無能アニキ憑依録   作:にわにわか

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第3話

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 時は夕暮れ。もう少しで完全に日が落ちるであろう時刻。俺たちはとある社長と取引するべく人気の少ない場所へと移動していた。周囲は木々に囲まれ、秘密の取引におあつらえ向きな人目を避けることの出来る壁までそこにはあった。

 

 ……この時、まだ俺は迷っていた。工藤新一を幼児化させるべきか否か。彼の未来を紙面上とは言えある程度知識として知っている俺としては何も知らないまま平和(と言っても何かと事件に巻き込まれるが)な生活を送っていたほうが良いのではないだろうかと。

 

 下手に組織に関わって死ぬ可能性のある非日常に引きずりこむのは正直に言って気が引けた。だが、かと言って彼が江戸川コナン(、、、、、、)として本来の活躍をしなかった場合のことを考えると彼の周囲の人間がより多くの不幸に苛まれる可能性のほうが多くなるかもしれないとも考えられる。

 

 どちらが正しいのか、そもそもとして俺が知っている知識は本当に正しいものなのか。俺が(ジン)として存在している時点でその前提条件は間違っているのではないだろうか? と思考が堂々巡りに陥ってしまう。

 

 そうして考え込んでいる間にも運命のタイムリミットは刻一刻と近づいていた。いつものことのように交渉役を買って出たウォッカ(ジンが交渉役の場合話が(こじ)れる可能性があるためだろう)と別れ、取引現場に人がやって来ないか見張りの役をするべく取引場所付近の木陰に身を潜め隠れていた。

 

 その時、知識にあるとおりに()がやってきてしまった。キョロキョロとあたりを見回し誰かを探すように現れた彼は壁の向こう側で怪しげな取引をする二人を見つける。

 

(嗚呼……本当に来やがった。)

 

 来なければ来ないで良いとさえ思っていたのに。そんな俺の思いとは裏腹に彼は知識のとおりに取引現場をこっそりと壁の影から覗き見しつつボイスレコーダーかなにかを上着のポケットから取り出して録音する体勢に入っていた。取引に夢中になっているのかその背は隙だらけだった。

 

(このままコイツを見逃せば……)

 

「誰だ! そこにいるのはっ」

 

 ウォッカと取引をしていた筈の社長が闇夜の薄暗がりの中目ざとくも壁の影から顔を覗かせていた少年を見つけて指差していた。ウォッカは慌てて振り向き、その手を内ポケットに差し入れ黒塗りの拳銃を素早く抜き出した。

 

(しまった。……こうなったらもう、やるしかない)

 

 俺は足音を殺しつつ素早く少年の背後へと移動し、伸縮性の特殊警棒を取り出して不意打ちするべく殴りかかった。その対象となった少年はろくに反応することも出来ず後頭部を強打、そのままドサリとうつ伏せに倒れ伏す。頭からは赤い血液がドロリと流れ出し、脳震盪(のうしんとう)でも起こしたのかぐったりとしている。

 

「ヒぃッ! ひえええええぇぇぇ」

 

 社長はその様子を見て悲鳴を上げながら人殺し(ジン)に怯えるようにそそくさと脇目も振らず一目散にその場から逃げ出していった。対してウォッカは小走り気味にこちらへと駆け寄り倒れ伏した少年に銃口を向けて話しかけてくる。

 

「アニキ、コイツさっきの探偵気取りのガキじゃないですかい。……殺しやすかい!?」

 

「待て、今拳銃(チャカ)を使うのは不味い。さっきの騒ぎでまだ警察が近くをうろついているはずだ。それに都合がいいことにコイツ(、、、)がある」

 

 懐から銀色のケースを取り出してウォッカに見せると一瞬怪訝そうな表情を浮かべ、「なんですかい、ソイツは」とこちらに問うてきた。俺は少年に聞こえるように(、、、、、、、)ペラペラと説明を始める。

 

「コイツは組織が新しく開発した毒薬だ。おまけに死体からも毒が検出されない完全犯罪すら可能にする代物だ。(まぁ、とはいえ少なくとも俺の知る工藤新一や宮野志保(、、、、)には本来の効果が発揮されない様だが)」

 

「そいつはすげぇ! さっさと飲ませてずらかりましょうぜ」

 

「嗚呼。……あばよ、名探偵。精々足掻きな」

 

 髪を掴んで顔を上げさせて無理やり口に赤と白の錠剤『APTX4869(アポトキシン)』を突っ込み水で流し込む。すぐさま反応が出たのか少年は苦悶(くもん)の表情を浮かべもがき苦しむように大地に爪を立て痛みに耐えるようにかきむしった。

 

 痛ましいその姿に背を向け早くしろと急かすウォッカの後を追うようにその場を後にした。

 

(生き残れよ、工藤新一。無事に生きていれば……手助けくらいはしてやるさ。例えこの手を血に染めようとも、な)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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