ありんす探偵社へようこそ   作:善太夫

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大墳墓の侵入者 後編

「……わざわざ見舞いとはすまないな」

 

 右目以外はグルグル巻きの包帯姿でベッドに横たわるヘッケランは力なく笑ってみせた。

 

 バハルス帝国の帝都アーウィンタールにある“歌う林檎亭”の一室にワーカーチーム“フォーサイト”のメンバーが集まっていました。

 

「イミーナ、ヘッケランの具合はどうなんですか?」

 

 ベッドの傍らの椅子に座る女性にフルプレートの上にサーコートを羽織った男が尋ねました。

 

「……命には別状は無いそうよ。ただ、手足の関節がことごとく砕かれて──」

 

 イミーナを制してベッドの上にヘッケランが身体を起こしました。

 

「アタタタタ。まあ、油断したな。しかし……相手はバケモノのように強かったからな。なにしろ──」

 

 ヘッケランは途中で口をつぐみました。

 

「──やられたのはヘッケランだけでなくその場にいた全員……グリンガム、バルバトラ、そしてエルヤー・ウズルスもいたらしい。それが全員が全員戦闘不能という話だった」

 

痩せぎすな金髪の少女──長い鉄の棒を持ったマジックキャスターのアルシェが言葉を続ける。

 

「……しかし……信じられませんね。いずれも名高いワーカーチームのリーダーです。特に“老公”殿やかのガゼフに匹敵するといわれるエルヤー殿まで戦闘不能となるとは……」

 

 フルプレートの男、ロバーテイクが疑問を投げかけました。

 

 冒険者とは異なり荒事も仕事とするワーカーには腕に自信がある人間が多く、リーダーであるならなおさら実力者であるのがほとんどです。たとえばここのヘッケランもその実力はミスリルにも匹敵するものでした。

 

「いやあ、面目無い。完敗だったわ。ありゃあ人間じゃあないな。見た目はちっこい子供……五歳くらいの女の子だったんだが……」

 

 あの日、フェメール伯爵の依頼を引き受ける為に館に向かったワーカーチームのリーダーたちを待ち受けていたのは一人の幼い少女でした。

 

『依頼はありんちゅちゃが独り占めしるますでありんちゅ!』

 

 少女の宣言の後、一方的な蹂躙が始まったのでした。

 

 

「……もしかしたら幸運だったかもしれない」

 

 沈黙の中、イミーナが呟きました。もしかしたらこの依頼を受けていたら、もっと悲惨な未来が待っていたのかもしれない、と彼女は思うのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「…………どうやら彼女たちは戻ってこないようだな」

 

 ありんすちゃん達が地下墳墓に向かってから一週間が過ぎ、モモンは呟きました。

 

「……そのようですな。残念ですが……あんなに幼い少女が……」

 

 執事は可憐な少女の行く末に涙を浮かべました。

 

「……仕方あるまい。我々は引き上げるとしよう」

 

 執事とアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”のモモンとナーベはバハルス帝国へ戻ることにするのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層のコロッセオではアインズがひたすら侵入者の訪れを待ち続けていました。

 

 いつもの衣装ではなく、質素なガウンをはおり、首には大きな首輪のようなものを嵌めています。

 

「……おかしいな? もういい加減到着してもおかしく無いはずだが……」

 

「……申し訳ありませんアインズ様。第一階層に入ったのは間違いないのですが──〈シャルティ──じゃなくてありんすちゃん! 侵入者はどうしたのッ?〉

 

 慌ててアルベドが第一から第三階層の守護者に〈伝言(メッセージ)〉を繋げます。

 

「……え? なんですって? どういう事?」

 

「どうした? アルベド?」

 

「……それが……ありんすちゃんの話がよくわからない話で──」

 

 アルベドが続けた言葉は──

 

「『ちんにゅうちゃは来なかったんでありんちゅ。ただ、鏡にありんちゅちゃが写ってかわいかったでありんちゅ』だそうです」

 

 

※   ※   ※

 

 

 一人居室に戻ったアインズは今日の出来事を思い返すのでした。

 

「……今回の計画はなぜ失敗したのか……そもそもなぜワーカーチームでなかったのか? ワーカーならば行方不明となっても誰も問題視しないし、後で帝国の非をあげつらう為にも意味があるのだったはず。それが何故探偵なのだ? まあ、冒険者並の強さはあるだろうが……」

 

 アインズはベッドに身体を投げ出して天井を見上げます。

 

「……まあ、正直ホッとしているのも確かだ。そもそもナザリックに外部の人間を入れる事が嫌だったからな。確かに今回の計画が今後にとって有意義な事は頭では理解している。だがな、感情的にはどうも……な」

 

 静かにため息をついたアインズの脳裏に小さな疑問が浮き上がってきました。

 

「……そういえばありんすちゃんって吸血鬼だよな? なんで鏡に写るんだ?」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』にため息をつくありんすちゃんとキーノの姿がありました。

 

「……結局第二階層で鏡の向こうに行けなかっちゃでありんちゅ。残念なんでありんちゅ」

 

 意気揚々と地下大墳墓を降りてきたありんすちゃんの目の前にありんすちゃんとうり二つの少女が現れました。ありんすちゃんが右手をあげると相手も片手をあげます。さらに変な顔をすると相手も変な顔をします。

 

「「わかっちゃでありんちゅ! こりは鏡なんでありんちゅ!」」

 

 鏡で行き止まりだと思ったありんすちゃんは〈グレーターテレポーテーション〉でキーノを連れてそのままエ・ランテルに戻ってきてしまったんですって。

 

 うーん………


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