リ・エスティーゼ王国、首都リ・エスティーゼを見おろすように建つロ・レンテ城の中でも一際荘厳な趣きがあるヴァランシア宮殿謁見の間におよそ場違いに思える小さな人影──ありんす探偵社の探偵助手キーノ──の姿がありました。
「……なんで私が……ありんすちゃんは用事があるとか言ってたがきっと嘘だ。何しろこの間凄惨な事件が起きたばかりなんだぞ」
キーノはぶつぶつ言っていますが、それもそのはず先日国王が無残に殺された事件があったばかりです。しかもキーノが足を踏み入れようとしている謁見の間こそがその事件現場なのでした。
「……ありんす探偵社のキーノ様。どうぞお入り下さい。国王陛下もお待ちになっております」
優雅な物腰の初老の執事とその妻らしきメイドが中から扉を開けてキーノを迎えました。
「……あれ? 何処かで会ったような……うん? 国王、陛下、だと?」
キーノは訝しげに部屋に入ると……
「……うむ。キーノとやら、よく来てくれた。リ・エスティーゼ王国国王、ランポッサⅢ世である」
「……貴様何者か! 陛下は既に亡くなられたぞ!」
キーノはとっさに身構えます。
「無礼者が! 国王陛下に対してなんという態度か!」
ランポッサⅢ世の隣に控えた体格の良い男が怒鳴ります。キーノはその男を見て衝撃を受けました。
「……ば、バルブロ王子? 貴方も既に死んだ筈だぞ?」
「ふざけるな小娘が! 俺様が死んだだと? 馬鹿も休み休み言え」
激昂したバルブロはキーノの胸ぐらをつかみました。
「お待ちください。失礼な発言があったとはいえ、相手は客人。ましてやうら若い少女で御座います」
キーノをつかんだバルブロの腕を執事が押さえます。
「……く……セバス…………」
「……兄上。そろそろ本題に入ってはどうだろう?」
奥の扉を開けて二人が現れました。
「……ザナック……ラナー……みな揃ったな。では依頼についての説明を……ザナック、頼む」
「……コホン。ではありんす探偵社に対する依頼を私から説明をします。わがヴァイセルフ王家には不吉ないい伝えがありまして……」
ザナックの話ではヴァイセルフ王家には『ヴァイセルフ王家の魔犬』という伝説があり、その魔犬の鳴き声を聞いた後に決まって一族の人間が死ぬ、というものでした。
「……そしてその魔犬の鳴き声を昨夜妹が聞いたのだ」
ラナーが夜風に当たっていた時に『クックックック……くふー』という笑い声みたいな不気味な声を聞いたというのでした。
「……あの声……苦しいような可笑しいような不気味な声……あれはきっと伝説の魔犬の鳴き声に間違いないと思います」
キーノはぶるりと武者震いしました。そして口を開こうとしたまさにその時──
「ちょの魔犬の事件、ありんちゅちゃがぐるっとまるっと解けちゅしるでありんちゅ!」
颯爽と登場した美少女名探偵が胸をはるのでした。
※ ※ ※
「……ありんすちゃん、用事でこられなかったのではなかったのか?」
やや不機嫌そうにキーノが尋ねます。
「用事、ちゃっちゃと済ませたんでありんちゅ。こりから連続さちゅ人事件始まるありますでありんちゅ」
ありんすちゃんはワクワクしているみたいですね。まあ、殺人事件が起きないと名探偵の腕のみせようがありませんからね。浮気調査が得意な名探偵が主人公の小説じゃガッカリですよね。
「……ほらそんな事言っていると本当に──」
「──イーーッヒッヒーーーーヒッ…………グアアア!」
「悲鳴だ! 行くぞ! ありんすちゃん!」
名探偵と助手は悲鳴の方に急ぎました。
※ ※ ※
「この部屋でありんちゅ。鍵は……かかっちぇいる……」
ありんすちゃんがドアノブを回すとポロリと壊れて落ちてしまいました。
「……鍵はかかっちぇいるますでありんちゅ」
ありんすちゃんはなに食わぬ顔でドアノブを無理矢理差しこみました。
「うん? ここは確か第一王子の寝室だった筈だが……」
悲鳴を聞きつけてザナックとラナーもやって来ました。二人とも真っ青な顔をしています。
「……兄上の叫び声がしたぞ。しかし……魔犬の鳴き声だったのかもしれないな」
「……恐ろしいわ」
ありんすちゃんは鼻息をフンスと吐くと宣言します。
「……こりから扉こわちて入るありますでありんちゅ。てい!」
ありんすちゃんは一撃で扉を粉々に壊すと中に入りました。
そこには恐怖に目を見開いた第一王子バルブロの死体がありました。
「……こりは魔犬の仕業にあるますでありんちゅ。ちょちてしゅでに第二のさちゅ人が起きているでありんちゅ!」
ありんすちゃんの推理の通り、なんとランポッサ三世が同様に変死していたのでした。
※ ※ ※
謁見の間に集められたラナー、ザナック、クライム、謎の執事、そして探偵助手のキーノ──ありんすちゃんは「犯人がわかっちゃでありんちゅ!」と言って何処かへ行ってしまいました──そこに四人の人間が加わります。
「私からお願いして来てもらいました。改めて紹介する必要は無いわね。アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”の方々です」
「……誰か一人足りなくはないか?」
「……ええ。残念だけどイビルアイさんがいないわ。他の件に関わってこちらに来てもらえなかったの。そうよねラキュース?」
ラナーの言葉にラキュースが頷きます。
「イビルアイがいないがザナック王子、ラナー王女の命は保障する。この“蒼の薔薇”が命をかけてお守り致します」
ラナーは満足そうに頷くと言葉を続けました。
「……残念ながら国王である御父様、パブロフ御兄様が亡くなられてしまいました。これはやはり伝説の魔犬の仕業かしら? えっと……ありんす探偵社の方……」
キーノは何故かラキュース達から顔を反らしながら答えました。
「……ええ。ありんすちゃんは魔犬が犯人だと……何やら心当たりがあるらしい」
「……そう。ではありんすちゃん様のおかえりを待つのが良さそうね。では……念のため私たちは皆一緒にいた方が良いと思います。如何でしょう?」
一堂が同意して、皆でありんすちゃんを待つ事になりました。
※ ※ ※
「……犯人はルプー、おまいでありんちゅ!」
ナザリック地下大墳墓 地上にあるログハウスで美少女名探偵ありんすちゃんがルプスレギナに指を突きつけました。
「……なんの事っすか? いろいろ心当たりがあるっすけど、何の事件の犯人なんすっかね?」
「……ルプー、魔犬はルプーで決まりでありんちゅ!」
「いやいやいやいや。犬扱いはヒドイっすね? これでも狼の女王と呼ばれてるっす」
ありんすちゃんは指を引っ込めるとクルリとルプスレギナに背を向けました。
「……ちょっと間違えちゃでありんちゅ」
ありんすちゃんは何処かへ行ってしまいました。
※ ※ ※
「ペシュトニャワンワン、魔犬でありんちゅ! ありんちゅちゃの節穴、まるっちょおみちょしでありますでありんちゅ!」
今度はペストーニャ・ワンコを魔犬扱いしています。
うーん……
結局ペストーニャに無罪を言い立てられてありんすちゃんは逃げていってしまいました。
※ ※ ※
謁見の間にまたしても一堂が集められました。そこには自信ありげな様子のありんすちゃんが待っていました。
「……ありんすちゃん、犯人がわかったのか?」
キーノは信じられない、という風で尋ねました。
「……犯人は……魔犬は……この中にいるでありんちゅ!」
ありんすちゃんは一人の人物を指さしました。
「魔犬はおまいでありんちゅ!」