするが、仕方がないなぁと言って頷いた。

 まさか、この偽名をまた使うとは思わなかった。

 

 「ハーヴェイ、です」

 

 そう言って、クロノはS2Uを構えた。

 

 「ハーヴェイ君ね。うん、本名の方は貴方を捕まえた後ゆっくり、時間を掛けてでも聞くよ」

 「それは困りますね。僕はまだ捕まるわけにはいかない」

 「私は貴方に聞きたいことが富士山ほどあるから、そうもいかないの」

 

 世界は非情なのだと改めてクロノは思い知らされる。

 高町なのはは退かない。自分も退けられない。ならば――――

 

 「………やるしかないか」

 『Comprehension.』

 「レイジングハート。全力全開で勝ちに行くよ!」

 『stand by ready. set up.』

 


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