ありんす探偵社へようこそ   作:善太夫

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キーノ探偵社にようこそ(ドラマCD漆黒の英雄譚 より)

 城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝は──あれ? ……『ありんす』の部分に上から紙が貼られて『キーノ探偵社』になっています。しかも、ありんすちゃんの机にいるのは探偵助手のキーノです。

 

 キーノはありんすちゃんのお気に入りの黒猫の絵柄のマグカップでコーヒーを飲んでいます。大丈夫でしょうか?

 

 と、入り口の扉の鈴がチリンチリンと鳴って来客を告げました。

 

「初めまして。私はトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム、トーケルと呼んでいただきたい。ここがエ・ランテルで名高いありんす探偵社と伺って来たのだが、依頼を引き受けてもらえないだろうか?」

 

「私はありんす探偵社随一の名探偵、キーノだ。まずは依頼内容を聞こう」

 

 うーん……ありんすちゃんを呼ばないで助手でしかないキーノが応対して大丈夫でしょうか? ……そういえばさっきからありんすちゃんの姿がありません。よく見るとありんすちゃんの机の上にメモがありました。

 

『おーくしょんにいくます るすばんよろちく ありんちゅちゃんより』

 

 うーん……よくわかりませんが、ありんすちゃんはオークションに参加する為に留守みたいですね。

 

「私の依頼とは……エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”の“美姫”ナーベさんのハートを射止めたいので、是非とも協力して頂きたいのです」

 

 予想外の依頼に驚いて、キーノは思わず口からコーヒーを吹き出してしまいました。

 

「……本気か?」

 

「はい! 我が一族の伝統で『成人の儀』としてモンスターを退治する為に冒険者を雇おうとエ・ランテルに来たのですが、“漆黒”のナーベさんに一目惚れしてしまいました。かくなる上は是非とも妻として我が領地、ビョルケンヘイムに迎えたい」

 

 トーケルの後ろに立っていた従者が革袋をキーノの前に置いて口を開きました。

 

「実は坊っちゃんがナーベ殿に直接アタックしたいと言い張りましてね、まぁ、結果はわかりきっているのでそれで良いと思っていたんですが……そんな時、街の噂で『不可能を可能にする天才美少女探偵ありんすちゃん』の噂を聞きまして。是非ともお力になって頂きたいと。……ふむ。噂通りの中々の美少女ですな」

 

「アンドレ! 軽口は慎まないか! ……失礼した。で、依頼を受けてほしいのだが?」

 

「わかった。依頼を受けよう。──ただし」

 

 キーノはトーケル達にウインクして見せた。

 

「私の指示に従って貰おう」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ──ナザリック地下大墳墓第六階層 アンフィテアトルム──

 

「皆、集まったようね。では、早速オークションを始めるとしましょう」

 

 ナザリック地下大墳墓の守護者統轄のアルベドが高らかにオークション開始を宣言します。ありんすちゃんはギュッと両手を握りしめます。

 

「最初に断っておくけれど、今回、オークションで落札出来たからといって、必ずしもアインズ様のお許しがあるとは限らないわ。また、同額または甲乙がつけがたい場合には、アインズ様のご判断に委ねる事になるわね。……わかったかしら?」

 

 参加者に混ざってありんすちゃんも首をブンブン降ります。

 

「では、最初の商品は……アインズ様の添い寝権! いっせーの、ででホワイトボードに記入した入札額を提示するの。……いっせーの!」

 

 一斉にホワイトボードが表にされると、会場内にざわめきが満ちていきました。

 

「……ナ、ナンダト?」

 

「……うーん、そっかあ。それならマーレをお姉ちゃんは応援するよ」

 

「……マーレ、一億ってあるけれど……一千万の間違いじゃないの?」

 

「い、一億です。間違えてなんかいません。あの、アインズ様の添い寝権ですよ? い、一億位当たり前だと思います」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 エ・ランテル郊外にアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”とトーケル達の姿がありました。

 

「初めまして。冒険者協会から大体の事は伺っています。今回は名指しの依頼だそうで、有難うございます。私がアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”のモモン、こちらがナーベです」

 

「……私はキーノ。仲介者だ。こちらのビョルケンヘイム卿の成人の儀に最適な冒険者を紹介して欲しいと相談があってな、モモン殿を推薦したのだ」

 

「──いや、まだ家を継いではいないから卿では──はふん!」

 

 横から口を挟もうとしたトーケルの脇腹をキーノが突っつきます。

 

「……いいからここは私に任せておけ。ナーベのハートを射止めたいのであろう?」

 

 キーノは小声でトーケルに注意します。トーケルは黙ってキーノに任せる事にしました。

 

「いやはやトーケル坊っちゃん、大丈夫ですかな? どうも望み無さそうにしか思えないですがね?」

 

「アンドレ、そう言うな。高名な『ありんす探偵社』の一番有能な局員、キーノさんだぞ。全てお任せしようじゃないか」

 

 片隅でこそこそ話すトーケル主従を無視してキーノが話を進めます。

 

「失礼した。モモン殿。では話に戻ろう」

 

「……えっと……ビョルケンヘイム卿の成人の儀ではモンスターを討伐するしきたりだという事でしたね……手軽なモンスターという事ならばゴブリンあたりが丁度良いのではないでしょうか」

 

 モモンの提案にアンドレが同意します。

 

「それは良いですね。実のところ我が家の慣わしで人型のモンスターを殺す事で人の命を奪った時に受ける心の傷を和らげようというのがありましてね」

 

「わかりました。では、場所は──」

 

「モモン殿! 最近、ゴブリンの集団を討伐されましたよね!」

 

 急にキーノが興奮して叫んだのでモモンは戸惑いながら答えました。

 

「ええ。まあ。……ですが南方から移動してきたゴブリンの集団の討伐をしたのはナーベです」

 

「いや、モモン殿は凄いと……コホン。ではそのゴブリンの残党を討伐するという事で、準備を終えたら出発しよう」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「どうやら一番の高額落札者は一億のマーレのようね?」

 

 オークション会場のアンフィテアトルムは静まり返っていました。無理もありません。他の各階層守護者ですら百万から一千万までしか提示していませんでしたから。

 

「まだ、決まってないでありんちゅ!」

 

 ありんすちゃんが立ちあがりました。ありんすちゃんが提示しているホワイトボードを見たデミウルゴスが思わず小さく驚きの声を漏らしました。

 

「……こ、これは? ……ただの十万かと思っていましたが、これはなかなか……面白くなってきましたね」

 

 驚愕するデミウルゴスの他は何が何だかわからないみたいです。皆の注目を集めたありんすちゃんは得意そうに胸を張りました。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

──十時間前のありんす探偵社──

 

「うーん。成る程……キーノさんがモモンさんとくっつけば、トーケル坊っちゃんとナーベさんがくっつく、そういう作戦ですか……成程」

 

 アンドレが深く頷きました。トーケルの依頼──トーケルとナーベを取り持つ──を叶える為のキーノの計画とは、成人の儀の護衛として“漆黒”を雇い、同行するキーノがモモンに接近、その隙にトーケルがナーベに接近する、というものでした。

 

(これでいよいよ念願のモモン殿の心を射止める事が出来るな。“蒼の薔薇”を飛び出してエ・ランテルにまで来た甲斐があったというもの。ビョルケンヘイム主従には悪いが、踏み台になって貰おう。ありんすちゃんがいないと、怖いぐらいに上手くいくものだな)

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「ちょっとデミウルゴス。どういう事なの?」

 

「あの、えっと……ありんすちゃんは十万でぼ、僕は一億だから僕が落札したんですよね?」

 

 アルベドやマーレからの非難の声を聞きながら、デミウルゴスは静かに言いました。

 

「改めて確認するけれど、アルベド。落札金額が同じか同等だった場合はアインズ様のご判断を仰ぐ、そうだったね?」

 

 アルベドは何を今さら、という表情で黙って頷きました。デミウルゴスはさらに続けます。

 

「では、改めて見てくれたまえ。ありんすちゃんのホワイトボードに書かれた金額を」

 

「十万……えん? ……こ、これは?」

 

 忽ち驚愕の表情になるアルベド。しかし他の守護者達には何が何だかわからないようでした。

 

「そうなんだよ。マーレが提示したのは一億。しかし、ありんすちゃんが提示したのはなんと『十万円』……これはアインズ様がかつていた『リアル』という世界での通貨なのだよ。それにしてもよくまあ、手に入れられたものだね」

 

 驚愕する一同にありんすちゃんは十万円の束を見せます。両側のお札以外は新聞紙を切ったものだという事は内緒です。

 

「こうなっては我々には甲乙がつけられませんので、アインズ様のご判断に委ねるとしましょう」

 

 思いがけない成り行きに見守る無数のシモベ達からの歓声がアンフィテアトルムに響き渡るのでした。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 トーケル達は三頭の馬にそれぞれ別れてトブの森を進んでいました。モモンとナーベの意見を無理矢理押し切ったキーノの発案でくじ引きをした所、モモンとキーノ、ナーベとトーケル、アンドレと荷物という組合わせになったのでした。

 

 勿論、くじにはキーノがあらかじめ細工をしておいたみたいですが……

 

(……しかし、この子供、中々の魔力があるようだな。何かしらマジックアイテムで感知させないようにしているようだが……名指しの依頼をしてきた事からも警戒すべきだろうな。もしかするとシャルティアを洗脳した者の関係者かもしれない)

 

「……モモン殿は……休日は何をして過ごすのか? (あわよくばデ、デートに誘ってみよう……)」

 

「休日ですか……(うん? 早速探りを入れて来たぞ。まさかこの子供、俺がアインズだと感づいている? ここは無難な答えを……)まあ、読書ですね」

 

「読書ですか。私も読書が好きなんです(モモン殿も好き……とか言ったらどうなるだろう? ……うわっ! もしかしたら『キーノさん、私も好きだよ』なんて事に……)」

 

「──あ、そうですか」

 

 一人で妙に盛り上がるキーノにモモンは更に警戒を強めます。いつしか会話は途絶えてしまいました。と、突然何やら動物めいた者の悲鳴がかすかに聞こえてきました。

 

「!!! ……ナーベ、ビョルケンヘイムさん達を守れ。こ、これは? バジリスク? いや、大きさからするとギガントバジリスクか?」

 

「モモンさん、ここは引き返しましょう。相手が悪すぎます」

 

「アンドレさん、エ・ランテルには他にミスリル級冒険者しかいません。ここで食い止めなければ多大な被害が出ます」

 

 モモンはナーベに背中の二本のグレートソードの鞘を外させるとギガントバジリスクに対峙しました。キーノはうっとりしながら見つめました。

 

(ああ、さすがはモモン殿だ。この戦いから戻って来たら告白しよう!)

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』が夕暮れに染まる頃、傷心のキーノとトーケルが戻ってきました。

 

「キーノ、ちゃんと留守番してなきゃダメでありんちゅ!」

 

 三人を出迎えるありんすちゃんは機嫌が悪そうです。どうやらオークションでお目当ての商品を手に入れられなかったみたいですね。

 

 虚ろな目をしたキーノは力なく頷きます。同じく虚ろな目をしたトーケルはありんすちゃんをまじまじと見つめると──

 

「初めまして。美しい方。私はトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム、トーケルとお呼び下さい。私と結婚して下さい」

 

「──トーケル坊っちゃん!」

 

 ちなみにありんすちゃんが落札出来なかったのは十万円の束が実は二万円しかないとばれちゃったからでした。


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