「で、なんでうちで鍋囲んでるんだよ、お前は。」
「あら、貴方が誘ったんじゃない。うちに来るかって。」
「あんなことがあったわけだから実家に連れもどされるもんだと思ってたんだが。」
「ゴミいちゃん、お母さんが許可したの。雪乃さんをウチに泊めてあげようって。」
いろはからの依頼を受けた後、八幡と雪乃の姿は比企谷家にあった。どうやら二人が寝ている間、八幡の母親と雪乃の母親が意気投合。しばらくの間、比企谷家でお世話になることになっていたらしい。
「そう言った肝心の母さんがいねえじゃねえか。あの母親、勝手に決める割に責任もたないよな……」
「こめんなさい。迷惑なら帰るわ。」
「いえいえ、お気になさらずに雪乃さん!ちょっとゴミいちゃん、なんでそういうこと言うかな……バカ、ボケナス、八幡。」
「え、なに、俺の名前悪口にするの流行ってるの?」
「ふふふ。ホントに仲がいいのね、二人とも。」
雪乃は鍋の蓋を開け、グツグツと煮立つ具を取り分け、白濁色のスープを近くにあった皿によそう。ちなみに今日の鍋は雪乃の極めて強いリクエストにより豆乳鍋である。
「はいどうぞ。」
「お、おう……ありがとな……」
そういって差し出された皿を受け取る八幡であったが、雪乃のしなやかな指に思いもよらずに触れてしまい、動揺が止まらない。
「おやおや……おにいちゃんも雪乃さんも顔真っ赤ですよ……全く新婚の夫婦みたい……」
(ひ、比企谷君と、ふ、夫婦……いったい何を言って……)
「おい小町ちゃん、雪ノ下さんの心が乱れに乱れてるんですが。」
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食事も終わり、小町が風呂に入りにいくとリビングには二人きりになる。お互いソファーの端を陣取りじっと沈黙しているものの、心の内は全くもって落ち着いてはいなかった。
「その……比企谷君、あの依頼のことなのだけれど。」
沈黙を破ったのは雪乃のほうであった。
「なにか策があるのか、と聞きたいんだろう。だが、ちゃんと話を聞かないことにはなんとも言えない部分が大半だからな。とりあえず書記に話を聞いたり、小暮のことを調べたりとかだろうな。お前、小暮と同じクラスメイトだったよな。何か知らないか。」
「あまりクラスの人に興味がないの。小暮君が私のクラスメイトだなんて爆発に巻き込まれてから知ったくらいだもの。一年生だと思っていたわ。」
「まあ、俺も人のこと言えないからな……クラスの奴らの名前と顔が全員一致できるかと言われればはっきりYESとはいえんしな。」
お互いベクトルは違えどボッチであることには変わりなくところが悲しいところではあるが、現状小暮という人間についての情報があまりにも少なく、お手上げ状態であった。
(さて、どうしたものか……)
(とりあえずのところ、クラスメイトに小暮君のことを聞いてみるわ。私は貴方とは違って、世間話するくらいの知り合いがクラスにいるから。明日、生徒会の藤沢さんに話を聞いてみましょう。)
(まあ、それしかやることないしな。)
豪快にリビングのドアが開く。
「呼ばれて飛び出て小町です!雪乃さん、お風呂空きましたよ!どうぞ、どうぞ!あ、お兄ちゃん覗きとかだめだから。やったら、一生口聞かないから。」
「大丈夫よ、小町さん。貴方のお兄さんにそんな度胸あるわけないもの。」
(のぞきなんかしないっての……ラブコメアニメじゃあるまいし……でもまあ、ドキドキしないこともないというか……)
(本当に覗きにきたら、社会的にも肉体的にも抹殺するわよ。)
(はい、すいません。ごめんなさい、許してください、もうしません。てか、してません。)
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次の日の放課後、奉仕部の三人は生徒会室にて、書記である藤沢沙和子、副会長の本牧牧人、そしていろはと向かい合う形での事情を聞いていた。
「それでいきなり本題からなんですけど……書記の方から詳しい内容
をお話します。」
先週の火曜日、つまり学校と生徒会の間での話し合いの二日前であるが、藤沢に話かけた人物がいたそうだ。その人物はマルチメディア研究部に属していると話し、「オープンキャンパスでのゲームソフトの販売は可能か?」と尋ねてきた。
まだ確実に決定しているわけではなかったため、「そのような要望があるならば学校側に伝えておく。」と返事をし、その場は収まった。
突如、事態が一転したのは営利行為の禁止通知を各団体へ送った時であった。マルチメディア研究部が〝我々は生徒会書記からゲームソフトの販売許可の約束をもらっている〟と主張し始めたのだ。
「で、他の団体も〝マルチメディアだけなぜ優遇するんだ〟と主張し始めたと。」
「なんかそれ、酷くない?何にも生徒会は悪くないじゃん。勝手に相手が勘違いしただけでしょ。」
「由比ヶ浜の言う通りではあるんだが、相手が勢いづいている以上、強引な解決法はさらなる反発を招くだけだろうよ。」
なにかを説得する際、前提としてお互いが感情的に話し合うのでなく、理性的に話し合うそんな状況まで持って行く必要がある。出店団体側が感情的になっている以上、下手な行動は致命傷になりかねないのだ。
「じゃあ、どうすればいいんですか。」
不安そうないろはの放つ言葉には少しの怒気を含んでいた。いろは自身、それを八幡へ向けるべきではないと分かっていても漏れ出してしまう。
「頭に血が回った奴らを落ち着かせるしかないな。こういうとき、大体扇動者がいるはずだ。そいつを叩く。」
「それなら分かってる。マルチメディア研究部部長の小暮だ。やつが他団体も巻き込んでるんだ。〝クリエイターに正当な報酬を〟ってな。」
(クリエイターに正当な報酬を…ね……)
気持ちは分からんでもない、というのが八幡の本心であった。物を作るという行為は他の動物にはない特別なものである。それに正しい報酬を支払うというのは至極ごもっともな話である。
その考えに雪乃も同意するところあったが、朝方に雪乃がクラスメイトから聞いた小暮の話と照らし合わせると腑に落ちない部分が多い。
(雪ノ下、腑に落ちない点をこの場で話してみろよ。情報共有は必要だから。)
八幡に促され、口を開く雪乃。
「私、小暮君とは同じクラスなんだけれども、いろんな話を聞いてるとそんな立派な人格者には思えないのよ。小暮君があんなに目立ち始めたのは高校二年になってからみたい。急に自信が付いたみたいでなにかと仕切りたがったり、お金で釣って取り巻き作っているみたいなの。あとはちょくちょく学校をサボったり、あんまり目立たない子にちょっかい……というかいじめをふっかけているとかいろいろ話は出てきたわ。」
「金で釣ってるって、金持ちなのか?」
「そうらしいわ。家がお医者さんだそうよ。」
「……なんかそれって悲しいね。」
結衣からすれば、お金で友達を作るという行為は非常に哀れに見えて仕方なかった。そんなものは本物ではなく、表面上もしくはもっと薄っぺらいつながりでしかないと彼女にはそう思えてならなかった。
優しく八幡が藤沢に声を掛ける。
「ちなみにその人の顔は分かるか?」
「私、あんまり人の顔見て話せなくって……すいません。」
「ちゃんとは見てはないと。他に聞いていた人は?」
「いないと思います。放課後だし、私が日直で教室の鍵締めをしていたところだったので、教室にも誰もいませんでした。」
つまりのところ、藤沢とマルチメディア研究部員と思われる男の会話を聞いていた人間はおらず、二人だけの会話である。これは証明するのは困難であり、水掛け論になりかねない恐れがある。
(どう解決しようかしら……論破するには少し厄介だわ……)
「論破させようなんてしなくていいぞ、雪ノ下。第三者から見れば、俺たちの主張と向こうの主張も信憑性に差はない。ここまで盛り上がっているのはたぶん小暮の扇動の仕方が巧いんだろう。学校、生徒会VSクリエイターみたいな構図をうまく構築してるわけだ。かつての学生運動と同じだ。権力を持つものを叩き、自由を手にしようとするそのあり方はな。とりあえず、学校と生徒会との議事録は明日までに用意して説明会で配布してくれ。あとはこっちでどうにかする。」
(どうにかするって……貴方、どうするの。)
(……善処するよ。)
ふと、窓を眺める八幡。
生徒会室から見る外の世界は薄暗く、今にも雨が降りそうであった。
誤字、誤用報告ありがとうございます。
集中力がないのに書き続けようとするからそんなミスするんですよね‥‥反省です。