無能アニキ憑依録   作:にわにわか

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第1話

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 声が聞こえる。……男の声だ。何処かで聞いたことのある様で、しかし頭は(もや)がかかったかのようにぼんやりとしていてそれが誰の声なのか判別がつかない。もう少し寝させてくれすごく眠いんだ。

 しかし、そんな俺の願いは声の主には届かず。ゆさゆさと肩を揺すって起床を促した。一言文句を言ってやろうと薄目を開き不機嫌さを全面に出しつつ声の主へと睨みを効かせる。

 

「アニキ、おはようございやす」

 

(…………? 誰だこのいかにもマフィアとか任侠ものに居そうな奴は)

 

 どうやら場所は車内らしい。左ハンドルのそれからして外車だろうが生憎と車にはそこまで詳しくない。助手席の男は全身黒ずくめだ。ハットにスーツ。サングラスに至るまでまっくろくろすけな上にガタイも良い。強面の大男である。

 

(それに、この顔。前にどこかで……)

 

 いろいろな意味で重い頭を支えるように顎先に手を当て、記憶を辿るべく他に情報がないか車内を不自然ではない程度に目線を動かした所でルームミラーにひどく違和感を覚えた。

 

(そもそも俺ってこんな顔してたか? 銀髪に今にも人でも殺しかねない鋭い目に不機嫌そうな面構えと隣の男同様黒のコート……ダメださっぱりわからねぇ)

 

「どうかしたんですかい、アニキ? 黙り込んじまって」

 

「(しまった。流石に不自然だったか)……なんでもねぇよ。それより用件はなんだ?」

 

「何ってアニキ、そろそろ時間ですぜ。奴がちゃんと一人で来るかどうか確かめるんじゃなかったんですかい? そろそろ入らねぇと取引時刻に遅れやすぜ」

 

「(一体何の話をしているんだ? とりあえず話を合わせておくか)嗚呼。そろそろ行くとするか」

 

「入園チケットは先に買っておきましたぜ! 勿論アニキの分も」

 

 そう言って男はスーツのポケットからよくある遊園地の入場券を二枚取り出し、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「(いい年こいて野郎二人で遊園地とかどんな罰ゲームだよそれ)余りはしゃぐなよ」

 

(それにしても、トロピカルランド(、、、、、、、、)ねぇ……どこかで聞いたことのあるような無いような)

 

 

 

 

 

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 自分が記憶喪失、あるいはそれに準ずる何かに近しい状況であると認識するにはそう時間はいらなかった。しかし、何故かは分からないがわからないなりに引っかかりを覚えるものが節々に感じ、それらが靄を晴らすきっかけになるだろうと半ば確信めいた感覚が己の中にあった。

 

「アニキ、ジェットコースターの方が空いているらしいですぜ。上からなら奴の姿も確認しやすいはず」

 

「(誰かを探しているなら観覧車の方が良いんじゃないのか?)嗚呼。お前に任せる」

 

 男は意外にも遊園地を楽しみにしていたらしく、本人は気づいていないだろうが鼻歌混じりに隣を歩いていた。少しばかり話してみた所見た目に反して人柄は良い。顔は厳ついが実は意外と良い奴なのかもしれない。

 片や不気味な笑み片や仏頂面。しかも両者ともに黒ずくめ。そんな俺たちの様子をジェットコースターの受付の女性が何とも言えない顔を必死に笑顔に変えて列へ並ぶように手をかざして誘導する。

 

 運が良いのか悪いのか最後尾にすんなりと座ることが出来た俺たちは人探し(、、、)をするべく発車を待った。前の列では毳毳(けばけば)しいの女とお似合いのいかにも軽薄そうな男がイチャついており、野郎二人で遊園地にいる現状に凄まじい敗北感を味わうこととなった。

 

「発車しまーす!」と従業員が口にすると同時にコースターが動き出し、坂を登り始めた。頂点に達し掛けたその時、男が「居ましたぜ」と小さく口にした。どうやら探し人は見つかったらしい。仕事はしっかりこなす様である。

 

 坂を猛スピードで下り、曲がり、トンネルへと突入してしばらくした所でコースターはざわつき始めた。生暖かい液体が顔にかかり、反射的にそれを手で拭う。どこかから温水でも漏れているのだろうかと設計に不安を抱きつつもトンネルを飛び出すコースター。

 

 気がつけば眼前には首から大量の血液を吹き出し続ける(カレシ)の胴体とそれを至近距離で見て悲鳴を上げる女がコースターに乗っていた。

 

 この悲惨で凄惨な状態にも関わらず俺はやはり冷めた目でどこかで見たことのある光景(、、、、、、、、、)だと、そう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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