ありんす探偵社へようこそ   作:善太夫

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オリエント急行の殺人

「うわー! ここだ。これが私たちの座席だな。どちらも窓がみえるな!」

 

 エ・ランテルの最新鋭の高速列車『オリエント急行』のコパーメントで少女が騒いでいました。

 

「キーノ……荷物を上に上げるのまだでありんちゅ。チャッチャッとしるでありんちゅよ」

 

 騒いでいた少女、キーノはシュンとして言いつけ通りに荷物を網棚に乗せようとしますが、背が足りなくて届きません。

 

「……キーノはまったくちゅかえないでありんちゅな。……ちかたないでありんちゅね。チャッチャッと車掌、呼んでくりゅでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは白い広いつばの帽子を脱ぐと、長い銀髪をサラリと流しました。

 

「……う、うん。わかった。呼んでくる」

 

 エ・ランテルに探偵社をかまえるありんすちゃん達は、この度運行が始まった高速列車の旅と洒落こんでいたのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……それでは私めは失礼致します。良い旅を」

 

 セバスという名前の車掌は丁寧に挨拶をすると立ち去っていきました。と、不意にキーノのお腹が鳴りました。

 

「……まったくキーノは……そんなことじゃ一人前のレレイになれないでありんちゅ」

 

 キーノに文句を言うありんすちゃんでしたが……

 

 ぐぐぐぅ~……

 

「ち、ちかたないでありんちゅね。キーノの為に食堂車、行くでありんちゅ」

 

 二人は食堂車に向かいました。

 

「いらっしゃい」

 

 食堂車ではマスクをした黒服に抱えられたペンギンがいました。

 

 ペンギンに案内されて席につくとありんすちゃんはメニューを開いて注文をしました。

 

「特製ありんちゅちゃカレーライスふたちゅでありんちゅ」

 

「え? あ、いや……私は……」

 

 キーノが慌てて自分の分の注文をしなおそうとしましたが、ありんすちゃんにギロリと睨まれて黙ってしまいました。

 

「……そりから食事のあちょ、デザートにチョコレートパフェ、こりはひとちゅで良いでありんちゅ。キーノは水飲めば良いでありんちゅ」

 

 注文が終わるとありんすちゃんはパタンとメニューを閉じました。

 

 キーノはあたりを見回してみました。

 

 それぞれのテーブルには他の乗客がいます。大きな十字架をテーブルに立て掛けてステーキを食べている修道女、縦ロールの金髪の上品な娘、眼帯をした冒険者風の女、眼鏡をかけた教師風の女、東の地方のような衣服を着た無表情な女、そしてガッシリとした体格の冒険者風の黒髪の男……そして皆とは離れた席の黒髪をポニーテイルにした女の顔には──

 

「ありんすちゃん! あの女、見てみろ!」

 

 キーノが小声でささやきました。

 

「あんな仮面を着けて怪しいぞ。あの女はきっと犯罪者に違いない!」

 

 ありんすちゃんはキーノを半目で睨みます。

 

「キーノはまだまだでありんちゅね。人を見かけで判断しるはダメダメでありんちゅ」

 

「……しかし、あの仮面は不自然ではないか? なにかきっと隠し事があるに違いないぞ」

 

 ありんすちゃんはため息をつきました。

 

「……そりなら王国の蒼の薔薇のチビルアイもひみちゅだらけになるでありんちゅな。名探偵ありんちゅちゃが謎々とくでありんちゅ」

 

 キーノは慌てました。ありんすちゃんには内緒にしていましたが、キーノの正体はアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”イビルアイその人だったからでした。

 

「……う……わ、わかった」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 ありんすちゃんとキーノがカレーライスに舌鼓を打っていると、先程の車掌、セバスがやって来て言いました。

 

「……皆さま、お食事のおり、失礼致します。実はいろいろとした事情がありまして、皆さまにお願いがございます。当列車、オリエント急行は12両編成になっております。皆さまの客車が一両目から八両目、この食堂車が九両目、残りは貨物と乗務員が利用しております。誠に勝手なお願いでありますが、十両目以降にはどなたも立ち入らないで頂きたいのです」

 

 車掌の話にありんすちゃんの瞳が光りました。

 

「……こりは事件の匂いがしるでありんちゅ。名探偵ありんちゅちゃにまかちぇるでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんはスックと立ち上がると胸を張りました。みんなの視線がありんすちゃんにくぎ付けになります。

 

「すばらしい! あの高名な美少女名探偵ありんす様が居合わせているとは……では、是非ともお力をお貸し下さい」

 

 車掌はありんすちゃんに事情を話し始めました。

 

 車掌によると──オリエント急行の貨物室には五トンもの金塊を積んでいたのですが、エ・ランテルを出発してしばらくした頃にその金塊を狙った予告状が届いたのでした。

 

「……なるほどでありんちゅ。ありんちゅちゃが金塊、守るでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは腕を組み、フンスと鼻から息を吐きます。

 

「……うむ。そういう事ならば私も力を貸そう」

 

 一人の男が立ち上がりました。黒髪にやや浅黒い精悍な顔立ちの男は──

 

「私は何をかくそう、アダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモンだ。実は休暇中でな」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「モモン殿、い、いや、モモン様。この皿にさ、サインして下さい! ……い、いつもはフルフェイスをかぶられていますが、とてもカッコいいです」

 

 助手のキーノは食べ終わったカレーライスの皿に『キーノさん江 しっこくのモモン』と書いてもらい有頂天です。

 

「……やった! 家宝にするぞぉ!」

 

 キーノは興奮のあまり皿に顔をこすりつけてカレーまみれになっていました。

 

「……ではありんす様にモモン様。よろしくお願いいたします」

 

 かくして美少女名探偵ありんすちゃん、助手のキーノ、“漆黒”のモモンの三人は交代で貨物室の警備をする事になりました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

「……そのう、モモン様はナーベと……男と女の関係だったりしない……のかなぁ、とか聞かれたりするのではないか?」

 

 貨物室の前ではウンザリ顔のモモンにキーノが上目使いで尋ねていました。

 

「……あの、キーノさん。交代で見張るのですからそろそろ休まれた方が……」

 

「……大丈夫。……モモン様は私の事を心配してくれるのだな。……モモン様なら私の秘密を打ち明けても構わないかもしれないな……も、モモン様。……実はな、私は……」

 

 キーノはモモンの耳に囁きました。

 

「……アンデッドなのだ……キャッ! 言ってしまった!」

 

 キーノは真っ赤な顔を思わず両手でおおい、しゃがみ込みました。モモンはそんなキーノを覚めた目で見おろして立ち尽くしています。

 

「……キーノ。チャッチャッと寝るでありんちゅ」

 

 突然現れた、眠そうな目の不機嫌そうなありんすちゃんに耳をひっばられながらキーノは貨物室の傍から離れていきました。

 

 後にはモモンが独り、残っています。

 

「……やれやれ。ようやく邪魔者がいなくなったな」

 

 モモンはニヤリと笑いました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 やがて次の日の朝──

 

 モモンと交代して貨物室の前で寝ずの番をしている筈のありんすちゃんは──

 

 

 自分のコパーメントの寝台でグッスリと眠っていました。

 

 ドンドンドン!

 

 コパーメントのドアを誰かが激しく叩いています。

 

「ありんす様! 大変です! 車掌のセバスです!」

 

 どうやら車掌のセバスのようです。しかしありんすちゃんは相変わらずスヤスヤと眠っています。

 

「め、名探偵ありんす様! お願いです! 開けて下さい!」

 

 おや? ありんすちゃんが片目を開きました。うーん……

 

「……び、美少女名探偵ありんす様!」

 

 ありんすちゃんはポーンと寝台から飛び起きました。うーん……

 

「美少女名たんて、ありんちゅちゃでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはドアを開けました。足もとには助手のキーノがイビキをかきながら熟睡しています。

 

「大変です! モモン様が……“漆黒”のモモン様が何ものかに殺されました!」

 

「──なんだと!」

 

 途端にキーノが跳ね起きます。

 

「馬鹿な! モモン様が殺されるなんてありえないぞ!」

 

 キーノはセバスの胸ぐらをつかんで叫びました。そんなキーノにセバスは静かに首を振ります。

 

「とにかく犯行現場、行くでありんちゅ」

 

 ありんすちゃんは5歳児位とは思えない冷静さで言いました。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 セバスの案内でありんすちゃん達は犯行現場の貨物室にやってきました。

 

 入り口には規制線が引かれ、他の乗客たちは遠巻きに見守っています。

 

 モモンは仰向けに横たわり、何か恐ろしいものを見たかのようにカッと目を見開いていました。

 

「……ま、まさか……こんな事が!」

 

 動揺して立ち竦むキーノをよそにありんすちゃんはスタスタと遺体に近づきます。

 

「……凶器はこりでありんちゅな。うーん……ルーン……」

 

 ありんすちゃんはモモンの胸もとに突き立てられたナイフを抜いていきます。それぞれ謎めいた紋様が刻まれたナイフは全部で6本ありました。

 

「……こりは密室、殺人、でありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは立ち上がるとセバスに命じます。

 

「……犯人はこの列車にまだいるでありんちゅ! 乗客じぇんぶ、あちゅめるでありんちゅ!」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 エ・ランテル発の高速列車『オリエント急行』に居合わせた乗客たち。貨物室の金塊を狙った予告状。たまたま居合わせた美少女名探偵とアダマンタイト級冒険者の英雄。人種族最強とまでいわれた英雄の突然の死。謎の紋様が刻まれた凶器のナイフ……

 

 

 

(……そういえばさっき、ありんすちゃんは何やら呟いていたようだが……たしか『ルーン』と……)

 

 キーノは視線を感じて顔を上げました。すると東の地方の衣服みたいな格好の少女が能面のような無表情なまま、じっとキーノを見つめていました。黒い、闇を思わせる眼窩にえたいのしれない悪意を感じたキーノは思わず顔をそらせます。

 

 ──たしか『ゼータ』とか名のっていたな、あの女──

 

 キーノは先程の乗客たちの自己紹介を思い出します。

 

 孤児院院長の『アルファ』、旅の修道女『ベータ』、仮面の魔術師冒険者『ガンマ』、豪商の令嬢『イプシロン』、隻眼の冒険者『デルタ』。どれも中々の強者のオーラをまとっていました。

 

 そしてモモン。自分達と乗務員を除いた乗客はこれが全てです。

 

 キーノは振り返ってありんすちゃんを見ました。ありんすちゃんは何故かキーノと目があった瞬間、ニヤリと笑ったようでした。

 

「……そりでわ、美少女名たんて、ありんちゅちゃが……コホン。えー……美少女名たんて、ありんちゅちゃが……大事なこちょでありんちゅから、もいっかい、言うでありんちゅ。とってもかわいい、美少女名たんて、ありんちゅちゃが……この事件、かいけちゅ、しるでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんはフンスと鼻息を荒らげると胸をそらします。

 

「謎はぜんぶ、とけちゃでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんは乗客たちを見回しました。そして一人の人物に指を突きつけると静かに宣言するのでした。

 

「……犯人はお前でありんちゅ!」

 

 

         ──つづく──


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