では、どうぞ!
『ねぇ父さん』
目の前でテーブルに向かって椅子に座りながら、リビングの窓際から差し込む光で新聞を読む男性を見上げて、まだ十歳に満たない小柄な少年が問いかける。
その時点でまた、あの夢かと思った。同時に、この夢の結末も。
なぜならこれは、俺の記憶が生み出す夢なのだから。
『どうした、勝一?』
椅子に座った父親は新聞を畳み座ったまま体を少年───俺に向けて腰を折り、耳を傾ける。
『俺の名前はなんで“勝一”なの?』
この問いは当時の俺にとって何気無いものでしかないが、この時の父さんはただ窓際に視線を向け何かを考えるように見つめると、俺に答えた。
『お前の名前が勝一なのは、辛いときも苦しいときも、それに負けないようにと願ったからさ』
このとき俺は父さんの返した言葉に、キョトンとした表情を浮かべるだけだった。
『どんな厳しいときも負けないような、強い男になれよ』
それが、父さんが死ぬ1ヶ月くらい前の出来事だった。
父さんが死んだのは今からもう9年近くになる、4体目のゴジラの再上陸の時だ。
当時特生自衛隊の優秀なオペレーターだった父さんは90式メーサー殺獣光線車改に乗り込んで、品川埠頭の防衛戦に参加して、ゴジラの熱線に薙ぎ払われた。
俺は泣いた。
父さんが死んだ深い悲しみと前線に赴く前に交わした、約束を破ったことへの怒りを母さんに吐き出して腕に抱かれながらただ泣き続けた。
次第に涙も枯れて、落ち着いてからは母さんは駐屯地での仕事に戻って幼なじみの女の子───アヤの両親に預けられ、小林家である決意をする。
『いつか、父さんのように強い男になれるように特自みたいな、怪獣と戦う組織に入って、前線で戦い続ける……!』
その決意に含んだ感情が怪獣という存在への恨みなのか、決死の覚悟で前線に赴く父親への憧れだったのかは、今の俺にもわからない。
だがこの時、幼なじみで仲の良かったアヤはこう言った。
『ならわたしも、勝くんの隣で手伝う。勝くんはおばさんから任せられたから』
アヤがこの時どう思っていたのか、俺にはわからなかった。俺にとっては、自分の選んだ道に仲のいい友達を巻き込みたくはなかった。だけどその後も俺と同じ学校を選び続け、遂には俺とEDFの士官学校の門を叩く。
俺は結局、彼女の意図するところを理解することができなかった。
ゴオォーオォー……バァアーーン!!!
「……うるさーーい!!」
小さな重低音から続く爆発音、つんざくような室内に響く叫び声で記憶の夢から目を覚ます。
否応なしに覚醒した意識に戸惑いながら隣に視線を動かすと、寝間着姿の栗色の髪を伸ばした女性───アヤが不機嫌そうにしていた。
「……おはよう、アヤ」
一応朝の挨拶をすると、それを聞いて振り向いた彼女が薄く笑みを浮かべて返事をした。
「おはよう、勝くん!」
俺にとっての、
突然聞こえた爆発音に起こされた俺達は入学前に支給された制服に着替えて一階の食堂に降りると、既にそれなりの人数が朝食を摂っていた。
「よう、先に食ってるゼ~」
片手を挙げながら話し掛けたのは昨日知り合ったデイヴィッドで、テーブルと備え付けの椅子に腰掛け、チーズバーガーを片手に食事をしていた。
今は
「今朝は驚いた。いきなり爆発音が聴こえてきたからな」
完全に目が覚めたのはアヤの絶叫だけど。
「それだけどな、どうやら敷地内の滑走路から離陸する戦闘機によるものらしいぞ」
「そうなの?」
アヤが未だに不機嫌そうな表情で聞いた。そう言えば敷地内に滑走路が整備されてるのはパンフレットにも書いてあったな。
「ああ、第1大隊の飛行科の先輩達が急な要請でスクランブルしたんだってよ」
第1大隊───第1教育大隊の略称でアカデミーでは大隊毎に学年が決まっていて、俺達第6期生が第2教育大隊、先輩達が第1教育大隊と言われている。
創設して10年すら経っていないEDFは万年人手不足と母さんから、アカデミーに入学する前にも聞いていた。
そんな苦しい人材不足の状況に対応するため、アカデミーの優秀な生徒は臨時で活動する資格を得るための試験を受けることができるらしい。
俺にとっての当面の目標はこの試験に合格することで、実戦に参加できるようになることだ。
第1大隊の先輩達がスクランブルする程の急な要請について気になったが、朝食を摂るために自動販売機に足を運んだ。
「おーいお二人さん、こっちだこっち」
喧騒の響くカウンターから朝食を抱えて歩くとこっちを呼ぶ声がしたので振り向くと、空いたテーブルの椅子に腰掛けた淳也と商店街で知り合ったクレアが隣り合って座っていた。
「おはよう。朝から隣同士なんてもうそんなに仲が良くなったんだな?」
挨拶しつつ淳也達と向い合わせで座ると、アヤは俺に隣に座った。
「……おはようですわ」
「おはよう。挨拶の後にそれかよ。だったらそちらさんは人の事を言えないんじゃないか?」
俺が挨拶するとクレアが若干恥ずかしそうに、淳也はげっそりした表情で返事をした。
「ふえっ!? わ、私は、その「なにいってるんだ? 俺とアヤは幼なじみだからだろう?」……」
俺が口を挟むと何故か不機嫌そうにこっちを睨んできた。
「アヤ? どうし「何でもない!」そ、そうか」
「最初会ったときから思ってたが、どんなラブコメだよ?」
俺達のやりとりに淳也は呆れた様子で、何となく気まずいので話題を変えた。
「そう言えば二人は違う兵科だったよな。そっちは昨日どうだったんだ?」
「俺か? 俺は初日から走らされてた。アカデミー創設以来見所のあるやつだからって」
「わたくしは敷地内から出て埠頭付近のアカデミー附属新品川海上科総合庁舎に入ったあと、配属先の練習艦なとりの艦長や教官の方々と自己紹介を交えて後は庁舎内の見学でしたわ」
クレアはアカデミーから出てたのか。それと淳也は御愁傷様だな。
そんなやりとりをしながら俺達は朝食の時間を過ごした。
朝食を済ませたあとロビーで家城教官が突然招集をかけてきた。
現在
寮の周辺を囲うランニングコースの前に俺達第6期生が全員集められ、予定に無い招集に動揺が広がっていた。
「点呼した結果寝坊して遅刻した生徒はいないようね? 早速だけど、本題に入るわ」
先程まで点呼の際に手に持ったファイルを後ろに控える教官に渡してから、俺達をぐるりと見渡した。
「本当はアカデミーで訓練に使用する銃の貸与式をするつもりだったけど、アカデミーの上、EDFの総司令部から緊急の連絡が入ったわ。
今朝凄い爆音がして、飛行科の生徒はある程度事情を把握してると思うけど、総司令部からの連絡を受けてスクランブルしたのよ」
家城教官から出た話の内容に同期生の間でざわめきが広がり、「静かに!」という教官の一人が叫ぶと収まる。
「残念だけど現時点ではあなた達に詳細は教えられないけど、同時に総司令部からは第6期生の戦力科を急ぐようにと催促が来てるのよ。
そのため、予定を繰り上げて基礎体力向上のトレーニングと座学を優先することになったわ。と言うことで今から支給されたツナギに着替えてちょうだい」
家城教官が言うと教官達の指示で同期達がツナギに着替えるために次第に寮に戻り始めた。
どうやら2日目からドタバタすることになるかも知れなかった。
長く書いてたわりには話が進みませんでしたが、これはある程度予定のうちなのでご安心を。次は訓練の様子を描写して行きます。ではまた。