食堂でルミナスと一悶着あった俺達は食事を済ませた後、これからのアカデミーの生活に必要な物を買い揃えるためにアカデミー周辺の商店街へと向かっていた。
──────新品川商店街。
かつては日本の首都の特別区だった品川区は、1994年から2004年の十年間で2度も破壊され、日本の国力と予算だけでは復興に長い時間が必要だとされていた。
そのため、2005年に創設された国連特殊生物対策センター(通称国連特災対策センターと呼ぶ。)が日本政府と交渉して、品川区住民への保証を条件とした譲歩に双方が合意。
国連主導の元アカデミーを中心にそれを支援する都市建設事業が開始され、少なくとも2年後にアカデミーが完成した。
そのほかそれを支援する施設も1年後には半分以上が完成、士官学校として開業することになった。
そんな新品川を構成する一角が俺達が今向かっている新品川商店街だ。今俺の他にアヤと入学式の会場で知り合った淳也の三人で移動していて、ついさっき第一正門を出たところだ。
必要なものは座学で使うノートや筆記用具、着替えのYシャツを数着と訓練時に履く軍靴を洗った後綺麗にする為のワックスの他、雑貨品を購入するため少なくとも2、3件は回る必要がありそうだ。
購入の為の資金は入学が決まった一ヶ月後に渡されたものがある。やはりEDFの士官学校に入学する以上、その時点で正規軍と同じ扱いになるらしく、待遇も現役の下士官と変わらないそうだ。それに比例して、事前に渡された準備金はそれなりの額になるため、最低限必要な物を購入する分には困らないはずだ。
「ん、あそこかな?」
俺達が今歩いているのは新品川の大通りの一つ、その先に日光を遮るようにガラス張りの屋根があり、その左右を2、3階建てのビルが建ちアーチを描いた看板に『新品川商店街』と書かれている。
「時間も無いし、早くいこう!」
今は
昼食を食べ終わってからアカデミーを出たのが
「ああ(おう!)」
アヤの催促に俺と淳也は同時に返事をして、商店街の入り口のアーチをくぐった。
アーチをくぐってから商店街の道路をしばらく歩いていると、前方から近寄り俺達に声をかける人物がいた。
その人物は女性で髪は金色のセミロング、瞳は青く身のこなしからどこか可憐な雰囲気を出している。
「ごきげんよう、お三方。少しよろしいですか?」
最初の一言からどこか育ちの良いお嬢様を思わせる口調という印象だ、そう思って一緒にいる二人と顔を見合わせた。
訊ねられて特に断る理由はないので頷きあってから、俺が返事をした。
「別に構わないけど」
すると女性はホッとしたように息を一つ吐いて、話した。
「有り難うございます。
クレアと名乗った女性は自己紹介に午前の騒ぎの件を添えて、俺達は思わず揃って苦笑した。
「それは悪かった。迷惑を掛けたなら謝る、本当にすまない」
俺はそう言って頭を下げるが、クレアは慌てたような声をあげる。
「す、すみません! 別に迷惑だったかは別にいいんですの! 確かに入学式の直前に騒ぎを起こしたのはどうかと思いますが、だからと言ってそれを咎めるわけではありませんわ!」
「? ・・・・・・なら、なんで俺達に?」
午前の件を出して俺が謝れば、逆にクレアが謝ってそれを訂正しようとする。いまいち要領が得なかった。
するとクレアは急に落ち込んだ様子で俯き、語りだした。
「実は、事情があって同期に知り合いがいません。それに、あまり話がうまい訳でもなければ、新品川は国連管理下の治外放権とは言え、日本ではありますから私には右も左も分かりません。
でもあなた方は他の候補生の方とは違い、どこか明るく見えました。ですから、ここで必要なものを揃えるならあなた方と一緒に回りたいと思いましたの。・・・・・・お願いできないでしょうか?」
俯いたまま暗い表情で一つ一つ言葉を紡いだ後、不安の色がある口調で上目遣いに訊ねた。
「ぐはっ!?」
その途端、突然淳也がわざとらしい悲鳴をあげる。表情は嬉しそうだけど。
「何やってるんだよ、淳也?」
「いやいや、だってよ? ぶっちゃけ今のは反則だぜ、可愛すぎるだろ!? 上目遣いでお願いしてくるとか、どこのラブコメ展開だよ。こっちが悶えるわ!」
自分は悪くないと言うように強い口調で捲し立てる淳也。まぁ気持ちは分かるけど、俺から見てもさっきのはね。
「可、可愛い!?」
クレアの方を見ると淳也から出た言葉に驚いて顔を赤くしていた。淳也、お前の何気無い台詞がフラグになるかもしれないぞ。
そして俺達は順番に自己紹介してちょうどそれが終わった時に声をかけられる。
「騒がしいと思ったらやはりお前達か。随分仲の良い集団だな」
声のする方向に振り向くとそこには、茶色のストレートの髪型とクレアと同じ青い瞳の青年が立っていて、背丈は俺の目線とほぼ同じ高さだ。
更にその隣に彼よりも背が一回りは低い金色のショートの髪型と青い瞳の青年がいて、俺達と同じEDF2級礼装を着ている。
「あんた達は?」
「む、そう言えば自己紹介がまだだな。俺の名前はマックス・レーゲン。ドイツ連邦共和国の出身でお前達と同じ第6期生だ」
「俺はデイヴィッド・クルーガー。アメリカ合衆国の出身で同じく第6期生だ、よろしくな?」
俺の問いに先に自己紹介したマックスと名乗る青年は堅そうな口調で、対照的にデイヴィッドと名乗る青年は軽い口調で自己紹介した。どこか両極端に見える。
マックスとデイヴィッドにもクレアを交えて自己紹介をした。俺は右手首に着けたデジタル腕時計を確認したところ、既に
「話していると時間のたつのも早いな、急ごう」
「ほんとだ、もうこんな時間。みんな、何かの縁だし一緒に商店街を回らない?」
同じように腕時計を確認したアヤの提案にみんなから反対意見もなく、一緒に商店街を見て回ることになった。
そして再び歩き始めようとしたのだが、商店街の道路に何やら人だかりが出来ていた。俺も含めて身長の高い男性が何人かいるため、ある程度近付いて確認しようと歩を進めた。
人だかりの手前で足を止めて人垣の間から覗き込むと、そこで起こっていたのはまだ十代半ばと言った見た目の、赤みがかった茶色のショートボブの髪をした少女とそれを睨み付ける、俺達と同じ2級礼装を着た3人の青年がいた。
「いい加減やめにしないか? こうしている間にも時間は過ぎていくし、お前達も私に構っているほど暇ではないはずだ。私も暇じゃない」
「なんだと、この"バケモノ"が!!」
少女は自分より明らかに年上の青年3人に絡まれているというのに、怖がる様子も見せず恐ろしく冷静に構えている。
対して少女を睨み付ける青年の一人は鼻息を荒くして怒鳴り、"バケモノ"と罵った。
「バケモノ、か。やはり、今の社会にはそう言う考えの者が多いのかもしれないな。今お前が、私に恐怖を抱いてるように」
「!? 俺の心を読むなァーー!!」
少女の自嘲気味な口調で話した直後に青年は叫び、腕を振り上げた。恐らく、あの少女に振り下ろすためだろう。
「────ッ!」
俺は咄嗟に人垣の間を駆け抜けて飛び出し、少女に振り下ろそうとした青年の腕を掴んだ。
「ッ、お前は!?」
突然現れた俺に振り下ろそうとした腕を掴んで止められて驚いているのだろう、明らかに動揺した様子を見せていた。
「いきなり暴力を振るうことないだろ、しかも相手は十代半ばの女の子だぞ」
「奴がただの女の子だと思うのか! 奴は普通の人間とは違うんだぞ!!」
喚き声で捲し立てる目の前の青年を俺は睨み付ける。青年はそれに気圧されたのか、息を呑んだ。
「確かにあの子は普通とは違うかもしれない、他とは違う力を持っているかもしれない。だけど、それでも俺達と同じ感情を持った人間のはずだ! 俺達と同じ空気を吸うし、同じように水を飲んで、同じように食べ物を食べなきゃ生きていけない、同じ人間だ」
俺は言い終わると掴んでいた青年の腕を離した。
ふと横を見ると、既にそこに少女の姿はなかった。ま、また会うこともあるかな。
青年は何か言いたそうな顔をしたが、悔しさに表情を歪め他の二人の青年と一緒に大人しく帰っていった。
後ろを見るとアヤが駆け寄ってくるところで、俺の頭にはさっきまでいた少女について考えていた。
***
先程3人の青年に絡まれているのを、私でも驚くべき速度で突然目の前に現れた青年のお陰であの場を抜け出せた。そして帰途につく道すがら、先程私を助けに来た青年の言葉を思い出す。
『いきなり暴力を振るうことないだろ、しかも相手は十代半ばの女の子だぞ』
『確かにあの子は普通とは違うかもしれない、他とは違う力を持っているかもしれない。だけど、それでも俺達と同じ感情を持った人間のはずだ! 俺達と同じ空気を吸うし、同じように水を飲んで、同じように食べ物を食べなきゃ生きていけない、同じ人間だ』
彼は私のことを、おそらく私以外にも向けて、同じ人間だと。普通の人間だと言った。彼のような価値観の人間を私は少数しか知らない。
だが、それよりも気になったことはあった。
あの青年からは、他とは明らかに違うものを感じ取った。
何故あの青年からは、
第4話でした。話の後ろの方で差別表現が出てますが、物語の都合上の演出なのでお気になさらず。次は艦これの方を投稿したいと思います。では、また。