ありんす探偵社へようこそ   作:善太夫

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キーノの旅Ⅰ

「行こう。ヘルメス」

 

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221Bにある、ありんす探偵社の探偵助手、キーノはペダルを踏む足に力を込めます。キーノの愛車『ヘルメス号』はキイキイと音を立てながら走ります。

 

 もちろんヘルメス号はただの自転車なので返事はありません。キイキイ音がするだけですが、キーノは構わず話し掛けます。

 

「え? 今日の君は綺麗だって? うれしいよヘルメス」

 

 いろいろ突っこみたくなりますが、ここは我慢しておきましょう。所でキーノは一体どこに向かっているのでしょう?

 

「ふふふ。そうかな? やはりモモン殿には私が相応しいか? まあ、私もそう思うがな」

 

 相変わらずキーノはニヤニヤしながら独り言を言っています。

 

 と、急に真顔になり、自転車を停めると道端に座り込んでしまいました。

 

「……はあ。これからどうするかな……」

 

 その表情は暗く、先程までの浮かれた有様は全くありません。一体彼女に何があったのでしょう?

 

 それは今朝の出来ごと──

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 その朝、ありんすちゃんはいつものように朝食のトーストを食べていました。

 

「……読みながら食べるのはやめておけ。ポロポロこぼして仕方ないな」

 

 探偵助手のキーノはありんすちゃんに注意します。ありんすちゃんは先程からトーストを食べながら最近話題のゴシップ誌『エ・ランテルの真実』に夢中になっています。キーノも読んでみた事がありますが、やれ『恐怖! 血塗れゴブリン将軍は女の姿で現れる』だの『らきうす先生の腐女子入門』だの『メイドは見た 執事と同僚の情事』など、下らないゴシップ記事や根も葉もない噂しか載っていませんでした。中には5歳児位の少女には不適切なものもあり、キーノはなんとかありんすちゃんに読むのを止めさせたいと考えていました。

 

「これでありんちゅ! これを調査して賞金ガッポリでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんが開いたページを見て、一瞬キーノの息が止まりました。

 

『懸賞金 金貨二千枚 情報求む──かつて十三英雄に退治された伝説の吸血鬼 国墜としに関する情報──』

 

「──な!」

 

 ありんすちゃんはトーストの残りを一口で食べ終わると宣言するのでした。

 

「ありんちゅ探偵社しょうりょくあげて『国墜とし』ちゅかまえるでありんちゅ!」

 

 うーん。ありんすちゃんは時々真実に近い勘違いをしますよね。まさか『国墜とし』がまだ存命なんて誰も思いませんから。

 

「──あ! そういえば用事があったんだ。ありんすちゃん、悪いがちょっと出かけてくる」

 

 キーノは突然そう叫ぶと探偵社を飛び出したのでした。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノが飛び出した理由──それはキーノ・ファスリス・インベルンこそが『国墜とし』その人だったからです。驚きですね。これはオーバーロードのファンの一部が知らない秘密だったりします。また、彼女は実は王国のアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”の謎の仮面のマジックキャスター イビルアイでもあったりします。様々な事情があって、現在はありんす探偵社の助手をしていますが、この秘密はありんすちゃんにはまだ打ち明けていませんでした。

 

「……困ったな。仕方ない。ラキュースでも頼るか……」

 

 リ・エスティーゼ王国へは〈フライ〉を使えば大した距離ではありません。ですが、第三位階魔法を使えば目立ってしまいそうでした。

 

「……仕方ない。行こうかヘルメス。二人っきりの旅路へ」

 

 幸いな事に彼女は疲れを知らぬアンデッドです。時間はかかりますが自転車でリ・エスティーゼ王国まで行くのは問題ないはずです。

 

 そう……予想外の事が起きなければ……

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 キーノが飛び出していった翌日──

 

「いやあ、これ、ありんすちゃんの助手っすよね? 道端に転がって寝ていたから可哀想に思ってたっぷり〈大回復〉かけてあげたっすよ。良かったっすね。通りすがりの親切な修道女(クレリック)の美人さんに会えて。でなかったらお陀仏だったっす」

 

 キーノは通りすがりの親切なクレリックの女性に拾われて戻って来ました。愛車のヘルメス号も一緒でした。

 

 ありんすちゃんは親切なクレリックの女性と彼女が乗ってきたメガネをかけた白い太めのドラゴンにお礼を言いました。キーノはひどく弱っていて、もし通りすがりに助けて貰えなかったら死んでいたかもしれません。

 

「仕方ないでありんちゅね。キーノはおちょなしく寝てるでありんちゅ」

 

 キーノを自分の部屋のベッドに寝かせるとありんすちゃんは来客を迎える準備をします。なんでも『国墜とし』に関する情報提供者がこれから来るんですって。

 

  やがて扉の鈴がチリンチリンと鳴りました。やって来たのは大きな鎧をスッポリ被った少女と豹柄模様の露出の高い衣装に猫耳を着けた女性の二人組でした。

 

「……ゴホン。あー、や、やあ。君は探偵のフレンズだね? 私はラキ──ゴホン。サーベルちゃんでこっちがツア──ゴホンゴホン。よろいちゃんだ」

 

「あの、はじめまして。僕がよろいです」

 

 ありんすちゃんはニコニコしながら二人に席を勧めます。

 

「ありんちゅ探偵社のありんちゅちゃでありんちゅ」

 

 キーノが隣の部屋からこっそり覗いてみると、サーベルちゃんが腰から下げているサーベル──キーノにとって見覚えがある剣──が見えました。

 

「あれは……魔剣キリネイラム──するとあの女は──」

 

 キーノはそのまま気を失ってしまったみたいでした。ありんすちゃんが『国墜とし』についてどんな情報を得たのかはキーノには結局わかりませんでした。


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