以心伝心な二人   作:レスキュー係長

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⑨魔の手はすぐそこに

 

 

『ゆきのん?隣にいるけど?』

 

「へ?」

 

 

電話口から発せられた結衣の一言に情けない声が漏れ出る。

 

 

「‥‥‥え、ホントにいるのか?隣に。」

 

『うん。ゆきのんとさいちゃんと一緒に今ららぽーとのベンチでアイス食べてるところ。変わろうか?』

 

 

少し声が遠のき、小さな話し声が聞こえたと思いきやあの凜とした声が確かに耳に届く。

 

 

『もしもし、比企谷君?どうしたのかしら。』

 

「どうしたって‥‥‥お前、どうして電話に出ないんだよ。〝お前と連絡が取れない〟って、小町が心配してたんだぞ!」

 

『ごめんなさい。私のスマホ、電池が切れてしまって。今さっき、小町さんには由比ヶ浜さんの携帯から連絡したのだけど‥‥‥』

 

 

〝小町のウッカリでした!ゴメンね、お兄ちゃん!〟

 

 

と八幡の脳内にはテヘペロする小町の姿が映し出される。

 

 

「‥‥‥入れ違いだったのか。ならいい。いや、ちょっと待ってろ。そっちに行くから。絶対そこから移動するなよ!いいな!」

 

『ちょっと‥‥‥』

 

 

八幡はボタンを押し、通話を終わらせる。

 

 

「どうだった?」

 

 

未だに小暮を取り押さえる陽乃は八幡に心配そうに話しかける。

 

 

「‥‥ららぽーとにいるみたいです。由比ヶ浜に誘われて。陽乃さん、車出せますか?迎えに行きます。」

 

 

「あ‥‥今、お母様に車のキー取られちゃっててね‥‥‥代わりに乗っけてって貰おうよ。そこの角で隠れてる静ちゃんに。」

 

「バレてたか。」

 

 

雨降りしきる中、振り向いた視線の先にいたのは平塚静、その人であった。

 

 

 

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ここはららぽーとTOKYO-BAY。平日でしかも雨模様であるがまばらに人はいるようだ。

 

 

「どうだったの、ゆきのん。ヒッキーなんだって?」

 

「……今からこちらに向かってくるそうよ。由比ヶ浜さん、携帯を返すわ。」

 

 

そっと雪乃から差し出された携帯をありがとう、と受け取る結衣は携帯をしまうと手に持っていたアイスクリームを口に運ぶ。

 

 

「やっぱりサーティワンのポッピングシャワーは美味しいな!あ、さいちゃんの抹茶も美味しそうだね!」

 

「由比ヶ浜さん、そんなに物欲しそうに戸塚君の方を見るのはいかがなものかと思うわ。」

 

「別にいいよ、僕もポッピングシャワー食べていい?」

 

 

そういって結衣は戸塚のカップに、戸塚は結衣のカップにスプーンを入れ、食べ合う。その光景が男女のカップルというより女子高生同士のイチャイチャにしか見えないと感じたのは雪乃だけではないはずだ。

 

 

「でさ。」

 

 

カップのアイスクリームが無くなった頃、結衣が口を開く。

 

 

「今度はヒッキー、何したの?」

 

「何したって……少しこじれただけよ。」

 

「だめだよ、誤魔化しちゃ。だってゆきのん、今すごく辛そうな顔してるよ。」

 

「うん、僕もそう見えるよ。」

 

 

雪乃は自分の顔を確認するために電源のつかない自分のスマホを鏡代わりにする。そこには、今にも泣き出しそうな、そんな自分の姿が映し出されていた。

 

 

「ゆきのん、話してくれるよね。」

 

 

結衣の言葉が優しく雪乃の心の扉をノックする。気づけば、事情をすべて話している自分がいた。

 

話し終わるとそっと二人は口を開く。

 

 

「それはヒッキーが悪いよ。」

 

「僕もそう思う。八幡が悪い。」

 

 

でもね、と彩加は続ける。

 

 

「八幡も必死だったと思うんだ。きっと、守ることに必死でいっぱいいっぱいでさ。それだけ雪ノ下さんのことを大切に思っているってことじゃないかな。」

 

「でも私はあんなやり方は認めたくはないわ。」

 

「じゃあ、認めなくてもいいから理解はしてあげて。それだけできっと八幡の行動は報われる気がするから。」

 

 

認めなくていいから理解する。それは雪乃が一切出てこなかった考えであったがなぜだか自然に納得することができた。

 

 

「‥‥‥すごいわね、戸塚君は。」

 

「まあね、八幡は僕の友達だから。」

 

 

友達。彼のことをそう言う優しき友人がいたのね、と雪乃は思う。私もいつか彼と友達の領域まで行けるのか、脳内でシミュレーションをしてみたがどうにもいい未来が描けないと判断した雪乃は立ち上がり、二人の持つ空のカップを回収する。

 

 

「ゆきのん?」

 

「これ、捨ててくるわね。ついでにトイレも行ってくるわ。」

 

「ちょっと待ってよ。八幡がここで待ってるように言われたでしょ。」

 

「そうだよ…待っていようよ…」

 

「大丈夫よ、戸塚君。トイレもそんなに離れてないし、すぐ帰ってくるわ。」

 

 

そう話し、雪乃は歩き始める。

 

 

 

「大丈夫かな‥‥」

 

「まあ、トイレも近いし、人目があるからストーカーも下手なことはできないかもしれない‥‥はず。」

 

 

というものの彩加は離れてゆく雪乃をジッと眺める。それは姿が見えなくなるまで続いた。

 

 

そんな彩加に結衣は話しかける。

 

 

「‥‥‥ゴメンね、さいちゃん。巻き込んじゃって。」

 

「ん?ああ、大丈夫だよ。平塚先生から頼まれた時はびっくりしたけど、こんな僕でも役に立てるなら嬉しいよ。」

 

 

彩加が平塚教諭、そして結衣から一連の話を聞いたのはほんの数時間のことだった。雨でテニス部の練習が潰れ、いざ帰宅しようと思っていた時に話が舞い込んだのだ。

 

 

「さっきさ、さいちゃんが言ってた話、なんかいいなって思うよ。ヒッキーのこともちゃんと考えてくれてるのが分かるよ。」

 

「八幡はいつも辛くても大変でも泣き言言わないで一人で頑張ってるんだ。そんな八幡、僕は大好きだよ。」

 

 

ちなみにここでの「好き」は「LIKE」の意味であり、「LOVE」の意味ではない。が、アホの子はそうは受け取らなかったようで

 

 

「好きって‥‥‥え?さいちゃん、そういうことなの‥‥‥いや、私は変な風には思わないよ‥‥」

 

「え?ち、違うよ!そ、そういう意味じゃないよ。な、なんか暑いね。やっぱり少し様子を見に行こうか。」

 

 

照れる要素なんてないのであるにもかかわらず、照れる彩加。八幡が居たら、間違いなく告白していることであろう。

 

 

ベンチから立ち上がる二人は雪乃の後を追う。この時まだ二人は知らなかった。まさか、魔の手が既に及んでいたことを。

 

 

 

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「さいちゃん、どうしよう!ゆきのんがいない!」

 

 

そう叫びながらトイレを見に行った結衣が飛び出してた。二人の脳内回線がショートする。

 

雪乃が離れてから二〜三分程しか経っていない。それなのに何故居なくなったのか全くわからなかったからだ。

 

 

再起動したのは約10秒ほど後のことだった。彩加が意識を取り戻す。

 

 

「さいちゃん、どうしよう!?」

 

「由比ヶ浜さん、探しに行こう!二手に分かれるよ、僕は向こうに行くね。一応携帯を通話中にしてお互いの声を聞こえる状態にしよう。なんかあったらそこで連絡をとるんだ!」

 

 

彩加は携帯を耳に当てながら走り出す。

 

 

(こんな短時間で居なくなるなんておかしい。小学生じゃあるまいし知らない人に付いていく訳はない。なら顔見知り‥‥?)

 

色々な考えが頭の中をグルグルと回って離れない。それでも今はそんなこと考えている暇はない、と頭をブンブン回し、探索に集中する。

 

 

ずっと遠くでエレベーターが開くのが見えた。乗り込んでいったのは制服姿の黒髪ロングヘアの少女と茶色の帽子を被った男のようであった。

 

 

「雪ノ下さん!」

 

 

そう彩加は叫び、止めようとするが無常にもエレベーターのドアは狭くなっていく。

 

彩加がエレベーターの前に来た時には既に閉まりきり動き出していた。

 

 

『さいちゃん、どうしたの!』

 

「雪ノ下さんを見つけたんだ。でもエレベーターで行っちゃって‥‥‥っ!駐車場か!」

 

『ちょっとさいちゃん?!』

 

 

表示灯からエレベーターの止まった階を特定した彩加は、電話口からの結衣の問いに答える間も無く、階段を駆け上がる。

 

 

(間に合え!)

 

 

駆け上がるスピードは衰えることなく、むしろ上がっていく。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥」

 

 

駐車場に着いた彩加は息切れしながらも雪乃の行方を捜していた。

駐車場は薄暗く、蛍光灯が光るのみ。平日の雨からか車も少なく、見通しは悪くない。

じっと眺めながら周囲をする。すると奥の方からモゾモゾと動きが見えた。

 

 

(その車か!!)

 

 

彩加は駆け寄り、正体を確認する。そこには車の後部座席で倒れ寝込んでいる雪乃の姿があった。

 

 

「雪ノ下さん!起きて!」

 

 

そう彩加が呼びかけても応答がない。車を開けようとするがロックされており、ピクリとも動かない。

 

この時、彩加はあまりにも夢中になり過ぎて気がついていなかった。後ろに黒い魔の手が忍び寄っていることを。

 

 

『さいちゃん、今どこ?』

 

「3階の駐車場。大変だよ、雪ノ下さんが車に閉じ込められて‥‥‥ぐっ!」

 

 

 

 

そこから先の言葉を結衣が聞くことはなかった。結衣が聞いたのはガタリっと何かが落ちる音と遠ざかっていくエンジン音だけであった。

 

 

 

 

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結衣との電話の後、八幡は小暮を解放し、陽乃と共に平塚教諭の乗ってきたセダンに乗り込んでららぽーとへと急いでいた。

 

 

平塚教諭の愛車が車検中であるため、代車としてセダンがあてがわれたらしく、乗り心地の悪さからか平塚教諭は落ち着かないようだった。

 

 

「‥‥‥なるほどな。比企谷の考えはよく分かった。ここから先は私に任せろ。無論君にも手伝ってもらうが。それにしても‥‥君という奴は。何故相談しなかった。」

 

「‥‥‥‥怒ってますか。俺が相談しなかったこと。」

 

「いや、怒ってはいない。ただ、少し悲しいだけだよ。」

 

 

これまで話さなかったのは平塚教諭をけっして信用していなかった訳ではない。むしろその逆だ。何かあればこの人に頼ればなんとかしてくれる。そう甘えた考えを持っていた自分自身が憎くてたまらないし、こんなになってまでも自分たちを守ろうとする平塚先生に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

 

「で、静ちゃんはどうやって知ったの?」

 

「由比ヶ浜から聞いた。〝二人が大変だから助けてほしい〟とな。比企谷が何かやらかすだろうと思ってつけてきたわけだ。あ、そうそう。ついでに戸塚にも協力してもらってるからな。後でちゃんと感謝しとくんだぞ。」

 

「警察には話したの?」

 

「知り合いの少年課の刑事さんには既に話は通してある。ただ、今の状況では相手に対しての警告までしか対応できないようだ。」

 

 

携帯が鳴る。どうやら平塚教諭の携帯のようだ。

 

 

「すまんが比企谷、代わりに出てくれないか。」

 

 

平塚教諭から受け取った携帯のディスプレイには由比ヶ浜結衣の文字が表示されている。

 

 

「比企谷だ。どうした由比ヶ浜。」

 

『どうして先生の携帯にヒッキーが‥‥それよりどうしよう!私、訳わかんなくって!』

 

 

結衣の声は明らかに気が動転しているように聞こえた。

 

 

 

 

『さいちゃんが‥‥‥駐車場で倒れてて‥‥‥意識がないの‥‥‥血も出てて‥‥‥』

 


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