城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』の入り口脇に怪しい人影がありました。
なんと……美少女探偵ありんすちゃんの助手、キーノです。キーノは10分おきにドアから出てはキョロキョロと辺りを見回してポストを覗きこみます。そしてため息をつくと肩を落として戻ります。
そんなことを朝から繰り返していたのでした。
「……まだ……届かないのか……」
キーノはアニメオーバーロード3の全巻購入特典である『亡国の吸血姫』の到着をいまかいまかと待っているのでした。
「……こんな事ならリ・エスティーゼで受け取る事にするべきだったな」
キーノはまたしてもため息をつきました。エ・ランテルよりもリ・エスティーゼの方が都会ですからきっと早く手に出来たに違いありません。
それにしてもキーノは何故こんなにまで『亡国の吸血姫』にこだわるのでしょう?
「……亡国の吸血姫……か……」
キーノの顔がにやけます。
「……早く読みたいな。忘れかけていたけど……私はインベリアの王女。そんな私が主人公の話……しかもラブロマンスらしいし……ああ……早く読みたい」
キーノは夢想を膨らませるのでした。
※ ※ ※
──いつものように天蓋付きベッドで目覚めるキーノ。
「キーノ様、おはようございます。今日も良い天気ですよ」
見慣れたメイドのナスターシャ。
洗顔し、ドレスに着替えて食堂へ行く。その七色の瞳は
「おはようございます、お父様、お母様」
キーノの父、ファスリス王と母との団らんの時間。
──ふと何かを感じるキーノ。強大な、なんとも形容しがたい強大な魔力のうねりと 襲いかかる激痛。
死を意識して沈んでいく記憶。
ふたたび目覚めたキーノは姿見に真紅の瞳を見いだす。
こうして吸血姫となったキーノ……ここまでは同じだ。分岐していくストーリーではきっと──
廃虚の街となったインベリアでキーノと出会う漆黒の騎士。
「……私はモモン。どうやら私は記憶がないようだ。……君は?」
「──ィーノ・──ァスリス・インベ──ン」
繰り返し聞こえる言葉はやがて意味のある言葉となる。
「なまえはキーノ・ファスリス・インベルン」
それは少女の名前だった。
※ ※ ※
「──キーノ! 何をやってるでありんちゅか? ちゃっちゃとお茶いれるでありんちゅよ」
ドアから半身を出して突っ立ったままのキーノにありんすちゃんの叱責が飛びました。
いつの間にかありんすちゃんも起きてきてテーブルについています。
「……は、はい」
キーノはあわててありんすちゃんの朝食の準備をするのでした。
朝食を終えるとありんすちゃんはキーノに訊ねました。
「キーノ、朝からおちちゅかないでありんちゅがどうちたでありんちゅ?」
キーノは何故かモジモジしながら答えました。
「……あのぅ……その……アニメのオーバーロード3の特典が今日届くんです」
いつもならばもっとぞんざいな口調のキーノが随分しおらしいですね。
「……ふーん。まあ、ありんちゅちゃは『ぼーこくのきゅーけつき』なんて興味ないでありんちゅ」
ありんすちゃんはティーカップを置くと自分の部屋に行ってしまいました。
その後、キーノは妄想を膨らましながら『亡国の吸血姫』の到着を待ちましたが、結局届きませんでした。
※ ※ ※
「……うーん。もうちょっと高くならないでありんちゅかね? 十五万位になれば良いでありんちゅが……」
キーノがポストの前を行ったり来たりしている頃、ありんすちゃんはヤ●オクに『亡国の吸血姫』を出品していました。
実はポストに既に届いていたのですが、キーノがポストを開ける前にありんすちゃんが〈グレーターテレポーテーション〉で持ち去っていたのでした。
尚、ありんすちゃんは自分で『亡国の吸皿姫』というニセ物を作ってキーノを誤魔化すつもりみたいです。
内容はインベリアの王女、キーノがお皿を舐めて綺麗にするお話しだそうです。仕方ありませんよね。だってありんすちゃんはまだ5歳児位の女の子なのですから。