無能アニキ憑依録   作:にわにわか

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第2話

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 俺たちを乗せたコースターが戻ってくるとコースター乗り場は阿鼻叫喚の嵐だった。それもそのはず。人の頭が無くなってコースターは血で真っ赤に染まっているのだから当然である。普通の感性をしていればパニックに陥るのが普通(、、)というものだ。しかしどうだ。俺と連れの男は始めこそ驚いたがまるで人の死(ソレ)が慣れ親しんだものの如く今となっては何の感慨も感情も沸いては来なかった。

 

 正直に言って俺は俺自身のことが空恐ろしいとすら思う。今もなお記憶が定かでないが常人であれば他の乗客や野次馬と同様にパニックに陥って然るべきであろう。もし、記憶が蘇ったらどうなってしまうのかと漠然とした不安が脳裏をよぎる。

 

 そんなことを頭の片隅で考えながらも心は冷静そのもので周囲の人々を観察していた。そして、同乗者の中に居たであろう中高生程度の少年と不意に目があった。彼もまた同年代の(おそらくは彼女だろうと思われる)少女を(なぐさ)めつつ冷静に周囲の人間を注意深く観察していた一人である。

 

 目が合うと少年はまるで蛇に睨まれた蛙のように萎縮(いしゅく)し端正な顔を強張らせた。そんなに俺の顔は怖いのだろうか。いや、それはこの際どうでもいい。不思議とその少年少女に特別な何か(、、、、、)を感じるような気がしておおよそ目覚めてから初めて胸中がざわついた。

 

(俺はあの少年と少女を知っている。……そんな気がする)

 

 おそらく向こうはまだ(、、)俺のことを知らないだろう。とまで何故か理解した。それが当たり前のことのように。気味が悪い話ではあるがそういうこともあるのだろう。しかし記憶に鍵がかかった状態ではそう飲み込むことしか出来ない。

 

(何かきっかけでもあれば……)

 

「ア、アニキ。さっさとこんな場所ずらかりましょうぜ」

 

 俺をアニキ呼ばわりする大柄の男は面倒事はゴメンだとばかりに早く場所を移動しようと腕を引きながら提案してきた。俺も容疑者扱いされるのは流石に勘弁願いたいので男の話に乗るべくにその場を後にしようと背を向けた。

 

「待て! これは事故じゃない! 殺人だッ!」

 

 すると背を向けた俺たちに対して声変わりして間もないだろう少年の声が背に突き刺さる。嗚呼、そうだろうとも。事故にしては不自然にすぎる。続けて声の主は犯人はコースターに乗っていた自分たちの中に居るとさえまで言ってのけた。

 

「ガキの探偵ごっこなんざ付き合ってらんねぇぜ。行きやしょう、アニキ」

 

 知ったことかと有無を言わさぬ物言いで立ち去ろうとする連れの男に「警察だ!」と再び待ったの声がかかる。

 恰幅(かっぷく)の良い熟練刑事の見本のような男は部下を引き連れ、的確な指示を出しつつ野次馬の排除と現場保存を開始した。

 

「おぉ、工藤(、、)くんじゃないか!」

 

 刑事は親しげに少年の元へと近づき何故ここに居るのかと問いかけ、少年の方も親しげに刑事(目暮警部と言うらしい)に愛想よく答えていた。そして周囲の人々は少年、工藤の名に大袈裟なほど色めき立った。

 

(工藤? ……工藤新一。高校生探偵。サッカーボール…………ぐッ!?)

 

 工藤という名前に連鎖するように次々と()が知らないはずの情報が激しい頭痛とともに想起する。想像を絶する痛みに歯を食いしばって一瞬ふらついた身体に力を入れて踏みとどまる。どれほどの間そうしていたのか徐々に痛みが引いていき、自身が置かれている状況にようやく理解が及んだ。

 

 どうやら俺は秘密結社の幹部。それもアンダーグラウンドで人殺しが常の様な非日常に生きる男に成り代わってしまったらしい。コードネームはジン。信条は疑わしきは罰せよ。とかなり非情で残忍な性格な様だ。連れの男の名はウォッカと言うらしく、だいたいいつもツーマンセルで行動していた様である。

 

 そうこうしているうちに高校生探偵は自身の推理を繰り広げていた。犯人は被害者の友人だという女の一人。殺害方法はコースター搭乗時、容疑者が身につけていたはずの消えた(、、、)ネックレスを用いて行ったのだと実演を交えて解説し、追い詰めていく。遂には観念したのだろう。泣き崩れ、男に捨てられた腹いせに殺したのだと涙ながらに自供した。

 

「フン、くだらねぇ。さ、行きやしょうアニキ」

 

 時間を無駄にしたとばかりに男ウォッカはスタスタと歩き出した。遅れて俺も歩を進める。少し先を行くその背中を見ながら、これから起きるであろう数多ある問題に頭を悩ませることになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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