6月22日。水曜日。
放課後。僕らーー完二除くーーは教室で昨日のマヨナカテレビについて話をしていた。
「どう見ても“りせ”だろ! “久慈川りせ”!」
「どうだろう……」
「鮮明じゃなかったからなぁ」
まぁ僕らとしては鮮明じゃない方がいいのだが。それにしても花村の熱量凄い。
「間違いねーって! つーか髪型とかまんまポスターのじゃん!」
花村……久慈川りせのポスター貼ってるんだ。
「あ……でも喜んでる場合じゃないよな。失踪するかも知れない訳だし……」
と言いつつまだ花村は興奮気味の様子。あんなにりせ(仮)の水着姿を見たのが嬉しかったのか。
それにしても、教室がやけにザワザワしてる気がする。少し耳を澄ませてみよう。
「ね、聞いた? 久慈川りせ、ホントに来てるらしいよ!」
「ほら豆腐屋の“マル久”ってあるじゃん? あれ“久慈川”の“久”なんだって」
「マジで!? 俺家超近いんだけど!」
なるほど、りせ関連か。こりゃ今日も店の前に足立さんいるのかな。またサボってたりして。
「マル久さんすごい人だかりだって」
「ぽいね。けど昨日のマヨナカテレビ本当に彼女だった? ……なんか雰囲気違くなかった?」
「間違いねぇって! あの胸……あの腰つき……そしてあのムダのない脚線美!」
そして花村は里中を見る。どうやら色々と比べているらしい。里中も若干呆れ気味に「……なんであたし見んのよ」と文句を言った。
「鳴上はどう思うよ?」
訊かれた鳴上は里中を見る。流石に鳴上に見られるのは恥ずかしさがあるのか少し顔を赤らめていた。
「……いいんじゃないか」
お褒めの言葉に里中は少し嬉しそう。ってか今はマヨナカテレビのはなしを……。
「えぇー? 俺はないと思うなぁー」
そんな花村の発言にイラついたのか、
「ジライヤぁぁっ!!」
「ぐほぉっ!」
里中に腹を蹴られた花村。とても痛そうだが僕には何も出来ない。何故なら「これは自業自得じゃね?」と思ってるからだ。
「ぶっ! あはははっ! 千枝、ジライヤは花村くんのペルソナだよ、千枝はトモエ!」
「いや知ってるから……」
天城、どこが笑いどころだったのだろうか。僕にはわからん。……わからなくていいのかな?
◇◇◇
一年の教室で完二を拾い「丸久豆腐店」へと向かった。天城と里中は用事があるため男子のみ。
「あ、湊くん。いやぁ昨日堂島さんにキツく怒られちゃってねぇ。ゴメンね、昨日巻き込んで」
予想通り店の前に足立さんがいた。……やっぱり怒られたか。少しざまぁとか思ってしまう。サボりの罰がきたんだ。
「交通課じゃねぇ私服のデカがなんで出張ってんだよ」
完二こわっ。足立さんがビビってんじゃん。睨まない睨まない。
「え……あ。いや、えっと……ほら。稲羽署小さいし人手足りなくてさ。それに一応見て来いって堂島さんが。……じゃ、まだ仕事あるしまたね」
「あ、逃げた」
足立さん、スタコラとどこかに行ってしまった。……また堂島さんに怒られるな。知らない。
「おまえ……高一で現職の刑事ビビらすとかねーだろ」
「別に思ったこと言っただけっスよ」
「完二は目が怖い」
「なっ!? それは治しようがねぇよ!」
「まぁまぁ」
何か毎回僕と花村が完二をおちょくって怖い圧で完二がつっこむ。そして鳴上が落ち着かせる。そういう構図が出来てる気がする。
「にしてもただごとじゃねーなこれ。警察出てくるって……」
「りせが狙われるって踏んでんのかもね」
「はい失礼。ちょっと道空けて。……おーい足立!」
すると堂島さんが人混みの中から現れた。
「いませんよ。スタコラとどこかに行きました」
僕が急に話しかけたーーしかも少し親しげにーーので後ろの三人は驚いていた。
「有里か。……ったく、持ち場空けんなっつったろ……」
鳴上たちを見つけた堂島さんは少し目付きが鋭くなった。これが刑事の目とか言うやつか。
黒沢さんもたまにこういう目をしていたなぁ……。
◇◇◇
まだ黒沢さんが何故か毎週土曜日は機嫌がよく値下げしてくれるのを知らなかった頃。
「黒沢さん、値下げしてくださいよ。高すぎですよこれ」
「本来なら危険物所持でしょっぴくところだぞ。
「……ぼったくり」
「何か言ったか?」
「いえなにも」
……あの目は、怖かったなぁ。
◇◇◇
「おまえたちこんなところで……。巽完二……おまえら仲いいのか?」
「るせぇな。いいだろ……」
「……まぁいい。それより何してるこんなところで」
「こんな普通の豆腐屋がアイドルの実家って聞いたら確かめたいじゃないスか! 俺その……ファンだし!」
「……」
花村キョドりすぎ。堂島さん地味に疑っちゃってるよ。絶対そうだよ。保身のために、少し僕も言っておこう。
「昨日りせが次来たら豆腐サービスって言ってた」
「有里おまえりせちーに会ったのか!?」
花村今そこ食いつかない。とりあえず頷いた。そしたらさらにうるさくなったので腹に一発やっといた。「うおっ……!」と呻き声が聞こえたが気にしない。
「……はぁ……まぁいい。いくら芸能人だろうがここは自宅だ。迷惑にならないようにしろよ」
堂島さん、あまり納得してない感じがするけど……。一応乗り越えたってことでいいのかな。
「ふぅ。……堂島さんって鳴上の叔父さんなんだよね。僕ら疑われてる?」
堂島さんの反応を見たら疑ってるってすぐにわかるんだけど、家での様子は鳴上にしかわからない。一応訊いてみる。
「うーん。少し」
「何か話したりはしたんスか?」
今度は完二に訊く。鳴上は首を横に振って否定した。特に話したりはしてないそうだ。
「話すって訳にもいかないだろ。“あの世界”のこと言ったら信じないどころかますます疑われて動けなくなっちまう」
「そうだね。……? 店前、何か騒がしくない?」
僕らは店前の声に耳を傾けた。
「んだよ。婆さんだけで“りせちー”いねぇじゃん」
「もうこの町来てるって聞いたけどガセネタ踏まされたってとこかな。ま、楽しかったけど」
「あ、有里。……昨日会ったんだよな?」
花村が「念のため」と僕に訊いてきた。鳴上をチラッと見る。僕が何が言いたいのかわかったのかしっかりと頷いた。
ーー鳴上もりせと会ったよな。
ーーあぁ。
そんな感じの会話が本当に出来てたらいいなと思いつつ花村に目線を戻して頷く。
「昨日会ったし、この町には来てる」
「そ、そう? よかった……じゃなくて! 人、ハケたし確かめに行こうぜ! もう俺がなんか自腹で買うから!」
「がんも、オススメ」
鳴上がそう言うと花村は少し嬉しそうな表情をした。どうやら花村は豆腐が食べれないらしい。よく知ってたね、鳴上。
「すんませーんッ!」
「はいはい。お客さんかい?」
「どもッス。なんか大変すね」
「いえいえ。おおきに」
お祖母さんが僕に気づいた。ちゃんと覚えていてくれたようでとてもニコニコと僕に笑いかけてくれた。
「昨日ぶりだねぇ」
「そうですね」
「りせに用かい?」
「はい。……今日はいますか?」
お祖母さんは頷くと裏に行ってりせを呼んでくれた。
「完二の時といい、りせの時といい。お前は何で先に出会うんだろうな」
「知らない。てかりせに関しての出会いは鳴上の方が先だって本人が言ってた」
完二は僕の方が先に話したりしたと思うけど、りせは鳴上の方が先に話したから別に偶然だと思う。
「お祖母ちゃん。なに?」
「ほら、昨日の子が来てるよ」
りせがお祖母さんの指差した方を見る。僕に気づいたようだ。隣に鳴上がいるから二度びっくり。
「本物のりせちーだぁっ!!」
花村うるさい。
◇◇◇
花村がやっと静かになったところで僕たちはがんも四つ頼んだ。
「がんもね……ちょっと待ってて」
「なんか……テレビで見んのと全っ然キャラ違うな……。たまたま疲れてんのかな……?」
昨日、僕が少しだけ感じた違和感と同じことを花村も言った。僕は最近のドラマや雑誌を見てりせを知った。だから何となくしかわからないんだけど、りせの雰囲気が違うって感じた。
「いやーでも本物の“りせちー”だよ……来てよかった……。本日のミッション達せ……」
「おい」
鳴上がチョップしたお陰か花村は本来の目的を思い出したようだ。
「あのっ……! さ、最近変なことなかった?」
「変なこと……? ストーカーとかって話? ……キミたち私のファンってこと?」
りせは僕を見て言った。何故僕を見る。アレか、「貴方も?」とか訊きたいのか。
「ここんところこの町ぶっそうだから調べてるんだ」
鳴上が言うとりせは「マヨナカテレビ?」と訊いてきた。
「有里先輩が見た方がいいって言ってたから見てみたけど……昨日映ってたの私じゃないから。あの髪型で水着撮ったことない。それに……胸あんなないし」
花村がりせの胸見て「あー言われてみれば……」とか言ってすぐに必死に謝っていた。うわぁ、花村サイテー。
でもそんな花村の態度が面白かったのかくすっとりせが笑った。……うん、かわいい。
「とにかく、アレに映った人……次に誘拐されるかもしれないんだ。やぶからぼうじゃ信じられねぇだろうけど……嘘じゃねぇ」
「だから知らせなきゃと思って」
完二と鳴上がそう言うとりせは意外とすんなり信じてくれた。
ちなみに、お豆腐をおまけで貰った。心配してくれた礼らしい。がんも四つ800円は有言実行、花村が支払った。
◇◇◇
その後、僕は豆腐を家の冷蔵庫にしまったあと再び外に出てジュネスへと向かった。夜ごはんの買い物だ。流石に豆腐だけじゃ寂しいだろう。
ついでにもう一度りせの様子を見ようと丸久豆腐店に寄った。さっと見てさっと帰るつもり……だったのだが。
「脅かすつもりはーー」
「誘拐されるかもーー」
りせと堂島さんの声が聞こえた。こっそり中を見ると足立さんもいた。「豆腐おからドーナツ」が入ってる袋を持ってた。……美味しそう。
「四人連れでーー」
でも今出て来たら堂島さんに色々訊かれそうだ。だけどおからドーナツは美味しそう。しかも特売品。
「有里先輩……知ってます? その人いました」
「はぁっ!? って痛っ」
急に僕の名前が出てきたから驚いて手を思いっきりぶつけてしまった。とにかく痛かったことだけ言っておく。
「有里……」
「やぁ湊くんじゃない。どうしたの?」
足立さんはいつも通りのほほんとしてるけど堂島さんの目がとても怖い。虎だよ虎。
「えーっと、それ美味しそうだなーって……」
「豆腐おからドーナツ買うの?」
もうバレてしまったので一袋買うことにした。
「あ、じゃあこれで……」
「待て有里」
逃げれなかった。堂島さんの声がもう怖い。目を見れないよ。
「さっき、久慈川りせと何話した?」
おう。刑事の目だ。しかし、何とかして乗り越えないと。僕が変なこと言ったら居候の鳴上にも変に疑われちゃうし、家庭にまで持ち込んだら菜々子ちゃんかわいそう。僕が何とかしないと。少しビビってるけどシャドウとの戦いに比べればどうてことない。
「最近誘拐事件起きてるから気を付けてって言っただけですよ。それに花村……あのヘッドフォンの人です。ソイツがりせちーファンだから余計に心配しちゃって。……ね」
「先輩の言った通りです。とても心配してくれました」
僕の言いたいことの意味をすぐに理解したのかりせはすぐに同意してくれた。すぐに察するとは、アイドル恐るべしってやつ?
「……そうか。行くぞ足立」
やっぱり少し納得してない感じだったけど乗り越えた。堂島さんは足立さんを連れて去っていった。
さて、僕も帰るか。
「先輩」
「ん?」
りせに呼び止められた。何だろう?
「……ううん。何でもない。また、豆腐買いに来てね先輩っ!」
相変わらずの暗い顔だったけど一瞬だけ笑顔を見せてくれた。
「じゃ、またね」
ちなみに、夜ごはんに食べた豆腐はとても美味しかった。豆腐おからドーナツも美味しい。また買いに行こうとも思った。
そしてマヨナカテレビ。鮮明度が上がっていた。前回は顔は見えず何となくだったが、今回は顔もうっすらと見えてきた。これで確定した。次に狙われるのは……。
「次は……久慈川りせだ」