無能アニキ憑依録   作:にわにわか

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第8話

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 泣きはらした目で縋るように見つめてくる少女はどういうことなのかと問うてきた。俺は現金なやつだと苦笑しながらも問に答えるべく口を開く。

 

宮野志保(シェリー)の奴も馬鹿じゃない。お前と連絡がとれなくなればお前の身に何かが起きたと勘づくはずだ」

 

「そうね。あの子は賢くて優しいから……でも、それとこれとは関係ないじゃない」

 

「本当にそう思うか? だとしたらお前は奴を見くびりすぎだ」

 

「どういう意味よ、それ。まるであなたの方があの子の事を理解してるみたいな言い草ね」

 

「何、直にわかる事だ。……調子が戻ったようだな。()は戻れない事だけ理解しておけばいい。ことが上手く運べば一年以内で諸々の蹴りがつく筈だ。その後どうなるか、どうするかはお前次第だがな」

 

(だから、ここで大人しくしておいてくれ。下手に動かれてかき乱されては困る)

 

 万が一にも正体がバレて殺されたりしたらと思うと頭が痛い。

 宮野明美は理解が追いついていないのか疑問符を浮かべながら怪訝そうにしているが、しばらくしてわからないことがわかったのかそう言えばと話題を変えようと口火を切った。

 

「聞きそびれていたのだけれど、どうして私を助けたの? あなたにメリットなんてないはずだし、まさかここまで来て口封じをしようだなんて言わないでしょう?」

 

「本当に今更だな。全く、こんな女が恋人では奴も苦労するだろうな。……お前は俺に助けられたと思っているのだろうが、俺はきっかけを作ったに過ぎん。結局のところはお前の運が良かっただけだ。運命の女神様にでも感謝するんだな」

 

「…………あなたって、本当に素直じゃないのね。まぁ、恩着せがましいこと言われるよりは良いのだけれど」

 

 くすくす。とようやく笑い声を漏らす宮野明美に抗議するように鼻を鳴らし、冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干す。何故かいつもより苦い気がした。

 

 

 

 

 

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「無駄話はこれくらいにして、今後のことを話すが異論は認めん。ここでは俺がルールだ。まずは、とりあえず名前から決めるぞ。偽名とは言え自分の名前だ好きに決めろ」

 

「好きにって言われても、困るのだけれど。……流石に宮野明美を名乗るのは駄目だってことくらいは分かるけど急にそんなこと言われても思いつかないわよ」

 

 少女はそう言って、うーん。と悩ましげな声ともつかない唸り声を上げながら頭を抱えて考え込んだ。俺も同様に何か良さそうな名前がないか一緒になって考え込む。

 

「(そう言えば妹の方、灰原哀(みやのしほ)はコーデリア・グレイ(はいいろ)とV.I(あい).ウォーショースキーからとったんだったか? じゃあ、同作者の前作アダム・ダルグリッシュをもじり禁断の果実(、、、、、)を食らったイブ……日本名っぽく伊吹で良いだろう。名前はV・I・ウォーショースキーの作者サラ・パレツキーから沙羅ってとこでどうだ?)伊吹沙羅(いぶきさら)

 

「いきなりどうしたのよ……ええと、そう言えばあなたの名前って聞いてなかったわよね。教えてくれる?」

 

「俺は…………ジンだ。別に覚えなくても良い。それより名前が決まらないなら俺の案で通すが、問題ないのか? 伊吹沙羅」

 

 我ながら字面は良いと思う。問題は宮野明美が気にいるかどうかだが。それにしても名前を考えるというのも一苦労である。

 

 生憎と自身の本当の名を思い出せない俺には皮肉にもジンというコードネームだけが俺を識別する名前と言うわけだ。

 

 この身体(ジン)となる前にどんな生活をしていたのか、親兄弟友人関係に至るまで()に関する記憶だけがすっぽりと抜け落ちている。その割には何故か無駄にサブカルチャー系統の偏った知識が残っているようだが。

 

「ジン、ね。覚えたわ。本当は本名の方が知りたいのだけれど。まぁ、今は良いわ。伊吹沙羅ってなにか理由があるのかしら? わざわざ考えてくれたんですもの、何故と聞いてもいいかしら」

 

「お前、聖書は知っているか? アダムとイブ。有名な話だが、蛇に(そそのか)され禁断の果実を食った(アポトキシンをのんだ)女の名はイブ。そいつをもじったのが伊吹。沙羅、サラもユダヤ教つまり裏切り者の母の名だ。組織の裏切り者のお前にはピッタリというわけさ」

 

「なるほどね。……あなた、もしかしてキリスト教徒なの?」

 

「悪い冗談だな。知識として知っているだけで俺は無神論者だ。神なんぞに祈ったことは一度としてない」

 

(もし神様とやらが居るとしたらソイツに鉛玉のフルコースを味わわせてやりたいくらいだ)

 

「それじゃあ、名前も決まったことだしもう一度自己紹介をしましょうか。宮野明美改め伊吹沙羅よ」

 

「ジン、だ。生憎だが他に名は持ち合わせていない」

 

 よろしくね、共犯者さん。と小さな手を差し出して微笑む少女にやれやれと頭を振ってその手をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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