城砦都市エ・ランテルベーカリー街221B『ありんす探偵社』、美少女探偵ありんすちゃんの朝はコーヒーで始まります。
「ハードボイルドにはコーヒーでありんちゅね」
およそハードボイルドとは程遠い、ミルクたっぷり砂糖たっぷりの甘過ぎるコーヒーを楽しみながら、ありんすちゃんは新聞を広げます。
「……では……の……ある。……の……の……は……ふーん。いろんな事件があるんでありんちゅね」
どうやらありんすちゃんには漢字は読めないみたいです。
「……事件はあっても依頼は無いが。そろそろ何か考えた方が良い」
探偵助手が苦言を呈しますが、ありんすちゃんは全く聞く耳が無いみたいです。
「キーノは心配し過ぎなんでありんちゅね。そのうち依頼あるでありんちゅ」
「しかし……今月の家賃の期限がもう明日に迫っているぞ。このままだと追い出されかねないが」
ありんすちゃんはやれやれと肩をすくめました。探偵助手キーノ、彼女はかつてエ・ランテルを震撼させた『漆黒の英雄モモン ストーカー事件』がきっかけでありんす探偵社で働く事になったのですが、小言が多過ぎて時々ありんすちゃんはうんざりしてしまいます。
「そのうち依頼人が来るでありんちゅよ」
ありんすちゃんはカップに残った激甘コーヒーをゆっくり飲み干すのでした。
チリンチリンと扉の鈴が鳴りました。どうやら待ちに待った来客みたいですね。
「あの……ここはありんす探偵社ですよね? 是非とも相談したい事が……」
おずおずと入って来たのは金髪の少年でした。長めの前髪が目をすっかり隠している為、表情がわかりませんでしたが、少しばかり怯えているみたいでした。
「……あの……実は恋愛についての相談がありまして……僕はンフィーレア・バレアレと言います。実はずっと憧れている女性が、その……あの……漆黒のモモンさんに憧れているみたいで──」
「──なん、だ、と──」
依頼人の言葉を遮ってキーノが絶叫しました。
「モモン殿は、モモン殿は──うげっ!」
騒ぐキーノにありんすちゃんは一発入れて黙らせました。
「ちょの女の子の事を詳しく話すでありんちゅよ」
ありんすちゃんがンフィーレアに声をかけると彼は少しずつ語り始めました。
「彼女の名前はエンリ・エモット。エ・ランテルからは半日程の距離にあるカルネ村に住んでいます。僕はよく薬草を採りにカルネ村へ行くのでそれで親しくなりました。最近、カルネ村に行く時にモモンさん達“漆黒”に依頼したのですが、その際に強大な力をもつ森の賢王をねじ伏せる姿を見せられたちまち憧れてしまったみたいなんです」
「うむうむ。さすがはモモン殿だ。まさに英雄たる由縁……」
ありんすちゃんは興奮するキーノを無視してンフィーレアに話を続けさせました。
「その後、エ・ランテルの墓地でのアンデッド事件で僕はモモンさんに助けてもらい、祖母と一緒にカルネ村に移住したのでした。つい先日、エ・ランテルに薬草を売りに行ったエンリがやたらとモモンさんの話ばかりするようになって……どうやら街でトラブルがあった時にモモンさんに助けてもらったみたいなんです」
ンフィーレアはここまで一気に話すと肩を落としました。ありんすちゃんが慰めようと言葉をかけようとした時、キーノが割り込んできました。
「ふふふふ。小僧、そんな心配なぞ無用だ。何しろモモン殿はそんな小娘など眼中にない。かのお方に釣り合うには相当な強さが必要だ」
「じゃあキーノは無理でありんちゅね。キーノはナーベよりヨワヨワでありんちゅ」
ありんすちゃんの一言はキーノの自信をへし折ってしまったみたいでした。みるみるしぼんでいくキーノにお構いなしにありんすちゃんは続けました。
「ちょうをえじゅんば馬をえよ、って言うでありんちゅ。蝶々を捕まえるのに花から育てるでありんちゅ」
みるとキーノが一生懸命ありんすちゃんの言葉をメモしています。
「……つまりモモン殿を蝶々とすると花はナーベか……ナーベに負けない位美しくならないと……ふむ」
ありんすちゃんは横でブツブツ呟いているキーノを無視して続けました。
「誰か周りのひちょに協力ちてもらうでありんちゅ。誰かいないでありんちゅ?」
「ネム……エンリの妹のネムがいます。……それと……ルプスレギナさんかな?」
ありんすちゃんはルプスレギナという名前をどこかで聞いたような気がしましたが、思い出せませんでした。
※ ※ ※
「とりあえず頑張ってみるでありんちゅ」
ありんすちゃんがンフィーレアを送り出してオフィスに戻るとキーノが旅支度をしていました。
「ありんすちゃん、私も頑張ってくる。私もかつては国墜しと呼ばれた女。今度はモモン墜しになってみせる」
翌日キーノはエイトエッジ・アサシンに連れられて戻って来たという事です。